MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『息子('91)』 80点

2012-12-28 23:31:34 | goo映画レビュー

息子('91)

1991年/日本

ネタバレ

2人の息子

総合★★★★☆ 80

ストーリー ☆☆☆☆☆0点

キャスト ☆☆☆☆☆0点

演出 ☆☆☆☆☆0点

ビジュアル ☆☆☆☆☆0点

音楽 ☆☆☆☆☆0点

 母親の一周忌に遅刻してきた上にアロハシャツにジーンズ姿だった次男の哲夫を見た時の父親の浅野昭男は自分で電話をして呼んでおきながら一瞥しただけだった。その絶望的ともいえる気持ちは察するに余りあるのであるが、戦友会に出席するために上京するついでに長男の忠司と玲子夫妻と2人の娘たちが住んでいるマンションと、哲夫が住んでいる狭いアパートを訪ねた後に、故郷の岩手県の降り積もる雪に深く覆われていた家に一人で戻った昭男は、子供たちが幼かった頃の家庭を夢見終わった後に何を思ったであろうか。タイトルをなぞらえるならば、昭男は2人の息子に対して完全な誤解をしていたことに気がついたに違いない。
 妻の一周忌の時には、サラリーマンとして企業に就職して都心のマンションに住んで家族を養っている優秀な長男と、アルバイトで仕事をころころと変えて怠惰な生活をしている次男という固定観念を抱いていた昭男は、実際に長男夫婦宅に一泊してみると彼らは父親の心配をしているのではなくて世間体を気にしているだけで玲子の不平不満を聞かされ、他方、いつの間にか次男は定職に就いており、聾唖者の川島征子を妻にするという男気を見せ、嬉しさの余り昭男は「お富さん」を歌う。征子が聾唖者という設定は、今後玲子のように小言を言われることは絶対にないという皮肉となるだろう。
 それにしても気になることは、上京する昭男を娘の浅野とし子が赤いクルマに乗せて駅まで送る際に、カメラの前を横切る宅配便のクルマや、二戸駅において改札口を抜けてホームに入る昭男ととし子の間にいる駅員や、征子が帰る際に、哲夫が会話をしながら歩いていると2人の間を横切る通りかかりの男などの‘余計’な演出である。リアリズムという意味なのだろうか?


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板東英二の止まらない笑顔の真意

2012-12-28 00:30:49 | Weblog

板東英二事務所、5千万円所得隠し 本人が主導か(朝日新聞) - goo ニュース
板東英二氏出演の正月特番放送見合わせ…CBC(読売新聞) - goo ニュース

 板東英二の所得隠しの悪質さは、1988年から国税庁の確定申告PRポスターに起用

されてからの23年間、確定申告初日に申告書を提出し早期の申告を呼びかけるなど

国税庁の“広告塔”の役割を果たすように見せかけて、2007年には名古屋国税局から

功績を称える感謝状を貰うことで、いかにも自分はきちんと納税しているという偽のイメージ

を売っていたことで、これでは社会保険庁の国民年金保険料の収納率アップを狙った広報

のイメージキャラクターとして起用されていたが、自分自身が17年間保険料未納だった

といういわゆる“江角マキコ方式”と同レベルのものである。


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