◎中国の回族と食習慣
日本ではグルメブームで食物の話題がよく出るが、他民族の食習慣と比較するのも面白い。北京の大学へ行ったのは1981年から数年。観光客の行かない学生食堂で学生と一緒によく食事をした。中国の大学は原則として全員寮生活で、朝昼晩の三食は大きな学生食堂で取る。料理は品数は少ないが北京料理だ。食器は自分が寮から持ってくる琺瑯引きの鉄製のドンブリである。食べ終わったらまた寮へ持ち帰り自分で洗う。
よく見ると、隣にもう一つ広大な学生食堂がある。回族学生専用の食堂である。回族は豚肉を一切食べない。ラードでいためた料理もいけない。回教の定めに従った方法で殺した羊を食べる。一方、豚肉抜きの北京料理は考えられないから、異なるメニューの学生食堂が二つ必要になる。
北京の街には回族食堂という看板を掲げた店が多い。白い布で髪の毛を隠した女や丸い帽子をかぶった男の回教徒が大勢歩いている。あるとき、中心街に近い大通りを埋め尽くして羊の群れが悠々と流れていた。独特の帽子をかぶった回族の羊飼いを、だれも非難がましく見ない。ある季節になると羊の市が立つという。羊の群れは北京の風物詩でもある。高層ビルが林立する現在では見られない中国の風景であった。
こんな風景に刺激されて、街の回族食堂に入ってみた。串に刺して焼いた羊肉は香料が効き、肉は柔らかで美味である。肉質がよいのか、北海道の羊の焼肉より数段うまい。彼らの食習慣は回教の戒律に従っているから、豚肉を使う料理は一切食べない。
宗教的戒律のない漢民族は、北京料理に飽きると回族食堂にはいる。漢族は羊に違和感を持たない。北京料理にも羊肉のシャブシャブがある。真ん中に炎抜きの煙突がついた火鍋を用いた卓上鍋料理である。
共産党独裁の中国でも回族はその伝統的食習慣を守りながら悠々と生きている。(もちろん宗教活動はしないという建前で)
他民族の混じっている中国では食習慣が民族のアイデンティティーになっている。
@ベジタリアン
アメリカのベジタリアンはインド人が持ち込んだに違いない。日本の寿司同様、ダイエットによいという理由で全米に広がった。
ファミリーレストランでもベジタリアン・メニューがある。頼んでみる。最初に出て来る野菜サラダが素晴らしい。レタス、赤ピーマン、セロリと種類が多いだけでなく、ドレッシングに各種の香料を惜しみなく使い、普通メニューのサラダより味も一段と冴えている。
メインデイッシュは種々の豆類をシチュー風に煮てカレー風味で仕上げたものである。デザートは数種の果物を氷とともに砕いて新鮮なジェラード風にしたものが何種類もメニューに載っている。
料理は作る人の愛情と誠意がこもっていないとおいしくないというが、アメリカのベジタリアン・メニューは普通のメニューのものより誠意がこもっている。
あるとき、日本でインド人のお客さんを少し高級なレストランへ招待した。当然ベジタリアン・メニューがあると信じていたが、ない。アメリカでのメニューの概略を説明し、急ぎ作ってもらった。お客は礼儀上おいしいと言って食べてくれたが、顔は「まずい」と言っている。少し分けてもらい味見したが、誠意がない味付けである。
日本人は明治維新までは仏教の影響でベジタリアンに近い食文化を持っていた。お釈迦様が殺生を禁止したからである。現在の日本のグルメブームには思想や信念がない。食習慣と人生の豊かさとの関係はどう考えるのがよいのであろうか。