後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

花々の写真を眺めつつ老人ホームに独り入った友人を想う

2018年05月08日 | 日記・エッセイ・コラム
季節はうつろい、沢山の花々が咲いた春も過ぎ行きつつあります。
今年の春も甲斐駒の麓の山里や、住んでいる小金井市近辺で花の写真を撮ってまわりました。
この欄に掲載した花の写真は数十枚もあります。梅、桃、桜は勿論、コブシ、モクレン、マンサク、サンシュウ、レンギョウ、イヨミズキ、ユキヤナギ、コデマリ、ウノハナ、イカリソウ、ヒトリシズカ、ケマンソウ、ジャーマンアイリス、それから栽培種の花を植え込んだ花園の花々など実に沢山の花の写真を撮りました。

今朝はこの欄の2月、3月、4月のページを順々に開き、花々の写真を眺めながら想いに耽っています。
突然、独りで老人ホームに入ってしまったある友人のことを考えています。
彼とは仙台一高で1951年に知り合い、大学の同じ学科を卒業しました。彼は石川島重工に就職し停年まで勤めました。就職後も度々会っていました。ある時は私を田無工場に招んでくれ、戦闘機の桜花のジェットエンジンを詳しく見せてくれました。彼の仕事はジェットエンジンのタービンの羽根の研究でした。羽根はニッケルやコバルトやクロームの合金で作ります。
当時、石川島重工はアメリカからライセンスを貰って戦闘機のジェットエンジンを盛んに作っていたのです。
彼の一家は葉山に住んでいました。昔、私が葉山マリーナの会員だった時、彼と何度か一緒にヨットに乗りました。ある時は葉山マリーナ所有の古い巡視艇で一緒に初島まで航海して泊まって来たこともあります。泊まった民宿のおじさんに手漕ぎの小舟を出して貰い鯖釣りに行きました。夕食に釣った鯖の刺身が出ました。彼は食べながら活きの良すぎる鯖は固くて不味いと言いながら日本酒を飲んでいました。
彼は律儀な男で大学のクラス会には必ず出席してきました。ついこの前の4月27日のクラス会にも来ていました。非常に元気でした。
それが突然、昨日、彼から転居通知のハガキが来て、川崎の老人ホームに入ったというのです。
驚いて電話してみました。ここを終の棲家としますと相変わらず明るい声で言います。
夜の門限はあるが外出自由で楽しいそうです。認知症になっても死ぬまで面倒を見てくれる契約をしたと言うのです。部屋には炊事道具があるので毎日供される3食に飽きたら自分でビフテキでも鰻重でも作って食べて良いそうです。酒もコンビニで買って来て、自分の部屋で独酌する限り自由だそうです。
老人ホームは外出禁止で窮屈な所と聞いていましたが、彼の入ったホームは食事付きのマンションのようです。その上、看護師や介護士が常駐しているそうです。
そんな訳で私も安心しました。と同時に家族に迷惑をかけまいと自分から率先して老人ホームに独りで入った勇気に感嘆しました。彼はサバサバしたそういう男なのです。
私は勇気がありませんから、何時までも自宅にしがみつく様にしていると思います。
そして家内に、「愛している人の傍にいたいのです」とか言って自宅から絶対に出ようとしないのです。困ったものです。

今日の挿し絵代わりの写真は今年の春、甲斐駒の麓の山里や小金井市近辺で撮った花の写真です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)