![]() | Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2013年 1/22号 [雑誌] |
ニューズウィーク日本版 | |
阪急コミュニケーションズ |
出社前、朝ごはんを急いでかき込んでいるとき、妻から突然「あんた。アベノミクスで景気、ほんまに良うなんの?」と聞かれて、思わず口に入れた奈良漬を丸呑みしそうになった。「何とも言えんなぁ。これから先、企業がどんどん設備投資するようになれば別やけど。安倍さんが言ってることは、そんなに目新しいことでもないし…」と答えておいたが、専業主婦にも「アベノミクス」なる新語が広まっていることに驚かされた。
アベノミクスについては、新聞やテレビでも報道されているので、知っている人は多いだろうが、どうしても断片的な情報になるので、きちんと理解し判断するのは難しい。なので、ここでざっくりと全体像をまとめることにしたい。
1月半ば以降、無料メールマガジン「JMM」(Japan Mail Media)で、編集長の村上龍が《話題の「アベノミクス」を乱暴に要約すると、「国土強靱化のために公共投資を増やす」「マネーの供給量を増やして流動性を高める」ということになるかなと思います。これまでの金融・財政政策と比べてみて、「アベノミクス」のどこが新しいのでしょうか》という質問を投げかけていた。10人ほどのエコノミストが回答していたが、ズバリ「新しい」「高く評価する」という人は少なかったが、部分的に評価する人は多かった。回答者のうち、津田栄氏(経済評論家)がうまく整理して丁寧に解説されていたので、引用する(太字は私がつけた)。
![]() | 週刊 東洋経済増刊 瀬戸際の「日銀」 2013年 2/6号 [雑誌] |
週刊 東洋経済 | |
東洋経済新報社 |
アベノミクスの新しさ
低迷した景気を回復させるために採られる政策は、金融政策と財政政策が基本ですが、どれか一つではなく、その両方を行うのが通例です。それは、オーソドックスですが、最近の中国でも、採用している政策です。金融政策では、中央銀行(日銀)が短期金利をコントロールすることで市場金利を低下させ、設備投資や消費に刺激を与える政策です。財政政策は、政府支出を増やすことで市中における資金のめぐりをよくし、そのことで景気を刺激する政策ですが、その手法としては公共事業のほか減税という政策もあります。そして、経済が正常に回っているときには、こうした政策は効果的といえます。
しかし、日本は、1990年のバブル崩壊とともに、幾度かの金融・財政政策による景気対策が採られたものの、景気低迷が続き、失われた20年と言われる状況にあります。もちろん、そうした政策の効果で景気が回復する動きがみられました。しかし、そこで、景気対策を止めてしまったり、早めの消費税増税や金融緩和政策の中止を行ったりして逆の政策が採られたために、再び景気が低迷するという繰り返しでした。そして、需要の伸び悩み、過剰設備に加えて経済のグローバル化もあって安価な商品の流入による供給の過剰から物価の低迷が続き、97年に起きた金融システム不安による不況の深刻化とともに問題となっていた雇用、設備、債務の三過剰の解消のなかで、需給悪化が拡大し、持続的な物価下落であるデフレが生まれ、それが構造的に定着してしまった状況になっています。
そこから、日本経済は、従来の景気循環におけるこれまでの景気対策では解決できない状況にあって、時代のそぐわない構造的な問題を抱えているといえます。そこで、経済成長戦略として小泉・竹中コンビによる構造改革がなされましたが、途中で降りたためにその改革が未完成に終わり、むしろ時間が経過し、逆の動きが強まったために構造問題は深刻化したといえましょう。
2009年に誕生した民主党政権は、そうした経済のことをあまり理解せず、デフレ対策、景気対策に積極的でなく、ムダな支出を削減することもできずバラマキ政策を行い、経済、財政の状況を一層悪化させた上、景気回復の道筋も見えない中で消費税増税に舵を切ってしまい、国民の先行きへの不安を増大させたといえましょう。そうした民主党の政権担当能力のなさを見透かした国民は、もう一度自公政権を選択したといえます。
アベノミクスは、大胆な金融政策、機動的な公共投資を中心とした財政政策、そして中長期的な経済成長につながる経済成長戦略の三つの政策を基本としていて、従来の景気対策に加えて経済成長戦略を加えたものですが、確かに、編集長が指摘する、景気対策では「国土強靱化のために公共投資を増やす」「マネーの供給量を増やして流動性を高める」に要約され、これまで歴代政権が採ってきた政策、特に公共投資を中心とした財政政策には、そんなに違いはないように見えます。しかしながら、景気対策は、最初にも書きましたが、金融緩和による金融政策と公共投資か減税による財政政策以外に、これといったものが見当たりません。その意味で、代わり映えしない、あまり新しさが見いだせないというのも、当然かもしれません。
ただ、株式や為替で大きく反応しているのを見ると、アベノミクスには、内容的には同じでも、これまでとは違うものがどこかあるといえましょう。個人的には、一つは、経済政策に、市場を意識したメッセージ性が感じられることです。政策の目的を、景気低迷の一つの要因であるデフレからの脱却・円高からの転換、そして景気回復と明確に定め、そのためにあらゆる手段を使うということで、市場に政策目的を明示し、責任を明確化した上で、先行きへの変化を期待させたことです。
もう一つは、政策にスピード感を持たせようとしていることです。安倍政権は、この1カ月余りで金融政策として、日銀もデフレ脱却と景気回復の政策目標を政府と共有し、インフレ目標2%について責任の一旦を担って、積極的な金融政策をしてもらうことを概ね合意していること、財政政策では、東日本大震災からの復興、防災、減災、トンネル崩落事故から老朽化した道路、橋、トンネルなどのインフラの補修、更新などの公共事業を中心とした約5兆円の緊急経済対策を発表していることから、これまでの政権とは違い、時間をかけずに政策を取りまとめて打ち出していることです。そうした点を市場が評価し、国民は今のところ少し明るさを感じているように思います。
とはいっても、問題がないわけではありません。政策協定(アコード)を結んで、政策目標であるデフレからの脱却、2%のインフレ目標について共同で責任を持つとして、これまでの政権が踏み込まなかった新しい考え方ですが、日銀に更なる積極的な金融政策を求めるにしても、強要しては、金融政策への過度な介入に見られますから、金融政策そのものは日銀の責任で自由に行ってもらうようにするべきでしょう。
もう一つの財政政策にしても、従来のハコモノの公共事業が入っていないかということです。もはや、新しい道路や橋、トンネル、あるいは建物などハコモノを作っても、効果的ではなく、むしろムダで非効率なだけですから、今後耐用年数を超え老朽化した道路や橋、あるいはトンネルなどのインフラの補修や更新を重点的に行う公共事業に集中して、しかも、もはや必要のないインフラは廃棄するなどしてムダをできるだけ排除し、効率的なインフラを整備するというように、公共投資のあり方そのものの発想を変える必要があるでしょう。
そして、日本における最大の問題である経済の構造問題ですが、それに対して、民間の活力を引き出し、中長期的な経済成長につながる経済成長戦略が重要です。ただ今のところ、緊急経済対策のなかでは、従来とあまり変わりません。今後総合的な経済成長戦略が取りまとめられる6月まで待つしかありませんが、これまでの金融政策と財政政策が効果を発揮するには、日本の抱える構造問題を解決して、民間活力を引き出し、持続的な経済成長につなげるような成長戦略が欠かせません。そうでないと、これまでと同じ一時的な景気回復に終わり、お金は回らず、借金だけが膨らみます。
その成長戦略として必要なのは、中央集権的な体制まで含めた構造改革であり、ここで大胆なまでの規制の緩和をすることで、より効率的な仕組みを作り上げる制度改革であるともいえましょう。そうすれば、TPPなどの参加問題も自ずと解決する道が開け、新たな経済成長が実現できるのではないかと思います。そのためには、相当な覚悟を持って、旧来の既得権益を排除し、スピードを持って実行することが必要です。
そういう形で行われるならば、アベノミクスは、中身は同じでも、従来と異なった政策と評価されるのではないかと思います。逆にそうしなければ、これまでと変わらない政策と見られ、しかも44兆円の国債発行枠を超えて行われた財政政策が無駄に終わり、財政赤字の悪化を加速させてしまう結果になるのではないでしょうか。経済評論家:津田栄
![]() | これからすごいことになる日本経済 |
渡邉哲也 | |
徳間書店 |
これでアベノミクスの全貌が、よくご理解いただけたと思う。肝心なのは、大胆な金融政策、機動的な公共投資を中心とした財政政策、中長期的な経済成長につながる経済成長戦略という「3本の矢」により「民間活力を引き出し、持続的な経済成長につなげる」ことなのである。
先月半ば、ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマン教授が、ニューヨークタイムズでアベノミクスを「結果的に完全に正しい」と評価した、という報道があったので、全文の翻訳を読んでみた。タイトルは「Japan Steps Out(動き出した日本)」である。要点を抜粋すると、
過去3年にわたり、高い失業率にもかかわらず、世界の先進各国の経済政策は麻痺したままだ。これは皆,正統派経済学のくだらない思い込みのせいなのだ。
しかし今、一つの大国が、この(愚かしい)先進国の隊列を崩そうとしている。その国は他でもない、日本である。
日本は、その巨大な政府債務と高齢化のせいで、有効な秘策の余地は他の先進国に比べても少ないだろうと考えられている。しかし安倍氏は、日本の経済的停滞を終焉させるのだと誓って、政権の座に戻ってきた。彼は、正統派経済学者たちが「やるな」と言ってきたアクションをすでに起こしている。そして、初期の兆候としては、非常に上手くいっている。
欧米諸国を深刻な長期不況に陥れた2008年の経済危機よりもはるか以前に、日本は「不況型経済」におけるリハーサルをしていた。株式と不動産のバブルの崩壊が日本を不況に陥れた時、政策の対応は小さすぎ、遅すぎ、そして一貫性が無さすぎた。
日本の経験は、もう一つ教訓を与えてくれる。それは,「長期不況からの脱却が非常に困難であることは確かであるが、それは主として、為政者に大胆な政策の必要性を理解させるのが難しいからなのだ」という教訓である。つまり問題の本質は、厳密に経済的な問題というよりも、政治の問題であり、知性の問題だということだ。
悲観的な終末論者たちは、日本の財政破綻を予想し続けている。金利が少し上昇するたびに、ついに「黙示録」の時がやって来たと報じ続けてきた。しかし実際には、そんな危機など起きてはいない。日本政府は今も、1%に満たない金利で長期国債を発行できているのが現実なのだ。
ここで安倍首相の登場である。彼は日銀に対して、インフレ率の上昇を目指すように圧力をかけてきた――これは実質的に,政府債務の一部を帳消しにする効果をもたらすこととなるだろう。そして彼は今、新たに大規模な景気刺激策を発表している。――こうした彼の取り組みに対して,市場の神々はどう反応しているのだろうか? 答えは、「すべて良好」である。
最近まで(市場がデフレの継続を見込んでいたために)マイナスであった期待インフレ率は、一気に上昇してプラスの領域に入った。しかしその一方で、政府の資金調達コストはまったく変わっていない。これは、日本の財政見通しが急速に改善するだろうことを意味する、「マイルドなインフレ」が予想されているからだ。もちろん、為替がかなり円安になった。しかし、これもまた、実際はきわめて良いニュースなのだ。実際、日本の輸出企業はこれによって元気づけられているのだ。
つまり安倍氏は、目覚ましい結果を出し、それを通して、「正統派経済学者たちをあざ笑っている」というのが今の状況なのだ。
彼の動機がどうであれ、安倍氏は、悪しき正統派経済学と決別しようとしているのである。そしてもし彼が成功すれば、特筆すべきことが起こることとなるだろう。それは、不況型経済の先駆者たる日本が、そこから脱出する方法を全世界に対して見せつける、ということなのである。(翻訳:京都大学藤井聡研究室)
![]() | さっさと不況を終わらせろ |
ポール・クルーグマン | |
早川書房 |
「問題の本質は、厳密に経済的な問題というよりも、政治の問題」という指摘が鋭い。いっぽう浜矩子は毎日新聞の「危機の真相」(1/21付)で、「○○ノミクスは悪徳商法」と警鐘を鳴らしている。
アベノミクスなる言葉が、無闇(むやみ)に飛び交うようになった。これはいけない。この種の称号が付いてしまうと、その対象について人々はものを考えなくなる。名前が付いた時点で、中身に関する説明が不要であるかの幻想に陥る。さらに危険なことには、ある特定のイメージを信じ込まされる恐れが出てくる。アベノミクスって、株が上がることでしょ。物価が上がることでしょ。円安になることでしょ。こんな具合だ。
こうしたイメージ操作が最も奏功したのが、80年代のレーガノミクスだった。ご存じ、米国のレーガン政権の経済政策が、この呼び名で知られるようになった。我々は、アベノミクスにたぶらかされてはいけない。そのための予防学習として、レーガノミクスのまやかしのカラクリを振り返りたい。
当時の米国の金融政策は、いわば「量的引き締め政策」の真っ最中だった。インフレ撲滅を目指して、連邦準備制度理事会(FRB)が極度に資金供給量を絞っていたのである。政府がバラマキ財政をやるなら、金融政策は大引き締めで、財政インフレの影響を吸収するほかはない。その姿勢に徹したFRBの対応が、猛烈な高金利をもたらした。
そして、この高金利が世界中から米国に資金を引き寄せた。その結果、急激にドル高が進んだ。ドル高が進めば、二つの面でインフレ圧力にガス抜き効果が働く。第一に、輸入が増えるから、需給関係が緩和される。第二に輸入物価が低下するから、その分、全般的な物価水準も低下する。要するに、レーガン政権は、自らはもっぱらインフレの種をまき散らすことに徹した。そして、その尻拭(ぬぐ)いをFRBに丸投げした。それを受けたFRBの引き締めがドル高をもたらすと、あたかも、サプライサイドの経済学で「インフレ無き高成長」を実現したかのポーズを取った。これが、レーガノミクスの正体だった。
レーガン大統領は、中央銀行が作り出したドル高の流れにただ乗りした。安倍政権は、中央銀行に作り出させる円安で、点数稼ぎをしようとしている。レーガノミクスが金融政策への便乗商法なら、アベノミクスは、金融政策に対する恫喝(どうかつ)商法だ。法改正をちらつかせながら、言いなりになることを強要している。いずれ劣らず、悪徳商法だ。だが、やっぱり、恫喝の方がタチは悪いだろう。
![]() | 新・国富論 グローバル経済の教科書 (文春新書) |
浜矩子 | |
文藝春秋 |
うーん、「恫喝」とは手厳しい。安倍氏の日銀への「要求」については、週刊ダイヤモンド(2月2日号)が「日眼陥落 安倍政権の危険なギャンブル 要求丸呑みの“舞台裏”」という特集で《1月22日、日本銀行が安倍政権の要求を丸呑みする形で、2%の“インフレ目標”を導入した。「2%」とは実現可能な数値なのか。はたして日銀は、政府の要求を何でも聞くようになったのか。日銀陥落の真相に迫る》とし、《世界を見渡せば、インフレ目標政策はもはや“役目を終え”制度。日本がインフレ目標を導入するかどうか不毛な議論をしている間に、世界は“次”のステージに移行しようとしている》等々とあり、いわば「時代遅れの商法」とする。アベノミクスは「アベノリスク」だという声があることも確かだ。
足元の株式相場は順調である。《31日の東京株式市場で日経平均株価は連日で昨年来高値を更新し、2010年4月27日以来、約2年9カ月ぶりの高値を付けた。月間ベースでは6カ月連続で上昇し、2009年3~8月に並ぶ長さとなった。新政権による政策期待や日銀の追加金融緩和を受けてデフレ脱却期待が高まり、日本経済が上向くとの見方が外国人投資家の買いを促している。米景気回復への期待から、株式市場では円相場の先安観を背景にした株高期待も根強い》(1/31 日経QUICKニュース)。
![]() | 政権交代 - 民主党政権とは何であったのか (中公新書) |
小林良彰 | |
中央公論新社 |
しかし昨日(1/31)、奈良で講演した政治学者の小林良彰氏は《安倍首相の景気対策については、政府債務の拡大や長期金利の上昇などを課題に挙げ、「地方にまで資金が回るか疑問。7月の参院選を勝つためには良い政策だが、長期的には厳しい」と切り捨てた》(2/1付 奈良新聞)とある。
目先の数字を見て一喜一憂していても始まらない。クルーグマン教授が書いているとおり「不況型経済の先駆者たる日本が、そこから脱出する方法を全世界に対して見せつける」ことが実現できるよう、奈良の神仏に祈りたい。