日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

ソーシャル・デザインを考える

2008-12-07 22:40:49 | マーケティング
新聞各社のWEBサイトを見ていて、思い浮かんだコトがある。
それが「ソーシャルデザイン」というコトだった。
実際、インターネットで検索をすると「ソーシャルデザイン」という言葉で、イロイロなモノが表示される。
ネットショップだったり、商工会議所の講演テーマだったり・・・様々な意味を持って「ソーシャルデザイン」という言葉が使われている。
ただ、私が考える「ソーシャルデザイン」というのは、ネットショップや商工会議所などの講演テーマではなく、企業における「ソーシャルデザイン」というコトなのだ。

アメリカ発の金融不安は、アッと言う間に世界を駆け巡り、世界同時的な株安を発生させた。
その原因は、今更言うまでもない「実態のない消費優先のアメリカ経済」だった。
言い換えるなら、「儲け優先主義経済」の破綻だ。
そして、それを象徴するかのような場面があった。
先日アメリカの「ビッグ3」の経営者が、経営支援を求めて公聴会へと出向いた時だ。
最初は、プライベートジェットで乗り付け、今回は「ハイブリッド車」を自分で運転してきたようだが、帰りとなると「運転手付リムジン」だったようだ。
経営のトップとなると、そのくらいの「贅沢」は当然なのかも知れない。
だが、末端で働く人たちは「明日から、仕事にこなくて良いよ!」的な「レイオフ」や、日本の場合は「派遣切り」と呼ばれる、実に働く側のことを考えないある種の理不尽な行為が、「企業存続のため」という理由で行われている。

「企業が存続するコトで、多くの従業員の生活が保証される」というコトもあるのだが、そこで考える必要があると思うのは、「企業はどんな社会を描きたいのか?」というビジョンなのだ。
「安易な人員整理をする企業=人を大切にしない企業」だということではないだろうか?
すなわち「(企業にとって)大切なお客様も大切にしない企業」だということを、自ら言っているようなモノだと思うのだ。

「人がいて、人が集まり社会を形成していく」というのは、小学生でも分ることだと思うのだが、「人を大切にしない企業=お客様を大切にしない企業=社会を大切に考えない企業」というコトにもなるはずなのだ。
とすれば、企業は「どんな人の集まる社会を創るのか?」という、デザイン力が必要なのではないだろうか?
企業にとって得となるような人ばかりが集まる社会では、社会そのものが発達も成熟もしない。
文化的なモノも共有できない。
やはりライバルとなる存在があったり、「NO!」という人がいることで、多様な価値観が生まれ、社会が発展・成長していくのだと思う。
そんなコトを考えもしないで、企業の都合ばかりを社会に押し付けてはいないだろうか?
もちろん、それは政治などでもあることなのだが、今の「モンスター○○」と呼ばれる「自分都合主義」的な我儘を、一種の主張であるかのような受け止め方をする社会というのは、やはり問題だと考えるし、その一端には「その場限りの企業の都合」がまかり通っているというコトも影響しているように感じるのだ。

時代と共に変化していくのが社会だが、社会が時代を創っているとも言える。
その時代を創り、社会を創る人たちに対して、企業がどんな「社会デザイン」を提案できるのか?
人が真中にいて、そして企業や政治がどんなデザインで包み込むのか?
そんな力が必要な時代になってきている、と感じているのだ。

安易な増税対策+禁煙策-電子たばこ考-

2008-12-07 09:04:16 | トレンド
朝日新聞のWEBサイトに、「電子たばこ」の記事が、掲載されていた。 
だいぶ前、JTの「分煙コンサルティング」についてエントリをしたとき、TBを頂いたような気がする。
その後、イロイロなトコロで話題になり、改めて「喫煙者のもがき(といっては失礼だが)」というモノを感じていた。

先週、「たばこの増税論議」が再び話題になった。
「1本あたり2~3円程度の値上げを検討している」ということらしい。
たばこを吸わない私にとっては、関係のない話だから・・・と、受け流そうと思ってもいたのだ。
なぜなら、「喫煙者というのはお金を払って、自分の健康を害しているだけではなく、周囲にも様々な健康被害原因をばら撒く」と思っているからなのだが、スポーツ紙のWEBサイトなどのトップには「たばこ増税反対」というバナーが、貼り付けられて3、4ヶ月経つ。
丁度「たばこ1箱1,000円」と言うコトが、話題になったころからだ。
それだけ、喫煙者が多いということなのだろう。
というよりも、一部メディアが積極的にこのような「キャンペーン」を展開することに、やや違和感を感じていた。
その背景にあるのは、おそらく「簡単に税徴収できるところから、取る」という「安易な増税政策」に抗議するという、意味があるのだろう。
同じような「安易な増税策」といえば、「発泡酒・第3のビール」に対する課税率のアップなどがあるだろう。
いくら、ビールメーカーが抗議をしても、サッサと決まり実施されてしまう。
この場合、消費者を巻き込んでの抗議活動というモノが行われていないように思うのだが、たばこの場合はメディアを巻き込んでの「抗議活動」というのは、JTとの関係があってのことだろうか?

このような「抗議」よりも、「どうしても、たばこを吸いたい!」というのであれば、「電子たばこ」のようなモノで対抗するのもひとつの方法なのではないだろうか?
もちろん、JTとしては「抗議の趣旨が違う」というコトになるとは思うのだが、非喫煙者とすれば、コチラのほうが歓迎すべき「抗議」だ。
たばこと違い、非喫煙者に対する「健康被害原因のばら撒き」がないからだ。

もちろん、「取りやすいところから増税」という安易な発想には、抗議をすべきだが、もし、JTが「たばこ農家とたばこ文化の保護」を考えているのであれば、それを堂々と言えばいい。
と同時に、「たばこ」を事業の中心に置く意味を、社会が問う時代になってきているように考えるのだ。