田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

林心平 × エゾホトケドジョウの人

2011-03-03 14:54:57 | 札幌学 & ほっかいどう学
 林心平氏の「北海道 動物の人対談シリーズ」の第5弾である。ゲストの桑原禎知氏は林氏の大学の先輩であるという。そんな間柄から林氏の容赦のない突っ込みが対談を和やかにし、桑原氏の活動を浮かび上がらせてくれた。 

 エゾホトケドジョウ…、一般人にはほとんど関心も持たれていない水棲の小さな生き物を追い続けているというマニアックな人、桑原氏が今回のゲストであった。
 桑原氏の紹介が場を和ませた。二人で相談のうえ考え出したのが「学術用途に耐えうる写真を撮っている人」が桑原氏であると林氏から紹介があった。

 今回の対談はこれまでとは違い、時間いっぱい二人が対談する形で進められた。
 対談の内容は大きくいって二つの話題が提供された。
 一つは、桑原氏の研究対象である「エゾホトケドジョウ」のことについて、もう一つは、生き物(特に水棲説物)を撮影する苦心談についてであった。

        
        ※ エゾホトケドジョウを語る桑原禎知氏です。

 桑原氏が「なぜエゾホトケドジョウにはまったのか」ということについては、エゾホトケドジョウが夜行性のうえ、きわめて撮影が困難なために、それまで研究対象となっていなかったことが大きかったようだ。
 それにしてもエゾホトケドジョウなどは何の役にも立たない雑魚である。だから誰からも注目もされていない生き物である。そんな生き物を20年以上にもわたり追いかけている桑原氏に、林氏は「なぜそんな生き物を一生懸命追いかけているのか」と問うと、彼は「面白いし、楽しい。見続けることはぜいたくな時間を過ごしていると感じている」と話す。う~ん。やはりマニアックな人だ。

 20数年エゾホトケドジョウを見続けることによって、さまざまな生態を明らかにしてきたが、特に謎とされていた産卵期の生態を解明したということだ。
 そうした観察活動の中で、生態を記録に残すために写真撮影には苦労し、いろいろと工夫を重ねたらしい。

 水深10cmほどの水中のエゾホトケドジョウを撮影することは素人が考える以上に難しいようだ。カメラを工夫し、ドジョウの通り道を予測し、じーっと辛抱強くカメラの前を通過するのを待つという。
 自作の水中カメラを実際に見せてくれた。今やその機材を改造する技術も専門家並みらしい。

        
        ※ 自作の水中撮影用のカメラを手にした桑原氏です。

 話を聞いていて、その辛抱強さ、観察力、機材を工夫する技術等々…、大変な努力をされていることを知ることができた。
 しかし、桑原氏はそんな苦労を聞いている者に苦労と感じさせない明るさがあった。

 桑原氏のような存在が自然の中にある不思議を一つ一つ解明していってくれるのだと改めて思わせてくれた土曜日の夜だった。

        
        ※ 桑原氏から話を引き出すナビゲーターの林心平氏です。

寺島実郎 北海道の生きる道を説く

2011-03-01 14:22:58 | 札幌学 & ほっかいどう学
 北海道経済(日本経済)浮上の鍵は「グレーターチャイナ(大中華圏)のダイナミズムとどう向き合い、それにどう伍していくかである」と氏の持論を展開された。 

 須田慎一郎氏の講演に続いて(時間的には多少カブったのだが)日本の論客の一人として名高い寺島実郎氏の講演を聴くことができた。
 2月25日(金)、共済ホールにおいてさっぽろ産業振興財団主催の「札幌市経済界フォーラム」が開催され、その基調講演を寺島氏が務めたのである。
 氏は「2011年日本を取巻く経済環境 北海道・札幌の生きる道」という演題で話された。

        
     ※ 講演する寺島氏だが、かなり遠かったために写真がボケたのはご愛嬌です。

 須田氏の講演とのはしごだったため、氏の講演の最初の10~15分ほどを聞き逃したことで話に入っていくのに困難を感じたが概ね次のような話だった。

 中国経済の台頭は中国単体で考えるのではなく、中華人が経済の実権を握っている香港・台湾・シンガポールを含めたグレーターチャイナ(大中華圏)の台頭として見るべきだ、と氏は強調する。
 そして氏は具体的な資料を提示して説く。例えば経済の台頭を意味する港湾の貨物取扱量では09年度、1位シンガポール、2位上海、3位香港、4位深圳と見事なくらいグレーターチャイナの都市が並んでいる。そして5位には釜山がきている。

 寺島氏はこの5位の釜山に注目すべきだと言う。それは釜山がトランシップの役割を果たしていることだという。トランシップとはアメリカから太平洋を渡ってきた船舶が釜山港でいったん荷を降ろし、そこからグレーターチャイナの各国へ荷分けされて積み出されているという。しかも太平洋を渡る船舶は苫小牧沖を通り、青函海峡を通り抜けているという。ここに北海道は着目すべきだというのである。
 寺島氏はこうしたトランシップの役割を釜山だけに名を成さしめるのではなく、苫小牧や函館など北海道の港もトランシップ港として名乗りを上げよということなのだ。

           
        ※ 寺島氏が参加者に配布した氏作成の資料集です。

 そして寺島氏はさらに北海道の可能性について、やはり「観光と食(農業)」を挙げる。
 観光に関しては、北海道が持つ素材をさらに魅力的なものとして、「行ってみたい、住んでみたい」と思うような幻想(イリュージョン)を抱かせることだと言う。
 また、観光と食(農業)をどう結びつけるか。
 さらには、システムとしての農業をいかに構築するか。(闘う力のある農業)

 いずれにしても、挑戦者的姿勢で、先見性をもって、積極的に実験を仕掛けるようなフロンティアスピリットでグレーターチャイナと向き合うべきだ、と説いた。

        
      ※ 寺島氏の講演の後、関係者によるパネルディスカッションの様子です。

 寺島氏の論は直接聞いても(私は今回で3度目)、テレビを通して聞いても、ある種の説得力をもって私の耳に届く。
 問題はこうした論を参考にして、いかに積極的に具体化し、実践に移していくかということではないか。
 「待ったなし」の状況にある今、チャレンジャー精神を発揮して積極的に打って出る人材が北海道から多数輩出されることが望まれるのだが…。

ほっかいどう学 大学放送講座 №5「地域で支える認知症」

2011-01-22 12:15:31 | 札幌学 & ほっかいどう学
 昨日の投稿はさすがに道民にとっては関心の高い話題と思われ、私のブログとしては過去最高のアクセス数(閲覧数 1,595 訪問者数 461)を記録した。
 アクセス数だけを考えれば、こうした時の話題を追いかけるのも一つの方法だとは思うが、やはり私は自分の思いに忠実に発信し続けていこうと思う。
 ということで、今回はまたまた地味な「ほっかいどう学」の大学放送講座のレポートを投稿することにした。今回の講師は北海道医療大学看護福祉学部の井出訓教授である。
 講義内容はいつもご案内していますが、ネット上で公開されています。興味のある方はこちらをクリックください。(  )「道民カレッジ」のページが開きますので、さらにそのページの「HBC ほっかいどう学BB」をクリックすると到達することができます。
 

    第5回 地域で支える認知症 
           ~フレンドシップクラブの現場から~  

 超高齢化社会を迎え認知症を患う高齢者も年々増加しているという。人が高齢期を迎えると誰もが認知症を発症する可能性を秘めているとすると、私にとっても無関心ではいられない問題である。
 講座は不幸にして発症してしまった場合に、その患者・家族並びに介護者を地域で支えていこうとする組織的な取り組みについての報告である。
 副題の「フレンドシップクラブ」(正式名を「認知症フレンドシップクラブ」と称する)とは、患者の趣味的な活動を支援することによって、豊かで質の高い生活を送るよう支援するNPO組織です。
 クラブには地域住民からなる「認知症フレンドシップサポーター」、地域の商店・企業などが協力する「認知症フレンドシップスポット」、そして地域に暮らす「認知症の方」がいて、相互に助け合い、依存し合いながら心豊かなまちづくりをしていこうとするものです。
 番組の冒頭、講師の井出氏が「認知症は“疾患”ではなく、“状態”である」と強調された。つまり認知症は人間の能力のある一部分に欠陥が生じた状態にあるということである。
 とすると、正常に機能する能力を生かして豊かで質の高い生活が送れるように社会が支援する仕組みを整備することは超高齢化社会を迎えて必須の課題ではないかと考えた。


ほっかいどう学 大学放送講座 №4 「北海道の雇用を創る」

2011-01-17 11:10:02 | 札幌学 & ほっかいどう学
 最近少しアクセス数が伸び悩んでいる中、こうした地味レポではますますアクセスが減りそうですが、一応決断したからには№6までなんとかレポートしたいと思っています。お付き合い願えればと思います。
 このシリーズの最初のときに紹介しましたが、この講座は「道民カレッジ」の一環として開講されているものです。この道民カレッジには相当数の道民が登録し、生涯学習に励んでいるようですが、私は熱心な受講生ではありません。ただ、この大学放送講座だけは録画しておいて受講できることもあり、昨年引き続き全講座のレポートを提出する予定です。
 さて今回の講座は、北海道大学高等教育機能開発総合センターの亀野淳准教授による「北海道の雇用を創る」という私にとっても興味深い講座でした。
 これまでと同様に放送内容がネットで公開されていますので、興味がありましたらこちらをクリックしてみてください。() ※ なお、クリックしましたら「道民カレッジ」のページが開きます。さらに、そのページの「HBC ほっかいどう学BB」をクリックしてください。


      第4回 北海道の雇用を創る
             ~キーワードは人材育成~

 北海道の雇用状況がかんばしくないことは長く言われ続けていることである。こうした状況に研究的な視点から分析し、一つの解決策を示したのが本講座であると理解した。
 講師の亀野准教授は、北海道の雇用状況を改善するためにはやはり経済成長によって雇用を創出し、働く場を作っていくことが重要であると指摘した。
 北海道は他地域と比較し、グリーン分野、観光分野、介護・福祉分野、地域社会分野などの潜在的な可能性は他地域以上に優位であり、その分野の成長のためには「人材育成」が欠かせぬ視点であるとし、教育の重要性に論及した。
 本講座を受講し、画期的な処方箋を提示されたとは思えないが、地域経済の成長のカギが「教育」にあるとの視点が新鮮に映った。
 氏は各種調査から、学生の勉強の熱心度と大学教育の有用度には相関関係があり、大学教育の充実と学生が熱心に学ぶことを促した。
 結局、なかなか好転しない北海道経済について短期的な処方箋を探るだけでなく、教育の充実という中長期的な視点に立った対策も重要であるとした亀野准教授の主張に私も同意したいと思った。


ほっかいどう学 大学放送講座 №3 「ふまねっと運動の効果」

2011-01-14 11:50:53 | 札幌学 & ほっかいどう学
 写真の添付がない地味なレポートであるが、ご勘弁いただきます。
 今回、私のレポート提出が大幅に遅れています。何せ放送は昨年10~11月にあったものなのですから…。ちょ~っとのんびりし過ぎましたかね?
 今回の講座は、北海道教育大学釧路校の北澤一利准教授です。
 なお、これまでと同様に放送内容がネットで公開されていますので、興味がありましたらこちらをクリックしてみてください。() ※ なお、クリックしましたら「道民カレッジ」のページが開きます。さらに、そのページの「HBC ほっかいどう学BB」をクリックしてください。



      第3回 ふまねっと運動の効果
            ~「健康」「まち」「ひと」への働きかけ~

 「ふまねっと運動」という高齢者の歩行機能や認知機能の改善に効果のある運動が北海道内に広がっていることを恥ずかしながらこの放送講座で初めて知った。
 そしてこの運動が高齢者の健康面の効用(医学的効果)だけではなく、まちづくり、人づくりなど(社会学的効果)にも大きな可能性を秘めていることを本講座を受講して知ることができた。
 特に、この運動の指導者を高齢者に委ねる「ふまねっとサポーター」養成の視点には共感を覚えた。講師の北澤氏はこのことを「高齢者を福祉の受け手から担い手へとプロモートする」とした。画面からは「ふまねっとサポーター」として認定された方々が生き生きとして地域の高齢者を指導する姿が伝わってきた。
 そしてそのことが高齢者のソーシャルキャピタル(社会を良くしていこうとする力)を高めることに繋がるとして、その裏づけ(調査)もしっかり把握している。
 このように一つの運動を多角的に分析し、社会的課題と結びつけ、課題解決を図ろうとする姿勢にこの運動の素晴らしさを見た思いである。
 このような視点は、運動だけでなく、さまざまな取り組みに大きな示唆を与えるものであると言えよう。


ほっかいどう学 大学放送講座 №2 「北海道のまちづくりいろいろ」

2011-01-12 14:25:03 | 札幌学 & ほっかいどう学
 №1に続いて№2の「北海道のまちづくりいろいろ」についてレポートします。講師は、北海学園大学工学部の岡本浩一准教授です。
 なお、昨日同様に放送内容がネットで公開されていますので、興味がありましたらこちらをクリックしてみてください。( ) ※ なお、クリックしましたら「道民カレッジ」のページが開きます。そのページの「HBC ほっかいどう学BB」をクリックしてください。


   第2回 北海道のまちづくりいろいろ             
             ~まちを愛する道民のすがた~

 「まちづくり」は私にとって非常に関心のあるテーマである。番組で紹介いただいた事例についてはすでにほとんどを見聞していました。
 そして講師の岡本氏が主張するように「まちづくりのキーマンはそこに住む一人ひとりだ」ということには私もおおいに同意する一人です。
 私の教え子は今過疎の町に住みながら、その町の中堅として自ら住む町を住みよい豊かな町にしようと懸命な模索を続け、提言しています。
 そうした彼の姿を見るとき、彼がとても生き生きとしていることに気付きます。人は自ら住む町に対して主体的に思考し、行動するときに、そこに生き甲斐を見出し生きている意味を見出すのだと思います。
 私も彼の姿に刺激を受け、札幌というまちで自分に何ができるのかを考えています。
 その一つとして、地域の公共の空き地を行政にかけ合って借用し、そこを花壇にすることに取り組みました。また、付近住民に呼び掛けて周辺の道路清掃にも取り組みました。
 ささやかな実践ですが、こうしたささやかな実践の取り組みがいつか大きな流れを創るではないかと夢想しながら今年の夏も取り組んでみたいと思っているところです。

ほっかいどう学 大学放送講座 №1 「ショートフィルムで人づくり」

2011-01-11 13:06:04 | 札幌学 & ほっかいどう学
 冬というせいもあって外出する機会が少し減ってきました。
 そのことで私のブログの話題も払底してしまいました。
 そこで拙ブログの趣旨からは少し離れるのですが、昨年もレポートした道民カレッジの「ほっかいどう学 大学放送講座」の視聴レポートを掲載することにしました。
 今年度は昨年10月から11月にかけて計6講座が放送されました。まだ全てのレポートが完成したわけでありませんが、できれば6本全てを完成させて掲載したいと思っています。
 レポートは字数400字程度と限定されています。その限られた中で自分の感想を表現するのはなかなか難しい作業です。
 それでは第1回は北海道情報大学情報メディア学部の島田英二准教授の「ショートフィルムで人づくり~札幌の新しい映像文化~」の講座からです。
 なお、放送内容がネットで公開されていますので、興味がありましたらこちらをクリックしてみてください。() ※ ページを開いた後、「ほっかいどう学BB」のところをクリックして開いてください。


    第1回 ショートフィルムで人づくり
              ~札幌の新しい映像文化~ 
 
 札幌は「札幌国際短編映画祭」を5年にわたって開催するなど映像文化の盛んな地域といわれている。
 私が知り得ている情報では、札幌に在住しながら長編映画の製作に取り組んでいる人、また短編映画に取り組んでいる人も相当数いると聞いている。
 本講座の講師の島田氏はそうした動きの中心の一人として活躍されている方のようである。
 氏は短編映画の製作(ワークショップ)を通しながら映像教育の充実を図っていきたいと言う。短編映画(ショートフィルム)を教育に活用するのは、①作りやすさ(初心者に最適) ②短い(繰り返し学習に適する。子どもの集中力が続く) ③学校機材で制作が可能な時代、といった利点があるということだ。
 こうした利点を生かし、短編映画で人材を育成し、ひいては映像産業を北海道で発展させたいという。
 文化の発信基地が東京に偏在している現状の中で、札幌から文化を発信しようとする試みには心から賛意をおくりたい。
 世界的には短編映画からジョージ・ルーカスなど多くの巨匠が誕生しているという。
 日本においても北海道から数多くの巨匠が誕生することを夢みたい。


大倉山の秘密

2010-12-13 13:58:17 | 札幌学 & ほっかいどう学
 スキージャンプ競技のメッカとして名高い大倉山ジャンプ競技場にまつわる秘話をいろいろと聞くことができた。大都市札幌の都心からそう離れていないところで国際的なジャンプ競技を観戦できる幸せを感じた。


        
        ※ つい先日大倉山ジャンプ競技場を見物したばかりだったの
         でその写真を借用した。

 12月8日(水)9講目の「ボランティアガイド養成講座」があった。
 この日は「札幌の文化(大倉山)ウィンタースポーツを知る」と題して、札幌ウィンタースポーツミュージアム研究員の山谷和正氏が講師を務めた。

        
        ※ 講師の山谷氏はまだ若い研究員でした。

 話はウィンタースポーツ全般に及んだのだが、その中心は大倉山ジャンプ競技場のことだったので、ここでもそのことを中心にしてレポートすることにする。
 大倉山ジャンプ競技場は1931(昭和6)年に最初の台が完成している。
 その大倉山がジャンプ競技に適していたのは次の7点もの優位な点があったということである。
 ①スロープが南向きでないこと。
 ②風の条件が適していること。(冬期間の風当たりが少ない)
 ③市街地に近いこと。
 ④全長の長さが確保できること。
 ⑤傾斜があること。
 ⑥加工できる土地であること。
 ⑦工事費が少ないこと。
という条件に大倉山は見事合致したということなのだ。

 大倉山ジャンプ台誕生に関わって次のような秘話を紹介された。
 スポーツの宮様として名高かった秩父宮様が来道された折、北海道のスキー界の重鎮だった大野精七博士と懇談する中で秩父宮様が「将来日本でオリンピックを開催するとなれば、雪質が良く、大都市である札幌が一番適当と思う」と話され、そのことが札幌大会招致の端緒となったということだ。
 さらに宮様は「オリンピック用のシャンツェが必要だ。良い場所を見つけ、設計して送ってくれれば私が造れるようお世話をしよう」と述べられたそうだ。
 その後、宮様が大倉喜七郎男爵に口添えされたことによって、資金が提供されジャンプ競技場が完成を見たということだ。(大倉山と命名された由来でもある)

        
      ※ 1972年の札幌冬季オリンピックの聖火リレーに使用されたトーチです。

 大倉山は1931年に完成以来、度々改修され現在のような姿になっているのだが、現在設置されているジャンプ台の器材を持ち込まれてクイズ形式で講師から問われた。
 写真のものは私も現場で見ているので直ぐに分かった。ジャンプ台のランディングバーンに敷かれているマットである。夏期間の雪がないときでもスキージャンプができるようにとこのようなマットが敷き詰められている。
 その名称が面白い。「ラーメン状マット」というそうだ。一本一本の線がわずかに縮れ状になっていて散水したときの水を少しでも留めるための工夫だそうだ。最初に開発されたのは真っ直ぐなものだったので「ソーメン状マット」と称したそうだ。(面白い!)

        

 次の写真のものはまったく分からなかった。写真では分かりづらいかもしれないが、陶器製のものでノルウェーでしか製造されていないということだ。

        

 答えは、ジャンプする前のアプローチに敷かれている部材だということである。名称は「スノーチャイナ」というそうだ。これも雪のないときにスキーを滑らせる工夫である。板状の中に点々が見えるが、水を流したときに水が一気に流れてしまわないための工夫だということだった。

 その他にもいろいろと興味深い話を聞くことができたが、ここでは割愛する。
こうしたことを伺うことによって、ジャンプ競技の観戦がより興味深くなってきた。今シーズンも大倉山に通おうか?(というほど通ってはいないのだが…)

旭山動物園の今、そして未来

2010-12-06 13:10:28 | 札幌学 & ほっかいどう学
 旭山動物園々長の坂東元氏が旭山動物園のこれまでを語り、そして未来を語った。はたして旭山動物園の名声はこれからも続くのか?


              

 札幌市生涯学習センター(通称:ちえりあ)の開館10周年記念事業の一環として、NHKプロジェクトX挑戦者たち「旭山動物園~ペンギン翔ぶ~」に出演した一人だった坂東園長と番組ディレクターだった舟迫将信氏が12月3日(金)ちえりあホールで対談した。

 坂東氏はこれまでのこと、そしてこれからのこと、と実に多くのことを語ってくれた。
 その全てを復元することはできないが、印象に残ったことを記してみることにする。

 舟迫氏は旭山動物園の凄さは①大人が笑っていること、②ワンポイントガイドに取り組んだこと、③行動展示をいち早く始めたこと、と指摘する。
③についてはかなり有名なことであるが、そうした指摘に対して坂東氏は答えた。
 行動展示をするためにハード面の整備に力を入れ、「ペンギン館」、「ほっきょくぐま館」、「あざらし館」などを次々とオープンさせたが、同時にソフト面の充実にも力を注いだ。
 ①ワンポイントガイド、②もぐもぐタイム、③手作りパネル、④こだわりガイドなどなど…。動物と観客の架け橋となるようにさまざまな工夫をしてきた、と…。

 そしてこれからの旭山動物園について坂東氏は意味深いことを述べていた。それは…、
 「これまでの旭山動物園は動物と観客の架け橋となるようにいろいろと工夫を凝らしてきた。これからは動物園の動物たちと彼らのふるさとをどう繋げていくかを考え、実践していきたい」と…。
 そのことを実際にオランウータンのふるさとボルネオで「ボルネオへの恩返しプロジェクト」という形で取り組んでいる様子について報告してくれた。また、北海道内にエゾシカが異常繁殖している状態についても関心を抱いていると…。

 さらに坂東氏は動物の気持ちを大切にして伝える努力は続けなくてはいけないが、お客さんを増やす努力はしようとは思わないと…。入園者数云々を論議することから、動物園の意義を論ずる本質的な論議がしたいと強調した。

 私は坂東氏の話に納得する部分を感じながらも、氏の話に危うさのようなものも感じながら聞いていた。
 坂東氏は私から見ると、たぶんに学者的、職人気質的な人に見えた。
 果たして施設の長(動物園長)として人をまとめていくという立場に相応しい人だろうか、と少しだけ感ずるところがあった。
 また、坂東氏の話の中に前園長の小菅正夫氏の名前が一度も登場しなかったことが不思議でならなかった。

        
        ※ 開演中の写真はNGなので開演前にステージを写したものです。

 最近思うことがある。人間にはリーダーに相応しい人間と、サブリーダー的な立場の方が自分の力を十分に発揮できるタイプがあるように思える。
 私の坂東氏に対する印象はどうしてもサブリーダー的なタイプが相応しいのではと感じてしまうのだがどうなのだろうか?
 私の観察が違っていることを願いたいのだが…。

札幌軟石発掘大作戦 発表会

2010-11-29 14:27:04 | 札幌学 & ほっかいどう学
 札幌軟石を使用した建造物を探索しマップにポイントする「札幌軟石発掘大作戦 2010 南区の陣 第二弾」に参加していましたが、このほどその成果発表会があり、参加してきました。 

              

 NPOの「札幌建築鑑賞会」と「札幌軟石文化を語る会」の合同企画として実施している「札幌軟石発掘大作戦」は今年6年目を迎えるそうです。
 これまで市内各区ごとに探索を進めてきましたが、札幌軟石の建造物が多い南区は昨年に引き続いての探索となったようです。
 私は今年初めて参加させてもらったのですが、その探索の様子は先にブログでレポートしたとおりです。(そのレポートはこちら  ②

        

 11月27日(土)は各人が探索し見つけポイントしたマップを持ち寄り、その成果を発表する成果発表会がエルプラザでありました。
 発表会に先立ち、それぞれが持ち寄ったA3版2枚の地図にポイントした札幌軟石の場所のところにシールを貼って目立たせるようにしました。

        

 そして床に地図を並べてゆき、調査地域の実際の分布状況を俯瞰することとしました。

        
        ※ 手前に大写ししているA3版2枚の地図が私の調査した
         ものです。黄色のシールが6枚貼られています。

 私の担当区域で発掘できたのはわずか6ヶ所でしたが、他の区域の発掘隊員の中にはかなりの数を発掘した隊員もおりました。
 全てを並べてみたところ、やはり軟石の採掘現場に近かった石山地区に分布が偏在している様子が分かりました。
 事務局の方の話では、石山地区には石工さんたちの住居がたくさんあり、自分たちの住居や住居の周りなどに軟石をたくさん使ったのではないか、との解説でした。

        
        ※ ピンクと黄色のシールが密集しているところが石山地区ですね。

 その後、各隊員の発掘時のエピソードなどが披露されました。
 調査区域に住んでいる人たちとの触れ合いがあったり、熊の出没情報に怯えたり、あるいは思わぬ掘り出し物に喜んだりと楽しい話が披露されました。
 私にもお鉢が回ってきて、あまりに軟石に出会わないために自分の判定眼(なんて言葉があるかな?)に自信が持てなくなってしまったことを披露しました。

        
        ※ 写真を使いながら発掘のエピソードを披露しています。

 今回の「札幌軟石発掘大作戦 2010 南区の陣 第二弾」は総勢29名の参加によって実施され、札幌軟石での建物29件、建物以外の建造物266件、総計293件の札幌軟石の建造物を発掘したことになったそうです。
 来年もまた別の区を対象に作戦は継続されるとのこと、来年も参加してみようかな?