一方、ある時、アンズ飴屋のおばさんに呼び止められたことがある。夕方も遅くなってそろそろ店じまいの時間である。「ちょっと、僕、こっちおいで」と手招きされた。屋台の裏手に行くと「これお飲み。内緒だよ」とばかりにアンズが漬けてあったシロップをコップに入れてくれた。嬉しかった。これはもちろん売り物ではない。おそらく店じまいするので捨てるものなのであろう。しかし通りかかった自分を呼びとめ、そのシロップを隠れてご馳走してくれたことはとても嬉しかった。その味は甘くてちょっと酸っぱくて、確かに「内緒話の密の味」のようであった。このことも「内緒話のいかがわしさ」に修飾された小児期における強烈な刷り込みになった。まったく公平な評価ではないのだが、顔すら覚えていないこのアンズ飴屋のおばさんは「とてもいい人」として自分の中に残っている。人の評価とはかくもいい加減なものである。