flow Trip -archive-

「漂い紀行 振り返り版」…私の過去の踏査ノートから… 言い伝えに秘められた歴史を訪ねて

松島 西行戻しの松

2013-04-08 00:00:00 | 海道・みなと

(宮城県宮城郡松島町 日本三景 国指定名勝)
 瑞巌寺から上がった高台から、この高台にやって来た。そこには、震災により休業となっている茶店があったが、振り返ってみると、そこには句を認めたくなることを頷ける光景が広がっていた。この場所には次のような伝説がある。西行(僧・歌人 俗名佐藤義清 1118-90)が武士であった頃、通じた官女に「あこぎである」とたしなめられ、その意を解せず出家した。そして、この地を訪れ高台の松の傍らで休んでいると、松島明神である老人が牛に草を食わせていた。老人は牛が飽きもせず草を食べているので、「あこぎである」と叱った。西行はその老人に「あこぎ」の意味を尋ねた。老人は「伊勢の海あこぎが浦にひく網も、たび重なればあらわれやせん」と古い和歌を引いてそれを答えたが、西行はそれが理解できず、恥じてここから引き返したという。 また、西行が「月にそふ桂男のかよひ来てすすきはらむは誰が子なるらん」と句を詠んでいると山王権現の化身である鎌を持った童子が現れ、「雨もふり霞もかかり霧もふりてはらむすすきは誰が子なるらん」と詠んだ。童子の仕事は何かと西行は問うと、「冬ほきて夏枯れ草を刈りに行く」と童子は答えたが、西行はその意味が分からなかった。そして童子は、「才人が多い霊場松島を訪れると、恥をさらすであろう」と諭したので、西行は恐れてこの地から去ったという。故に西行戻しの松と呼ばれるようになったということである。
 震災で崩落した箇所

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