金峯山寺長臈(ちょうろう)田中利典師は、ご自身のFacebookに、ご講演「生と死…修験道に学ぶ」(第42回日本自殺予防学会総会 2018.9.22 14:40~15:40)の内容を10回に分けて連載された(2022.11.7~20)。心に響くとてもいいお話なので、これを追っかけて拙ブログでも紹介することにしたい。
※トップ写真は、桜井駅北口で撮影(2022.11.5)。今年は紅葉の当たり年だった
初回の今回のタイトルは「私にとっての死」。利典師は、19歳の時と38歳の時、友人の死を経験された。師は「二人の突然の死を考えることは、その後の私自身の生と向き合うことでもありました。また私が自分の生と向き合うことで二人の友人の死がいまなお、私の中で生き続けているともいえます」と語る。では師のFacebook(11/7付)から、全文を抜粋する。
シリーズ「生と死…修験道に学ぶ」①「私にとっての死」
私にとって子どもの頃から「死」は怖いものでした。自分の「死」をイメージすると、必ず、地球を外側の宇宙から見ている映像が思い浮かびました。つまり自分が死んでも、地球や世の中の生活は続いていて、自分だけが疎外されしまうという孤独感を強烈に抱いたのでした。
その怖い死が、自分にとって身近なものとして感じる出来事は、19歳の時と、その19年後の38歳の時に起きました。2度とも、親友を亡くしたことでした。
ひとりは大学時代に知り合ったMという友人で、知り合って1年足らずの頃、彼は自殺しました。彼とは大学に入って活動した歴史学系のクラブで出会いました。いまからおもえば先輩たちがほとんど民青で、夏休みを過ぎるころになると部員は街頭デモなどに動員されるようになり、「なんか違うなあ」と言うことで、新入生の私たち数名は相談して、部を辞めました。M君も一緒に辞めました。
辞めてからも付き合いは続いたのですが、2回生の春、私もなんどか呼んでもらった彼の下宿先の部屋で、自分の将来を儚(はかな)んで、自らの命を絶ったのでした。実は私も大学に入る前に自殺願望を持ったことがあるので、このとき、なぜ力になれなかったのかと悔やみました。
二人目は中学時代からの大親友で、突然の事故死でした。お互いの結婚式にも呼び合う深い関わりの友人でした。その彼が、夏休みに会社の同僚と海水浴に行き、波にのまれて溺死したのでした。泣きながら、Sくんのお葬式に向かったことを昨日のことのように覚えています。人間というのは本当にあっけなく死ぬものだなということを、この二人の親友が教えてくれました。
私が生まれた時にはすでに祖父も祖母も亡くなっていたし、親しい親戚もなかったので、身近な人の死を目の当たりにしたのは2人の死が初めてだったのです。「死」は「生」の裏返しであるとは世間でよく言われる言葉ですが、私にとって二人の突然の死を考えることは、その後の私自身の生と向き合うことでもありました。また私が自分の生と向き合うことで二人の友人の死がいまなお、私の中で生き続けているともいえます。
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好評いただいている?私の著作振り返りシリーズの第4弾は、平成30年に開催された第42回日本自殺予防学会での特別講演「生と死…修験道に学ぶ」を、10回に短く分けて紹介させていただきます。もう4年前の講演ですが、なかなか頑張ってお話ししています。
よろしければご意見ご感想等、コメントください。
※トップ写真は、桜井駅北口で撮影(2022.11.5)。今年は紅葉の当たり年だった
初回の今回のタイトルは「私にとっての死」。利典師は、19歳の時と38歳の時、友人の死を経験された。師は「二人の突然の死を考えることは、その後の私自身の生と向き合うことでもありました。また私が自分の生と向き合うことで二人の友人の死がいまなお、私の中で生き続けているともいえます」と語る。では師のFacebook(11/7付)から、全文を抜粋する。
シリーズ「生と死…修験道に学ぶ」①「私にとっての死」
私にとって子どもの頃から「死」は怖いものでした。自分の「死」をイメージすると、必ず、地球を外側の宇宙から見ている映像が思い浮かびました。つまり自分が死んでも、地球や世の中の生活は続いていて、自分だけが疎外されしまうという孤独感を強烈に抱いたのでした。
その怖い死が、自分にとって身近なものとして感じる出来事は、19歳の時と、その19年後の38歳の時に起きました。2度とも、親友を亡くしたことでした。
ひとりは大学時代に知り合ったMという友人で、知り合って1年足らずの頃、彼は自殺しました。彼とは大学に入って活動した歴史学系のクラブで出会いました。いまからおもえば先輩たちがほとんど民青で、夏休みを過ぎるころになると部員は街頭デモなどに動員されるようになり、「なんか違うなあ」と言うことで、新入生の私たち数名は相談して、部を辞めました。M君も一緒に辞めました。
辞めてからも付き合いは続いたのですが、2回生の春、私もなんどか呼んでもらった彼の下宿先の部屋で、自分の将来を儚(はかな)んで、自らの命を絶ったのでした。実は私も大学に入る前に自殺願望を持ったことがあるので、このとき、なぜ力になれなかったのかと悔やみました。
二人目は中学時代からの大親友で、突然の事故死でした。お互いの結婚式にも呼び合う深い関わりの友人でした。その彼が、夏休みに会社の同僚と海水浴に行き、波にのまれて溺死したのでした。泣きながら、Sくんのお葬式に向かったことを昨日のことのように覚えています。人間というのは本当にあっけなく死ぬものだなということを、この二人の親友が教えてくれました。
私が生まれた時にはすでに祖父も祖母も亡くなっていたし、親しい親戚もなかったので、身近な人の死を目の当たりにしたのは2人の死が初めてだったのです。「死」は「生」の裏返しであるとは世間でよく言われる言葉ですが、私にとって二人の突然の死を考えることは、その後の私自身の生と向き合うことでもありました。また私が自分の生と向き合うことで二人の友人の死がいまなお、私の中で生き続けているともいえます。
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好評いただいている?私の著作振り返りシリーズの第4弾は、平成30年に開催された第42回日本自殺予防学会での特別講演「生と死…修験道に学ぶ」を、10回に短く分けて紹介させていただきます。もう4年前の講演ですが、なかなか頑張ってお話ししています。
よろしければご意見ご感想等、コメントください。