興味深い話をお聞きした。永らく県内の大学で教鞭を執られていたKさん(県外在住)から聞いたのである。幸運にも懇親会で、たまたま隣りの席になった。
「tetsudaさん、奈良は2つの病気にかかっていますよ。1つは胃酸過多ならぬ『遺産過多』、もう1つは誇大妄想ならぬ『古代妄想』です」。なるほど、これは言い得て妙である。
※画像はJR東海の「うましうるわし奈良」のポスター(金峯山寺)。従来にない斬新なアングルだ
1.遺産過多( I/O 胃酸過多)
奈良県下には全国で唯一、3つの世界遺産がある。国宝・重要文化財の総数は日本で3位だが、正倉院宝物をくわえると、堂々の1位だ。古刹・古社、名所・旧跡も数多い。あまりにも多いので、貴重な遺産に向かいあう心が鈍化しているようだ。
約40年前、初めて奈良に移り住んだとき、「お水取り(東大寺二月堂修二会)に行ったことがない」「おん祭りは行列(お渡り式)しか見たことがない」「正倉院展は見たことがない」という人があまりにも多くて、驚いた。
「地元民は『いつでも行けるから、急いで行くことはない』という気持ちがあるから、かえって関心がないのだな」と思った。しかし関心のない人は40年後の今でも行ったことがないようで、これは嘆かわしいし、もったいない。中には「小学校の頃から遠足も写生会も寺ばかりだったので、かえって寺が嫌いになった」という生粋の奈良市民もいた。

俗に「ヨソ者、若者、バカ者」と言うが、奈良県下で地域おこしの活動をしている人には、県外出身者が多い。私も和歌山県の出身だ。奈良まほろばソムリエ検定の「ソムリエ」合格者は、約半分が奈良市民だが、多くが「もと奈良府民」(奈良に移り住んで大阪などに通勤し、退職した人)だ。だから会議をすると、名古屋弁や東京弁・九州弁が飛び交う。
邪馬台国の「九州説」「畿内説(纏向説)」を比較検討していて、その違いがよく分かった。学説は多くが畿内説なのに、世論は半々か九州優勢なのだ。奈良県民の心の中に「奈良には遺産が多いから、邪馬台国くらいは九州にしてあげても良いかな」という気持ちがあるのではないか(もちろん私は畿内説を主張している)。奈良県民は、貴重な遺産に対する感性を、もっと研ぎ澄ますべきではないだろうか。

2.古代妄想( I/O 誇大妄想)
奈良県が輝いていたのは古代(古墳時代~平安時代)だけではない。奈良と聞いて、天平衣装でそぞろ歩く人をすぐ連想するのは行き過ぎというものだ。
当ブログによくコメントをくださるあをによし南都さんは「奈良の中世」に注目されている。南朝・後南朝も中世だし、筒井順慶・松永久秀は中世末、本居宣長や芭蕉が賛美したのは近世、天誅組は幕末で、土倉庄三郎は近代。「奈良には古代しかない→古代の史跡→面白くない」、という悪循環なのである。
ツアーを組むにしても、古代から離れると、訪問地のレパートリーがグンと増える。「奈良には古代しかない」というステレオタイプを捨てると、奈良がよく見える。廃すべきは「固定概念」である。
「tetsudaさん、奈良は2つの病気にかかっていますよ。1つは胃酸過多ならぬ『遺産過多』、もう1つは誇大妄想ならぬ『古代妄想』です」。なるほど、これは言い得て妙である。
※画像はJR東海の「うましうるわし奈良」のポスター(金峯山寺)。従来にない斬新なアングルだ
1.遺産過多( I/O 胃酸過多)
奈良県下には全国で唯一、3つの世界遺産がある。国宝・重要文化財の総数は日本で3位だが、正倉院宝物をくわえると、堂々の1位だ。古刹・古社、名所・旧跡も数多い。あまりにも多いので、貴重な遺産に向かいあう心が鈍化しているようだ。
約40年前、初めて奈良に移り住んだとき、「お水取り(東大寺二月堂修二会)に行ったことがない」「おん祭りは行列(お渡り式)しか見たことがない」「正倉院展は見たことがない」という人があまりにも多くて、驚いた。
「地元民は『いつでも行けるから、急いで行くことはない』という気持ちがあるから、かえって関心がないのだな」と思った。しかし関心のない人は40年後の今でも行ったことがないようで、これは嘆かわしいし、もったいない。中には「小学校の頃から遠足も写生会も寺ばかりだったので、かえって寺が嫌いになった」という生粋の奈良市民もいた。

俗に「ヨソ者、若者、バカ者」と言うが、奈良県下で地域おこしの活動をしている人には、県外出身者が多い。私も和歌山県の出身だ。奈良まほろばソムリエ検定の「ソムリエ」合格者は、約半分が奈良市民だが、多くが「もと奈良府民」(奈良に移り住んで大阪などに通勤し、退職した人)だ。だから会議をすると、名古屋弁や東京弁・九州弁が飛び交う。
邪馬台国の「九州説」「畿内説(纏向説)」を比較検討していて、その違いがよく分かった。学説は多くが畿内説なのに、世論は半々か九州優勢なのだ。奈良県民の心の中に「奈良には遺産が多いから、邪馬台国くらいは九州にしてあげても良いかな」という気持ちがあるのではないか(もちろん私は畿内説を主張している)。奈良県民は、貴重な遺産に対する感性を、もっと研ぎ澄ますべきではないだろうか。

2.古代妄想( I/O 誇大妄想)
奈良県が輝いていたのは古代(古墳時代~平安時代)だけではない。奈良と聞いて、天平衣装でそぞろ歩く人をすぐ連想するのは行き過ぎというものだ。
当ブログによくコメントをくださるあをによし南都さんは「奈良の中世」に注目されている。南朝・後南朝も中世だし、筒井順慶・松永久秀は中世末、本居宣長や芭蕉が賛美したのは近世、天誅組は幕末で、土倉庄三郎は近代。「奈良には古代しかない→古代の史跡→面白くない」、という悪循環なのである。
ツアーを組むにしても、古代から離れると、訪問地のレパートリーがグンと増える。「奈良には古代しかない」というステレオタイプを捨てると、奈良がよく見える。廃すべきは「固定概念」である。