Cogito

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クモ日記

2009-01-19 21:30:40 | クモ日記

Jo1_2  ジョロウグモ。家の軒下に大きな網を張っている。雨風はしのげる。以前、家の中に連れて行ったジョロウグモは節分過ぎまで生き延びた。今日は暖か。このくらいの気温だといいのだが、また寒波が来ると言う予報。いつまで生きられるかなぁ。頑張れよ。                          

階段の下に大きな網を張っていたジョロウグモがいた。先週の木曜日はちゃんと見て、触って生きていることを確認したが、今日、見に行くとクモはおろか、網まで跡形も無く、吹き飛ばされてしまっていた。こっちの方が大きかったのに。大丈夫、お前たちの子孫はちゃんと残っているからね。

                                          風呂場にはオオヒメグモが数匹網を張っている。隅の方にイエユウレイグモも網を張っていたのだが、どこかへ行ってしまったみたいだ。

                                             

Siromokurenn_2 白木蓮はもう芽を膨らませている。                                    

                                       

                                               

      

Lucky_2 ついでだから桜桃に登ったラッキーを。                                        

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神奈川県の禁煙条例

2009-01-19 13:07:38 | 日記・エッセイ・コラム

神奈川県の公的な場所での禁煙条例がここのところ新聞で取り上げられている。当初より大分骨抜きになってしまったようだが。たばこ嫌いな、タバコの煙にずいぶん被害を受けてきた私にしてみれば、この世からタバコなんか無くしてしまえ、と極論を言いたくなる。

                                          以前は今のようなマナーに配慮する喫煙者はまったくいなかったから、公的な会合でも町民との会合でも、室内はタバコの煙がもうもうと立ち込め、出席者の顔がかすむようだった。それが毎回、目ものども痛んだ。排気ガスの公害よりタバコの煙のほうが濃度が高い、こっちこそ公害だとぶすぶす言ったが、一向に受け入れられなかった。おそらく私の肺はその煙でタールに汚染されているだろう。喫煙者の肺とタバコは吸わなくても喫煙者の傍にいる受動喫煙者の肺を見たことがある。喫煙しなくても肺はタールで点々と黒ずんでいた。議会でも議場は禁煙だが、委員会でも禁煙にしてほしいと、女性議員たちがこぞって議長に要望し、議長が委員たちに言ってくれたが、喫煙者たちはきかなかった。時代がかわり、禁煙がひろがり、会合中の禁煙は当たり前のことのようになってきたことは本当にうれしい。

                                           タバコが健康に悪いことぐらい今やだれもが知っていることだ。どんな素敵な、尊敬に値する人でも、その人がタバコを吸っていたら、それだけで私の評価は下る。もちろん本人にそのことは伝える。若い子が吸っているのをみると、まして女性だと母体が心配になる。だから、公的な場所での禁煙は当然のことと、県の案に大いに賛成したい。

                                          とはいえ、タバコ産業を国の税収にして、喫煙を奨励して、言ってみれば喫煙患者を作り出してきたのは国だ。しかもまだタバコは売り出されている。それを考慮に入れると、一概に喫煙者ばかり責められない。意志が弱い、禁煙すればいいじゃないかとは言いたいが。

                                          飛行機はすべて禁煙だ。ヨーロッパまで12、13時間、だれも吸わずに我慢できるのだ。しかし飲食店では、吸いたい人もいるだろう。そういう意を汲んだ居酒屋・飲食店が全面禁煙に反対しているようだ。

                                          公共の空間の禁煙は当然だが、飲食店などは部分的にしていってはどうだろうか。要するに分煙を徹底してほしいのだ。飲食店の前に禁煙、喫煙可の札なり、張り紙など出しておいてほしい。そうすれば禁煙者も喫煙者も安心して店に入ることが出来る。

私はレストランに入るとき、禁煙か喫煙か聞いてはいる。分煙しているところは禁煙室にはいるが、喫煙可のところがそのまま引き返す。でもこれはかなり面倒くさい。最初から表示してあれば、見て選ぶことが出来る。

外にいて、どこからともなく、たばこの煙が流れてくると、反応して咳き込んでしまう。そのくらいたばこの煙には過敏である。ちょっと高くても禁煙のレストランなら、安心して味も香りも、食事も楽しめる。和やかに食事が出来るのは、私には一番のもてなしだ。

                                           参考:http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/kenkou/tobacco/tobacco_jorei.html

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東京タワー

2009-01-16 15:48:18 | 日記・エッセイ・コラム

052 木曜日、日本橋に行ったついでにお天気が良かったので、東京タワーへ上った。なくなる前に行ってみようと思ったのだ。東京タワーは初めて上る。おそらくこれがはじめで最後になるだろう。まさにおのぼりさんだ。

038まずは250mの上の展望台へ。大展望台から上の展望台までいくエレベーターのあるころまで階段を歩いて上らなけらばならなかった。上りはいいのだが、下りは??いやだな。

030 富士山も筑波山もよく見えた。ポシェットにコンパクトカメラは入れてあったので、撮りにくい、モニター画像は見えない、と文句を言いながらもやたらと撮った。デジカメでもい041いけど、デジカメのEOS持って来るんだったな。でも高いところはそれなりに眺望がある。たのしかった。 

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2009-01-13 21:12:48

2009-01-13 21:12:48 | インポート

コンパクトデジカメは使いにくい、だいたいスクリーンの画像が良く見えない、とぶすぶす言いながら、撮ってみた。

3_2 影がかわいい。

                                       

 

1

キャベツを食べるコトンとラパン。キャベツ高くなっているんだよね。 

7 8 4                2    

                  

  6                                                                             5

左ブチ

右シロとラパンとコトン(灰色)

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日食

2009-01-13 01:37:37 | 日記・エッセイ・コラム

今年は日本でも7月22日に皆既日食が46年ぶりに見られるそうだ。といっても皆既日食が見られるのはトカラ列島で、東京では75%の部分食となるようだ。46年ぶりというと、先回は25歳のときということになる。25歳ならもう念願の天体望遠鏡を手にしていたから、観測していたかもしれない。太陽観測専用のサングラスレンズもあったから。しかし、もっと子どものころのガラスを墨で黒くして、見た日食のほうが記憶に残っている。ダイヤモンド・リングの記憶もあるが、テレビの映像だったか、実際に見たのか定かではない。                                              

                                          昔の子どもだから、自然は身近にあるから興味があった。天文学に興味を持ったのは小学校4年生のとき(2年生が敗戦)、両親の知人が貸し本屋を始めた。母に連れられて、開店のお祝いを届けに行き、本を借りた。子どもの本はかなりあった。貸し本屋を開いた場所は、何回も通ったから、覚えているのだが、どういう人がやっていたかは覚えていない。

                                          初めて行ったとき、その家のオバサンが勧めてくれたのが「子どもの天文学」という赤いクロス表紙のかなり分厚い本だった。中表紙に挿絵があった。星がいっぱいある半円球のすそを持ちあげて、向こう側をのぞいている男の姿が描かれていた。男の姿はアラビア人みたいな格好をしていた。そして横に「丸天井の向こうは?」という文字がついていた。丸天井の向こうには何があるんだろう、その言葉に興味をそそられ、私も丸天井の向こうを見てみたいものだと思った。

                                          当時の本だから、今思い出すとおかしいことが書いてあった。たとえば火星人の話なんかも載っていた。もし火星人がいるとしたら鳥みたいな姿だろうとか。でも印象的な話もあった。ハレー彗星の発見者、ハレーは歴史も研究して、ハレー彗星は76年周期で太陽に近づくことを発表したが、学界からも世間からも冷笑され、失意のうちに死んだ。ハレー自身は彗星を自分の目で見ることもなしに。その後ハレーの意見が正しかったことが証明され、彼にちなんでハレー彗星と名づけられた、とあった。よし、ハレーの代わりにハレー彗星を見てやろう、小学生の私はそう思った。ただ、戦後2年、ハレー彗星がやってくる年まで生きていられるかどうか、それは不安だった。ところが待ちに待ったハレー彗星は近づき(残念ながら日本からは大きくは見えなかった)、やがて彗星は離れていってしまったが、私はまだ生きている。とはいえ、次に来る彗星にお目にかかることは不可能だ。

                                          この本がご縁で、天文学に興味を持った。その後、母が神田の書店に連れて行ってくれ、好きな本を選ばせてくれた。しこたま天文関係のやさしい本とアンデルセンやグリムの童話集などを買い込んできた。自分で持って帰ったから重かった。野尻抱影さんの著書が多かった。野尻抱影さんは英文学者で、大仏次郎の実兄でもあった。だから天文学と同時に、神話や伝説にも造詣が深く、各国の星にまつわる話も載っていてたのしかった。「星と伝説」なんて著書もある。この小学生のとき買った本も1冊だけ手元に残っている。そうだった、本には冬の両国駅からカノープスが水平線ぎりぎりに見えた、とあったので、ここでも見えるかもと水平線ぎりぎりを探したが、見つからなかった。旅をするようになってから、カノープスにはずいぶんとお目にかかることにはなった。南半球の星ともどうやら知り合いにはなった。

                                          アポロが月面に到着するのを、テレビでずっと見ていた。その夜、久しく無沙汰をしていた兄から電話があった。「喜んでいるだろうと思って」と。子どものころから空を見上げていた妹を思い出しての電話だった。この兄も故人になってしまった。

                                             最近は夜外に出ることはないし、旅に出ても酔っ払って寝てしまうのでこれまた夜空は見ない。ずいぶん前から我が家からは銀河も見えない。空が明るくなってしまったのだ。

7月22日は水曜日。日中でもあるし、今年の天文ショーはたのしみに見るとするか。

                                             

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