夫が入院してから今日で23日目。
4日に入院して1週間が過ぎた頃、お友達にお電話した時に
「毎日がまるで幻のように過ぎていく・・・」と、言ったと思うでしょ^^
「幻のように過ぎていくような感じはまったくしなくて、凄く毎日がはっきりしている。」とわけの分からないような事を言った私でした。
昨日、今日、明日がはっきり見えている、そんな感じだった毎日。
入院したのにどんどん悪くなって行く夫を目の前にして、かなり緊張していたのだと思います。
だけどこの毎日は、振り返った時にはきっと何が何だか分からなくなってしまうのに違いないとも思いました。
だから今はちゃんと日記を書いておこうとその電話を掛けながら思ったのでした。
だからこの「期間限定泣き虫日記」は1月15日から始まっているのです。
事故とか怪我ばかりしているので保険に入ると、ぴたりと怪我などをしなくなったりしたことはありませんか。
「泣き虫日記」と名付けたら、その日辺りから一番ひどかった状態から抜け出して泣く必要がなくなってきました。
点滴中心だったのに、昨日病院に行ったら自己管理の飲み薬がたくさん出ていました。明日の木曜日から治療も変わるそうです。
胸の影も少しずつですが薄くなりつつあるとかで、朝夕の熱はまだまだ安定していないのですが、退院に向けて進んでいるような気がして嬉しく思っています。
たった23日でもそこにはすでに過去が存在していて、夫とその過去を笑い飛ばしています。
「悪いけれどさ、私ちょっと、そうね、5パーセントくらい未亡人になっちゃった生活を想像しちゃったわよ。」
「本当だよな。考えちゃうよな。」
「前の病院にずっといたら死んじゃったかもね。」
私って…ずけずけ言う人・・・・。だけど今だから言える言葉。
「俺もさ、そう思う。」
「あの頃さ、家に帰ると泣いちゃったりしてさ。」
「・・・・・・・。おふくろが、お前の事を可哀想だって言ってた・・・・・。」
「えっ!? お母さんが?」
お母さんと言うのは姑の事。
「おふくろさ、転院の時さ、もうこの人はダメなんじゃないかと落ち込んで、家に帰っても口を利くことが出来なかったんだって。『私だってそうなんだから、花さんはもっと辛いんじゃないかと思う。』って。」
その時私の脳裏には、あの転院の日そのまま仕事に行って、その帰り道、暗い夜道をべそをかきながら歩いた自分の姿が蘇ってきました。
マスクの下で鼻の頭がツーンとしました。
その時の気持ちを思い出して、また切ないような気持ちになったのです。だけどそれだけではなくて、分かってくれている人がいる、それが嬉しかったのです。
昨日の夜、ルート君に言いました。
「上手くいけば、あと10日ぐらいでパパちゃんは退院できるかもしれないよ。」
そして
「ああ、パパの居ないこの快適な暮らしともお別れかと思うと、ああ、嬉しい。」
聞いていたルート君
「・・・・・・!」
「・・・・・・?」
「おい、やっぱりその変な日本語からどうにかしてくれ。」
トップ画像は、病院に行く途中で見つけた薔薇の実。
花が散った後はこんな風になるなんて、私は知らなかったのです。可愛いですね。