透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

よく晴れた春の日に

2010-04-25 | A あれこれ

「だめでしょ、美人を待たせちゃ」
「ごめん・・・」

「このカフェ、桜がきれいだからしてあげる」
「そう、ここは窓から桜並木がよく見えるからね。だから桜の季節はここがいいと思って。ん?紅茶を頼んだの?」

「今日はコーヒーより紅茶の色がいいかなと思って」
「色がいい?」
「そう、コーヒーより紅茶の薄い色の方が桜によく合うと思って」

「・・・? よく分からないけど、ま、いいか」

「ちょうど光が桜のスクリーンを透過している。きれい!薄いピンクの泡がプクプク空中に浮かんでいるみたい」
「あの桜を泡に喩えたか・・・、なるほどね。逆光で花びらの透明感が強調されてきれいだし、泡と言われてみれば確かにそう見える。それに遠くの山々の緑との対比がいいね」
「立体的というか、遠近感が強調されている」

「与謝野晶子だっけ? 金色の小さき鳥の形して・・・」
「え、突然何? え~と、いてふ(いちょう)散るなり夕日の丘に でしたっけ。でも秋でしょ」
「そうだけど、ここの桜がひらひらと散る光景ってこの短歌の春バージョンって感じだと思うな、きっと」
「あ、そうかも知れない。明るい陽射しにきらきら輝いて散る花びら・・・」

「尾形光琳の屏風絵の世界のような・・・、ね。ところでヨーロッパの光ってさ、人工的にコントロールされた光というイメージがあるんだけど、たとえばステンドグラスとか、聖堂のトップライトから射す光とか」
「宗教的な光というイメージ。でも日本の光って、え~と、自然のままの光って感じね」
「そうだね。向こうは光は神って考えているからね。でも日本ではあまり演出していることを感じさせないね。この間、龍安寺の石庭のことをテレビでやっていて、石庭に敷き詰めた白砂って、光を反射させて方丈の奥の襖絵を明るくするためだって説明していたけど、そんなことに普通気がつかない・・・」

「障子を透過する光と、ステンドグラスの光とは対照的」
「そうだね。それに下からの光と上や横からの光の違いもあるかな。日本は軒の出が大きいから、光は地面で反射して下から室内に入る。さっきの龍安寺の石庭がそうだし、忘筌って茶室もそう。それに対してヨーロッパは上とか横、フェルメールの絵のようにね。まあ、上方からかな。それに自然と共生するという考え方と、自然と、なんていうのか・・・、対峙するという考え方の違いが建築空間の光の扱いにもはっきり出ているとも言えるね。日本では屋内まで自然光が入り込んでいる。まあ、もともと壁がないから。ヨーロッパって、よく言われるけど、昔は壁に穴をあけるのが大変だったということもあるかもしれないけど」

「でも、じゃないか、だからと言うべきかな、夜の光の演出って断然ヨーロッパね。映画を観てもそのことがよく分かる」
「確かに。今の日本だと、天井照明で部屋全体を均一に明るくしてそれでおしまい。普通、居間にフロアスタンドなんて無いよね。でも昔はもっと明るさ、というか暗さを演出していたんだよね。そこに繊細な美意識を感じるよね。谷崎の陰翳礼讃とかね」
「行灯のもとで愛を語るとか・・・?」

「いいね、それ。それがいつの間にか、ね・・・。どう?そろそろ黄昏の街にくり出しましょう。続きは飲みながら」