吉田クリニック 院長のドタバタ日記

日頃の診療にまつわることや、お知らせ、そして世の中の出来事について思うところ書いています

刷り込み その4

2011年02月24日 07時09分00秒 | インポート

 まるで他人が自分を見ているような第三者的な目で、当時のトボトボ帰宅する自分の光景が今でも甦ってくる。その度に「あぁ、あの子は可哀想だなぁ」と自分自身を評価してしまうのだ。別に自分可愛さの感覚からではない。きっとこのような感情を子供に与えてはいけないという気持ちからそう思うのであろう。あの時の感情は今でも覚えているが嬉しいのでもない、楽しいのでもない、または哀しかったり、悔しかったり、寂しかったりという感情のものでもない。表現が難しいのだが感情がまったく動いていないのである。「空虚な生体」であるといったほうがいい。あと少し待っていればたこ焼きが来るかもしれないし、あるいはこないかもしれない。この待ちつづけているという現在進行形の状況こそが、自分の感情をどのように発現させてよいかわからなくなった理由なのかもしれない。しかしながら多感な子供の時期に感情が停止するという、この痛手というか刷り込みは当時の自分にとってはかなり強烈な体験であった。もちろんたこ焼き屋のオヤジを恨んでいるわけではない。