【深川七福神ご案内】
深川は、
江戸時代から有名な寺院がおおいところ、また多くの史蹟があります。
ここに次のような七福神がおまつりしてあります。
恵比寿神(富岡八幡宮)、弁財天(冬木弁天堂)、福禄寿(心行寺)、大黒天(円珠院)、毘沙門天(龍光院)、布袋尊(深川稲荷神社)、寿老神(深川神明宮)
深川七福神はゆっくり歩いて二時間ほどのコースで付近の史跡巡りをかねての七福神めぐりをおすすめいたします。
七福神詣では火難、水難、盗難、太陽、星の異変、風害、旱害の七難即滅と、愛敬富財(恵比寿神)、芸道富有(弁財天)、人望福徳(福禄寿)、有福蓄財(大黒天)、勇気授福(毘沙門天)、清廉度量(布袋尊)、延命長寿(寿老神)の
七福即生という勝縁が授かるとされています。
私が東京での単身赴任時代に巡った七福神を紹介していきます。
第三陣は「深川七福神」です。
・名称 深川七福神
・寺社名 心行寺

・七福神 福禄寿
・所在地 東京都江東区深川2-16-7 地図
・最寄駅 地下鉄大江戸線門前仲町駅3番出口)
・参拝日 1998(平成10年)/01/10
・コメント
双修山養源院と号し、元和2年(1616年)京橋八丁堀寺町に創立。
開山は観智国師の高弟、光蓮社団誉一路屋道上人、開基は岩国城主吉川監物の室養源院殿である。
寛永10年(1633年)現在地深川寺町に移転した。
「御朱印地・拝領地寺社帳」によれば、当時間口四十二間奥行四十二間千七百六拾四坪の境内地で現在もほぼ当時の面影をとどめている。
往時は影窓院・正寿院の2つの末寺があったが、その後合併された。
旧本堂庫裡は大正12年9月関東大震災により焼失、その後昭和7年に再建された本堂庫裡も昭和20年3月戦災のため再度烏有に皈した。
現本堂は浅香富三氏設計により奈良平安調様式に現代風を加味して昭和42年完成したものである。

・マップ 深川七福神
・HP 深川七福神
深川は、
江戸時代から有名な寺院がおおいところ、また多くの史蹟があります。
ここに次のような七福神がおまつりしてあります。
恵比寿神(富岡八幡宮)、弁財天(冬木弁天堂)、福禄寿(心行寺)、大黒天(円珠院)、毘沙門天(龍光院)、布袋尊(深川稲荷神社)、寿老神(深川神明宮)
深川七福神はゆっくり歩いて二時間ほどのコースで付近の史跡巡りをかねての七福神めぐりをおすすめいたします。
七福神詣では火難、水難、盗難、太陽、星の異変、風害、旱害の七難即滅と、愛敬富財(恵比寿神)、芸道富有(弁財天)、人望福徳(福禄寿)、有福蓄財(大黒天)、勇気授福(毘沙門天)、清廉度量(布袋尊)、延命長寿(寿老神)の
七福即生という勝縁が授かるとされています。
私が東京での単身赴任時代に巡った七福神を紹介していきます。
第三陣は「深川七福神」です。
・名称 深川七福神
・寺社名 心行寺

・七福神 福禄寿

・所在地 東京都江東区深川2-16-7 地図
・最寄駅 地下鉄大江戸線門前仲町駅3番出口)
・参拝日 1998(平成10年)/01/10
・コメント
双修山養源院と号し、元和2年(1616年)京橋八丁堀寺町に創立。
開山は観智国師の高弟、光蓮社団誉一路屋道上人、開基は岩国城主吉川監物の室養源院殿である。
寛永10年(1633年)現在地深川寺町に移転した。
「御朱印地・拝領地寺社帳」によれば、当時間口四十二間奥行四十二間千七百六拾四坪の境内地で現在もほぼ当時の面影をとどめている。
往時は影窓院・正寿院の2つの末寺があったが、その後合併された。
旧本堂庫裡は大正12年9月関東大震災により焼失、その後昭和7年に再建された本堂庫裡も昭和20年3月戦災のため再度烏有に皈した。
現本堂は浅香富三氏設計により奈良平安調様式に現代風を加味して昭和42年完成したものである。


・マップ 深川七福神
・HP 深川七福神