日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

生活者の共感を呼ぶーマーケティングの基本-

2008-12-17 21:14:05 | CMウォッチ
毎日新聞のWEBサイトにみんなのニュース:「ムーニー」CM曲がママの間で人気 制作したのは独身電通マン
という記事が掲載されている。

このテレビCMがスタートしたのは、初秋の頃だったと思うのだが、初めて見たときの印象は「そうなんだよね、お母さんの気持ちって!」というモノだった。
出産歴が無い私であっても、何人もの友人たちの出産を見てきた。
初めての妊娠で流産してしまった友人、双子の赤ちゃんを授かった後輩、出産後赤ちゃんに障害があることが分った友人もいた。
みんな子育てに不安を持ち、その成長を楽しみにし、一生懸命に毎日を赤ちゃんと過ごす友人たちの姿は「カッコ良いな~。素敵だな~」と思ったことが何度もあった。
もちろん、育児はそんな生易しいものではないコトもそんな友人たちは教えてくれた。
そんな友人たちの姿を見てきたから、「お母さんの気持ちって、そうなんだよね!」と、共感できたのだった。

テレビCMは、あくまでも「商品を売るために作られる」モノだが、「商品を売る」ためには、その商品を購入する人たちから共感を呼ばなくては、その役割を果たしているとはいえない。
この「ムーニー」のCMは、歌も共感性を呼ぶ部分が高いのだがCMそのもの。
特にアニメーションのCMは、赤ちゃんの成長をよく観察し、お母さんの気持ちを表現していると思う。
「寝返りを打つ・ハイハイをする・タッち(掴まり立ち)、あんよ(掴まり歩き~ひとり歩き)、離乳食から普通の食事」など、毎日が成長の日であり、毎日が記念日のようなモノ、と言うコトをよく現している。
だからこそ、子育てママたちから高い共感を生んでいるのではないだろうか?

そして改めて考えるのは、このCMを作ったのが独身男性だということだ。
このCMを作るにあたり、実際子育て真っ最中の友人宅に泊り込み「子育て観察・体験」をしている。
実際の「子育て」というモノを、体験し観察することで「お母さんの不安や喜び」を理解し、表現することが出来ているのだ。

しかしマーケティングと言う視点から考えれば、当然のことなのかも知れない。
むしろ「基本中の基本」だといえるかも知れない。
最近のテレビCMには「仕様や機能が素晴らしいでしょ!」とか「今は、これが流行り。持っていないと時代遅れだよ」的な、作り手側の主張が強いモノが多いように感じる。
商品のCMにしろ、企業CMにしろ「受け手=生活者に対して、共感性を呼ぶ」内容が無くては、印象には残らないし、支持を受けることも出来ない。
その意味で、このCMは「基本の大切さ」を思い起こさせてくれた。


社会がウツ状態

2008-12-17 16:16:32 | アラカルト
新聞を読んでも、テレビのニュースを見ていても「明るい!」と感じられるモノ・コトが無い。
docomoのテレビCMで「新しいコトが、プライムなんだ」とか「若いんだから」とか「新しくなくては意味が無い」などといわれても、その「新しいコト」に「ワクワク・ドキドキ感」というモノが感じられないのもまた、事実だろう。
もちろん、新機種販売のためだと言うことは、十分分っている。
だが、そのテレビCMが今の社会状況との「ミスマッチ感」があるように感じてしまうのだ。

消費者=生活者側の「社会的閉塞感」は、そこまで高まっているように思えてならない。
もちろん、あくまでも私個人の感覚なので、もしかしたら真っ当なビジネスをしている人の中にも、「イヤイヤ、世の中楽しいですよ!」と言える方もいらっしゃるかもしれない(そのような方にお会いしたいものです・笑)。

反面、企業側が今の社会状況に過敏になり過ぎているのでは?と、感じる部分もある。
確かにアメリカ発の金融危機は、アッという間に世界に広がり「主要産業」と呼ばれる自動車産業、何よりも「社会の血液」となる金融を直撃した。
世界中の株価は下げ止ることを知らず、日本の円高は止まることがない。
アメリカの金利0%政策が、拍車をかけているようだ。
しかし、日本の金利が5%くらいあるなら分るのだが、ご存知のように0.3%というあるのか無いのか分らない程度の低い金利なのだ。
それでも、日本の方が金利が良いという判断をする社会状況は、あまり健全とはいえないような気がする。

まるで社会全体が、「ウツ病」になってしまったような感じがするのだ。
現在「鬱病」と戦っていらっしゃる方からは、お叱りを受けると思う。
だが、様々な場面で「評価されない社会」に、なりつつあるような気がするのだ。
人として「評価されない」というコトは、とても辛く哀しいことだ。
「心の張りや意欲」が減退するのも、当然だろう。
そんな雰囲気が、社会全体を覆っているような気がしてならない。

たとえば、「雇用」にしても、サービス残業続きで心を病む正規雇用社員がいるのであれば、「ワークシェアリング」という方法もあるだろう。
「非正規雇用社員」の住居となっている「社員寮」にしても、借り上げた分の経費はかかっているはずなのだ。
「借り上げ期間終了まで、安価な家賃で提供する」などの方法を検討すれば、「明日から住むところがありません」という最悪の事態は免れる人もいるのでは?

日本は「創意工夫の国」だった。
だからこそ、自動車産業をはじめとする様々な「モノ作り」が出来たのだ。
とすればその「創意工夫」を、もっと他の分野でもできるのではないだろうか?
それが今の社会全体を覆っている「ウツ」から脱却させる方法なのでは?