津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

トラックバックから「村上隆重の没年」

2012-01-12 09:34:38 | 歴史

 ちょっと古い話(2007-11-14)だが、かつて 「分かりました・・村上隆重の没年 - 」という一文を、このブログで書いたことがある。
              http://blog.goo.ne.jp/shinshindoh/e/497bd3e96adf60bb04de7fd9f2795f90 

この一文について一昨日、「伊予の戦国史」を主催されているT氏からトラックバックが送られてきた。
      http://iyo-sengokushi.blog.so-net.ne.jp/murakami-takashige

お説ごもっともな話である。当時を振り返ると、福岡県史・近世資料編「細川小倉藩」に該当資料を発見していささか舞い上がり、後先考えずに書き込んだようである。詳しく精査しなければならないと思っている。またこのことについてご存知の方があればご教示を給わりたい。

この村上氏については忠興公に近侍した村上河内(景則)が、公の没後熊本を離国しており詳しい資料が残されていない。忠興の遺言(?)の実現に向けて尽力し、本藩の反感をかっている。真実は闇の中にあり、かすかな資料をつなぎ合わせなければならない状況であるが、興味ある人物であり今後も研究の対象としていきたいと思っている。

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続・加藤清正「妻子」の研究

2012-01-11 22:16:12 | 書籍・読書

 水野勝之・福田正秀氏共著の「加藤清正『妻子』の研究」が発刊されてから、すでに四年余りとなる。この著書の反響はその後の清正に関する種々の出版物などでも引用され、今まで伝えられてきた史実に大きな修正が必要である事を認識させるにいたった。
その後も新たな資料が続出し、続編の刊行を企てておられたが、今月末に発刊の運びとなった。
このことは、財団法人・熊本城顕彰会の機関紙「熊本城」84号で、すでに福田氏が一文「加藤家改易時の熊本城」で言及されているから、私の勇み足にはならないだろうと思ってご紹介する。前巻でも大変ワクワクさせられたものだが、続編ではどのような事が紹介されるのか、大変待ち遠しい次第である。
諸兄におかれても、ぜひともお読みいただきたくご推薦申し上げる。

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忠興晩年の七年(天草島原の乱以後)

2012-01-10 21:22:18 | 史料

寛永15年(1638)9月7日、家光公於御城(西御丸)三齊君江御茶被進候
   同        9月14日江戸発駕、11月4日熊本着、5月八代御着

   同       11月6日の泰巌寺宛御書
                ・去々年当地出候時より二度肥後江ハ下間敷と存極上り候・・・
                ・(天草島原の乱において)立允命をひろい候間、其悦計ニ下候事

寛永16年(1639)正月5日、忠利君八代ニ御出被成候
   同       2月5日 三齊君御隠居之御家督を立孝主江御譲被成候
   同       2月6日八代御発駕・・7日於熊本城忠利君御饗応、洛外吉田ニ御逗留被成、3月下旬御発駕・・・4月4日御着府
   同  (立允)5月廿日八代御発駕・・・・京都・・・8月2日御着府     

寛永17年(1640)正月4日、(江戸証人)興孝主江戸御立被成候・・・室津にて御薙髪・・・3月21日熊本御着

寛永17年(立允)・・元服・中務太輔立孝と改名 9月廿日初御目見

寛永17年7月4日吉田御立被成、・・・同16日熊本迄御着被成
寛永17年9月 女子誕生くま(後すま) 8月生母・ミつ共々深尾長兵衛に被下 (又、糸という御女中に御名御百という女子誕生ともいう 生年月日不詳)

寛永18年(1641)3月17日 細川忠利死去
            5月5日光貞遺領相続 19日江戸発・6月14日熊本着・7月朔日八代にて三齊対顔、9月29日熊本発・10月26日江戸着
            7月19日八代発駕・8月14日洛外吉田着、10月17日発・同晦日江戸着 11月19日登城
            12月20日、諸大名之系譜御改之事ニ付齊藤佐渡守へ返書
寛永19年(1642)2月 登城
            4月26日江戸御発駕、6月17日八代御着
            8月休無様初而八代江御出被成、同冬御帰京
寛永20年(1643)正月8日、御曾孫六丸君(綱利)於江戸御誕生
            正月廿日頃、光尚君八代ニ御出 (此時長岡監物・沢村大学被召連候、此両人帰参以後初而御目見被仰付候)
            6月、立孝君江戸御立、7月11日八代江御着
寛永21年(1644・正保元年)2月29日、細川中務殿(立孝)為御参勤八代を御立
正保2年(1645)閏5月11日、中務立孝主於江戸卒去、31歳

   同        11月三齊君御煩重らせられ、刑部殿を被召候・・・(興孝主御家記)

   同        12月2日、於八代城御逝去被成候、御年83、御法名松向寺殿三齊宗立大居士

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とれるか直木賞

2012-01-09 22:37:19 | 書籍・読書
        蜩ノ記

祥伝社

             たまには小説もよいではないか。直木賞の候補に挙がっている作品である。
             さていかに・・・・

            追記:、直木賞に決定しました。おめでとう御座います・・・・・1月17日 20:10記

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お正月の美術館

2012-01-09 19:08:03 | 展覧会

熊本県立美術館 細川コレクション 永青文庫展示室

 『中国の美術-石仏の美-』

 

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八代市立博物館 未来の森ミュージアム

  松井康之没後400年記念

  戦国武将 松井康之の軌跡
  平成24年1月17日(火)~3月18日(日)

        http://www.city.yatsushiro.kumamoto.jp/museum/event/per_ex2/pdf/yasuyuki.pdf

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坂本善三美術館
        http://space.geocities.jp/atrium0510/archi/kuma/18saka/ 

トップロゴ画像

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(財)島田美術館

 

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旗本夫人が見た江戸のたそがれ―井関隆子のエスプリ日記

2012-01-08 10:03:46 | 書籍・読書
   旗本夫人が見た江戸のたそがれ―井関隆子のエスプリ日記 (文春新書 606)

   文藝春秋
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江戸の気分

2012-01-08 09:50:53 | 書籍・読書
  江戸の気分 (講談社現代新書)

        講談社

   細川家の歴史を探求する中、江戸時代という時代をそして江戸という町を、熊本の町の生活の有様を知りたいという思いが深まっている。
  談志さんの死から落語を楽しむことも増えたし、落語の本も親しんでいる。「江戸の気分」を楽しみたいと思っている。


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細川家家臣--大井田氏

2012-01-07 19:53:16 | 歴史

 

 細川綱利の正室は久姫、紀伊徳川家の頼房の七女(光圀妹)である。頼房の長男頼重(高松藩初代藩主)の養女となって綱利に嫁いだ。生母は大井田氏である。

武家家伝_大井田氏を見ていたら、細川家の家臣となっている人物があることが判った。

              http://www.harimaya.com/o_kamon1/buke_keizu/html/oida_k.html

久姫の生母の関係者、細川家に入る久姫について細川家家臣となったのであろうことが伺える。

            ■ 大井田十蔵  (南東63-66 
              織部            
              忠兵衛           
              忠兵衛           
            1、吉右衛門           
            2、小平次            
            3、十蔵   御中小姓      

ところが有禄士族基本帳では大井田氏の名前を見出すことができない。理由については良くわからないでいる。」

久姫:正保元年甲申出生、延宝三年乙卯二月廿日江戸ニテ卒去、年三十二、法号本源院梅渓妙香、東海寺中妙解院ニ葬ル

 

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昨今

2012-01-06 20:04:33 | 史料

 今日は小寒、暦通りの寒い朝を迎えましたが、日中は陽もあがり暖房も消してしまいました。
しかしながら夕刻から又冷え込み、只今フル暖房・・・明日も寒そうです。

  ・宛名書きソフト「宛名職人」をさわっていたら、誤作動させて住所録を消去させてしまった。
  プリントアウトしたものが残っているので一安心だが、元に戻す作業が恨めしい。

  ・正月2日お宮参りの帰り道で自転車のチェーンストアを発見、昨年末から予定していた奥方は喜んで電気自転車を購入する。
  私もマウンテンバイク風のかっこいい自転車を発見して心がゆれたが、今の膝の状態では止めたがよかろうと断念。
  奥方も私同様膝が痛いらしく、電気自転車のすごさを満喫して寒い中をうろうろしている。

  ・31日に注文したノートPCが到来、昼からいろんなソフトその他の移し変え、一応稼動始めた。

  ・体重計に乗ったら70キロをオーバーしている。正月はこれだから困ってしまう。

  ・左手の親指の右端が3ミリほど縦に割れて困っている。つめが伸びるのを待つしかないが、これが癖になっていてその内に又やることになる。
  瞬間接着剤でも使ってみるか・・・

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こんなものも大好きです

2012-01-05 23:31:05 | 書籍・読書

動的平衡の画像 木楽社 1,600円(税込)

詳細

第1章 「自由であれ」という命令―遺伝子は生命の楽譜にすぎない
第2章 なぜ、多様性が必要か―「分際」を知ることが長持ちの秘訣
第3章 植物が動物になった日―動物の必須アミノ酸は何を意味しているか
第4章 時間を止めて何が見えるか―世界のあらゆる要素は繋がりあっている
第5章 バイオテクノロジーの恩人―大腸菌の驚くべき遺伝子交換能力
第6章 生命は宇宙からやって来たか―パンスペルミア説の根拠
第7章 ヒトフェロモンを探して―異性を惹き付ける物質とその感知器官
第8章 遺伝は本当に遺伝子の仕業か?―エピジェネティックスが開く遺伝学の新時代
第9章 木を見て森を見ず―私たちは錯覚に陥っていないか

著者紹介

福岡伸一[フクオカシンイチ]
生物学者。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2007年に発表した『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)は、サントリー学芸賞および中央公論新書大賞を受賞し、ベストセラーとなる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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仕事始め

2012-01-04 13:18:51 | 徒然

 今日が仕事始めの方も多いと思いますが、又一年ご健康にて過ごされますようお祈り申し上げます。
どんより日和が続いた熊本も、今日はお天道様が顔を出し三日遅れの日の出を拝見いたしました。
風が強くてうなり声を上げていますし、時折雪が舞う寒い一日となりそうです。私の本格始動は明日からとしようと思っています。
又一年、皆様のお力をいただきながらがんばろうと思っています。

 今年の熊本は、清正公生誕450年でシンポジュームなどが催されるようで楽しみにしています。
一方わが史談会では、長きに渡ってのテーマであった「有吉文書-年中行事抜粋」が完了、二月から花岡興史先生を新しい講師にお迎えして、新たなテーマで近世初期の勉強をすることになりました。

新たな経験(勉強)をとおして、我が心の内なる「龍」に大いなる刺激を与えたいと思います。


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お年賀

2012-01-03 14:51:44 | 史料

 昨年来作成してきました、「細川家略系図」が一応の完了をみましたので、お年賀の意味を込めてアップロードしました。

                http://www.shinshindoh.com/pdf/hosokawa_tree.pdf 


商売道具のCADでA3判で作成しPDF化ておりますが、もしプリントアウトされるようでしたらA3判以上でないと、文字が小さくて見づらいと思います。
内容をご覧いただいて間違いなど見受けられましたら、お教えください。さらに改良を加え、完璧なものにしていきたいと思います。
ご協力をお願いいたします。


 尚、ここに掲載したお子様方については、細川家記に基づいており、幽齋公の御子菊童様(宮津市・盛林寺所蔵の画圖)、三齋公晩年の御子すま様・御百様(綿考輯録・忠興公下巻p372~375)については、除外しました。
又、筑前黒田藩の三奈木黒田家の祖、加藤重徳の妹・大法院が幽齋公側室ではないかと思われる資料が存在しますが、これも今回は除外いたしました。関係者の皆様にはご理解をいただきたいと思います。
又、茂木細川家、内膳家、刑部家につきましては紙面の関係で除外いたしましたが、これも別途作成したいと思っております。

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お正月は如何お過ごしですか・・

2012-01-02 09:31:53 | 徒然

 大晦日は良いお天気でしたが、元旦は残念ながら初日の出を拝むことはできませんでした。
皆様にはどのような新年をお迎えでしょうか。東日本大震災の被災者や、福島原発事故に於いて避難を余儀なくされていらっしゃる方々の事を思いますと、新年のご挨拶にも気を配らなければなりません。被災地に遠い九州では、普通に生活できる事をありがたく感じていますが、日本は一つの気持ちを大切に生きて行かなければと思います。 

 年末31日には、奥方が電気自転車を買いたいというので近所の大きな自転車屋さんに御供していろいろ下見し勉強、帰宅後私は動きの悪いPCに業を煮やし、新たにノートPCをインターネットで注文、又年末に作成した年賀状が「平成二十二年」と間違って印刷、投函前にこれに気づき怒髪天、忙しい年末と相成りました。お正月早々郵便局に車を走らせ、年賀状を新たに購入するため走り回りました。どじ始めです・・・・

 あと十数日で古希爺は70歳の大台に相成ります。一昨年夏に暗闇の中転倒して痛めた膝が又痛み出し、老人病化してしまいました。
もともと出不精の私ですが、ますます加速しそうです。(奥方が・・私の電気自転車を貸して上げるとのたまわっています・・まだ買ってもいないのに。)
さて、今日・明日は大学駅伝を楽しみましょう。そして4日から平常通りと参りましょう。本年もよろしくお願いいたします。

 

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新年のご挨拶

2012-01-01 00:02:44 | 徒然

                  

                                         一 陽 来 復

 昨年は東北地震や福島原発事故など国難ともいうべき悲しみに満ちた一年でしたが、
  本年は将来に向けて希望がうかがえる平安な一年となるように願います。

  昨年来遊されたブータン国王の「龍」に関するお言葉は印象に残るものでした。
    わが心の中に住むという「龍」を、強く大きなものとしたいものです。

がんばれ東北、がんばれ日本

平成24壬辰年 元旦

津々堂 敬白

 

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