重賢公が水前寺御茶屋(現・成趣園-水前寺公園)にお出かけになったが、帰り道は突然のにわか雨となった。前触れが走りかえり、花畑館の東門(田際門)からお帰りになると告げた。門衛をしていた蒲池喜左衛門は「先例に従うべし」として、これを拒否別の先触れが到着して開ける様に即したが、「公からの紙面を以っての指示がない」として、頑として拒否、先例に従い南門から入るように言い張った。「公、やむを得ず欅門(南門)より入り給う」と古書は記す。
この蒲池喜左衛門は大奉行・堀平太左衛門の元で奉行に抜擢され、長く其の職にあって宝暦の改革に尽力した。重賢公「甚く信任し給ひぬ」とある。
さて、この「田際門」と「欅門」の場所だが、「欅門」はまさしく花畑邸の真南の中央部分にある。現在の花畑公園のはずれ、電車通りに面する角あたりではないだろうか。
一方田際門については絵図とにらめっこをしているが、書き込みが見当たらない。
東面は追廻(馬場)が存在し、その下は田畑がつづいている。現在も追廻田畑と呼ばれる歓楽街が有る辺りである。田際門という名前からしても、水前寺方面からの近道としてもここらに見受けられそうだが・・無い。
絵図を眺めながらの謎解きも徒労に終わった。どなたかご存知であればご教示給わりたい。