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歌舞伎「通し狂言 義経千本桜」鑑賞記/奈良新聞「明風清音」第82回

2022年11月29日 | 明風清音(奈良新聞)
歌舞伎や文楽はよく見に行くが、これまでブログや新聞にその感想などを記したことはない。先月(10/20~21)、東京の国立劇場で歌舞伎「通し狂言 義経千本桜」を見た。素晴らしい舞台で、これには感動した。
※トップ写真は「釣瓶鮓屋の場」、いがみの権太は尾上菊之助。国立劇場のサイトから拝借

ぜひ書き留めておかねばと筆をとり、奈良新聞「明風清音」欄(202211.17付)に寄稿した。以下に全文を紹介する。私の感動がうまく伝わるなら、望外の喜びである。

「義経千本桜」の魅力
市川海老蔵が十三代目市川團十郎を襲名し、襲名披露公演が行われている。「これが歌舞伎界復活・発展のきっかけになれば」と、期待が高まる。私は歌舞伎も文楽(人形浄瑠璃)も好きなので、奈良に関する演目がかかれば、できるだけ見に行くようにしている。

今年10月、東京・三宅坂の国立劇場で、歌舞伎「義経千本桜」の通し上演を見た。この演目は、これまで歌舞伎や文楽で何段か見たことはあるが、通しで見るのは今回が初めてだった。この公演、もとは令和2年3月に上演される予定だったが、コロナ禍のため中止を余儀なくされた(無観客収録の動画を配信した)。それから2年半を待ちに待った。見どころは、尾上菊之助が主役の三役を1人で演じるというところだ。

菊之助はNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」(令和3年度下期)で、時代劇のスター・桃山剣之介(モモケン)を演じて好評を博したから、ご存じの方も多いだろう。菊之助人気のせいか、いつもより若い女性客の多さが目についた。

歌舞伎は「千本桜」の二~四段目が3部(A~Cプログラム)に分けられ、1日2部(昼と夜の部)上演されるので、全てを見るには最低でも2日かかる。それにしても菊之助の演技は、期待をはるかに上回る素晴らしいものだった。

Aプロは二段目の「伏見稲荷の場」(舞台は伏見)と「渡海屋・大物浦の場」(尼崎)。渡海屋・大物浦の場で、菊之助は平知盛を演じた。壇ノ浦で死んだはずの知盛が実は生きていて、渡海屋(船問屋)の主人として義経に復讐を挑む。しかし正体を見破られ、最後には深傷を負い、入水する。碇(いかり)を体に結びつけたまま、知盛は背中から海中に身を投じた。「碇知盛」という名場面だ。観客に足の裏まで見せるという、完璧な演技で、思わず「モモケン!」と叫びそうになった。

Bプロは三段目の「下市村椎の木の場」「竹藪小金吾討死の場」「釣瓶鮓屋(つるべすしや)の場」、いずれも舞台は下市だ。鮓屋の場は、これだけで90分を超える大作だ。菊之助が扮するのは、鮓屋の長男いがみの権太。最初は悪党ぶりを見せるが、最後に善心に立ち返って絶命するシーンは、涙を誘う。

Cプロは四段目の「道行初音旅」「河連法眼(かわつらほうげん)館の場」、いずれも舞台は吉野山だ。菊之助は佐藤忠信(義経の家来)、狐(源九郎狐)、狐が化けた忠信(狐忠信)の三役を演じた。本物の忠信と狐忠信の演じ分けが見事だった。初音の鼓の皮にされた親狐を悲しむ源九郎狐の思いは、心を打つ。幕切(ラスト)の狐の宙乗りシーンには、目を見張った。

上記のほか、心に残るシーンは数多い。尾上菊之助の長男・丑之助は,健気な渡海屋の娘(実は幼帝・安徳天皇)を演じた。安徳帝が知盛の負けを知り、平家一門のいる波の下の極楽浄土へ行こうと入水するその寸前に義経の家臣によって救われる場面は、最後までハラハラした。

小金吾討死の場では、小金吾と大勢の捕り手との大がかりな立ち回り(戦闘シーン)が素晴らしい。捕り手のとんぼ(宙返り)、海老反り(海老のように反り返って後ろに倒れる)、ギバ(飛び上がって尻餅をつく)などのワザが見事に決まっていた。道行初音旅では、頼朝側の討手として遣わされ、忠信に逆襲される逸見藤太のコミカルな演技が笑いを誘った。

歌舞伎は能楽、舞楽、文楽とともにユネスコの無形文化遺産に登録されているが、宙乗りのような外連(けれん)の楽しみもある。それが映像ではなく、目の前で熟練の役者によって演じられるのだ。この楽しみは、ぜひ若い人たちにも味わってほしいものだ。(てつだ・のりお=奈良まほろばソムリエの会専務理事)

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