2023.08.17 05:04AM
05:23AM
刻々と表情を変える朝の空
今日も何か好いことがあるといいなぁ
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■『欅しぐれ』山本一力(朝日文庫2023年)を読んだ。この作家の作品を読むのは初めてだと思う。時代小説はあまり読んで来なかった。目立つことを優先した派手なデザインが多く、このような落ち着いたデザインは少なくなっているように思う。
江戸は深川元町にある筆道稽古場で老舗大店の主・太兵衛と賭場の胴元・猪之吉が出会う。ある日、太兵衛は隣りに座っていた猪之吉の半紙を汚してしまう。太兵衛が咳き込んで半紙の上に突っ伏した時、握っていた筆が隣りに流れて猪之吉の半紙に墨を付けてしまったのだ。
稽古を終えて、太兵衛は**「いささか陽が高いようですが、てまえに一献、お付き合い願えませんか」**(12頁)と猪之吉を誘う。大店の主と渡世人、生きる世界が違うふたりの出会い。
人を見る確かな目を持つふたりが互いに相手を認め、その後定期的に盃を交わす仲になる。読み始めてこの出会いに唐突感を覚えたが、この小説の解説で川本三郎さんは**友情は瞬間である。**と書いている。
太兵衛の店が騙り屋に狙われる。病に伏した太兵衛は店の後見を猪之吉に託して逝く・・・。綿密に練られた騙り。悪と猪之吉の仕掛けの読み合い。命がけで太兵衛の店を守る猪之吉。悪の正体が次第に明らかになっていく。そして・・・。
重厚なと評したくなるような物語を久しぶりに読んだ。
山本一力さんは『あかね空』で2002年に直木賞を受賞している。この作品も読んでみたい。
子どものころ、夏休みには宿題で小説を読んだ。そのせいなのか、夏には小説が読みたくなる。
■ 寅さんシリーズ3巡目。第1作から見始めて第6作「男はつらいよ 純情篇」を見た。ここで第1作から第5作まで、マドンナの「寅さん好き度」を振り返りたい。
マドンナの「寅さん好き度」
第1作「男はつらいよ」
御前様の娘・冬子(光本幸子)
★☆☆☆☆(本当は★半分だけど)婚約者出現
第2作「続・男はつらいよ」
寅さんの恩師の娘・夏子(佐藤オリエ)
★☆☆☆☆ 病院の医師と恋仲になるマドンナ
第3作「フーテンの寅」
旅館の女将・志津(新玉三千代)
☆☆☆☆☆ 恋仲の大学教授と結婚することに
第4作「新・男はつらいよ」
幼稚園の先生・春子(栗原小巻)
☆☆☆☆☆ 恋人出現
第5作「男はつらいよ 望郷篇」
浦安の豆腐屋の娘・節子(長山藍子)
★☆☆☆☆ マドンナ恋人と結婚決意
※ 冗長な文章にするより表にした方が分かりやすいと思って上掲のようにまとめた。
さて、第6作「男はつらいよ 純情篇」
あらすじは省略。過去ログ
第4作のマドンナ幼稚園の先生・春子(栗原小巻)さんはとらやに下宿していたけれど、本作のマドンナ、夫と別居中の夕子(若尾文子)さんも下宿している。
*****
長崎港。寅さん、赤ちゃんを背負った若い女性に声をかける。なんだか薄幸そうな雰囲気のこの女性、宮本信子が演じる絹代。絹代は遊び人の夫に愛想をつかして故郷・五島列島の福江島に帰るところだった。宿代が足りないことを寅さんに告げて、お金を少し貸して欲しいという。寅さん「来な」と一言。寅さんは幼い子どもを連れた絹代と鄙びた旅館に同宿する。
寅さんが隣の部屋で寝ようとした時、絹代は服を脱ごうとしている。
「泊めてくれて、何もお礼できんし・・・」
この後の寅さんの台詞に、今回も泣いた。
そしてラスト、翌年の正月、絹代は幼い子どもと夫と共にとらやを訪ねる。絹代はとらやから福江島でひとり暮らしをしている父親(森繁久彌)に電話する。娘からの電話に涙する父親。このシーンでも泣いた。
このシリーズのベスト5に次ぐ佳作だと思う。
第6作「男はつらいよ 純情篇」
作家の夫と別居中の夕子(若尾文子)
★☆☆☆☆ 夫がとらやに迎えにきて、ジエンド。
大阪生まれの山田洋次監督は父親の仕事の関係で2歳で旧満州へ。山田監督は、内地はどんなところだろうといつも思っていたそうだ(*1)。
寅さんの旅は山田監督のふるさと探しの旅
*1 このことをNHKラジオの番組で聞いた。
OYAKI FARM 2023.08.10
■ 長野県立美術館で開催中の葛飾北斎展を観ての帰路、長野IC直前にある「OYAKI FARM(おやきファーム、工場併設店舗)」に立ち寄った。
仕事の関係で長野県庁に何回か行ったけれど、その時工事中のこの建築を目にしていた。建て方を終えた時の様子を見て、ユニークな形だなと思った。完成したら見学しよう・・・。
左右対称のファサード、柱と方立が等間隔に並び弧を描いている。中央にシリンダー形のエントランス。HPを見ると版築の柱とある。現場の掘削残土を活用したとのこと。大学の後輩・ST君に、ずばり「版築のいえ」という作品があることを思い出した(過去ログ)。
内部は大断面集成材のフレームがリズミカルに並ぶ美しい空間だった(確認しなかったけれど店内の写真撮影はNGだろう)。
屋上はスカイデッキ。「ここ、ビアガーデンにいいよね」は一緒に行ったおばさんの感想。
なだらかに湾曲する集成材による屋根の構成
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おやきは信州の郷土食。練った小麦粉の皮で炒めたナスや野沢菜などの具材を包み、まんじゅうの形にしていろりの灰で蒸し焼きにして食べる。いろりのある茅葺きの民家で暮らしていた人びとの日常食だった。灰ころがしと呼ぶところもあった。硬くカリカリに焼けた皮の表面についた灰をはらって食べたという遠い記憶がある。
商品化されたおやきは皮が柔らかく味もまろやかで食べやすいものが多いのでは。OYAKI FARMでおやきを買い求めて店内で食べた。さすがに素朴さはないものの、美味だった。
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■ 長野県立美術館で7月1日から8月27日までの会期で開催されている「葛飾北斎と3つの信濃 ― 小布施・諏訪・松本 ―」を昨日(10日)鑑賞した。北斎といえば何といっても「富嶽三十六景」。中でも「神奈川沖浪裏」(写真①)は特に有名な作品。北斎と聞けばこの大胆な構図の錦絵が浮かぶ。「富嶽三十六景」はじめ多くの作品が展示される北斎展の開催をだいぶ前に知って、是非行きたいと思っていた。
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会場1階(写真撮影可)に展示されている上町祭屋台(小布施町上町自治会 長野県宝)に描かれている天井絵(写真②)は色鮮やかで印象的だった。また、岩松院本堂天井絵「鳳凰図」(原寸大高精細復元図)にも魅せられた。小布施町の岩松院へ出かけて実物を観なければ・・・。
会場2階(写真撮影禁止)には数多くの作品が展示されている。平日ということもあってか、会場はそれほど混んでいなくて、それぞれの作品をじっくり鑑賞することができた。
やはり注目は「富嶽三十六景」だ。北斎には富士山のある風景をリアルに表現しようなどという気持ちは微塵もなかっただろう。自身の美的感性によって、大胆な構図に再構成した作品はどれもとても魅力的だ。同じ画題の作品が何点も展示されることで魅力が何倍にもなる、群としての力を感じた。作品の色にも惹かれた。藍色と緑色。緑はぼく自身が今最も関心のある色。青とも言えるし、緑とも言えるような「緑」。
「甲州犬目峠」(*1)は近景にかなりデフォルメされた峠を旅人が登っていく様と遠景に富士が大きく描かれていて、両者が構図的に対を成している。その峠の黄緑、でもないな。手元の「日本の傳統色」で探すと柳染あたりか、と紺色に近い深い緑の組み合わせが絶妙の作品。
「信州諏訪湖」は知らない作品だった。中央に大きな松の老木を2本配した構図で老木の下に茅葺きの祠、遠景に高島城、その更に遠くに富士山が配置されている。祠の屋根と富士山のフォルムが対を成している。そうか、やはりこういう構図もありなんだな・・・。
富嶽三十六景を残し得た北斎のすばらしい人生。芸術作品には100年経っても200年経っても人を感動させる力があるんだなぁ。そう改めて思った。
*1 ネット検索すれば画像が何枚もヒットするが再現が難しいのか、色はまちまち。やはり実物を観なければ・・・。
360
■ 7月は小説を読まなかった。だからという訳でもないが、8月になって最初に読んだのは今村翔吾の『双風神』、羽州ぼろ鳶組シリーズの第9巻(祥伝社文庫)。
カバーのイラストには『双風神(ふたつふうじん)』のメインキャスト、風読み・加持星十郎の後ろ姿とその左奥に、緋鼬(あかいたち)と呼ばれる、高さが四丈(*1)を超えるような火焔の渦巻きが描かれている。
今回の舞台は江戸ではなく大坂。大坂で頻発する緋鼬にこのシリーズの主人公で新庄藩火消頭取・松永源吾が加持星十郎らと共に立ち向かう。
ここでは敢えてストーリーは追わない。この巻で感動したのは全くまとまりのない大坂火消を源吾が説いてまとめていく過程。緋鼬に対処する唯一の方法は、火消し陣が一致団結してはじめて成し得る。このシリーズではそれぞれの巻ごとに、映画ならCGでないと表現できないようなクライマックスが描かれているが、スケールの大きさでは今回が一番。
*1 丈は長さの単位で1丈は10尺、約3m。で、方丈は1辺が約3mの正方形の意。鴨長明の『方丈記』はこのサイズの庵で書かれたエッセイ。 過去ログ
①
(再)松本市和田 3柱無無型 ロング3角脚 2023.08.09
②
■ この火の見櫓は既に2015年に見ていて、8年ぶり。当時も「火の見櫓のある風景」という視点を持ち合わせてはいたけれど、①や②のような写真は撮っていなかった。
③
櫓の上部はかなり細くなっていて、ブレースを設置していない。確かにブレースを設置しても構造的には効果が期待できそうにない。
④
櫓のてっぺんにスピーカー。やはりてっぺんに屋根がないと違和感を覚える。
⑤
細身の櫓に梯子を外付けしている。半鐘を叩くための足場は欲しい。
⑥
脚はロング3角。
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(再)松本市寿 3柱66型ショートアーチ脚 2023.08.08
道路や河川の占める割合が大きいから構図をまとめにくい。描くなら①かな・・・。
③
松本市笹賀 2023.08.07
・椅子に腰かけて描いたので、視点が低いです。
・火の見櫓を大きく描く傾向があることには前から気が付いていました。
・この蔵、屋根の勾配が少し急なような気がします。以前描いた時は勾配を変えましたが、今回はそのまま描きました。
・消火栓の表示板を描いた方が良かったかもしれません。蔵の唐突感が表示板で少し和らいだかもしれないので。
・油性ペンが新しいので線がきっちり出ます。以前の描法に戻ったような印象です。
・遠景の山の緑は好きな色になりました。
以上!
■ マイナンバーカードの取得は任意、だった。だが、健康保険証と一体化することでいつの間にか強制されることに。そのマイナ保険証でトラブルが頻発している。8月4日付 信濃毎日新聞の社会面に「マイナ保険証が、使えない」「顔認証で不具合 相次ぐ相談」の他、上掲の見出しの記事が載っていた。
脳出血で意識のない夫と共に救急車で医療機関へ向かった女性。夫の暗証番号を知らない女性は「マイナ保険証を使えずに全額自己負担することになったら生活はどうなるのか」と不安が募った、ということが記事に書かれていた。顔に大けがをしたような場合、顔認証もできないケースだってありそうだ。
本人しか暗証番号を知らないとなると、このような問題は起こり得る。少なくとも家族間では暗証番号を共有する必要がありそうだ。では一人暮らしの人は? マイナ保険証では別人の医療情報が登録されるトラブルも多数起きている。このようなトラブルは命に係わる。災害などの非常時、いやそうでなくてもカードの読み取りができないケースだってありそう。
上の事例のような暗証番号が分からないといったトラブルやマイナ保険証のデータが読み取れないという事態すら想定外のシステム設計なんだろうか。
マイナンバーカードを総点検したところで、それが今後ミスは起きないという保証になど決してならないと思うけれど、違うのかな。不安を払拭することはできないだろう。
人は必ずミスをするということを前提として、ミスを防ぐことができるシステムにつくり変える必要もあるだろうし、そもそもマイナンバーカードはなぜ必要なのか、という基本的なことをきちんと、そして本当のことを説明して欲しい。国民の利便性のため、なんて説明はダメ。
**厚生労働省によると、認証がうまくいかない場合は医療機関職員らの目視で本人確認を行えば使用は可能 ― とする医療機関向けのマニュアルはある。だが、こうした内容は、広く一般には伝わっていない。周知されていれば、女性も混乱せずに済んだ可能性がある。** 掲載記事から引用
■ 朝カフェ読書の前にTSUTAYAで「ルパン三世 カリオストロの城」のDVDを探したが、見つからなかった。で、「風立ちぬ」を借りた。このアニメ映画の予備知識は全く無く、堀辰雄の同名小説が映画化されたもの、と思っていた。でも違っていた。ストーリーに反映されていたから、全く外れというわけではなかったが。
この映画には黄緑色を多用した背景(風景)が多いと感じた。彩度が高すぎかなとも感じたが、総じて美しい風景だった。動画では列車や飛行機などのパースペクティブなアングルも、登場人物の動きもなかなか好かった。細部にまできちんと手が入っていることにも気が付いた。
茅葺きの民家が点在する田舎の風景が列車の窓外を流れる(屋根の棟の納まりの特徴から北関東辺りではないかと思う)シーンでは民家の横に背の高い火の見櫓が立っていることに気がついた。 余談だが、朝ドラ「らんまん」にも小屋の屋根に立つ簡易な枠火の見がちらっと映ったことがある。
「風立ちぬ」に描かれているのは、主人公・堀越二郎の懸命な生き様。飛行機好きな少年・二郎はやがて飛行機を設計する技術者になる。関東大震災の時、列車の中で二郎が出会った少女・里見菜穂子。何年か後、堀越は偶然菜穂子と再会して、ふたりは互いに惹かれ合うように。二郎が菜穂子に結婚を申し込んだとき、彼女は結核に冒されていた・・・。
ただ、美しい飛行機を設計したいと願っていた二郎だったが、時代的に設計するのは戦闘機だった。映画では観光用(?)の飛行機が描かれているが、戦争では攻撃用に改変できるということも観る者に伝えられる。海軍の艦上戦闘機の設計チームのトップに抜擢され、二郎はそれを受け入れる。戦争に加担することに苦悩する二郎を描いたらこの映画の雰囲気、印象がかなり変わっただろう。まあ、このようなことを考えないで恋愛物語として観るのがよさそうだ。
観ていて気になったのは二郎が設計した飛行機の主翼が逆への字形に折れていたこと。この形って航空力学的にありなんだろうか、と思って、ネットで調べてみた。逆ガル翼と呼ばれる主翼で、実際にあることが分かった。知らなかった・・・。いくつになっても知らないこと、解らないことばかり。
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国立国会図書館デジタルコレクションより
■ NHKの朝ドラ「らんまん」についてはしばらく前にも書いた。シナリオが良いことはもちろん、映像が美しいこと、登場人物へのライティングが良いことなどに惹かれる。
十徳長屋が映ると、外壁が押縁下見板張りになっていることや(江戸時代の武家地に建てられた火の見櫓の壁も同じ構法)、目板葺き、大和葺きの庇に目が行く。
今朝(4日)は園子が亡くなってしまい、悲嘆する万太郎と寿恵子や、峰屋が腐造が原因で廃業に追い込まれ、綾と竹雄が峰屋を手放すことを決めるという重苦しいシーンが続いた。
ドラマの前編では万太郎を愛するタキおばあちゃんのことばによく泣いた。松坂慶子さんの演技もなかなか好かった。後編になって、今朝は初めて(じゃないか)泣いた。『本所おけら長屋』畠山健二(PHP文芸文庫)の住人たちの暮らしぶりとは全く違うけれど、十徳長屋の人たちが心を通わせながら暮らす様子にも惹かれる。
綾の目の表情が顔を正面に残して眼だけで横を見るフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」とよく似ているなぁ、と今朝も思った。
「らんまん」のこれからの展開が気になる。失意、悲しみからの再生が描かれるのだろう。
■ 購読している地方紙・信濃毎日新聞朝刊第1面下段のコラム「斜面」の今日(4日)は次ようなの書き出しだった。**火の見やぐらは明暦の大火(1657年)を機に江戸で生まれ、明治以降に広まった。**
新型コロナの感染者数がこのところ増加傾向にあるが、長野県では5類に移行されてから、定点の感染者数から警戒のレベルを評価して伝える基準がないとのこと(そうなのか・・・)。火の見櫓から火災の拡大する様子を見てはいても半鐘は叩かないということ。コラム氏は半鐘の音で意識は変わると書いている。
6週連続増加。この感染状況、半鐘を叩くべきではないか、コラム氏はと考えているのだろう。
※コラムの全文掲載は控えます。
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■ 青木裕幸水彩画展が始まった。初日の今日(2日)、午後2時ころ青木君と一緒にぼくも会場のカフェB.W.C.Lへ。平日にもかかわらず、何人もの人が来店して、作品を鑑賞してくださった。やはり水彩画を描くぼくの同級生には絵筆のこと、絵具のこと、用紙のことなどを丁寧に説明していた。
青木君と大学で同じサークルに所属していたという小石ゆかりさんと同席、あれこれ話をした。で、名刺を渡した。219枚目(←モノトーンな雰囲気だったので)だった。
小石さんがかけていたメガネは建築家のル・コルビュジエのメガネとちょっと似ていた。こういうメガネがよく似合う人って、デザイン系の仕事をしているというイメージがぼくにはある。訊けば彼女もそういう仕事に就いていたことがあるとのこと。やっぱりね。
この風景の四季を描いた水彩画も展示されている。遠方で緑のレイヤーが重なっているだけのこれといった特徴のない風景だけれど実に魅力的に描かれている。ぼくが出したい緑色が使われている絵もあった。プロならではの混色によってつくった緑色。ここに火の見櫓が立っていればぼくも描きたいけれど・・・。