後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

後期高齢者になると考えが変わる(2)職業の差別感が完全に消滅

2018年05月13日 | 日記・エッセイ・コラム
昭和11年生まれ、戦前、戦後に育った私は職業に差別感を持っていました。
戦前、戦争直後の日本には現在では想像も出来ないような職業差別があったのです。医師、裁判官、学者は尊敬される職業でした。職人さん、八百屋さんや魚屋さんは軽く見下げられる職業でした。大会社の社員が肩で風を切って歩けば、中小企業の社員は道をあけなければいけなかった社会でした。士農工商の名残でしょうか。
日本から職業差別が消えて行ったのは経済の高度成長の進んでいた頃です。
私はそのような職業差別の時代に生きていたのです。ですから高齢者になるまで職業には尊敬すべき職種と尊敬出来ない職種があると信じていました。
職業には聖職と賤業があるとも思っていました。

しかし70歳を過ぎて仕事を一切辞めてから、この私の職業差別は間違いだったと気づき始めたのです。
全く恥ずかしいです。この私の間違いを、ここに公表するのは、職業差別を完全に此の世から無くすためです。
職業差別は人種差別と同じくらい悪いことなのです。

そのことを思い知ったのは後期高齢者になってインターネットを通して、いろいろな職業の人々と知り合って、親しくなったお陰です。
知り合って深くお付き合いをしてみると、人間の価値は職業に関係がないことが実感出来たのです。これで戦前、戦後から抱いていた自分の職業差別感が揺らぎ始めました。その間違いが分かったのです。
その上、毎週通っているリハビリ施設で品性の高い八百屋さんと知り合ったのです。
彼は何時も明るく笑っています。不自由な足を引きずって大きな杖を使って歩いています。
雰囲気が知的職業についていたようです。話しかけて、次第に仲良くなりました。
親しくなったので、ある時、どんな仕事をしていましたかと聞きました。八百屋をしていましたと屈託なく答えます。
私は衝撃を受けました。人間の品性は職業に全然、関係が無いのです。

そして70年前の昔に、新制中学校で教わったことを思い出したのです。
「職業に貴賎は無い。どんな職業でも世のためになっているのです」という社会科の先生の言葉をありありと思い出したのです。
恥ずかしいかぎりですが私はその教えの意味を、後期高齢者になってから本当に理解出来たのです。
死ぬ前に理解出来て幸せでした。
世の中には八百屋さんや魚屋さん農家さんなどを差別し見下げている後期高齢者の人も多いかも知れません。大会社で働いている人が偉いと思っている人も多いかも知れません。中央官庁の役人は地方公務員を見下しているかも知れません。それは時代錯誤なのです。
現在の日本人には職業差別が無いのです。東京大学の卒業生がお笑い芸人になる時代なのです。

差別する人も、差別される人も高齢者に多いようです。しかし75歳を過ぎて看護師や介護士の献身的な態度に接すると、職業差別など消えてしまうのです。自分の大間違いに気がつきます。
もし高齢者の八百屋さんや魚屋さんがいて、自分の職業を恥ずかしいと思っていたら、それは不幸なことです。
彼等はまだ、後期高齢者の至福の境地に至っていないのです。一刻も早く職業差別を卒業するように祈っています。それを卒業出来れば人種差別も克服出来るのです。
私はこのように自分の職業差別が解消する後期高齢者まで生きながらえたことに神に感謝します。

それにしても現在の若い日本人には職業差別なぞ微塵もありません。実に住み良い社会になったものです。
今日の挿し絵代わりの写真は昨日、都立薬用植物園で撮ってきた花々の写真です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)