1397 松本市梓川倭 梓川左岸堤防道路(倭橋のすぐ西側)その他のタイプ 撮影日2022.11.06
■ 今まで気が付かなかった。橋のすぐ近くに立っているタイプ分けできない火の見櫓。橋を通過している時は橋の両側の欄干によって視線が前方に強く拘束されるから、この火の見櫓のような立地だと気が付かないことが多いと思う。この火の見櫓はひのみちゃんに教えてもらった。彼女の場合は移動中に複数の高性能の火の見櫓センサーが働くから発見率も高いと思う。
困った、この火の見櫓のタイプ分けが出来ない・・・。
梯子の上にごく簡単な足場が設えられている。足場の上に縦手すりを付けてある。足場を2本の丸鋼で下から支えているが、鋼材は圧縮材としてではなく(座屈しやすいので)、引張材として使う方が有効に働く。だからこの場合2本の丸鋼を足場の上に付けて引張材として使うのが正解だろう(黄色い線)。そうすれば簡易な手すりとして登り降りするとき有用だと思う。
2本の柱を垂直に立てるより、この火の見のように3角形を構成した方が、左右に変位しにくい。また、梯子を上手く使って櫓ではないな、3角形の構面の前後方向の変位を拘束している。
火の見櫓のタイプってまだまだいくらでもありそう。火の見櫓の世界に出口無し。
■ やぐら女子のひのみちゃんと月2のペースでカフェトークをしてきた。趣味を同じくする人との語らいは楽しい。しばらく前から、火の見櫓好きな人たちの同好会ができたらいいな、と思い始めていた。で、会の名前をあれこれ考えた。火の見倶楽部、なんだか硬いし、今風じゃないな。火の見愛好会、これもバツ。ヤグラークラブ、やぐら好きの集まりということだが、やぐらは祭りやぐら、太鼓やぐら、こたつやぐらなど、立体的な工作物全般に当てはまることばだから火の見櫓に限定できない・・・。工作物だけでなく、松本城には月見櫓もあるから、他にも建築にあるかもしれない。そうだ、ひのみくらぶが好い。おとなだけでなく子どもにも親しんでもらえそうな名前ではないか。ひのみちゃんも賛成してくれた。
昨日(5日)の午後、岡谷のひのみくんと火の見談議をすることができた。前稿に書いたように、ひのみくんが妹のSちゃんとお母さんと一緒に豊科のベルウッドコーヒーラボに出かけてきてくれたのだ。高速道路をすっ飛ばして(といっても制限速度遵守)。
で、ひのみくらぶ発足。 入会条件はただ一つ、火の見櫓が好きなこと。いまのところ具体的な活動はインスタグラムやフェイスブックなどで、#ひのみくらぶ とつけて火の見櫓の写真をアップして情報発信すること。
オフ会(このことばの意味を知ったのはそれほど前ではない)で火の見櫓めぐりや火の見談議ができたらいいなぁ、と思っている。
京都市下京区 撮影日2013.11.15
「このひのみいいね」 11月5日はひのみくらぶ記念日
#ひのみくらぶ
左から ひのみくん お母さん 妹のSちゃん
■ 岡谷からひのみくん(過去ログ)が妹さんとお母さんと一緒に安曇野市豊科のカフェ、ベルウッドコーヒーラボまで出かけて来てくれた。お母さんと名刺交換した。187枚目の名刺だった。
小学校に入学する前から火の見櫓が好きだったというひのみくん。火の見櫓データの脳内ストック量がすごい! おいちゃんが火の見櫓の話をすると、「それ知ってる」。おいちゃん、ビックリ。
186枚目
■ MGプレスで紹介されていた朝日村の「ときのぱん」開店(11月2日付1面)。
186枚目の名刺は「ときのぱん」のNさんに。
インスタに載っている11月の予定カレンダーを見ると3日(木曜日)は朝日村役場で販売することになっていた。で、オープン予定の11時ころ出かけてクルミ入りのパンを買い求め、役場に隣接するコンビニ前のテーブルでコンビニコーヒーしながら(って変な日本語)早速食べた。しっとりとしていて、とても美味だった。パンを食べ終えて様子を見ると、ほぼ完売。で、お客さんがいなくなったところで名刺を渡して話を聞いた。
■ 毎朝使うこの掃除機。使い始めて1年半経つけれど、未だに時々手元の操作ボタンの押し間違いをする。
電源をONしようとして切/入ボタンを押してしまう。強/弱ボタンを押すと電源が入る。だが、直感的に分かりにくい。電源を入れるのは切/入ボタンと、長年の経験から脳にインプットされているから、間違えやすい。切/入はヘッド(取扱説明書では床ブラシという名前になっているが違和感がある)に付いている回転ブラシとライトのオン・オフボタン。
操作ボタンの表示が分かりにくいし、ボタン配置も良くない、と言いたいところだが、ここは自分の理解力低下を嘆くべきだろう・・・。
■ 野田園 カフェギャラリーお茶の間で練り切りと抹茶をいただいた。月替わりで数種類の練り切りが供されるが、11月は晩秋、残菊、宮の鈴、山茶花の4種類。練り切りはこし餡が一般的だと思う(乏しい知識で)。でも残菊(写真)は粒餡だと知り、お願いした。こし餡より粒餡の方が好きだから。
店長と会話、話題はやはり火の見櫓。
火の見櫓のある秋の風景 長野県朝日村にて 描画日 2022.11.02
■ スケッチする風景を写真に撮って、その写真を見て描く人もいるが、私は現地で線描する。写真に撮ると3次元の空間(風景)が2次元の平面に置き換わっているから、自分で空間を平面に落とし込む、変換する作業をしないことになる。これはもったいない、一番楽しい作業をカメラに任せてしまうなんて・・・。全く下描きをしないで修正できない油性ペンでいきなり本チャンの線を描くというのも私の流儀、こだわり。
長時間立ち続けることがつらいので折りたたみ椅子に腰かけてスケッチすることもないわけではないが、立って風景を見る時よりも視点が下がり、普段目にすることのない風景に変化してしまうので好ましくない。特にこのスケッチのような透視図的構図の場合は。
風景や静物、人物などの描画対象がリアルに再現されているかどうか、このことが評価の基準になることもあるけれど(某テレビ番組のように)、それはあくまでも描画力というテクニックの評価。描画力はもちろん必要だとは思うが・・・。だが、それだけの評価だと例えば原田泰治の絵は高く評価されないだろう。原田泰治のパース的に正確でない描き方がふるさとの懐かしい光景を創出している。線も曲がっていて例えば描かれている民家の形も歪んでいたりするが、定規を当てて引いたような真っすぐな線だと、ほのぼのとした懐かしい雰囲気、味は出せないだろう。
何本もある線を1本の線に代表させ、複数ある色相を1色で表現するような、グラフィックな表現方法で短時間に実に味のある風景をスケッチする友人がいる。一見簡単な描き方のように見えるけれど、難しい。
絵を描きたいと思う、絵を描く動機付けとなるのは、風景なりものなりを美しいと感じる感性だ。自分が美しいと感じた対象を感じたままに的確に表現できているかどうか。自己判断、自己評価。描き手としてはここまで。
完成後は作品は描き手から離れ、独立した存在となる。後はその作品は鑑賞者の美的感性に委ねられる。
なんだか理屈っぽくなったが、描き手は美しいと感じた対象を自分が美しいと思えるように描けばよく、鑑賞者は好きなように鑑賞すればそれでよい、と思う。これは絵に限ったことではないだろう・・・。
360
『マスク社会が危ない 子どもの発達に「毎日マスク」はどう影響するか?』明和政子(宝島社新書2022年)
■ 著者は「子どもの発達に「毎日マスク」はどう影響するか?」というサブタイトルの問題、テーマを設定し、帯にあるように**「表情が読めない」と、脳と心が育たない!**と回答している。本書にはその内容が書かれている。論理的な文章は内容が難しくても読みやすい。
**子ども期は本来、他者の多様な表情を経験しながら、他者の心の状態を理解したり共感したりする、ヒト特有の社会性を身につけていくきわめて重要な時期です。この時期の経験こそが、個人が生涯もつことになる特性の土台となるのです。(後略)**(3頁)
子どもの脳内ネットワークは社会的環境、他者との関わりの中で情報を受け取りながら構築されていく。ところが他者が皆マスクをして情報を遮断してしまっている。このような環境、状況が子どもたちの脳の発達に好ましくない影響を与える可能性は否定できない。にもかかわらず、日本では子どもたちの環境を考慮したコロナ対策が講じられていない。大人も子どもも一律な行動規範。
付箋を貼りながら読んだが、これほど多く貼ったのは初めてかもしれない。
エリザベス女王の国葬の様子をテレビで見たが、マスクを着用している参列者はいなかった。大リーグの大谷翔平選手の活躍を報ずるスポーツニュースを見てもスタジアムにマスクをしている観客は見当たらなかった。本書にはマスク着用者と非着用者とで新型コロナ感染者数にどのくらいの差が出ているのか試験をした結果も紹介されている(*1)。
日本のコロナ対策も諸外国のように次のフェーズ、コロナと共生しながら自由に、個人の考え方に基づいて行動できる社会に移行してもよいのではないか。そうしないと子どもたちの脳が健全に育たない。
本書には子どもたちの環境としてフィジカル(現実)空間とサイバー(仮想)の違いについても書かれている。子どもたちの社会的感性は身体感覚が得られる現実環境で育まれるのに、教育現場にはますます仮想環境が導入されていく・・・。
多くの人に読んで欲しい。現在子育て中であってもなくても。
*1 **コペンハーゲン大学病院が2020年4月から5月にかけて成人6024人をマスク着用グループとマスク非着用グループの2つに分けて試験を実施したところ、1ヵ月後にマスク着用グループで新型コロナに感染した人の割合は1.8%、マスク非着用グループでは2.1%と、マスク着用による感染リスク低下の有意な差は確認できませんでした。**(126頁)
**もしマスクに感染を防ぐ力があったとしても、現実社会ではそれが実感できるほどの効果は発揮できないということです。**(127頁)
私は流体に関するベルヌーイの定理を思い起こし、マスクを着用した状態だと、マスク近傍の空気の流速がマスク無しのときより速くなって、勢いも増してコロナウイルスを吸い込みやすくなるんじゃないのかな、などと考えたりもした。
■ 信濃毎日新聞には毎月最終日に岩波書店の広告が載る。全国紙もそうだろうか。で、昨日(10月31日)も載っていたが、そこに「11月1日は本の日」とあった(写真)。
365日、毎日何々の日となっているが、11月1日が本の日だということは知らなかった。
え、何で? と思ってネット検索してみた。見つかったサイトの説明によると、111を書棚に並ぶ本に見立てたのだそうだ。そうなのか・・・。だったら11月11日の方が良くないのかな。そう思って調べると11月11日は麺の日だそうだ。1111を細い麺が並ぶ様に見立てたようだ。
かつて10月10日は体育の日だった。1964年に開催された東京オリンピックの開会式が10月10日だったことを記念して制定された。その後(2000年)にハッピー・マンデー制度が導入されたことで10月の第2月曜日に変更になった。この時点でオリンピックの開会式の日ではなくなったわけだ。更に2020年からスポーツの日と改名された(経緯がきちんと頭に入っているわけではないのでネット情報で確認して書いた)。
10月10日は他にも目の愛護デーになっている。10と10を時計回り(右回り)に90度回転すれば、眉と目が並ぶ様に見えるからだろう。
ではここで問題です。10月11日は何の日でしょう。ヒント、10月10日が目の愛護デーだということに関係します。
ウインクの日(勝手に決めました)。
では11月11日は?
睡眠の日(やはり勝手に決めました)。11日は早めに寝て睡眠時間をきちんと取りましょう。翌12日は土曜日。休みだからといって遅くまで寝ていないように(って余計なお世話ですね)。