![]() | 国宝消滅 イギリス人アナリストが警告する「文化」と「経済」の危機 |
デービッド・アトキンソン | |
東洋経済新報社 |
デービッド・アトキンソ著『国宝消滅 イギリス人アナリストが警告する「文化」と「経済」の危機』(東洋経済新報社刊)を早くに読み終えながら、当ブログで紹介するのをすっかり忘れていた。前著『新・観光立国論』に優るとも劣らない大胆な提言が盛り込まれている。Amazonには、このように紹介されていた。
「なぜ日本人は、“カネのなる木”を枯らすのか?」国宝をはじめとした文化財が陥っている「窮地」を明らかにするとき、日本経済再生の道が見えてくる! 規格外の知的興奮!
「国宝」なのにボロボロな理由/日本の職人をクビにして海外へ外注/伝統工芸品の価格は「ボッタクリ」だ/「補助金漬け」の実態/日本の文化財がこんなに「つまらない」わけ 他/「山本七平賞」受賞作に続く、衝撃の問題提起!
【著者メッセージ】
「伝統技術が途絶えてしまったイギリスに生まれた者として、そして日本の伝統文化を守る企業の経営者として、たとえ嫌われても、これだけは伝えたかった」――デービッド・アトキンソン
【主な内容】
はじめに なぜ今、「文化財の大転換」が必要なのか
第1章 経済から見た「文化財」が変わらなくてはいけない必要性
第2章 文化財で「若者の日本文化離れ」を食い止める方法
第3章 文化財行政を大転換するため、まず「意識」を変える
第4章 文化財指定の「幅」が狭い
第5章 文化財の入場料は高いか安いか
第6章 文化財の予算75億円は高いか安いか
第7章 職人文化の崩壊
第8章 なぜ日本の「伝統文化」は衰退していくのか
第9章 補助金で支えるのは「職人」か「社長」か
私がポンと膝を打ったのは、次のようなくだりである。
日本の伝統文化を守り、将来の日本人に受け継ぐためにも、日本文化を世界へと発信することで「観光立国」を実現し、人口激減に苦しむ日本のGDPに貢献するためにも、「文化財」というものを「空間の体感」ができる場所に変えていかなければならない
もう少し、本書から抜粋してみる。
「観光立国」に貢献できる文化財にするにはどうすればいいのか。文化財行政をどのように転換すればいいのか。本書で詳しく述べていきたいと思いますが、その前にひとつ断っておきたいことがあります。ありがたい文化財を「観光の目玉」にするような提言に、なかには拒否反応を示す方もいらっしゃるかもしれませんが、その際に考えていただきたいのは、これは社会保障制度の問題でもあるということです。
文化財の観光資源化を認めないということは、医療費の負担増や年金のさらなる減額を受け入れるということでもあるのです。これは極論でも何でもありません。欧州各国が観光業に力を入れ始めた時期を調べてみてください。それはみな、社会保障制度の問題が表面化し始めた時期と見事に重なっているはずです。先ほども申し上げたように、これは好む好まざるではなく、少子高齢化問題に直面した先進国が避けては通れない道なのです。
先日、岐阜城への視察に同行しました。立派な甲冑や火縄銃など、展示物はかなり充実していましたが、立派な火縄銃についた英語の解説は、「GUN」と記されているだけです。他の文化財で見た兜も、「HELMET」と記されているだけで、それ以上、何の解説もされていませんでした。日本文化を知りたいと訪れた外国人観光客にとって、この説明はかなり物足りないというか、がっかりしてしまうのではないでしょうか。
先日、ある場所で講演をさせていただいた後、参加者のみなさんと談笑していたら、このような意見をおっしゃる方がいました。「日本の文化財というのは、何回も見に来ればじわじわと理解できるものなので、解説やガイドは必要ない」
これはよく聞く意見です。私はお能が好きで、よく見に行くのですが、そこでオペラのように詳しい解説と字幕をつけたらどうでしょうと提案をしたら、同じような説明をされました。4〜5回見に来ればわかるようになると言うのです。
私は解説をすべきだと思うだけで、どちらが正しくてどちらが間違っているという議論は、まったく本質的な話ではありません。もっと言ってしまえば、文化財の所有者がどう考えるのかも、文化庁がどう考えるのかも、学芸員の意見も関係ないのです。
ホームページや観光サイトに掲載されている入場料が正確であるという前提ですが、日本円にして平均1891円という結果が出ました。一方、左側の日本の有名な国宝や重要文化財の拝観料、入場料等の平均を出してみると、結果は593円。海外平均の31%にすぎず、圧倒的に安いことがわかります。
的を射た書評(「週刊朝日」2016年3月11日号に掲載)が朝日新聞社のサイトに出ていた。
日本の文化財は「建っているだけ」
2015年の訪日外国人観光客数は1974万人。20年までに2千万人という政府の目標は前倒しで達成されそうな勢いだ。しかし、浮かれている場合ではない。少子高齢社会で日本が生き残る道は「観光立国」しかないが、日本の文化財行政は全然ダメと警告を発する本が出た。
書名はズバリ『国宝消滅』。著者のデービッド・アトキンソン氏は英国生まれで、日本在住25年。ゴールドマン・サックス社の取締役を経て現在は文化財修理会社の社長という異色の経歴の持ち主だ。
〈外国人観光客は、「爆買」のためだけに日本にやってくるわけではありません。みなさんが海外旅行をした際と同様、外国人観光客も「文化財観光」に魅力を感じているのです〉。しかし〈文化財が観光資源として整備されていないのです〉。
まず驚くのは、日本の文化財修理予算の少なさだ。14年は81億5千万円。イギリスの500億円に比べると一ケタちがう。予算の少なさは文化財の崩壊に直結するうえ〈日本の文化財は楽しみが少なく、勉強にもなりません〉。それは日本の文化財展示が建築偏重で、文化を体験させる場になっていないからだと著者は指摘する。
調度品を置かないガランとした空間、茶の湯を体験させない茶室、要するに〈日本の文化財は「建っているだけ」〉。勉強してから来いという人もいるけれど〈何十万円もする航空券を買って、大事な有給休暇を使って、10時間以上飛行機に乗ってやって来〉た結果がこれではとても通用しない。「撮影禁止」「入室禁止」「土足禁止」などの対応も、文化財を自分の所有物のように扱っている学芸員らにとって〈仕事はある意味で楽なのです〉。
いちいち納得することしきり。辛口の提言が並んでいるけれど、英国も昔は日本と同じだった、といわれると逆に勇気がわいてくる。説明板を変えるなど、現場の判断で変革できそうなヒントも満載。外国人観光客が殺到する地域にしたいと考える地方行政マンは必読でしょう。
これは、文化財に恵まれた奈良県にとっても、耳の痛い話である。「何回も見に来ればじわじわと理解できるものなので、解説やガイドは必要ない」とか「勉強してから来い」と言った人はいないだろうか?
私は昨年、久々に国立文楽劇場で「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」を見た。外国人(主に欧州人)客がとても多くて驚いたが、彼らはほぼ全員がイヤホンガイド(外国語版)を借りていた。なるほどと思い、私もイヤホンガイド(日本語版)を借り、詳しい解説本も買い込んで臨んだ。これはいい、絶妙のタイミングで解説が入り、1回見ただけでほぼすべての状況が把握できたのだ。このような仕掛けが外国人向けには(日本人向けにも)必要なのだ。
博物館に行っても、各部屋で待機している女性たちは、質問には答えてくれない。「ウオッチング」、つまり監視役なのだそうな。学芸員を呼んでもなかなか現場に到着しないので、途中で諦めてしまう。しかも「撮影禁止」「入室禁止」「土足禁止」とやたら禁止事項が多い。
建っているだけ・残っているだけの「文化財」を「空間の体感ができる場所」に変えていくことはできないのだろうか。本書を読んで、地方行政マンならぬあなたも、考えてみませんか?
