今日は曇りでした。今日の小金井公園の風景です。
16世紀初頭、スペインのピサロはスペイン王、カルロス1世に南米征服の許可を得て、インカ帝国の征服を開始しました。少数部隊戦闘の経験を積んでいたピサロの軍勢はインカ帝国軍を圧倒し、皇帝アタワルパを捕らえます。1534年に傀儡のマンコ2世をインカ帝国の皇帝に据えます。インカ帝国の首都クスコに入ったピサロ達は新たにスペイン式の伝統に従ってクスコを建設し、1535年には太平洋岸にリマを建設したのです。
こうして南米はスペインが支配することになったのです。その後、スペイン人を頂点とする厳格で抑圧的な植民地支配の体制が確立されていったのです。征服後の社会でスペイン人たちは多くのインディオ女性を妾とし混血児の数が増加します。またさらに、アフリカ大陸から多数の黒人奴隷が連行され、各地で黒人は家内労働やプランテーションでの重労働に従事させられました。
さて一方、南米大陸からヨーロッパには、トウモロコシやサツマイモ、カボチャ、トウガラシ、ジャガイモ、トマト、カカオなどが伝えられました。こうしてヨーロッパ諸国の食文化に大きな影響を与えたのです。
以上のようにスペインの植民地になってしまった南米の少数民族は現在どうなっているでしょうか?
現在のブラジルに限って調べてみました。現在のブラジル全国の先住民族の人口はおよそ90万人で、そのうち48%の人がアマゾンに暮らしています。
現在、ブラジルの先住民族は、305の民族で274の言語という多様性な社会なのです。
ブラジルの先住民族保護区は全国に505ヶ所あり、先住民族の57.7%がそこに暮らしています。
保護区の総面積は国土面積の12.5%にあたる107㎢で、うち98.33%がアマゾンに集中しています。
先住民族の生活の中に祭りはとても重要な位置をしめています。死者の魂を送る祭り、3日3晩歌い踊り続ける女たちの祭り、子どもから大人になる通過儀礼、などなどです。祭りの背景には森羅万象に精霊が宿ると考えるアニミズムの世界観が横たわっています。祭りの日、ボディペインティングと羽根飾りの正装で身を整えた人たちで村は色鮮やかににぎわいます。写真でアマゾン地域とアンデス山地の少数民族を示します。
1番目の写真はアマゾン地域の少数民族の家です。
2番目の写真はアマゾン地域の子供達と母親です。
3番目の写真はアンデス山地の少数民族のケチュア族です。
4番目の写真はアンデス山地の少数民族のケチュア族の少女です。
5番目の写真はアンデス山地の少数民族のケチュア族の家族です。
今日の記事で主張したいことは少数民族の限りない生命力です。西洋人がどんなに抑圧しても地球上から少数民族を抹殺出来ないのです。そして少数民族の文化を尊重すると自分自身の心が豊かになるのです。
そういう意味で台湾の少数民族の保護政策は賞賛すべきです。台湾政府は少数民族専用のテレビ局を与えています。これほど少数民族を温かく優遇している国はありません。詳しくは昨日の記事をご覧下さい。 「世界の少数民族を調べて分かったこと(2)台湾の少数民族の保護政策を賞賛する」
そして日本のことを考えています。北海道には終戦までアイヌ民族の集落が沢山あったのです。現在はありません。残念です。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)