阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

1人でバスに乗ったら。   台湾高雄、ホノルル、北京で。          昭和50年代の海外あちこち記 その5

2024年04月21日 | 昭和50年代の海外あちこち記

1)台湾の高雄で出張中に休日に一人で市営バスに乗りました。

降りるときに車掌に料金を払おうとしましたが手に広げた小銭を見て車掌が何かぶつぶつ言います。

 どうも金額が足りないらしいが言葉がわかりません。

あわてて紙幣を出したが大きすぎたらしく、又文句を言います。(ように思えました。)

そのとき、すぐ後ろの席の年配の女性が席から つと立って、ボクの手のひらに小銭を足してくれました。

そして車掌に何か言いました。車掌が全部の小銭を受け取って下りろとボクに身振りをしました。

彼女の方を振り向いて謝謝と言ったら、少しはにかんだ少女のような笑みを浮かべて軽く会釈を返してくれました。

ボクはこういう時の常で全身に汗をかいて急いでバスを降りました。

(昭和54年ごろ。当時、中国鋼鉄<CSC>に搬送設備の納入業務で高雄によく行っていた。)

2)ハワイ州電力庁の幹部との面会日が決まるのに時間がかかり、ホテルで待機していましたが泊まったホテルはワイキキビーチのすぐ傍で日本の観光客で一杯でした。

本来の目的が果たせるまでは泳ぐ気にもなれず、同行の技術屋さんも皆手持ち無沙汰でした。ようやく翌日にアポイントが取れたので、その日は自由行動としました。

暇なので市内循環バスに乗ってみました。

バスが市街地を離れていくと「満腹食堂」や「妹尾美粧院」などの古びた日本語の看板が出ている集落に入りました。

道路の舗装も穴ぼこだらけで、街を歩く人はお年寄りの日系人だけでした。町並みはペンキが剥げた家が多くて寂れていました。

一瞬日本のどこかの裏町を走っている錯覚におちいりました。

ホノルルのダウンタウンからわずか20分くらい走っただけのところに、このような集落が次々表れました。

表のホノルルと別の顔のホノルルを見たような気がしました。

しばらく走ると高台に出ました。ダイヤモンドヘッドを左に見てワイキキビーチが真下に見えます。

ふと面白いことに気が付きました。ワイキキビーチの左側4/1が真っ黒に人で埋まっています。

そして右の4/3は広大で人はまばらにポツポツとしか見えません。私が泊まっているホテルは左側でした。

なんでこんなに極端に密度が違うのだろうと不思議でした。

 あとで聞くと左側は日本資本が買ったホテル街、右側はもともとのアメリカ資本が所有しているアメリカ本土観光客向けのホテル街でした。

そうか泊まったホテルの前の浜に日本人ばかりが、芋を洗うように密集していたのはそういうことかと完璧に納得でした。

(昭和55年ごろ。ハワイ州電力庁の発電設備計画に石炭火力があることがわかり、大型港湾荷役設備の売り込みに行った。)

3)北京市内を一人でバスで行動すると(当時はタクシーが極端に少なかった)乗客全員から毎回奇異というより冷たい目で降りるまでずっと注視され続けました。

当時背広を着ている人間は、人民服の北京普通市民から見ると全員外人ですから、戦前の日本と同じで外人はみなスパイ?敵性人?と

いうことかなと能天気な身も思わざるを得ませんでした。(特にまたどう見ても典型的な日本人の私にとって)。

国営の新聞、ラジオ、テレビしかない(当時はインターネットがないから、お上の言う事と違う情報は一般市民は誰も入手出来ない)国へ普通の民間会社の人間が商売で行って、

日本の大手メデイアのデスクがフィルターにかけた駐在員報道と、随分違う面白い経験をしたのかも知れません。

 そうは言っても仕事で付き合う自分と同じような中国人と、あのバスの乗客達の落差は、生身で個人的に一回でも付き合えば埋まって行くこともいろんなことを通じて実感しました。

(昭和57年ごろ。中国3港港湾設備近代化の世銀入札案件で中国に3ヶ月ほど出張していた。)

*画像は全てネットから借用。

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上脇博之×郷原信郎×宮台真司×神保哲生:裏金が作り放題の政治資金規正法の大穴を埋めなければならない 【ダイジェスト】

2024年04月21日 | SNS・既存メディアからの引用記事

上脇博之×郷原信郎×宮台真司×神保哲生:裏金が作り放題の政治資金規正法の大穴を埋めなければならない 【ダイジェスト】

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04月20日に目に留まったSNS・メディアの記事

2024年04月21日 | SNS・既存メディアからの引用記事

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東日本大震災が起こった翌年の [ 2012年03月21日(水)の阿智胡地亭の非日乗ブログ ] から

2024年04月21日 | 東日本大震災ブログ
2012年03月21日(水)
 
世界中の絶え間ない海水の流れをビジュアル化
 
期間は2005年6月から2007年12月の2年半の海の流れを、“ECCO2”によってシミュレートした動画。 速い流れや緩やかな流れなど、広大な海でもこんなに差があるのだと目に見えてわかる。☆原発事故で海水の放射能汚染を起こすと、地球上の人類で影響が及ばない人はいない。これから、もう一度原発事故を起こす危険性を全て取り除くのは、日本人の人類に対する責任だ。
 
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今日の気になるネット情報 / 東日本大震災・原発 |
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JR西日本の幹部社員は何も仕事をしていない。
 
JR明石駅員が8600万着服 ほかに7人関与
2012/03/19 19:45  神戸新聞


JR西日本は19日、山陽線明石駅(兵庫県明石市)の男性駅員(50)が不正に再発行した定期券を払い戻す手口で計約8600万円を着服していたと発表した。JR西は明石署に詐欺容疑などで既に告訴。ほかにも男性駅員の依頼で7人が不正に協力し、金銭を受け取るなどしており、処分を検討している。

JR西によると、男性駅員は2006年6月~今年2月、明石駅と隣の朝霧駅の「みどりの窓口」で架空の定期券を再発行して払い戻したり、IC乗車券ICOCA(イコカ)に変更した上で払い戻したりするなど計659回繰り返した。

男性駅員は「旅行や遊興費に使った」と話しているという。

JRが記録照合怠る「職場管理に問題」 明石駅員着服 
2012/03/20 07:15 神戸新聞

JR明石駅員が架空の定期券を払い戻し、巨額の現金を着服していた問題で、JR西日本の柴田信取締役営業本部長らが19日、大阪市北区のJR西日本本社で会見し「お客さまの信頼を裏切り、深くおわびします」と謝罪した。5年8カ月にわたって不正が繰り返されていたにもかかわらず、チェック機能が働かなかった上、同僚らから告発する声も出なかった。柴田取締役は「職場管理体制に大きな問題があった」と反省の弁を述べた。


柴田取締役は長年、不正を許した原因について、駅で記録の照合作業をしていなかった▽駅の管理職の点検が不十分▽本社でもチェックが漏れていた‐と説明した。

「重大な問題」として、不正を管理職が見抜けず、社員からも通報がなかった点を強調。明石駅には助役と係長3人の管理職がいたが、柴田取締役は「社員から全く信用されず、情報が入ってこなかった」と述べ、社員管理の不備を認めた。

一方、不正を主導した男性駅員(50)は旧国鉄に入社後、ほぼ一貫して駅の営業係を担当。明石駅には2004年に配属され、業務に精通していた。若手社員は「相談に乗ってもらうなど頼りにしていた。不正行為と分かっていたが、嫌われてはいけないと思った」などと話しているという。

明石駅は管理職を除けば40~50代が4人、10~20代が33人。JR民営化前後の採用凍結の影響で中堅の30代がいない典型的な「2層構造」で、JR関係者は「不正が起きた背景の一つ」と指摘する。(足立 聡)

☆当たり前にやるべき職務をほったらかし。民間企業ならこれだけの金額が不正に引き出されたらつぶれる。

独占企業は電力やガスもそうだが、幹部がいい加減な仕事をしても会社がつぶれることはない。犠牲になるのは利用者・乗客だけで会社は痛くもかゆくもない。金が足らなくなったら値上げをするだけだ。

部下は上司の背中を見て仕事をする。JR西日本の内部規律は相当乱れていると見てもいい。役員や部長クラスは尼崎の事故裁判と組合対策で手一杯なのかも。

JRの広告は新聞テレビの大切な収入源だから、大手マスコミはこれ以上の調査報道や、社長をテレビカメラの前に引きずり出すことはようせんやろけど、もし相手が普通の民間企業なら。社長を引っ張り出して、嵩にかかってお詫びさせているだろう。

なぜこんなことが見逃されてきたのか。どうやって再発を防止するのか、JR西日本の社長は顧客(乗客)に説明する責任がある。
2012年3月21日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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岡山市役所で偽請求書を使った犯罪加担職員は362人
 
岡山市、不当経理362職員処分 市長ら特別職も減給
(2012/3/19 12:32)山陽新聞

岡山市は19日、国庫補助事業などの不当経理問題に絡み、延べ362人の職員の大量処分を発表した。責任を取り、高谷茂男市長ら特別職も減給処分とする。

虚偽の請求書を作成して公金で私物の家電製品数点(125万円相当)を購入したとして起訴された市職員飯野孝司被告(59)を懲戒免職、当時の上司の審議監級職員(57)を戒告とした。

また、2006年4月から10年11月に不当経理があった部署の課長、審議監、局長ら334人を文書厳重注意。市長が市職員に再発防止を訓示した同月以降も不当経理が発覚した部署の26人はより悪質として訓告とした。

市によると、処分する職員数は実数では200人前後の見通し。2000年9月、ごみ収集業務に関し対象外の時間外勤務手当を支払っていたとして384人を処分して以来の大量処分となる。処分は今月中に発令する。

特別職の減給は、高谷市長が減額10分の1を2カ月、佐古親一、金谷裕弘副市長、山脇健教育長、池上進代表監査委員が同1カ月。市は減額のための条例改正案を21日の2月定例市議会最終日に追加提案する。

記者会見した片山伸二総務局長は「誠に遺憾で、申し訳ない。職員の注意を喚起し、二度とこのようなことがないように徹底したい」と陳謝した。

同問題は、会計検査院の指摘を機に、10年度までに国補助事業や市事業で約2億3千万円の不当経理が発覚した。

☆お互い見て見ぬふりをしないと村八分かな?
ニセ請求 みんなでやれば 恐くない。

会計監査院は国庫補助金については岡山市役所の内部に切り込めた。
この調子では岡山市民の市の公金も同じように職員の私用に使われている可能性が高い。

岡山市会の議員さん、この際あなたたちが動かないと。しかし与党は動かないでしょうね。

市議会のボスと市役所の幹部職員の長年の馴れ合いを一般市民が正す手段がないから無理か。

橋下さんが大阪の人間でよかったんじゃが!
岡山であんなんが出てきたらおえりゃ~せんが。
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東電の電気代値上げは契約期間の間は断れる
 
電気代値上げは断れる 不払い宣言も
 
動画削除された。
 
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広島在住の肥田舜太郎医師と内部被曝
 
被爆者治療と核廃絶運動に献身した肥田医師が内部被曝の実態を訴える。

福島原発事故以降、放射能に不安を抱く人々の要望に応え、2012年に95歳となった肥田舜太郎医師は、 自身の広島での被爆体験と被爆治療にあたった経験を元に低線量被曝、内部被曝についての講演を日本全国で重ねている。 映画の中で肥田医師は、直接被爆していない人々も、ただ体がだるいといった原因不明の症状を発症していくことの疑問を、 戦後30年経った1970年代にやっと理解できるようになったと語る。

その理解の元となるのは、アメリカの原発製造会社ウェスティングハウス社に勤めていたスタ ーングラス博士が低線量被曝についての実態を研究した著書『低レベル放射能』である。スターングラス博士は、原発からは平常の運転時でさえ放射能が漏れていて、 その地域の癌の発症率が高いというデータを挙げており、原爆投下後の調査でも低線量被曝の影響をアメリカは意図的に隠してきたと憤る。

2006年にフランス人のマーク・プティジャン監督が描いた本作は、日米両政府が被爆者の実態を隠してきたことを明らかにし、 原爆投下から67年経ち、福島原発事故が起こった後でも、日本政府の対応がなんら変わっていないことを訴えるドキュメンタリーである。

引用先

映画「核の傷」のHP
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東京電力発表の菅前首相の発言記録
 

【死んだっていい 俺も行く】原発危機的状況に前首相 東電が発言詳細記録  
2012/03/15 11:10 共同通信

水素爆発が相次ぎ福島第1原発事故が危機的状況に陥っていた昨年3月15日未明、菅直人首相(当時)が東京電力本店に乗り込んだ際の「60(歳)になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」などとの発言を、東電が詳細に記録していたことが15日、分かった。

菅氏の東電訪問は政府の事故調査・検証委員会の中間報告などでも触れられているが、記録からは、東電が第1原発から全面撤退すると考えた菅氏が、かなり強い口調でできる限りの取り組みと覚悟を迫っていたことがうかがえる。

記録によると、本店2階の緊急時対策本部に入った首相は、政府・東電の事故対策統合本部の設置を宣言。「このままでは日本国滅亡だ」「プラントを放棄した際は、原子炉や使用済み燃料が崩壊して放射能を発する物質が飛び散る。チェルノブイリの2倍3倍にもなり、どういうことになるのか皆さんもよく知っているはず」と強い危機感を示した。

さらに「撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」と迫った。

東電の事故対応について「目の前のことだけでなく、その先を見据えて当面の手を打て」「無駄になってもいい。金がいくらかかってもいい。必要なら自衛隊でも警察でも動かす」と、改善を求めた。

15日未明の段階では、2号機も水素爆発の恐れがあった。状況説明に対し、菅氏が「何気圧と聞いたって分からないじゃないか」といら立つ場面もあった。

菅氏は対策本部に大勢の東電社員がいるのを見て「大事なことは5、6人で決めるものだ。ふざけてるんじゃない。小部屋を用意しろ」と指示、勝俣恒久(かつまた・つねひさ)会長ら東電トップと対応を協議した。

菅氏が撤退を踏みとどまるよう求めた発言と、対策統合本部の設置について、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)は「(危機対応として)一定の効果があった」と評価している。

今月14日の国会の事故調査委員会では、菅氏の東電訪問時の映像(音声なし)が残っていることが明らかになった。


菅氏の主な発言

東京電力が記録していた昨年3月15日未明の菅直人首相(当時)の主な発言は以下の通り。

・被害が甚大だ。このままでは日本国滅亡だ
・撤退などあり得ない。命懸けでやれ
・情報が遅い、不正確、誤っている
・撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ
・60になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く
・社長、会長も覚悟を決めてやれ
・なんでこんなに大勢いるんだ。大事なことは5、6人で決めるものだ。ふざけてるんじゃない
・原子炉のことを本当に分かっているのは誰だ。何でこんなことになるんだ。本当に分かっているのか

☆天網恢恢疎にして漏らさず。わずかながらも当時のことが表に出るようになってきた。

それにしても大手新聞テレビは、広告の大スポンサー東京電力さん寄りの記事を、よくまああれだけ流し続けたもんや。

てか、東京電力さんと官僚ちゅう旦那の太鼓持ちをしっかりやりはったちゅうことや。

読売新聞さん、産経新聞さん 旦那衆の太鼓持ちの芸のご披露、本当にお見事です!!

2012年3月21日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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小学校の卒業式の日も大騒音 沖縄・嘉手納基地
 
嘉手納騒音が激化 小学校卒業式、地元要請を無視
2012年3月20日 琉球新報

【嘉手納】工事中だった嘉手納基地北側滑走路が1日から運用再開したのに伴い、周辺への騒音が激化している。北側滑走路に最も近い嘉手納町屋良では、100デシベルを超える騒音を連日測定。17日午前にあった屋良、嘉手納小学校の卒業式では、式の最中に同基地所属のF15戦闘機などの航空機が、地元の要請を無視して離陸するなど、教育現場からも怒りの声が上がっている。

騒音の激化を受けて町PTA連合会は近く、沖縄防衛局に要請する。屋良小の卒業式に出席した同連合会の伊敷猛会長は「せっかくの卒業式にもかかわらず、うるさかった。運用上の都合があると思うが、子どもたちに静かな教育環境を提供するため米軍は飛行を抑えてほしい。特に卒業式などの式典やテストの時は自粛してほしい」と訴えた。

式が行われた午前9時から11時30分ごろまでの時間帯で、離陸とみられる90デシベル前後の騒音は16回記録された。
嘉手納基地は2010年10月から2本ある滑走路の補修工事を開始。基地奥の南側滑走路の工事が行われていた時は住宅地に近い北側滑走路のみで運用し、その際も嘉手納町への騒音が激化していた。

當山宏町長は「先月までは滑走路の工事やF15の訓練移転などで騒音がある程度抑えられたが、工事が終了し騒音が元に戻った。政府は今後も町民が実感できる負担軽減策を実施してほしい」と話した。
2012年3月21日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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