在りし日の今日、長女はこの世に生を受けたのだが
たしか…おぼろげながらの記憶を辿れば
もっと暖かな秋晴れの日だったような気がする。
当時は機械化も進んでおらず、稲刈りは手作業だったので
この時期の稲刈り脱穀と重なり忙しい季節だった。
我が家もご他聞にもれず稲刈りの真っ最中で
家から見える田んぼだったので、本格的な痛みが来たら
白い旗を振れと、白い手ぬぐいを枕元に置かれた…。
今となっては笑い話だが
当時は家族にとって極々真面目に考えた結果だったと思える。
初産だったので陣痛が始まってから
痛みが10分置きになったら産院へと言われていたので
痛むお腹を摩りながら時計とにらめっこしていた。
やはり本格的な痛みが来たのは夜になってからで
自分で取り揃えた荷物を持ち、夫に産院まで送ってもらったが
当時は立会い出産なんてものはなく
もちろん私も、立ち会って貰うなんてトンでもなく嫌だったし!
今日は生まれませんよ…と言われた夫は
それでも一時間は居ただろうか? あとはサッサと帰ってしまった。
普通さぁ~ そう言われたって
せめて一晩くらいは付いているとは思うのだが
サッサと帰りやがって!! 痛むお腹を摩りながら
生まれたって触らせてやんね!と、一人で悪態をついた覚えがある。
それでも生まれたのが次の日の夜になってしまい
看護師さんが腰を摩ってくれるのだが、それさえも煩わしいくらいで
引き裂かれるような痛みと戦いながらの時間はいつ終わるのか想像も付かなかった。
…思い出して長女の母子手帳を見たら、在りし日の今夜10時6分だった。
微弱陣痛と吸引分娩で、吸引とはあのトイレのスッポンとやるものか?
とにかく我が長女の頭はひょうたんのような形で生まれた。
元気なお嬢さんですよ~~と、一通りきれいにしてもらってから
枕元に連れて来てもらったが、なんとも真っ赤で皺くちゃで
お世辞にも可愛いとは思えなかった…我が娘なのに(ごめん…長女!)
それでも、こんなチャランポランな私に育てられて
たいしたグレもせず、人並みに結婚までしてくれて
私にしては上出来な娘だと思ってるよ…。
きっと ここを覗くだろうから言っておくが
これからも二人して自分達の人生を歩いていくだろう。
いつまでも仲良く暮らして欲しい。
そうして、いつの日か人の親となって愛を繋いでもらいたいと思っているよ。
人の親になるという事は、大変な事がいっぱいあるけど
その何倍も嬉しい事や幸せな気持ちが帰ってくる。
人は子供を通して大人にしてもらっているのだと思うよ。
まぁ 出来るだけ早いに越した事はないがなぁ~~!!(と、何気に催促)
という事で、10月の花の中で
今年は咲かないかと思っていたガーベラが遅ればせながら咲いた。

このガーベラは、ばぁちゃんへの思いにも繋がってると思うのでアップしてみたよ。
雨の中だったけどさ…!
うちの夫も、陣痛と戦っている私を病院に置いて、
なんと友達のところで麻雀してたんですよ
入院して5時間ほどで産まれたんだけど、夫に連絡の取りようが無くて
携帯も無い時代ですからねぇ
結局、いつ病院に戻って子供と対面したのかなぁ・・・忘れちゃったけど・・・
実家の母がついていてくれたので夫がいなくても気にならなかった・・・
よく考えれば、薄情な話
>人は子供を通して大人にしてもらっているのだと・・・
本当にその通りですね。
それが愛を繋いでいくということ
子供は授かりもの
ガーベラきれいですね。美しい!
出産は、大変な事なのですねぇ。
生んだことのない私には、とっても参考になりました。
「子どもに大人にしてもらう」
素直にそう考えられなかった怖がりの私は、
産まずに歳を重ねてしまいました。
今となっては、少し残念です。
私も仕事中に「生まれた!」と連絡をもらったクチ
私らが生まれたころは、家で出産があたりまえ。
産気づくと親父が産婆さんを呼びに行く、なんてこともありました。
いつの間にか病院出産が普通になり、産湯の用意やら「すること」がなくなった、というのもあるかな?
でも心の中では、「こんなオレの子をつらい思いをして産んでくれて、ありがとう」と、ほとんどの男どもは感謝しているはずですので、なにとぞ…
男ってのはそういうのを「口に出せない」不器用な動物ですので
二男が一番安産、自宅からすぐ駆けつけられたので、「生まれてすぐ」の我が子と対面しましたが、「まるでサルやぁ~」と思いましたっけ。
二日経ち、三日経ちしてシワが伸び、だんだん人間らしくなってくると、かわいさがわいてくるというか(笑)
>人は子供を通して大人にしてもらっている…
これは同感です。以前どなたかのコメントに書きましたが、昔からの私の「持論」。
言い換えれば「子どもが大人を育てている」となりますか。
発育不良の大人が増え、事件をひき起こしているのでしょう。
よく寝ているから、と出かけた間に目が覚めて泣いたらしく、耳に涙が溜まっていた(まだ寝返りもうてないころ)のを見たとき、この子は「俺達がいないと、生きていけないんだなぁ…」と実感し、「しっかりしなくちゃ!」と思ったのを昨日のことのように想い出します。
うちの愚息は来月です。
私も陣痛微弱で促進剤を使いました。
布袋様のような長い頭で生まれてきました。
今では脳みそ入ってるの?と思うような小頭ですっ。
痛くてもう二度と赤ちゃん産まない!って思いましたゎ。
そのせいか分りませんが、二人目まで7年も間が空いてしまいました~
子が親を育てる・・わかります。
来月の息子の誕生日に「ありがとう」って言ってみようかな
偶然ですけど長男が生まれた時、夫がピンクのガーベラを病室に置いてくれました。
次男の時は白いブバリアを。
へへ、
うちは、帝王切開なので、陣痛を知りません。
そして、3年6年の息子達は、赤ちゃんはお腹から
生まれてくるって思っています
そこそこ学校で習っているんですが・・・。
あえて、訂正も説明もできないでいる、母です。
子育てはその身にならないと、きっとわからないでしょうね~。子供達もきっと、いつか親になった時、やっと親の気持ちが理解できるんでしょうね。
私はそれでいいって思っています。成人するまで、無事に・・・と願う。ここで、私の両親に感謝
父はずっとむかしの午年ですけど。
私は子どもを生んでいません。帝王切開でした。
ですから生む苦しみを知らないのです。
その代わり手術後が何日か辛かったです。
おまけに今もお腹の傷跡が引きつり、後も消えず、温泉もなるべく入らないできました。
とはいってもやはり生む方が大変ですね。
お母さん中のお母さんのpochikoさんの愛情にお嬢さんはきっと答えてくださるでしょう。