後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

zebra1192さん、コメント有難う御座います。

2007年12月25日 | うんちく・小ネタ

zebra1192さん、下記のコメント有難う御座いました。

ブログの良いことは本音の意見交換が出来ることと思います。こういうご自分の感じ方を今後もコメントとして送って頂ければ嬉しく思います。有難うございました。藤山杜人

コメント

流行歌とはよく言ったものです。「千の風になって」と言う歌だって、小生に言わせれば、ある日突然出て来て、アッと言う間にヒットし、今年の紅白でも歌われるのですから。確か、当初仏教関係者からは敬遠されたと思いましたが。まあ何がヒットするやら解りませんが、後世後々まで歌い継がれる歌とは思いませんが。やはり歌い継がれるのは、純粋で明るく、誰もが口ずさんだり、鼻歌交じりにでも直ぐに飛び出すものでしょう。やや独断と偏見かも。
 沖縄のお墓の立派なのにも感心しましたが、貴殿が既に生前墓を用意されているとは、実に用意周到なのに驚きです。碑名もなかなかですね。


「千の風になって」も良いのですが、、、

2007年12月25日 | うんちく・小ネタ

Photo 秋川雅史氏の「千の風になって」が全国に流れたのは2006年の紅白歌合戦

の後という。死んだ私はお墓に居ません。千の風になって飛んでいます。お墓の

Photo_2 前で泣かないで下さい。と歌う。

左上の2枚の写真は沖縄の一般的なお墓です。立派な石やコンクリ-トで家の

形になっている。死者が住んでいます。お彼岸や命日には親類縁者が集まって賑やかにお参りする。死者が千の風になって留守になっていては具合が悪いのです。

古くからの琉球文化と思うが、死者には家があり残された家族が会いたくなったらお墓へ会いに行く。死者は何時もお墓から見守ってくれている。この様式は現在でもすたれない。そばで新しい墓家を建設中であった。石も色々種類がある。

「千の風になって」は死んだ人の気持ちや希望です。家族や友人への慈しみが感じられて良い。しかし琉球のお墓の考え方も捨てがたい。

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最後のこの3枚目の写真は筆者が自分が入るために10年前に立てた墓です。墓碑銘の「風」の字は「人生は風のように過ぎ去って行った。楽しいことばかりだった。感謝の気持ちで死んでいます。」というような死後の自分の気持を表している。最後の20年以上はヨットをしていたので風のことを思いついたのかも知れない。

尚この3枚の写真は小さくサムネイル方式にしているのは、お墓の写真は縁起が悪いと思う人も居られるのではないかと思ったからです。クリックしてご覧頂ければ幸いです。(終わり)