村上龍のメールマガジンから引用。
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『from 911/USAレポート』第817回 2020年4月18日発行
JMM [Japan Mail Media] No.1102 Saturday Edition
このメルマガでは、隔週でアメリカの状況をお話していますが、現在の危機という
のはとにかく進行が早く、14日で世界の様相が全く変わっている、しかもその変化
が加速しているのを感じます。前回、ここでお話したのが4月4日。その時は、現地
時間で3月20日(金)と、4月3日(金)時点での数字を比較してお伝えしました。
同じようにそれから2週間が経過した現時点、現地時間の4月17日(金)の数字を
これに加えてみることにします。
全米レベル・・・・・・・・3月20日時点での死者 210
4月 3日時点での死者 6586
4月17日時点での死者 33325
ニューヨーク州・・・・・・3月20日時点での死者 31
4月 3日時点での死者 2985
4月17日時点での死者 14832
うちニューヨーク市内・・・3月20日時点での死者 26
4月 3日時点での死者 1562
4月17日時点での死者 11477
ニュージャージー州・・・・3月20日時点での死者 11
4月 3日時点での死者 646
4月17日時点での死者 3840
2週間前の時点でも、「この間、膨大な数の死者が続いています」と述べています
が、その後の死者の増加ペースは猛烈であり、ニューヨーク州では連日700名から
800名、私の住むニュージャージー州でも200名から300名というペースで亡
くなる方が出ています。
仮の遺体安置所として、冷蔵トレーラーが登場したことでショックが走ったのは4
月初旬で、クイーンズ区の病院にトレーラーが横付けされている映像が衝撃を与えま
した。数日後には同じような冷蔵トレーラーが5台並んでいる映像となり、更に2週
間が経過した現時点では、無縁墓地に集団埋葬という事態にもなっています。
また、私の住むニュージャージーでは、高齢者向けの福祉施設における感染拡大が
問題になっています。例えば、州内の最大規模の施設では17名の遺体が対応不能と
なって積み上げられていたなどという話が出ています。これに対しては、マーフィー
知事は激怒して、捜査を指示していました。ですが、施設としては入居している高齢
者がどんどん亡くなって行くのに対して、手の施しようがないばかりか、遺体安置の
設備を最大で2名分しか用意していなかった中で、何もできなくなっていたようです。
州政府が急いで調査したところ、高齢者向け福祉施設全体で感染の発生している施
設数は384箇所、感染者数は9094、死者は1530という厳しい数字が発表さ
れています。3月にワシントン州で同様の施設におけるクラスター発生がありました
が、これを教訓とすることは出来なかったのです。
その「死」についてですが、少し以前には新型コロナ肺炎で家族が逝去するのには
立ち会えないという問題が大きく取り上げられていました。ですが、今週のニュージ
ャージーでは、コロナ患者の臨終にあたって家族と「ビデオ通話」を繋いでくれた医
師が称賛されていたりします。
こうした死者についてですが、トランプ大統領は会見ではほとんど言及しません。
一方で、深刻な状況を抱えているニューヨーク、ニュージャージーの両州では、毎日
昼に行われる、それぞれの知事の定例会見において、常にこの「その日の死者数」に
向き合わなくてはならない状況が続いています。
NYのクオモ知事の場合は、例えば今週ですと、まず毎日の新規入院患者数、新規
ICU収容数などを紹介しつつ、感染拡大が「ピークからフラットに」なってきたと
か、ある種の指標としては落ち着いてきたという説明をします。特に数字が下降傾向
を見せてきた指標に関しては「グッドニュース」という言い方をします。
ですが、その後に必ず24時間での死者数に触れて「高止まりしています。悲惨で
あり、痛恨の極みです」と述べる、これが残念ながら毎日のように続いているのです。
NYの場合は、従来はカウントされていなかった感染確認をせずに亡くなった「在宅
死」が上乗せされるということもありました。
ニュージャージー州のマーフィー知事の場合は、死者数を紹介するのと一緒に、2
名から3名、犠牲者の紹介をするのが定例化しています。16日には91歳で亡くな
った「ホロコーストの生存者」の女性が紹介されていました。この人は、親族の多く
がアウシュビッツで亡くなっている一方で、自分は16歳の時にアウシュビッツに連
行されたものの、体格が頑健なので強制労働に「使える」と判断されて収容所から生
還し、終戦とともに連合軍に救助されたのだそうです。
また17日に紹介されたのは、1980年代末に冷戦末期のポーランドの混乱を避
けてアメリカに移民してきた女性でした。英語が喋れないので、ドーナツ屋の夜勤で
生計を立てながら、ポーランド系移民社会の中で世話係をしてゆき、やがて会計学を
学んで州の税務官吏になり、地方自治体の出納長なども歴任したのだそうです。4人
目のお孫さんがもうすぐ生まれるその直前に、コロナ肺炎で死去したのだそうです。
そんなわけで、ニューヨークとニュージャージーでは、まだまだ闇の中を歩いてい
るような雰囲気が続いています。ニューヨーク州に関しては、少し落ち着きが見られ
るものの、ニュージャージーについては、ピークが4月25日前後と言われており、
これから一週間にわたって、更に厳しさが増していくことを覚悟しなくてはなりませ
ん。
そんな中、今週のアメリカでは徐々に「社会を再オープン」する方向での動きが起
きて来ました。顕著な例としては、4月15日にミシガン州のデトロイトで行われた
「トランプ派」を自称する人々のデモです。「アメリカを再び偉大に」という例のス
ローガンを大きく掲げ、「権力には我々の社会活動を規制する権利はない」として、
星条旗を振りかざして行進する姿は、全米で大きく伝えられました。
ミシガン州といえば、自動車産業の衰退から来る社会問題の深刻化を受けて、労働
者の居住区でトランプ支持が拡大していたことが、2016年の大統領選に大きな影
響を与えたとされています。同時に、今回のコロナ危機ではタイミング的にはNYに
は遅れていますが、深刻な感染拡大が続いている地域でもあります。
また、中西部のいわゆる「レッドステート」では、人口密度の低さ、地域の独立性
の問題などから、共和党系の知事たちが「外出禁止令」の発動を拒否しているという
問題もあります。そんな中で、サウスダコタ州では全米でも最大規模の精肉加工工場
でクラスターが発生してしまい、操業停止に追い込まれるという事件も起きています。
一方で、現時点で最も感染の深刻な地域は、東のニューヨーク、ニュージャージー、
西のカリフォルニアやワシントン、中部のシカゴなど、いわゆる「ブルーステート」
つまり民主党の地盤でもあります。
そうなると、ミシガン州での保守系の「ロックダウン反対」デモを契機として、社
会の再オープンに慎重な民主党の地盤と、共和党系の「反権力=活動の自由要求」と
いう対立が顕著になる、そんな雰囲気も感じられました。例えばですが、ミシガンで
のデモの背後には、ドナルド・トランプの姿勢、つまり「経済を殺しては元も子もな
いので、5月1日までに社会をオープン」という言動があることは明白です。
この動きに関連して、テキサス州でも「再オープン」への動きが出てきました。と
は言え、テキサスの場合は大都市ヒューストンでは感染拡大が進行中ですので、州内
にも様々な意見があるようです。
そんな中で、「社会のオープンに積極的」なのが共和党、これに対して「慎重」な
のが民主党という対立構図は確かに言われています。ですが、今回の危機は、通常の
左右対立とは違います。というのは、コロナ危機というのは政治的危機でもなければ
金融危機でもないわけで、危機としては「リアルな危機」だからです。
ビジネスより人命優先だとして、いつまでも社会をオープンできなければ、州の経
済は瀕死の状態になります。そうなれば州財政も破綻して、コロナ肺炎による直接の
犠牲も、間接的な犠牲も増える最悪の事態になってしまうでしょう。
だからと言って、性急に社会をオープンにして感染の第2波、第3波を呼び込んで
しまえば、同じように破滅的な結果が待っています。その意味で、例えば、ニューヨ
ーク、ニュージャージー、カリフォルニアの各州の知事は、政治的にトランプ政権と
対決するのは回避しています。
また、実際にトランプ大統領は「5月以降、社会を再オープンする」と息巻いてい
ますが、16日(木)に専門家の助言を得て発表された「再オープン計画」の内容は、
極めて常識的なものでした。
参考までにご紹介しますと、全体は "GUIDELINE: OPENING UP AERICA AGAIN"
(アメリカ再オープンのガイドライン)ということで、「AGAIN」という文字がある
ので、何となくトランプ的なスローガンに見えますが、内容は空疎なガイドラインで
はありません。
全体は3つに分けられています。(実際はもっと詳細なガイドラインになっていま
すが、ここでは簡略化してご紹介しています)
フェーズ1~3に共通:手指消毒など衛生管理、体調不良時は通勤通学を禁止し医師
の診察を受ける、詳細は各州の規則に従う
フェーズ1:高齢者・基礎疾患のある人は在宅、社会的距離の確保、高齢者ホーム等
への訪問禁止、10名以上の集会禁止、テレワーク原則、一部通勤禁止を緩和、大規
模イベント禁止、不要不急の外出禁止、学校は休校、バーは営業禁止
フェーズ2:高齢者・基礎疾患のある人は在宅、高齢者ホーム等への訪問禁止、社会
的距離の確保、不要不急の外出も許可、継続してテレワークを強く推奨、大規模イベ
ント・バー・ジムは対策の上で営業許可
フェーズ3:高齢者・基礎疾患のある人も対策して外出許可、高齢者ホーム等への訪
問も対策の上許可、大規模イベントも対策の上許可
となっています。紹介されたときには、「時期、対象地域は一切決まっていない、
あくまで空理空論」として批判もありましたが、要するにこの3つのフェーズという
のは、「R(再生産率の係数)」つまり、1人が何人に感染するかの総平均値によっ
て決定されるようです。例えば、NY市として、0.9になればフェーズ2に行ける
とか、フェーズ3になったら、改めて日本で言う「クラスター追跡」は厳しくやると
いうような運用です。
とにかく、大統領は一刻も早く経済活動を再開ということで、ここ一週間、毎日の
ようにその話ばかりですが、その理論的なベースについては、ファウチ博士などの専
門家チームが数理計算をやって、フェーズを決めていると考えられます。
もっと踏み込んで言えば、本来は治癒による免疫獲得者に加えて「予防ワクチン」
の実用化によって、人口の中に巨大な免疫の壁を作り、その上で社会を正常化するの
が理想であるわけです。また、それができないまでも、社会的に全数検査に近い規模
の「陽性検査」と「抗体検査」を行って流行の把握と抑え込みを正確に行う必要があ
ります。
ですが、現時点では予防ワクチンも、また大量の検査体制もメドが立ってはいませ
ん。抗体検査に至っては、商品化の動きはあるものの、果たして抗体がどこまで有効
なのか、どのような条件で獲得されるのかも確定していません。
ですから、予防ワクチンも、抗体検査もない中で、
「ロックダウンによって感染を抑え込み、収束に向かわせる」
「季節的に、紫外線や湿度によるウィルスの減少に期待する」
という2つの要素でとりあえず、フェーズ1からフェーズ2を実現するようにする、
その後、状態が悪化したら1に戻すこともありうる、それが今回の「再オープン」と
いうことなのだと思います。
こうした動きの背景にあるのは、「再選を狙うトランプの思惑」だけではありませ
ん。現在のアメリカで大きな問題になっているのは、何と言っても失業問題です。過
去4週間で「総計2千2百万」という史上空前の失業者が発生しています。この人達
には、通常の失業給付に加えて「1週間600ドル」という給付があるので、当座の
生活を回すことはできるでしょうが、とにかく経済を回していかねば、という思いは
左右対立などとは全く別の次元で、強くあるわけです。
経済指標で言えば、失業数に加えて、例えば「小売業の売上総額」では、20年3
月期の数字が「前月比マイナス8.7%」となっており、4月の数字はこれを大きく
上回る落ち込みになっていくことが考えられます。
株式市場は、ここ数週間は比較的落ち着いています。悪材料が出尽くした感じがあ
るのと、短期的な落ち込みは、連邦政府の2兆ドルの対策が相殺してくれるという思
いがあるからですが、仮に、今回の危機が不況を長期化させて、金融にも大きな影響
があるようですと、景気も株価も大きく悪化することは免れません。
そんな中で、16日には米製薬会社「ギリアド」が開発中の薬剤「レムデシビル」
が、新型コロナウイルスの治療に有効だという話題が出て、17日の株価は上昇しま
した。この「レムデシビル」はそもそもエボラ出血熱の治療薬として開発された化合
物ですが、承認まで至っていなかったものです。
本格的な治験が始まっており、これまでに試験的に投与された症例では良好な結果
が出ているという論文もあるようです。問題は、肝機能への副作用で、ここが承認の
大きな関門になるという意見もありますが、とにかく期待が集まっているのは事実で
す。
繰り返しになりますが、私の住むニュージャージーは死者数の増加が進んでおり、
全く光のない闇のような状態ですが、全米というレベルでは経済の落ち込み、雇用と
人々の生活が失われる痛みの中で、一刻も早く社会の「再オープン」をという雰囲気
があるのは重たい事実です。その思いは、一見するとトランプという人や中西部が代
表しているように見えますが、決してそんなことはなく、全米の思いは一緒なのだと
思います。
そんな中で、ホワイトハウスの専門家グループが「決して大統領の喧嘩を買わない」
という大人の集団であることもあり、今回の「再オープン案」は各フェーズへ進むの
には(恐らくは)データの裏付けを要求し、また州ごとの運用とする現実的な案とし
て出てきたわけです。
例えば東部各州、中西部各州、西海岸各州はこの「フェーズ」の適用と、その具体
的な運用については統一行動をするようですが、とりあえず連邦と各州に対立がある
わけではありません。いずれにしても、感染拡大を必死に抑制しながら、フェーズ1
から2を目指すというのが、早いところで月末以降、感染の深刻な州の場合は5月中
旬以降の動きになってくると思われます。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ消えたか~オ
ーラをなくしたオバマの試練』『場違いな人~「空気」と「目線」に悩まないコミュ
ニケーション』『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名
門大学の合格基準』『「反米」日本の正体』『トランプ大統領の衝撃』『民主党のア
メリカ 共和党のアメリカ』『予言するアメリカ 事件と映画にみる超大国の未来』
など多数。またNHK-BS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。