日本人に人間の自由と平等を教えようとしました。戦後77年間で日本の社会は少しずつ変わりました。アメリカ国内の社会生活においては人間の自由と平等はあるのです。日本はまだまだです。私の4年間のアメリカ在住で、この日米の民主主義の違いを実感ました。
今日は人間の自由と平等に対する考え方の日米の違いを書いてみたいと思います。
結論を先に書けば日本では人間に身分があり完全には自由で平等ではありません。アメリカ国内の社会生活では完全に自由で平等ます。ですが個人の感情の中には差別館は残ります。
さて1960年にオハイオの大学へ留学しました。24歳の時でした。
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1番目の写真は留学したオハイオ州の風景です。
このオハイオ州でまず感動したことはアメリカ人の先生方が私を同じ人間として平等に取り扱ってくれたことです。先生と学生が平等だったのです。日本では先生は身分の高い存在でした。
当時のアメリカ人は敗戦国の日本人を蔑んでいなかったのです。私は人間の平等を実感しました。先生方だけでなく付属工場の職人も私を同じ人間として平等に取り扱ってくれたのです。
例えば私の実験装置の完成には機械工場のロスさんという職人がひどく親切に協力してくれたのです。私はロスさんに友情を感じました。
そして指導教授のセント・ピエール先生や学科主任のフォンタナ教授にも私は友情を感じました。
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2番目の写真はオハイオ州立大学の ロードホールという建物です。この建物の一階の右端の部屋にロスさんは私の設計図どうりに実験装置を作ってくれました。
そしてもう一つの忘れ得ぬ経験は、指導教官のセント・ピエール教授夫妻が我々の結婚式の仲人をしてくれたことです。私は 妻を日本から呼び寄せ、オハイオ州のコロンバスで結婚式を挙げたのです。1961年のことでした。
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3番目の写真は新婚時代の家内です。
私が2度目にオハイオ州に在住したのは1988年から1990年まででした。
1988年に本田宗一郎氏がオハイオ・ホンダ工場を視察に来ました。
アメリカの大企業の幹部は工場労働者とは握手をしません。食堂もトイレも社員と労働者は別です。ところがホンダ工場は一緒だったのです。本田さんは「自由と平等」をホンダ工場の中で徹底した英雄と讃えられました。現在、アメリカでは食堂もトイレも社員と労働者は一緒です。
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4番目の写真は私も見学に行ったオハイオ・ホンダ工場です。
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5番目の写真は黒人も白人もアジア人も平等に働いているオハイオ・ホンダ工場の従業員一同です。
アメリカの頭痛の種はリンカーン大統領の昔から人種差別の問題です。ホンダ工場では人種差別は無いのです。黒人も白人もアジア人も同じ組み立てラインに平等に働いていました。
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6番目の写真はオハイオ州立大学のアメリカンフットボール場です。ここに本田さんが巨大な電光掲示板を寄付してくれました。
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7番目の写真はアメリカンフットボールの競技では黒人も白人もアジア人も平等にプレイしています。
以上のようにアメリカでの社会生活では人種差別は無くなりました。しかし居住地には黒人街や白人地区というような差別があります。個人の感情の中から完全には無くすことは難しいのです。一方、日本の社会では男女の差別や身分の差別がまだあります。例えば会社では部長、課長とか平社員のような差別が身分の違いとして残っています。
今日は人間の自由と平等に対する考え方の日米の違いを書いてみました。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたしす。後藤和弘(藤山杜人)