渡部恒三民主党最高顧問は29日の衆院予算委で菅首相では災害対応は無理だ、総理の資格はないと宣言した

2011-04-30 10:13:00 | Weblog

 

 勿論、「あなたが頑張らなければダメだ」と激励したが、実質的には総理失格宣言を行ったも同然である。

 この宣言をしたも同然の質疑をHP「衆議院インターネット審議中継」から拾ってみる。

 渡部恒三議員「菅総理、連休が終わったら、オールジャパンキャビネット、自民党から共産党まで、災害対策、ためには、心を一つにして、頑張れと、やっぱり国民のみなさんが政治家はたいした、やってくれると、いう、思いにするのはあなたの仕事だと思うんです。

 だが、あの、私は自民党の谷垣総裁にあなたが連立を求めたのは間違っていなかったと思う。しかし、あの、やり方を間違った。電話で、入閣してくれなんて、あんなことはやっぱりまだ、政治の経験が浅い。

 私だったら、黙って自民党本部に行って、総裁室に行って、谷垣総裁に手を突いて、(実際にテーブルに両手を突いて深々と頭を下げる)『国のためです。あなた総理になってください、私、副総理でお仕えします』と、言ったでしょう。そしたら恐らく、谷垣総裁だって、断れなかったと思う」――

 渡部恒三センセイ、浪花節がかったなかなかの名演技、一人芝居といったところだが、菅仮免は「国のためです。あなた総理になってください、私、副総理でお仕えします」という態度を取るべきだったとしているところに菅仮免では今回の大災害の対応は無理だと、総理は谷垣自民党総裁でなければダメだとの宣言となっている。

 このような宣言こそが、菅首相が仮免首相にとどまっている所以であり、本免首相とはなり切れない理由が存在する。

 対する菅仮免の反応を見てみる。

 菅仮免「まあ、私自身、えー、今の渡部恒三先生の、おー…、お話を聞きながら、自分自身を、おー、無にして、えー、頑張らなければならない、私の姿勢が、あー…、ま、ケンキョシャに、謙虚さに欠けるというふうに、見られ勝ちで、エ、大変そういう意味では、みなさんに、イー…、色んな面で、えー…、私に、の態度、ヲー…、が、不十分であったことを、お詫びを申し上げたいと思います。

 シー、これからそういったことも、おー、十分に、ウー…、気をつけながら、本当に、政治は国民のためにあるという原点に、立って、頑張り抜きたいと、えー、改めて決意を新たにさせていただきました。どうもありがとうございました」

 民主党席からだろう、「そうだ」の声と拍手。

 確かに菅仮免の謝罪は電話で入閣を求めたことを非礼として、そのことが謙虚さに欠ける態度だったというころに置いている。だが、渡部恒三から、「国のためです。あなた総理になってください、私、副総理でお仕えします」と総理としての資格を否定されながら、「電話で入閣を求めたのは謙虚さに欠けたが、私は副総理格として入閣を求めたのであって、谷垣総裁に総理になることを求めたのでも、私自身が副総理になることを伝えるつもりもありませんでした」と否定の否定を宣言する強い意志を見せることができなかったこと自体に既にトップリーダーとしての資格を失っている。

 なぜなら、4月22日の記者会見で、「私自身、この大震災のときに、総理という立場にあったひとつの宿命だと受け止めておりまして」とまで言っているのである。

 「ひとつの宿命」だとしていながら、総理にふさわしくないと宣告されて、宿命論を振りかざすこともできず、渡部恒三の叱咤激励によって、事ここ至って(「事態が悪化してどうにもならない状態になって」(『大辞林』〈三省堂〉)、「政治は国民のためにあるという原点」を新たにするという、一見謙虚な態度に見えるものの、常に保持していなければならない基本的出発点の思想・思いとしていなければならないことに反する、と同時に常に核とすべき基本的な信念としていなければならないことに反する遅すぎる反省を今更ながらに表明する意志薄弱を見せているところにもトップリーダーとしての資格を失っていることを窺わせている。

 また「政治は国民のためにあるという原点」に立ち返ると改めて表明しなけれならないこと自体が既に満足な災害対応を行い得ていなかったことの反省と看做さなければならない。

 渡部恒三の冒頭の質問に対する菅仮免の答弁にも自分のことしか考えない、だが自分のことが見えていない、一国のリーダーにふさわしくない姿勢を露にしている。

 渡部恒三「えー、委員長、渡部恒三であります。最初にお許しをいただいて、(痛ましげな、一語一語を噛みしめるようなゆっくりとした口調で)この千年に一度と、言われる、災害で、尊い、命を、失った、皆さんの、霊に、手を合わせて(手を胸のところで合わせる)、祈り、お詫びを、申し上げたいと思います(一礼)。

 菅総理、これから質問させていただきます。今、ちょっと昔のことを思い出したんですが、私は中曽根厚生大臣、内閣で厚生大臣で、年金法と健康保険法を、やっておったとき、社会労働委員にあなたはなられ、ずーい分厳しい質問を、されたことを今、思い出しますけれども、昨日本会議の、答弁を聞いていると、なんか元気がなさそうで、まあ、あんた、答弁より質問の方が、向いてたったのか(ママ)なあと、感じもしますけれども、しかし、国難と言われる、このとき、あなたは国で一番大事な、総理大臣という、立場にあるんです。今、災害地のみなさん、家族を失い、家を失い、故郷(ふるさと)を失い、明日の生活もどうなるか分からない、この災害地の、みなさんのために、あなたが働きゃならないんです。命をかけてやらなきゃならない。先ず総理の決意をお伺いしたい」

 答弁よりも質問の方が向いているという批評には、野党議員としては能力を発揮したが、与党の首相としては能力を発揮していない、その資格はないとの示唆を含んでいる。

 また、「今、災害地のみなさん、家族を失い、家を失い、故郷(ふるさと)を失い、明日の生活もどうなるか分からない、この災害地の、みなさんのために、あなたが働きゃならないんです。命をかけてやらなきゃならない」の言葉には菅仮免が被災者のために働いていない、命をかけていない状況となっていることの逆説の示唆となっている。

 このことも総理としての資格がないことの暗黙の指摘であろう。

 渡部恒三は自分では意識しないままに、結果として一生懸命に、「あんたでは災害対応は無理だ」、「総理の資格はない」と言っていたのである。

 菅仮免「被災地でもある、ウー…、福島、あー、から、選出されている渡部恒三先生から、お話をいただきました。シー、私も今、あー…、渡部恒三先生が厚生大臣時代、被爆者支援法など、ヲー、そういった課題でも、何度も議論させていただいたことを、思い出しながら、あー…お話を聞いておりました。

 シー、私も、おー…、この大震災発生以来、何度か、あー、現地を、訪れ、えー、特に、イー…、避難されている皆さんと直接膝を交えて、えー、話をー…し、また、石巻を始め、えー…、被災をされた、地域を…、実際に、イー、歩いた、中で、ホントーにま、すべてを失った、みなさん、あー、家族を失われたみなさんが、しかしその中で、何とか立ち直ろうと、必死になって頑張っておられる姿を、たくさん、見てまいりました。

 シー、あー、こういうときに、本当に、イ、私自身が、総理という、この立場であるということは、……これまでの、オ、……とき、以上、こういう、ことに対して、何ができるか、1秒たりとも、そのことを、頭から、離、れない形で、考え、行動してきた、つもりであります。

 シー、えー、えー、とにかく、そうした被災を受けた皆さんが、1日も早く、……元の、生活に先ずは戻り、そしてもう一度、元気な、……地域社会を、再建させて、いく、(声を強めて)そのために、政府としてできることは、何でもやるんだ、カネのことは心配するなと、そういうつもりで、取り組まなければならない、そういう思いを、強く致しております。

 私にも、まだまだ未熟なところがあり先ず、必ずしも、何か私の、オ、気持が、十分に伝え切れないところがありますけれども、渡部恒三先生がおっしゃるように、このことに、命をかけるという、その覚悟で、臨んでまいりたい、このように、考えて、おります。よろしくご指導お願いします」――

 次の言葉にスムーズにつなげることができず、滑らかな発言とすることができない、的確な判断能力を欠いている点もリーダーとしての資格を限りなく疑わせる箇所であろう。

 「政府としてできることは、何でもやるんだ、カネのことは心配するな」はあくまでも「そういうつもり」の取り組みであって、言葉通りでないことをさも言葉通りであるかのように声を強めて言う軽々しさは「有言実行」の看板に反する、「有言実行」とはいかない一種の詐欺宣言であって、この軽々しさも一国のリーダーとしての資格を疑わせる。
 
 菅仮免は大震災発生以来何度か現地を訪れ、「避難されている皆さんと直接膝を交えて」話し合ったと言っている。だが、渡部恒三は「今、災害地のみなさん、家族を失い、家を失い、故郷(ふるさと)を失い、明日の生活もどうなるか分からない」状況に現在もあると言っている。

 両者が描く二つの状況から見て取ることができる様相は要するに「直接膝を交えて」話し合ったことを菅仮免が何ら役立たせることができていないということのみである。

 渡部恒三が「明日の生活もどうなるか分からない」現在も続いている状況が決して大袈裟な指摘ではないことは4月24日日曜日のテレビ朝日「サンデー・フロントライン」が伝えている被災者の声が証明してくれる。

 避難場所の体育館の中で話している。

 宮城野体育館避難所運営本部・片桐勝二運営委員長「今後の生活基盤的なものが、やはり明確にこういうふうに行くよ、こうだよ、じゃあ時期は?時期はいつだよということをきちんと明確にして貰えれば、みんな安心して次ぎの行動に移せると思うんですよ。

 光を求めて人間は進みますから――

 要するに菅仮免が「何ができるか、1秒たりともそのことを頭から離れない形で考え、行動してきた、つもり」ですと言っていることに反して、被災者に対して現在の窮状から将来に向けて立ち上がる指針となるべきビジョンを示し得ていない、希望を与え得ていない、あるいは光を与え得ていない状況にあり、このこと自体が「直接膝を交えて」話し合ったことの無効果の証明となり、自分のことしか考えていない、だが自分のことが何ら見えていない発言と言うことができる。

 大体が「何ができるか、1秒たりともそのことを頭から離れない形で考え、行動してきたつもり」は自身の責任を果たしていることへの言及であって、本来なら、被災者が置かれている状況に関して「1秒たりともそのことを頭から離れない形で考え、行動」し、一つ一つ解決していくことへの言及でなければならないはずだが、自分のことだけに目を向けているから、被災者に目を向ける言及足り得ないことになる。

 自身の責任云々よりも常に被災者に目を向ける姿勢こそが、「政治は国民のためにあるという原点」を守っていると言えるはずだが、現実にも被災者の窮状・困窮を一方に存在させながら、それを無視して、自分が責任を果たしていることだけを言う姿勢にしても、一国のリーダーとしての資格を失う証明となり得る。

 また自身の問題点、未熟な点を「必ずしも、何か私の、オ、気持が、十分に伝え切れないところ」に置いているが、これは世論調査での低支持率や不人気をリーダーとしての自身の資質に目を向けずに自己発信能力に問題があるとしていることと同じパターンで、自分が行っていることを単に伝え切れていないだけだ、国民が気づいていないだけのことだとするのはやはり自分を見る目のない責任転嫁の姿勢そのもので、この責任転嫁姿勢にしても総理としての資格がない証明とすることができる。

 菅仮免が4月22日の記者会見で「私自身、この大震災のときに、総理という立場にあったひとつの宿命だと受け止めておりまして」と発言したことに引っ掛けて、昨4月22日のブログの最後に、〈全く国民は、特に被災者はこの最悪の時期に菅仮免を一国のリーダーとして抱える情けない「宿命」に見舞われたことになる。〉と書いたが、渡部恒三の間接的な示唆を待つまでもなく、首相の資格のない政治家を首相として頭に頂く国民の悲劇を何度でも繰返さなければならない訴えとなるに違いない。


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