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■ 1945年(昭和20年)8月6日朝8時15分、広島に原爆が投下された。その直後に降った「黒い雨」。
放射線を帯びた黒い雨に遭い、多くの人たちが被ばくした。なぜ国は深刻な健康被害に苦しむ人々を長年救済してこなかったのか・・・。
『「黒い雨」訴訟』小山美砂(集英社新書2022年)を読んだ。著者の小山美砂さんは毎日新聞記者。小山さんは被害者や「黒い雨」訴訟の取材を通じて、被ばく者切り捨ての実態を明らかにする。
被ばく者救済のあり方を問う「黒い雨」訴訟が本書の大半を占めている。不合理な「科学的な根拠」を盾に被ばく者拡大に歯止めをかけようとする国の思惑。裁判はどうなるのか・・・。ハラハラ、ドキドキしながら新書本を読むことって今までにあっただろうか。
一審。2020年7月29日、広島地裁の判決。国の主張をことごとく退ける判決文に感涙。控訴審。2021年7月14日、広島高裁の判決。一審に続き、原告全面勝訴。「判決には科学的な知見がない」として上告する意向を堅持する厚労省幹部。
**「病気は原爆のせいじゃ、と思わんようにしよう、もうはよ死んだ方がいい・・・と思って生きてきた。けど、やっと認められるかもしれない。ようやく夢が見られます」**(233頁)相次ぐ病のために訴訟参加を諦めたという女性のことばに泣いた。
**今回の判決には、原子爆弾の健康影響に関する過去の裁判例と整合しない点があるなど、重大な法律上の問題点があり、政府としては本来であれば受け入れ難いものです。とりわけ、「黒い雨」や飲食物の摂取による内部被曝の健康影響を、科学的な線量推計によらず、広く認めるべきとした点については、これまでの被爆者援護制度の考え方と相容れないものであり、政府としては容認できるものではありません。**(237頁)
上掲したのは本書に掲載されている上告期限直前の菅首相の上告しない旨の談話(2021年7月27日)。急転直下の政治的判断。この談話は更に次の様に続く(以下、NHK政治マガジンから)。
**以上の考えの下、政府としては、本談話をもってこの判決の問題点についての立場を明らかにした上で、上告は行わないこととし、84名の原告の皆様に被爆者健康手帳を速やかに発行することといたします。また、84名の原告の皆様と同じような事情にあった方々については、訴訟への参加・不参加にかかわらず、認定し救済できるよう、早急に対応を検討します。
原子爆弾の投下から76年が経過しようとする今でも、多くの方々がその健康被害に苦しんでおられる現状に思いを致しながら、被爆者の皆様に寄り添った支援を行ってまいります。そして、再びこのような惨禍が繰り返されることのないよう、世界唯一の戦争被爆国として、核兵器の廃絶と世界の恒久平和を全世界に訴えてまいります。** 談話の印象が変わると思われるので掲載することにした。
小山さんは「黒い雨」と福島第一原発の事故との類似性を指摘している。ぼくは更にコロナワクチン接種による健康被害への国の対応も変わっていないのではないか、と思う。「疑わしきは切り捨て」。
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しばらく前に読んだ『黒い海 船は突然、深海へ消えた』の著者・伊澤理江さんは最後に**取材の道のりは長いが、望みは捨てていない。**(298頁)と書いた。本書の著者・小山美砂さんは**本書の執筆を終え、ほっとするよりも「書き続けなければ」との思いを強くしている。**(248頁)と書いている。ふたりのジャーナリストの気概に拍手!
「新しい戦前」(*1)が始まっている・・・。
井伏鱒二の『黒い雨』には原爆が投下された広島の惨状が描写されている。
*1 タモリが「徹子の部屋」で黒柳徹子さんの「来年はどんな年になりますかね」との問いに答えて使ったことば。ぼくはこの番組を見ていた。