森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

16th/17th

2016-08-18 09:35:55 | 梢は歌う(日記)

夏の終わりを感じる時ー。

外は相変わらずの猛暑だって言うのに、ひたすら眠くなる時、そんな時に私は夏の終わりを感じる事がある。

体が夏の疲れを感じて、次の準備に入っているのだ。

そんな風に感じるお盆明けの日々。

 

16日はそんな風に一日中眠い一日だった。

だけどどういうわけか、短時間バイトの時だけは、当たり前の事だが、シャッキとなる。本当に短い時間の私の労働時間。だけどどんなに短くてもお仕事はお仕事なのだ。私はたったかその場所に向かう。

その途中で知り合いに会ってしまった。

彼女はまったく私の気持ちなんかに気が付いていないはずだが、私は彼女が苦手である。なぜならいつだって自分の話だ。

「あっ、こんにちは~。」と言って、私が歩く足を止めなかったら、この人には時間が無いのだと悟って「じゃ、またね。」とか言って、去って行ってもらいたいものだ。だけれどわざわざ自転車から降りて歩く私の後ろを歩く・・・・・。

そして5分6分の間に、彼女の母の入院、彼女の兄の妻の母の病気、そして初孫が生まれた事を私は知ったのだった。

「やっぱり過ぎていく毎日は辛い事ばかりじゃないって事ですね。」と初孫の誕生を祝ってそう言うと

「私は毎日大量の洗濯物を洗って・・・・・」とか抜かす。

 

つまり

「大変だったわね。頑張ったわね。」と言って貰いたいんだなと思ったけれど、そんな事を言わされるのはうんざりなんだよ。だから

「いつまでも続く事じゃないよ。いっぺんに大変な事が起きたのならば、いっぺんに終わるって事じゃないの。」と、私は言い

「私だって先の事は分からないのよ。如何に今がピンシャンとしていても姑は92歳だし母は83歳な・・・」

「あっ、お仕事頑張ってね・・・」と去って行く彼女。

ああ、なるほど。

この手があったんだ。先制攻撃して、私が私の話ばっかりすればいいんだね。

 

※        ※        ※

 

たまにはドラマのお話をします。

火曜日の夜は、波留さんのON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子」を見ています。

が、これ、気持ち悪い・・・・。

姉が初回で同じ理由でリタイアした気持ちが分かってきました。でも、その時は「ああ、そう。面白そうじゃん。」と思っていたのですが、気持ちが悪いと思っても、ここまで来たら誰よりも異常なヒロインがどうなっていくのか見届けなくては、気持ちが悪いと言う気持ちが納まらないような気もします。

…だから、一応リタイアはしないのですが、気持ち的には…あんまりって感じです。

私は、ご存知の方もいると思いますが、意外とシリアルキラーのミステリーは好きです。異常犯罪の物語も。

でも・・・これ、限界を超えている。

異常犯罪は異常な人がやり、通常または普通の人々とは一線が引かれているのが普通の感覚。普通に見えていた人がその線を超えて異常になっていくのは理解できます。でもこれは「見えていた人が」って所がポイントで、普通だった人が憎しみのあまりと言うのは、ちょっと違うような気がするんですよね。

憎しみのあまりめった刺しの殺人とか言うのは分かりますが、普通は抑えられない衝動でと言ってもそこが人間としての限界で、普通だった人が憎しみのあまりと言えどもあんな凝った気持ちの悪い殺人をするわけがないと私は思うんですよね。何を言ってるかと言うと、前回の小銭殺人の事です。あんな気持ちの悪い事を普通の人は考えることは出来ないし、一人の死に様を見たら、その異常性に目が覚めると言うものじゃないですか。

それにひとり殺すのに100万ぐらいの小銭がいるのなら、300万の出費があったわけで、そのお金でいい方向に立ち直っていく事は考えられなかったのかしら…だいたいゲーセンで小銭を300万集められるのかしら・・・・。

なんか、腑に落ちん。

まっ、とにかく気持ちが悪い、コレ。

 

だけど波留さんのお芝居が上手いのか、この装っていると言うドラマ内での演技が最初は自然に見えたものが、徐々に装っていると言う感じが強くなってきました。

装っているんだと言うお芝居って、しかもそれが徐々に少しだけ崩れていくと言うそれって、かなり難しいですよね。波留さん頑張っている。もうそれだけでもリタイアしないで見ようかなと言う気持ちにもなるような気がします。サイコパスになる人も、最初からではなく悩み苦しんでいるのかもしれませんよね。←ずっと悩み苦しんで、そのまま人生の終わりまで持ちこたえて欲しいです。じゃないと、他の人に凄い迷惑が掛かります。

 

※        ※        ※

 

映画は「ジャングルブック」と「ゴーストバスターズ」を見たいなと思っているのですが、一日のタイムスケジュールを組もうとしている段階で、なかなかうまくバスの時間などが上手くいかない事もあって、予定が組めません。

しかも他の家族が一生懸命に働いている時間に、お母さんは遊ぶ事ばかりを考えているような気がして罪悪感さえ感じます。

でもこの罪悪感と言うのは、長い間兼業主婦で来た後遺症のような気もするのです。

だけど主婦業はほぼ年中無休のお仕事で、健康なうちは定年がありません。お盆のお休みの時だって、オヤスミなんか一日もなかったでしょう、主婦の皆さん!?

 

だからもう、収入を得るために家族と同じ時間を働いて、尚且つプラスで家事をしなくちゃっていう発想は「えいっ!!」って捨ててやると思うのです。あっ、これ、自分に言ってるんです。たぶん誰ももう家族は、私に働けって期待していないと思う・・・・し。

 

なんだか自分がイマイチ分からなくなっている、今の私。

何がしたいの?

何処に向かっているの?

 

時々私、あした死んじゃってもいいかって言うような気持ちになるんだけれど、そのとき必ず

「あかーん!!!」って思う。

いや、そんな風に思っちゃいけないって言う道徳心からじゃなくて、今突然死んだら、私がどのような保険に入ってるか、あの書類この書類がどこにあるのかって、きっと誰にも分からないと思うんです。

あー、死ぬ準備って大事だよなあって思うんです。

その準備がちゃんと普段からできている人は、いざと言う時にも未練なく心安らかにってなるかもしれませんが、私の場合は相当まずい状況です。

 

私に唐突なる悲劇が起きたとして、家族は最初は凄い悲しみに襲われると思うし嘆いてくれるとは思うんです。でもそのうちいろいろと遣るべき事務処理的な事が起きてきた時、イチイチあちらこちらをひっくり返しす姿が・・・・ああ・・・・。

それに時間が経って、もうあのおばさんのものは少し処分しようと、家族で物の整理を始めるとするでしょう・・・・・。

その時もあちらこちらからいろいろなものが出て来て、みんな疲れ果てちゃうと思うんです。

そしてそこで一言、みんなが言う。

「あの、ばばあ !!!」

 

残りの人生をいかに生きるかを模索するのも大事な事だけれど、そろそろ死ぬ準備をすることも大事な事だなと思います。それが出来ると言うのは体が動くと言うことで、「死」と言う言葉を使っても決してネガティブ発想ではないので安心してくださいね。

 

そうそう、昨日見たドラマはWOWOWのオンデマンドで「「刑事ヴァランダー」というもの。

海外サスペンスって、本当に面白いですよ。主役たちが人の死を悼み嘆き寄り添っているところも、普通の感覚で好きな所です。

夜の「家を売る女」も面白いですよね。「GO」って言いたくなります^^

 

 

 

 

 

 

 

コメント (4)
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