透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

ブックレビュー 2023.03

2023-04-01 | A ブックレビュー


 今日から4月。学校に通っていた若かりし頃は新しい年度が始まる4月1日を意識したけれど、今はそうでもない。元日、新しい年の始まりの方を強く意識する。

さて、3月のブックレビュー。3月の読了本は写真の6冊。

『本所おけら長屋 二十』畠山健二(PHP文芸文庫2023年)
20巻目の本所おけら長屋。今までと同様にひらがな4字のタイトルの中編が収録されている。収録3編の中ではなんといっても「とこしえ」。おけら長屋の住人・万造と医者のお満さんの恋がついに実を結び、結婚へ。万造の実の母親も見つかって、よかったなあ、とぼくは涙。ついに完結!・・・か? などと書かれた帯が付いているが、このシリーズはまだまだ続くことが示されている。21巻目を楽しみに待とう。

『草枕』夏目漱石(新潮文庫1994年101刷)
大半の文庫を古書店に引き取ってもらったが、夏目漱石と北 杜夫、安部公房の作品だけは残した。再読するならこの3人だと決めたから。

『草枕』をなぜ再読しようと思ったのか、覚えていない。以下に既に書いた記事から一部抜粋して再掲する。

**山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。**(5頁)

書き出しが有名ということでは『雪国』然り。この代表作は川端康成の感性が書かせた、と言ってよいだろう。夏目漱石の教養、川端の感性と対比的に捉えられないこともない。川端康成は『雪国』において美というものきっちり小説化し、夏目漱石は『草枕』で美を評論的にまとめた。せっかく残してあるのだから、漱石の別の小説も読もう。

『黒い海 船は突然、深海へ消えた』伊澤理江(講談社2022年)
松本清張は自作のタイトルに好んで「黒」を使った。黒は事件性を想起させる、闇のイメージ。伊澤理江さんの『黒い海』も同様に漁船の突然の沈没事故の裏の深い闇を表徴している。

事故から3年近く経って運輸安全委員会から出された「船舶事故調査報告書」は生存者3人や僚船の乗組員たちの証言とは大きく食い違う内容で、波による転覆・沈没の可能性を示した結論だった。漁具などの積載方法に問題があり、転覆しやすい状態だったという報告も事実と異なっており、生存者や漁業関係者にとって受け入れがたいものだった。証言の内容からは潜水艦の衝突が強く示唆された。

偶然この事故を知ったジャーナリストの伊澤さんが事故の裏側に潜む深い闇を追う。**取材の道のりは長いが、望みは捨てていない。**(298頁)本書最後の一文に彼女の強い意志を感じる。動かしようのない証拠を掴み、事故、いや事件の真相を明らかにして欲しいと願う。本書を最後まで読めば、どこの国の潜水艦かも推測できる。

『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ ―― コンテンツ消費の現在形』稲田豊史
(光文社新書2022年4月発行、2023年
2月10刷)
人と直接話す機会が減少している。この傾向はコロナ禍以前から見られた。このような状況をむしろ歓迎して、自らこのような状況を招く人たちは映画でも登場人物たちの会話の間(ま)や顔の表情などには関心がなく、登場人物がどのようなことを言うのか、内容にのみ関心があって、どのように言うのかということはどうでもよいことなのだろう。加えて映像情報過多。

ぼくは大河ドラマは総集編で充分だし、WBCの試合は見たけれど、プロ野球は結果だけ分かれば良いと思っているから、本書を読んで映画を倍速で観る人たちの気持ちも理解できる。でも映画は・・・。

『諏訪の神さまが気になるの 古文書でひもとく諏訪信仰のはるかな旅』北沢房子
(信濃毎日新聞社2020年1月発行、2021年11月6刷)

あることがきっかけとなって、諏訪の神さまが気になり始めて、本書を読んだ。

古事記の神話よりはるか昔から諏訪人は神さまを祀り、日々神さまと共に暮らしてきていた。本書を読んで、今日まで連綿と続く諏訪信仰のことをもう少し知りたいと思うようになった。

『ヒロシマノート』大江健三郎(岩波新書1985年6月発行、1995年2月62刷)
「大江健三郎さん死去」を3月14日付 朝刊で各紙が報じた。この日、全国紙を読み比べたが、代表作として小説の他には『ヒロシマノート』が挙げられていた。

3月末の数日間、このエッセイを再読していた。大江健三郎が広島で取材して書いたレポートには、医師や被爆者の声が収録されている。本書を読めば被爆者は体だけでなく、心にも大きなダメージを受けたことがよく分かる。大江健三郎が実に誠実にヒロシマと向き合ったということがこのエッセイから伝わってくる。それにしてもなぜ戦争は繰り返されるのだろう・・・。