新宿から池袋に移動して、初めてのギャラリー訪問。廃業した床屋さんの元店舗らしい。狭い内部にも旧い床屋シートが残されており、風情はあるのだが歩き回るのには邪魔。オーナーの意向とかあるのだろうが、床屋さんの風情を残しつつももう少しスッキリと室内を整理されてはいかがかと思う。
ここ10年20年で中国の風景は急変していると思う。いまや結構な奥地にも高層ビル住宅が林立している様子を、北京からウルムチヘ向う車内からあちこちで見た。本展の撮影地は数箇所にわたるが、その一つに太原があり何となく車内から見た景色が面影を残している気がしたが似たような町はあちこちにあるのかもしれない。
20年前の中国の町の風景は、自分に刷り込まれた中国のイメージに近い。埃っぽい町、粗末な身なりの薄汚れた子供、痩せており煙草をふかす男たち。そう遠い昔のことではないのだ。同じ町をカラーで撮った写真も展示されているがまさに見違えてしまう。
中国の人々はこういう写真を見たら懐かしいと感じるのだろうか。それと忘れたい過去の記憶として拒否するのだろうか。
2016年9月4日 池袋・床屋ギャラリーにて(写真は撮り忘れた)
ここ10年20年で中国の風景は急変していると思う。いまや結構な奥地にも高層ビル住宅が林立している様子を、北京からウルムチヘ向う車内からあちこちで見た。本展の撮影地は数箇所にわたるが、その一つに太原があり何となく車内から見た景色が面影を残している気がしたが似たような町はあちこちにあるのかもしれない。
20年前の中国の町の風景は、自分に刷り込まれた中国のイメージに近い。埃っぽい町、粗末な身なりの薄汚れた子供、痩せており煙草をふかす男たち。そう遠い昔のことではないのだ。同じ町をカラーで撮った写真も展示されているがまさに見違えてしまう。
中国の人々はこういう写真を見たら懐かしいと感じるのだろうか。それと忘れたい過去の記憶として拒否するのだろうか。
2016年9月4日 池袋・床屋ギャラリーにて(写真は撮り忘れた)