孤帆の遠影碧空に尽き

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エジプト・モルシ大統領、強権を撤回、国民投票は決行 反大統領派の実態、新憲法草案の内容

2012-12-10 23:20:03 | 北アフリカ

(12月6日 死者を出す混乱を受けて、首都カイロ郊外の大統領宮殿周辺に配置された軍の戦車 “flickr”より By DTN News http://www.flickr.com/photos/dtnnews/8251997226/

これまでの経緯
ムバラク独裁政治と決別し、「アラブの春」で示された民主化を実現するための新憲法制定作業が行われているエジプトでは、モルシ大統領が11月22日、「新憲法制定や人民議会(下院に相当)選までの間、自らが発出する法令や決定は、裁判所を含むいかなる機関の干渉も受けない」とする新たな「憲法宣言」を発布しました。

“イスラム原理主義組織ムスリム同胞団出身の同氏が行政、立法、司法の全権を掌握すると宣言したに等しく、世俗主義勢力などは「モルシーは独裁者」「新たなファラオ(古代エジプトの王)だ」と激しく非難、対決姿勢を強めている”【11月24日 産経】ということで、大統領を支持するイスラム主義勢力と反大統領派の世俗派・リベラル派などの間で対立・混乱が続いています。
なお、モルシ大統領は、11月26日、司法判断の対象から除外するのは国家主権に関わる決定に限定するという譲歩を示しています。

モルシ大統領の強権発動は、ムバラク前政権関係者にも近い司法界による諮問評議会(上院に相当)や憲法制定委員会の解散命令といった動きに対し、イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」主導の制憲作業を進める大統領側が先手を打ったものと見られています。

****エジプト大統領、「強権」撤回せず 不穏な司法界に“先手****
エジプトのモルシー大統領は26日夜、自身への司法の干渉を一切排除するとする憲法宣言を発布したことに反発する司法界の代表者らと会談、宣言撤回には応じず、協議は決裂した。世俗主義勢力を中心とする反モルシー派は27日も首都カイロで抗議デモを続け、数万人が参加した。
また今回のモルシー氏の強権発動をめぐっては、ムバラク前政権関係者にも近い司法界による不穏な動きをモルシー氏が察知し先手を打ったとの見方が浮上している。

モルシー氏が自身に絶対的な権限を付与する憲法宣言の発布に踏み切った舞台裏について、26日付の独立系紙マスリユーンなどは、モルシー氏が今月上旬、公安機関から受け取った1通の報告書がきっかけとなったと報じている。

そこには、12月2日に予定される最高憲法裁判所での裁判で、諮問評議会(上院に相当)と憲法制定委員会の解散が命じられる可能性が高いことが記されていたという。同評議会や憲法制定委は、モルシー氏の出身母体のイスラム原理主義組織ムスリム同胞団が多数派を握るだけに、モルシー氏には大打撃となる。
当時のマハムード検事総長が、裁判所と連動する形で、6月の大統領選での不正などを突破口に選挙結果を無効にすることや、同胞団幹部の訴追を画策していたとの報道もある。

同胞団系ニュースサイトの元編集長シャルヌビ氏によれば、モルシー氏と同胞団指導部は今月17日と22日に対応を協議。モルシー氏は22日夕、検事総長の更迭と憲法宣言の発布を発表した。

一方、モルシー氏と司法界の協議が決裂したことで、憲法裁が12月2日の判決を強行するとの見方も強まっており、同胞団側の態度が硬化し混乱が深まる可能性もある。反モルシー派のエルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長は26日、「モルシー氏は軍部の介入を招きたいのか」と宣言撤回を促した。【11月26日 産経】
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対立が深まるなかで、モルシ大統領は1日、憲法起草委員会で採択された新憲法草案を承認し、今月15日に国民投票を実施すると発表。また、最高憲法裁判所を大統領支持派が取り囲み、その審議は停止しています。

****エジプト:新憲法草案 15日に国民投票を実施へ****
エジプトのモルシ大統領は1日、憲法起草委員会で採択された新憲法草案を承認し、今月15日に国民投票を実施すると発表した。イスラム色の濃い新憲法草案を巡っては、大統領を支持するイスラム勢力と野党の世俗派勢力が鋭く対立しており、国民投票に向けて一層の混乱も予想される。

一方、最高憲法裁判所は2日、大統領派が支配する憲法起草委の正当性などに関するこの日の審議を延期した。AP通信によると、数千人の大統領支持者が裁判官の入廷を阻止するため、憲法裁の建物を取り囲んでいるという。新たな審議日程は不明。

モルシ大統領は1日夜、新憲法草案の承認後、「我々は対立と相違の時代を乗り越え、実りのある仕事を成し遂げなければならない」と賛否両派に和解を呼びかけ、国民投票への参加を求めた。野党の若者グループ「4月6日運動」は2日、毎日新聞の取材に対し、投票参加の可能性などについて「協議中」と答えた。(後略)【12月2日 毎日】
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モルシ大統領の強権的な政治手法に反対する裁判官や検察官はストライキを行っており、司法機能の著しい低下を招いています。
“昨年初めの民衆革命以来急増している犯罪事件をはじめ、離婚調停や経済事案などの審理にも重大な影響を及ぼす恐れが指摘されている”“裁判官らのストライキは、新憲法草案の是非を問う15日の国民投票にも影響を及ぼしかねない。裁判官による監視無しに公正な国民投票は期待できないため、早くも国民投票の有効性を疑問視する声が上がっている”【12月3日 毎日】

モルシ大統領は国民に和解を呼びかけていますが、大統領宮殿前では5日夜、イスラム勢力中心の親大統領派と世俗派中心の野党勢力が衝突し、死者7人、負傷者300人余り(数字は【12月8日 毎日】より)を出しました。
大統領宮殿周辺には戦車も配備され、混乱回避を呼び掛ける軍部の動向も注目される事態となっています。

****エジプト:大統領宮殿周辺に戦車など配備 カイロ郊外****
エジプト軍は6日、首都カイロ郊外の大統領宮殿周辺に戦車や兵員輸送用装甲車などを配置するとともに、宮殿周辺に居座るデモ参加者に退去を命じた。イスラム主義勢力中心の大統領支持派と世俗派中心の野党勢力による衝突で多数の死傷者が出る中、国営通信は戦車配置の狙いについて、大統領宮殿の安全を確保するためと伝えた。モルシ大統領は6日にも国民向けの緊急演説を行い、事態の沈静化を図る見通しだ。

国営テレビなどによると、大統領宮殿前では5日夜から6日未明にかけて、モルシ大統領支持派と反支持派の住民計数万人が衝突。6人が死亡し、670人以上が負傷する事態に発展し、混乱が拡大した。

ロイター通信によると、事態の沈静化に向け、少なくとも共和国防衛隊などの戦車5台や装甲車9台を配備。共和国防衛隊は「デモ参加者に圧力をかけるためではない」としており、政治的意図がないことを強調している。

イスラム色の濃い新憲法案を巡る与野党対立が激化する中、軍の動向は重要な焦点。ムバラク前政権時代まで軍は比較的世俗的で、モルシ大統領の支持母体であるムスリム同胞団を弾圧してきた経緯がある。今春の大統領選以降はモルシ大統領との対立を避けてきたが、社会的不安の増大に伴ってますます存在感を増している。デモ参加者からも「市民と国軍は一つだ」とのかけ声がわき上がるなど、軍の動向を意識した行動が目立った。【12月6日 毎日】
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こうした緊迫した事態を受けて、メッキ副大統領は7日、「法的な問題を解消できるなら、モルシ大統領には国民投票を延期する準備がある」と、新憲法案の是非を問う15日の国民投票を延期する可能性に言及しました。
しかし、モルシ大統領は8日、大統領権限を拡大する「憲法宣言」(暫定憲法)を撤回すると発表しましたが、国民投票については予定通り15日に決行することを発表しています。

****エジプト:大統領、権限拡大を撤回…国民投票は決行****
新憲法の策定などを巡り混乱が続くエジプトのモルシ大統領は8日夜、大統領権限を拡大する「憲法宣言」(暫定憲法)を撤回すると発表した。反大統領デモを続ける野党勢力に大幅な譲歩を示したものだが、イスラム色の濃い新憲法案の是非を巡る15日の国民投票は予定通り決行する。
一方、野党連合「国民救済戦線」は9日夜、大統領の対応が不十分だとして「国民投票拒否」の方針を発表。抗議行動の継続を確認した。

モルシ大統領は8日、野党を含む全ての政治勢力に参加を呼びかけた「国民対話」を開催した後、憲法宣言の撤回を決めた。国民救済戦線など主な野党は国民対話をボイコットしていた。先月22日に発令された憲法宣言には、新憲法の策定を急ぐ大統領が、対立関係にある裁判所の判断を一時的に無効化する狙いがあった。このため、野党は「独裁制につながるものだ」として反発、大規模な抗議デモを繰り広げてきた。

政権側は、メッキ副大統領が国民投票延期の可能性を示唆していたが、8日の国民対話を経て「現行法上、国民投票の延期は不可能」との結論に至った。これに対し、憲法宣言の撤回とともに、国民投票の延期や憲法起案のやり直しなどを求める国民救済戦線は「さらなる分裂と暴動を招く国民投票は拒否する」との声明を発表。11日に新たな大規模デモを実施する方針も明らかにした。

新憲法案はモルシ大統領の支持母体、ムスリム同胞団などイスラム勢力の支配下にある憲法起草委員会が策定。イスラム法やイスラム聖職者による政治介入の恐れや、イスラムの価値観に反する「表現の自由」や「女性の権利」の侵害を懸念する声が上がっている。だが、最高憲法裁判所はムスリム同胞団などの圧力によって、合憲性に関する審議ができない状況にある。【12月10日 毎日】
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エジプト主要野党の連合体「国民救済戦線」はイスラム勢力主導の新憲法制定に反対し、新憲法案の賛否を問う15日の国民投票を拒否すると発表し、反モルシ大統領の大規模デモを11日に開催するとしています。
一方、大統領の出身母体であるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団を含むイスラム勢力も対抗して同じ日に、大統領支持デモを行うと表明しており、新たな衝突が起きる可能性も懸念されています。

革命派の若者たちと、旧政権下の富裕層が、「同胞団政府反対」で共闘
以上が、これまでの対立・混乱の経緯ですが、大統領に反対している「世俗派・リベラル勢力」の実態について、朝日新聞国際報道部の川上泰徳氏は次のように旧政権下の富裕層の存在を指摘しています。

****エジプト ムルシ大統領に対する反発の背景****
・・・・今回のタハリール広場を埋めた群衆は、これまでとは明らかに異なる印象だった。
「大統領令撤廃」「ムスリム同胞団政府撤廃」とマイクで叫んでいるのは、アラブ民族派のナセル主義者や社会主義者など、革命的若者たちであるのは、これまでと余り変わらない。

しかし、異なるのは、広場に集まっている人々である。サングラスをかけ、外国製の服をきた身なりのよい、見るからに金持ちが多い。女性は着飾るためか一層貴奢になる。カイロでは一般にはイスラム式のベールは8割から9割になるが、ベールをしていない女性の割合もかなり多い。裕福なキリスト教徒もかなり集まっているのだろうが、ベールをしているイスラム教徒も、富裕層である。
(中略)
ムルシ大統領の大統領権限強化の大統領令に反対している「世俗派・リベラル勢力」の中心は、身なりは「世俗派」で、考え方は「リベラル」であるが、強権で腐敗した旧政権与党の国民民主党を支えていた富裕層である。モルシ大統領の強権手法に反対しているから「世俗派・リベラル勢力=民主主義勢力」と考えるならば、間違いだろう。
(中略)
今回の大統領令では、革命派の若者たちと、旧政権下の富裕層が、「同胞団政府反対」で共闘することになった。旧政権与党の旧NDP支持者が、政治の表舞台に出ることは、裏で、旧公安警察や軍とつながるよりも、健全なことである。
逆に言えば、軍はムルシ大統領に抑えこまれ、さらに旧公安警察もムルシ体制の元で秩序維持の機能を果たしつつあることで、旧NDP支持者が「同胞団独裁反対」というスローガンを上げて、「世俗派・リベラル派」として表に出ざるをえなかったということだろう。
(中略)
多くのエジプト人の中には、ムルシ大統領の目標は、「同胞団国家」をつくることだという見方が強い。国民の利益を達成するのではなく、同胞団の利益を達成することが目標だという強い疑念である。指導部の号令一下で動く同胞団という組織が、それだけ閉鎖的ということも、一般のエジプト人の中の同胞団への不信感を生み出している。

ムルシ大統領も同胞団も、今回のような政治勢力の反発を受け、危機に直面しながら、他の政治勢力と妥協しつつ、さらに対話の機会を持ち、危機を回避するプロセスの中で、民主的な手続きを実践していく方向に動いていくのかもしれない。しかし、そうならずに、同胞団を大動員して力で民衆を抑えこむことができると錯覚すれば、次に打倒されるのは「同胞団支配」ということになるだろう。【12月1日】
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先の大統領選挙で、ムバラク前大統領がエジプト革命の最中に任命した政府の首相をつとめた軍将校出身のシャフィク氏が第一回投票で515万で2位(首位はモルシ氏の555万票)となり、決選投票でも1230万票(当選したモルシ氏は1320万票)を獲得したように、ムバラク時代の与党であった国民民主党(NDP)の支持者は、これまでの「アラブの春」では表に出ることはありませんでしたが、かなりの数で存在しています。
こうした旧NDP支持の富裕層が、大統領決選投票ではモルシ氏側に流れた革命派の若者たちと、今回“反ムスリム同胞団”で共闘しているとの指摘です。

【「イスラム主義者が、アズハルと歩調を合わせて、イスラム的な社会づくりが進むだろう」】
問題となっているムスリム同胞団などイスラム勢力の支配下にある憲法起草委員会が策定した新憲法草案の中身について、川上泰徳氏は以下のように指摘しています。

****エジプト 新憲法案をめぐるイスラム派と世俗派の攻防を読む****
・・・・・
第2条は新憲法草案も旧憲法も一字も変わらず同じである。「イスラムは国家の宗教であり、アラビア語は公式な言語である。イスラム法の原則は、立法の主要な源泉である」

サダト時代に制定された旧憲法でも、すでにイスラム法を主な法源として規定されていたことで、イスラムに基づく国作りをすることは宣言されていた。新憲法案の起草に参加したイスラム主義者の中核であるムスリム同胞団は、第2条には一切手をつけない方針だったとみられる。
サラフィと呼ばれるイスラム厳格派からは「イスラム法による統治」を求める文言を入れるような要求があったとされるが、起草委員会では却下されたという。

第2条が全く変わっていないということは、様々に条文が追加され、変更されているのは、第2条で宣言されているイスラム法に基づく統治の基本的なあり方を、より具体的に成文化し、実現するために必要な追加や補足と説明することができる。

新憲法案第3条はまさにそうで、旧憲法にはなかった「エジプトのキリスト教徒とユダヤ教徒の宗教規範は彼らの社会身分法、宗教問題、精神的指導部の選定に関わる主要な法源である」という規定が出てくる。この新規定は、イスラムでは「経典の民」と呼ばれるキリスト教徒やユダヤ教徒の信仰や宗教生活は保障されるというイスラム法の規定を具体的に成文化したものだ。イスラム法を規定した第2条の規定のすぐ後に、宗教少数派の権利を明記したことは、少数派の警戒感を解く目的もあろうが、第2条を具体的に実現するために必要な補完要素を付け加えたことになる。

さらに新憲法第4条でカイロにあるイスラム教権威機関のアズハル(モスク、大学、研究アカデミー)を規定している。「独立したイスラム宗教機関であり、事業、運営全般に外の干渉を排して独自に行う。アズハルの高位イスラム法学者の委員会がイスラム法に関わる問題に意見を述べる」。さらに第4条は、「アズハル総長の職は独立したもので、罷免はできない。アズハルの高位イスラム法学者による総長の選定の方法については法律で定める」と続く。

ムバラク時代にも、立法権のある人民議会で新しい法律案を議論、採択する場合も、アズハルの宗教見解を得て、イスラムに反しないことを確認するのは手続きのひとつとなっている。ただし、アズハルのトップであるアズハルの総長は、かつてはローマ法王のように、高位の宗教者による選任だったが、ナセル時代以降、政府によるアズハルへの支配が強まり、総長は大統領が任命する形になった。さらにムバラク時代の後半には、大統領の政策のイエスマンの総長を任命し、アズハルの内部で批判や分裂が生まれるなど、政治による宗教利用が問題になった。
第4条にきたアズハル規定は、宗教判断に対する政治干渉を排する狙いだろう。

新憲法案の第4条でアズハルが「独立機関」として規定されたことで、新憲法案が承認されれば、アズハルの影響力が強まることは必至である。(中略)新憲法案の第4条にアズハル規定が出てくるのは、アズハルが憲法で独立機関として位置づけ、「イスラム法の実施」で重要な役割を担うことを明確にしたものだ。

ただし、アズハルは保守的、伝統的なイスラムの牙城である(中略)政治を主導するイスラム主義者が、アズハルと歩調を合わせて、イスラム的な社会づくりが進むだろう。それは文化的には、かなり復古的なものになるだろう。例えば、教育現場での男女の隔離や、公共の場での飲酒の禁止、宗教教育の強化、風紀の取り締まりなど、イスラム的なルールを実施する傾向が強まるのではないかと想像する。(後略)【12月5日 朝日】
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“世俗派・リベラル勢力は、新憲法がイスラム主義多数で起草されたと批判し、途中でキリスト教や世俗派委員が起草委員会から離脱した。しかし、「イスラム色が強い」ということは、敬虔なエジプト国民全体にとっては決してマイナスではない。憲法の内容に踏み込んで「反対」を唱える議論は、ほとんど聞かれない。革命継続派は「我々はイスラム化に反対しているのではなく、ムルシの強権的な手法に反対しているのだ」というような説明に終始している”【同上】

「我々はイスラム化に反対しているのではなく、ムルシの強権的な手法に反対しているのだ」ということであれば、モルシ大統領が強権を撤回した今となっては、運動の広がりが限定されることも考えられます。
また、エジプト主要野党の連合体「国民救済戦線」や若者主体の政治集団「4月6日運動」は国民投票を拒否するとしていますが、そうなると30~40%程度の投票率で、圧倒的多数が賛成・・・という結果にもなりそうです。
投票率次第では、国民投票の有効性をめぐる対立が続く状況もあり得ます。
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中国  習近平新指導部、腐敗追放に本腰・・・でしょうか?

2012-12-09 22:11:47 | 中国

(映画「北京陳情村の人々」より “土地の強制収用や役人の腐敗といった地方政府への不満を中央政府に陳情するため、中国各地から北京へとやって来た多くの人々。様々な想いを胸に北京に長期滞在することになった彼らの、1996年から2008年の北京オリンピック前までの姿を捉え、中国における急激な経済発展の裏に潜む深刻な問題を浮き彫りにしたドキュメンタリー。監督は本作が長編デビューとなるチャオ・リャン。第62回カンヌ国際映画祭にて上映された”【映画.com】)

根本的な“病巣”は野放しのまま
周知のように、経済成長を誇る中国社会には大きな問題がいくつもあります。
格差の拡大の問題、人権侵害の問題、チベットやウイグルなどの民族問題、最近見直しが検討されいることも報じられた「一人っ子政策」によってもたらされた人口構造のゆがみから派生する問題、あるいは、新疆ウイグル自治区における未成年者誘拐グループの摘発で2274人(!)の子供たちが助け出されたといった社会にはびこる犯罪等々・・・取り上げていたらきりがなく、それらの多くは、共産党一党支配という政治システムの非民主性に根差しているように思えます。

そのなかでも社会に蔓延する腐敗・汚職には、一般国民も怒りを募らせており、特に、地方政府における腐敗が激しいと言われています。
被害者が地方政府の腐敗を中央政府に陳情しようとしても、地方政府は陳情者を違法監禁するなどして隠ぺいを図っています。

****陳情者の口ふさぐ中国の“ヤミ監獄****
北京市朝陽区の裁判所で11月末に下された判決をきっかけに、中国の「黒監獄(ヤミ監獄)」に再びスポットライトが当てられている。1年6月~数カ月の懲役刑を言い渡されたのは、地方から上京してきた陳情者を違法に監禁していた10人の陳情阻止要員たち。
陳情阻止要員に違法拘禁罪が適用され、実刑が言い渡されたのは初めてというが、根本的な“病巣”は野放しのままだ。

 ■阻止要員を雇用
中国紙、北京青年報などによると、今年4月下旬、河南省長葛市から北京の中央機関に陳情に来た市民12人が男たちに連れ去られ、北京市内の集合住宅の一室に監禁された。5月、通報を受けた北京市公安局に救出された陳情者の証言によると、男たちの胸には長葛市北京事務所のバッジが付いていた。

中国で大きな社会問題となっている官僚の腐敗は、中央官庁以上に地方政府で顕在化している。各地方政府は北京での陳情活動を阻止するため、阻止要員を雇用し、陳情者らを北京の“ヤミ監獄”で監禁し、地元に送り返す違法行為が後を絶たないという。

北京紙、新京報が、昨年、“ヤミ監獄”に監禁された数人の陳情者の体験談を事細かに報じている。
江蘇省塩城市から陳情にやってきた58際の男性は陳情事務所から出てきたところ、頭をそり上げ、身体に入れ墨を彫った男達に「暴れると痛い目に遭うぞ!」と脅され、ミニバンに押し込められ、連れ去れた。

 ■人道を無視した扱い
河南省周口市出身の60代の男性はホテルで、地元政府職員から「滞在ホテルを変えてやる」と言われた。職員が一緒にミニバンに乗り込んだため信用したが、その職員は途中で車を降り、男性はそのまま監禁されたという。

監禁中の扱いも人道を無視している。“ヤミ監獄”に到着するや否や、持ち物を探られ、携帯電話や身分照明証などを没収された。抵抗すると殴打された。小銭だけは所持が許された。居住区内の売店で、タオルなどの日用品を市価の2倍の値段で売りつけるためだ。病人が出た際には、男たちが代わりに薬を買ってきたが、本来の価格の3倍を支払うよう要求してきた。

食事も粗末だ。ある日の昼食は小さなお椀によそった米飯に数キレのキュウリだけ。おかわりを求めようものなら、拳が飛んでくる。母親とともに監禁された2歳と3歳の女児は当然、空腹を我慢できない。子供らに先にすべてを与えた母親がおかわりを求めると、足蹴にされた。母親は半日、起き上がることもできなかった。食事中、大きな声を出すだけでも、見張りがやってきて暴力を振るったという。

男女を分けて監禁されていた部屋は約30平方メートル。監禁者が多いときは、身体を傾けて眠らなければならなかった。時計も通信設備もなく時間の概念を失ってしまうと、監禁者は述懐している。

 ■処罰は実行犯のみ
警察は、ある警備会社が“ヤミ監獄”を運営していたと明かしている。中国メディアの報道によれば、地方政府がその雇い主であることは明白だ。しかし、警察は雇い主の身分については口を閉ざしている。

今回の判決を「画期的」と称賛する声も上がっているが、処罰されたのは、いわゆる“実行犯”だけだ。取り締まるべきは、陳情阻止要員を使って、自らの腐敗が明るみに出ることを阻止しようとしている地方政府の幹部たちだ。幹部の腐敗に司法のメスが入らない限り、北京から“ヤミ監獄”が完全になくなることはない。

中国共産党総書記の座に就いた習近平国家副主席(59)は、腐敗撲滅を“公約”に掲げている。中国政府はことある毎に、「法治国家」を標榜している。しかし、“ヤミ監獄”が横行している現状を見ても、法が正しく運用されているとは思えない。それが中国の現実だ。【12月9日 産経】
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【「腐敗問題が深刻になれば、最終的に党や国が滅ぶ」】
「法治」が無視され、陳情も出来ないとなれば、街頭での抗議デモ・暴動のような直接行動しか方策はなくなります。
中央政府としても、こうした状況を放置すれば体制の危機につながるとの認識はありますので、習近平新指導部も腐敗追放を重視する姿勢は見せています。

****中国:腐敗追放に本腰 習体制、地方幹部12人摘発****
中国共産党の習近平(しゅうきんぺい)総書記による新体制が発足した中国で、地方主要都市の党幹部が重大な規律違反の疑いで取り調べを受けるケースが相次いでいる。習氏は就任以来、腐敗の追放に全力を挙げる考えを示しており、党指導部が毅然(きぜん)とした対応を示すことで求心力を高める狙いとみられる。

国営新華社通信などは5日、四川省党委の李春城(りしゅんじょう)副書記が党中央規律検査委員会の取り調べを受けていると報じた。李氏は四川省のナンバー3で、11月の共産党大会で中央候補委員に選出された要人。一部メディアは四川省成都市の有力企業トップとの関係を指摘している。

また、広東省規律検査委によると、元深セン市副市長の梁道行(りょうどうこう)氏も規律違反の疑いで取り調べを受けている。広東省英徳市で副市長や党政法委書記などを務めた鄭北泉(ていほくせん)氏も経済問題に関する容疑で取り調べが始まった。

鄭氏は元部下から「違法な薬物グループを守っている」とインターネット上で異例の告発を受けていた。6日には山西省公安庁副庁長兼太原市公安局長の李亜力(りありき)氏が息子の暴行事件をもみ消そうとしたことも判明、停職となり当局の調査が進んでいる。

8日付の北京紙「新京報」によると、党大会が閉幕した先月14日以降、取り調べを受けている党幹部は12人に上る。中国版ツイッター「微博」などで動かぬ証拠が暴露され、処分が不可避となる事例も相次いでいる。
習氏は同15日の総書記就任直後の同17日、党政治局の学習会の場で「腐敗問題が深刻になれば、最終的に党や国が滅ぶ」と述べ、腐敗の解決に挑む姿勢を強調。今月5日の政治局会議では、接待を減らすなど無駄を戒める方針を確認している。【12月9日 毎日】
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反腐敗の名を借りた新たな党内の主導権争い
一方で、こうした習近平新指導部の腐敗一掃の取り組みは、胡錦濤主席らのグループとの権力闘争の側面があるとの報道もあります。

****中国「反腐敗」で暗闘 胡錦濤派を相次ぎ摘発 主導権狙いの習近平派****
国営新華社通信などの中国メディアは今月に入ってから連日、汚職官僚摘発のニュースを大きく伝え、習近平・新指導部を「腐敗と真剣に戦っている」と持ち上げている。しかし、摘発された幹部の大半は胡錦濤国家主席が率いる共産主義青年団(共青団)派につながっている人物で、反腐敗の名を借りた新たな党内の主導権争いではないかとの見方も浮上している。

中国メディアによると、11月14日の党大会閉幕から今月8日までの3週間余りで、当局は少なくとも14人の局長級以上の高官を取り調べた。地域的に調べが集中しているのは広東省で4人の高官が対象になっている。しかし、腐敗問題に詳しい中国人記者によれば、香港に隣接する広東省は中国でも最も権力に対する世論の監督が厳しいところで、内陸部と比べて腐敗現象は少ないはずという。

 ◆高官14人聴取
一連の摘発の目的は同省トップの汪洋氏のイメージダウンを狙った可能性もある。汪氏は胡派の若手ホープで、来春に副首相への就任がささやかれている。

また、今回摘発された最高位の幹部は李春城・四川省党委副書記だ。李氏の元上司、劉奇葆・前四川省党委書記は胡主席の腹心として知られる。劉氏は先月に政治局員に選ばれ、党中央宣伝部長に転出したばかり。調べられている李氏の汚職事件は劉氏の四川省在任中に発生しており、直接巻き込まれなくても、監督責任が問われる恐れもある。劉氏の政治生命に一定の影響が出そうだ。このほか、山西省、安徽省、河北省でも高官が調査を受けているが、いずれも共青団派の有力政治家がトップを務めている地域だ。

さらに、米国の中国語サイト「明鏡新聞網」によれば、胡主席の側近中の側近だった令計画・党統一戦線工作部長の妻と義弟も最近、拘束され、令氏の実弟は拘束を逃れるため、出国したという。不正蓄財疑惑が持たれており、令氏本人の関与は不明だという。令氏は胡政権の官房長官にあたる中央弁公庁主任を5年間務めた実力者だが9月に更迭された。

 ◆5年後見据え
一連の腐敗摘発を主導しているのは、習氏と同じく太子党(高級幹部子弟)に属している王岐山・中央規律検査委員会書記だ。摘発された高官の派閥があまりにも偏っているため、「5年後の党大会で、最高指導部入りする可能性のある胡派の次世代指導者の周辺にターゲットを絞り、調査したのではないか」(共産党関係者)と指摘する声も上がっている。【12月9日 産経】
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中国共産党内部の権力闘争に関しては、先の党大会前後から溢れるほどの報道がなされていますが、一体何が本当のところなのかよくわからない話も多く、いささか食傷気味です。
上記の李春城・四川省党委副書記の事件に関しては、胡錦濤グループ(共青団)だけでなく、江沢民派閥の重鎮である周永康氏(胡錦濤主席の政敵とされていた人物で、失脚した薄煕来氏とも親密な関係にあったことが問題になりました)、更には、トウ小平氏の孫娘の夫も名前が挙がっています。

****前政治局常務委員も関与か=四川省高官の不正疑惑―中国****
香港誌・亜洲週刊の最新号は、中国共産党中央規律検査委員会が調べている李春城四川省党委副書記の不正疑惑に、前党中央政法委書記・政治局常務委員で江沢民前国家主席派の周永康氏やかつての最高実力者、トウ小平氏の孫娘の夫が関与していたと報じた。

李氏は昨年、省党委副書記に昇格するまで省都・成都市の党委書記や市長などを歴任。同誌によると、成都時代に政府系企業の経営や開発プロジェクトに絡んで不正に利益を得ていた疑いがある。【12月9日 時事】 
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こうした報道・情報リーク自体が一定の政治的狙いで行われている・・・といったことも考えられます。
よくわからない権力闘争絡みの話です。

ただ、習近平総書記は“広東省の深セン視察で、かつての最高実力者、トウ小平氏に繰り返し言及し、改革・開放を推進する必要性を強調した”とのことですので、そのトウ小平氏の関係者に累が及ぶような展開はあまりないのでは・・・とも思われます。
もっとも、そうした「法治」とは別次元で物事が決まってしまうことが、中国の抱える問題の根幹でもある訳ですが。

****トウ小平氏に繰り返し言及=深セン視察で習総書記―中国****
9日付の香港各紙によると、中国共産党の習近平総書記は8日、広東省の深セン視察で、かつての最高実力者、トウ小平氏に繰り返し言及し、改革・開放を推進する必要性を強調した。

習総書記は改革初期に香港とのビジネスで成功した深セン中心部の地区を視察。住民に対し、共産党の指導下でトウ氏が示した道を進んでいくよう激励した。住民の話では、習総書記は視察中、何度もトウ氏の名を挙げた。
習総書記はその後、市内の公園にあるトウ氏の巨大な銅像に献花した際、「党中央が下した改革・開放の決定は正しい。今後も引き続き富国の道、富民の道をしっかりと歩まねばならない。さらに、新たな開拓も必要だ」と語った。

公園では住民に紛れ込んだ香港紙の女性記者が習総書記と握手。記者が「香港の同胞に一言お願いします」とコメントを求めると、習総書記は「香港は必ず繁栄するでしょう」と笑顔で答えたという。【12月9日 時事】 
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EUノーベル平和賞  “バルカン半島の和平” を後押し

2012-12-08 23:01:46 | 欧州情勢

(ドイツと国境を接するフランス・ストラスブールにある独仏融和の像。命を落としつつある2人が、独仏それぞれの軍服をまとわぬ姿で手を握り合あい、母親のひざに体を預ける。“ここアルザス地方は、石炭や鉄鉱石をめぐって独仏が奪い合った地域。19世紀以降だけで4度も「国籍」が変わった。EUの源流、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が発足したのは、その反省からだ”【11月7日 朝日】
写真は“flickr”より By emperley3 http://www.flickr.com/photos/emperley3/101387430/

戦争の大陸から平和の大陸に
欧州連合(EU、27カ国)は10日、ノーベル平和賞を受賞します。
ノーベル賞委員会は授賞理由について、「EUは欧州を戦争の大陸から平和の大陸に変革させる重要な役割を果たした」と説明。EUとその前身が60年以上にわたり、欧州の平和と和解、民主主義や人権の進展に貢献したことを評価しました。

****平和賞 EUへの授賞理由****
ノルウェーのノーベル賞委員会が発表した欧州連合(EU)への授賞理由は次の通り。

ノルウェー・ノーベル賞委員会は2012年のノーベル平和賞をEUに与えると決めた。EUとその前身の時代も含め、60年以上にわたって欧州における平和と和解、民主主義と人権の向上に貢献してきた。

ノルウェー・ノーベル委員会は二つの世界大戦のはざまに、独仏間の和解を模索する人々に平和賞を与えた。1945年以来、その和解は現実になった。第2次世界大戦のすさまじい犠牲は、新しい欧州の必要性を証明した。70年以上の間、ドイツとフランスは三つの戦争を戦った。今日、両国間の戦争は考えられない。このことは、的確な努力を通じて、そして、相互信頼を築きあげることによって、歴史的な宿敵も親密なパートナーになりうることを示している。

1980年代には、ギリシャ、スペイン、ポルトガルがEUに加盟した。民主化していることが加盟の条件だった。ベルリンの壁の崩壊が、中央ヨーロッパ、東ヨーロッパの国々のEU加盟を可能にした。これにより、欧州の歴史に新しい時代が開かれた。東西分裂にはほぼ終止符が打たれ、民主主義は強固なものとなり、多くの民族紛争も終結した。

来年に決まったクロアチアの加盟、モンテネグロの加盟交渉の開始、セルビアの加盟候補国入り。こうした動きはすべて、バルカン半島の和平を後押ししている。また、この10年、トルコのEU入りの可能性が取りざたされたことで、トルコの民主化が進み、人権が尊重されるようになった。

EUはいま、経済面で重大な困難を抱え、大きな社会不安に直面している。ノルウェーのノーベル賞委員会は、EUの最も大切な成果と我々がみなすものに注目したい。すなわち、平和と和平、民主化と人権の尊重への成功した取り組みだ。EUのおかげでもたらされた安定によって、欧州の大半を戦争の大陸から平和の大陸に変えることに貢献した。

EUの働きは、「国家間の友愛」を象徴し、「平和のための会議」を形作ったに等しい。それはまさしく、1895年にアルフレッド・ノーベルが残した遺言にある平和賞の基準そのものだ。 【10月13日 朝日】
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欧州の歴史は、他の地域同様に、あるいは他の地域以上に、戦争の歴史でした。
そうした国々が、特に常に争いの中心にいたドイツ・フランスが互いに手を取り合う形で統合体を目指し、平和と安定をもたらしていることは、歴史的に見れば確かに特筆すべきことでしょう。

【「EUに入るためなら“犯罪者”とも話す」】
EUの活動は全世界・多方面にわたりますので、その実績や問題点を簡単に網羅することはできません。
たまたま、“バルカン半島の和平を後押ししている”ことに関する記事が2本ありましたので、その面を取り上げます。

1本目は、セルビアとコゾボの和解に向けたEUの取組です。
****セルビア・コソボ:和解への歩み 直接対話、光と影****
欧州連合(EU、27カ国)は10日、「欧州に平和と和解をもたらした」功績でノーベル平和賞を受賞する。授賞理由の一つ「バルカン半島の和解」では戦火を交えたセルビアとコソボの首相同士の直接対話を10月から成功させた。EUの「平和構築力」を検証した。

●首相対話実現
「2時間、談笑しながらの夕食だった」。セルビアのダチッチ首相、コソボのサチ首相が先月、ブリュッセルで行った直接対話に同席したEU交渉筋は話す。EUのアシュトン外務・安全保障政策上級代表(外相)主導による対話は、今月4日に3回目が行われた。

内戦でセルビアと戦ったサチ首相をセルビアのダチッチ首相は犯罪者呼ばわりする。しかし、ブリュッセルでは握手も交わし、共同の国境管理や高速道路建設計画で合意した。

対話の動機はEU加盟だ。セルビアは3月に加盟候補国に認められた。セルビア交渉筋は「EUに入るためなら“犯罪者”とも話す」と意気込む。コソボも加盟の前提となるEUとの安定連合協定の来年締結を目指す。

●高まる民族主義
コソボの首都プリシュティナ。町中が赤地に双頭のワシを描いた隣国アルバニア国旗であふれた。コソボ国旗はほとんどない。オスマントルコからアルバニアが独立を宣言し、先月28日で100年になったお祝いだ。当時の独立闘争は現在のコソボで始まったが、イタリアやドイツによる占領などで民族は国境線で分断された。

コソボは独立で犠牲を払ったが、多数を占めるアルバニア人には「国を捨てアルバニアと統合するのが自然」と中年男性は話す。コソボ政府・欧州統合省のカサポリ副大臣も「将来の国のあり方に100%の保証はない」と統合に含みを残す。

欧米は独立を求める市民に応えコソボを支えた。しかしその前提が崩れる可能性が出てきた。「国境線変更は認めない」とするEUとコソボ市民が対立する悲劇もありうる。

●苦悩するEU
一方、少数派セルビア人が集住するコソボ北部ミトロビツァではセルビア国旗がはためく。この地域はセルビアに所属するとの主張だ。「セルビアのダチッチ首相はEU入りのために我々を裏切った」とセルビア国会議員でもあるジャクシッチ医師は話す。
同医師が勤める病院や学校などはセルビア政府が維持する。直接対話でセルビアからの支援が切れ、コソボ政府にも見捨てられる不安がよぎる。「セルビア人は直接対話の被害者だ」とコソボ議会でのセルビア人代表・ミキッチ議員は孤立感を深める。

「EUは去れ」。市内に抗議の落書きが見られる。EUはコソボの税関、警察を支援するが、ワード捜査官は「捜査の車もセルビア人地域に入れてもらえない」と嘆く。「EUはアルバニア人を偏重し、中立的でないと受け止められている」とEU加盟国高官は自己批判する。治安維持は北大西洋条約機構(NATO)頼りだ。

米国の助けも大きい。クリントン米国務長官は10月末、アシュトンEU外相とセルビア、コソボを訪れ対話を促した。コソボを知る元米外交官は「旧ユーゴ紛争でEUは介入能力がなく米国に頼った。ようやくEUは力をつけた」と話す。

夫の元大統領がボスニア紛争解決やコソボ空爆を主導した歴史から、クリントン長官はバルカン半島に「特別な関心」(米外交筋)がある。長官の退任に備え5日、ウェスターウェレ独外相の呼びかけで、ブリュッセルで同長官、アシュトンEU外相らがコソボ支援継続を確認した。EU外交筋は「私たちが生んだコソボを育てる責任がある」と話す。【12月7日 毎日】
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旧ユーゴの内戦のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、コソボ紛争では、アメリカが主導し欧州諸国が参加するNATOによる空爆が戦況の行方を決定づけたことは周知のところですが、戦闘に勝つことより難しい“紛争当事者の和解”に向けた地道な試みが平和賞受賞にあたって評価されています。

もっとも、セルビア・コソボの和解に向けてEU側が積極的に仲介していると言うよりは、争いをEU内に持ち込まれたくないEUが、加盟条件として当事者に和解を迫っているというのが実態でしょう。セルビアにしろ、コソボにしろEU加盟を再建に向けた道としていますので、和解をEU加盟の条件とされている以上、なんらかの形をみせなければいけない事情があります。

それによって民族感情のレベルでの“和解”が本当に実現するか・・・と言えば、なかなか難しいものがあります。
特に、コソボ北部ミトロビツァなどに取り残された形で暮らす少数派セルビア人の問題は深刻です。
ただ、そうであったとしても、「EUに入るためなら“犯罪者”とも話す」というのが本音であったとしても、両国間で一定の交渉がもたれ、何らかの関係が構築されることは、互いに憎しみ合っているだけの状態よりは大きな前進と言えるでしょう。

【「EU加盟はセルビアから攻められない防衛策だ」】
もうひとつの“バルカン半島の和平”へのEUの関与に関する記事は、クロアチアに関するものです。

****ノーベル平和賞のEU、真価問われる****
■激戦の傷と不信、今も クロアチア
クロアチアの首都ザグレブから東に240キロ、ドナウ河畔に広がる古都ブコバル。青いEU旗を掲げるガラス張りの市庁舎のそばで、弾痕だらけの廃屋が無残な姿をさらしていた。

クロアチアが旧ユーゴスラビアから独立を宣言した1991年、セルビア人保護を掲げた旧ユーゴ連邦軍との戦闘が起きた。約1600人が殺され、ブコバルはセルビア人率いる連邦軍の手に落ちた。クロアチアに再統合されるまで7年、さらに多くの血が流れた。
ジェリコ・サボ市長(58)は「街は焼け野原になり、住民も離散した。戦争はもうたくさんだ。EUの支援で戦前の豊かな街を取り戻したい」と話す。

人口430万の小国クロアチアは、戦争を否定し、経済成長をはかるEU入りを悲願としてきた。
旧ユーゴに平和を定着させたいEUは、歴史の清算を迫った。05年からの加盟交渉では、国連の旧ユーゴ国際戦犯法廷(オランダ・ハーグ)への協力やセルビア人難民の帰還を求め、クロアチアも応じた。今年1月の国民投票では66%がEU加盟に賛成票を投じた。

だが、ブコバルの市民はEUの力に懐疑的だ。
EUの前身、欧州共同体(EC)が何度も示した紛争の和平案は実を結ばず、仲介は国連が主導した。ECの停戦監視団がいたのに、病院からクロアチア人患者ら約260人が連れ出され、虐殺された。日用品店を営む男性(58)は「EUがノーベル平和賞? 冗談だろ」とはきすてた。

EU加盟の条件だった国民の和解も道半ばだ。ブコバルの学校ではクロアチア人とセルビア人の子どもが違うクラスで学ぶ。推定3割未満のセルビア人に独自教育を受ける権利を認めているためだ。
市民が憩うカフェや食堂も経営者がどちらの人かで色分けされている。クロアチア軍元幹部のズドラブコ・コムシチュさん(56)は「和解は絶対に無理。EU加盟はセルビアから攻められない防衛策だ」と声を荒らげた。

旧ユーゴ国際法廷の上訴審は11月、セルビア人の大量殺害の罪に問われたクロアチアの元将軍ら2人を逆転無罪とした。「クロアチアの正しさが証明された」と国は沸き、隣国セルビアは「古い傷を開いた」と猛反発。ブコバルのセルビア人の多くは沈黙した。民族感情が刺激されたのは間違いない。

クロアチアの1人当たり国内総生産(GDP)はEU平均の4割。待ち受ける競争に耐えうるか、ギリシャなどへの支援を強いられないか。不安も募る。
NGO「欧州の家」で住民の和解を進めてきたリリャーナ・ゲーレケさん(74)は「経済は上っ面の問題にすぎない。EU加盟は、この地から戦争をなくし、和解をもたらす希望だ」EUは問われ続ける。【11月7日 朝日】
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上記記事にある旧ユーゴ国際法廷上訴審の件は、12月3日ブログ「旧ユーゴスラビア国際法廷  セルビア人勢力と敵対した旧ユーゴ紛争の大物戦犯が次々と無罪」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20121203)で取り上げたばかりです。

1995年、クロアチア軍は国内で自治権を主張するセルビア人支配地域の首都に侵攻。
“死者は約150人(但し、これはクロアチア側の公称である。セルビア側発表では最低でも婦女子を主体とする2,600人が虐殺されたとされる)。主にボスニアのセルビア人支配地域を経由してセルビアに流出したセルビア人難民は15-20万人と見積もられている。この作戦を指揮したクロアチア軍将軍アンテ・ゴトヴィナはクロアチアの英雄として祭り上げられたが、一方で大量虐殺と大量の難民を生み出した事により旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷から訴追された”【ウィキペディア】

“ECの停戦監視団がいたのに、病院からクロアチア人患者ら約260人が連れ出され、虐殺された”という件についてはよく知りませんが、停戦監視活動やPKO活動の難しさは、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で起きた「スレブレニツァの虐殺」(07年11月19日ブログhttp://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20071119参照)でも問題になるところです。

クロアチア人側にも、セルビア人側にも、大きな犠牲を強いられたとの憎しみが強く残っています。
そうした状況ではセルビア人難民の帰還も進みません。
しかし、これもセルビア・コソボ関係同様、EU加盟の条件とすることで、表面的にすぎないにしても何らかの取り組みは行われてはきました。先ずは形から・・・といったところでしょうか。

バルカン半島・旧ユーゴスラビア諸国におけるEUの取組が、民族間の憎しみと不信を和らげて和解をもたらすまでのものとなっていないのは言うまでもないことですが、互いに矛を収めて一定に関係構築を図る場を提供していることは事実でしょう。

平和賞は未来への宿題
バルカン半島に限らず、EUの活動全般について、“平和賞は未来への宿題だ”との指摘がなされています。

****開かれた欧州」への宿題*****
欧州を殺伐とした空気が覆っている。スペインではローンが払えず家の立ち退きを迫られての自殺が相次ぐ。ギリシャの病院では医薬品不足が深刻だ。緊縮策が生活をむしばみ、平和を実感するどころではない。

街頭デモで怒りの矛先はEUに向く。緊縮への不満だけではない。自分たちが選んでもいないEU官僚たちに、痛みを伴う政策を決められるのが我慢ならないのだ。不満は支援する側にも募る。自分たちの金が勝手に救済に使われるのはごめんだ、と。

確かにEUは人権や環境で高い目標を掲げ、世界を先導してきた。人権状況への懸念から中国には武器を輸出せず、ミャンマーのアウンサンスーチー氏を辛抱強く支援し続けた。
だがバルカン半島での宗派対立と非人道行為は止められなかった。その反省から共通の外交・安保政策が強化されたが、イラクやリビアで結束した対応がとれたとはいえない。経済大国化した中国の人権状況に切り込む声も湿り気味だ。

外から見たEUは、手にした繁栄にしがみつく「とりで」に映る。加盟国への膨大な農業補助金は、途上国からの輸出の足かせになってきた。EU加盟への動きがなかなか進まないウクライナの政治記者はいらだつ。「人権問題を口実にするが、大勢のウクライナ人が流入して職を奪われたくないのが本音だろう」

成長の果実を分け合い、民主主義を守り、開かれた欧州を取り戻せるか。平和賞は未来への宿題だ。【同上】
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シリア  強まる首都への圧力、化学兵器サリンや亡命先の情報も

2012-12-07 20:42:25 | 中東情勢

(“内戦状態にあるシリアの首都ダマスカス近郊のジャラマナ地区で28日、爆弾が爆発し、在英の人権団体「シリア人権監視団」によると、約50人が死亡した。シリアのメディアは反体制派の犯行と伝えた”【11月28日 時事】 写真は“flickr”より By Pan-African News Wire File Photos http://www.flickr.com/photos/53911892@N00/8227788520/

【「ダマスカス進攻前にいくつかの戦略拠点を奪取している段階だ」】
状況がどうなっているのかよくわからないシリア情勢ですが、再び首都ダマスカスをめぐる攻防が激しくなっていることが報じられています。
もし反体制派が首都を攻略することになれば情勢は大きく動きますが、戦況などの詳細はわかりません。

****シリア:首都ダマスカスの攻防戦が激化*****
内戦下にあるシリアで11月末から、政府軍と反体制派武装勢力による首都ダマスカスの攻防戦が激化している。首都に向けて攻勢をかける反体制派に対し、政府軍が空爆と砲撃で抗戦しているが、反体制派が勢いを増している。政府軍は市内への進攻を許せば形勢が逆転しかねず、対抗措置として化学兵器の爆弾搭載を終えたとの報道もある。戦火は隣国レバノンにも飛び火し、中東情勢は混とんとしてきた。

AP通信などによると、反体制派はダマスカス郊外のイスラム教スンニ派系住民が多い町村や一部の軍施設を支配下に置いた。反体制派「自由シリア軍」の部隊報道官は5日、「ダマスカス進攻前にいくつかの戦略拠点を奪取している段階だ」と語った。市内では6日、車爆弾により1人が死亡するなど爆発事件も相次いだ。AFP通信によると、5日には全土で少なくとも53人が死亡。うち21人はダマスカス市内か近郊での犠牲者だった。

政府軍は11月末から、反体制派が奪取したシリア中部のドゥーマやヤブルードを空爆。ダラヤなどでも地上戦が起きている。ダマスカス郊外の国際空港は政権側の支配下にあるが、戦闘は約3キロの地区まで迫った。エジプト航空などは先月29日から「危険」を理由に発着便を全てキャンセル。市内では軍病院を巡る戦いが起きた。

ただ、現地からの報道では反体制派が「優勢」とされる。これに対し政府軍は猛毒のサリンの原料の化学物質を爆弾に搭載したと米NBCテレビが報道。空爆用とみられるが、まだ爆撃機には搭載されていないという。オバマ米政権はシリアのアサド政権が化学兵器を使用した場合、軍事行動も辞さない構えを見せており、緊迫している。

今年7月、反体制派は首都進攻を目指したが政府軍に撃退され、主戦場は経済の中心地の北部アレッポなどに移っていた。研究機関ガルフ・リサーチ・センターのムスタファ・アラニ博士はAP通信に「反体制派は、ダマスカスで戦わない限り政権が崩壊しないことを理解し、進攻を目指す戦略をとるようになった」と解説した。【12月6日 毎日】
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【「ますます絶望的になっているアサド政権が、化学兵器使用に転じることを懸念している」】
アサド政権側の化学兵器サリン使用準備云々、それに対するアメリカの警告などの情報が、政権側が追い詰められ“絶望的になっている”ような感を抱かせますが、これも正確なところはよくわかりません。

****シリア、爆弾にサリン装てんか 米テレビ報道****
米NBCテレビは5日、複数の米当局者の話として、シリア政府軍が、猛毒の神経ガス・サリンの生成に必要な物質を爆弾につめこんだと報じた。軍はサリンを使って反体制派を攻撃する準備を進め、アサド大統領の最終命令を待っている状態だとしている。
米政府当局者は、シリア政府軍がこれらの爆弾を数十の爆撃機で投下するおそれがあると、NBCに語った。ただ、サリンは爆撃機に未搭載で、アサド氏も使用を命じていないという。

複数の米メディアは3日、アサド政権がサリンの使用を準備していると報道。クリントン国務長官は5日、ブリュッセルの北大西洋条約機構(NATO)本部で記者会見し、「ますます絶望的になっているアサド政権が、化学兵器使用に転じることを懸念している」と語っていた。【12月6日 朝日】
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パネッタ米国防長官は6日、ワシントンでの記者会見で、アサド政権が化学兵器を使用する可能性について「深刻に懸念している」との見方を示し、アサド政権が反体制派をサリンで攻撃した場合、対抗措置を取る考えも強調しています。【12月7日 朝日より】

【「中南米やその他の地域の国が申し出ていることは承知している」】
また、アサド大統領の亡命に関する情報も流れています。

****シリアのアサド大統領に中南米諸国が亡命を打診か****
米政府は5日、シリアのバッシャール・アサド大統領に対し、中南米諸国が亡命を打診しているという未確認情報を得ていると発表した。

米国務省のマーク・トナー副報道官は記者会見で、詳しい情報には触れなかったが、アサド大統領が中南米への亡命を検討しているとの噂があるとの記者からの質問に答える形で、「アサド氏と家族がシリアを出国するならば滞在先を提供すると、中南米やその他の地域の国が申し出ていることは承知している」と答え、「現時点では、アサド氏に正式な亡命の打診があったとの確実な情報は得ていない」と付け加えた。

アサド大統領亡命の噂は、キューバの通信社プレンサ・ラティーナが、シリアのファイサル・メクダード外務副大臣がアサド大統領のメッセージを携えてキューバを訪問し、ラウル・カストロ国家評議会議長と会談したと報じたことをきっかけに持ち上がった。
メクダード外務副大臣は、いずれも左派政権でキューバとの関係も近いベネズエラ、ニカラグア、エクアドルも訪れたという。

さかのぼれば、今年3月にはチュニジアの大統領が、アサド大統領が亡命するならば受け入れると申し出たほか、今から1年前には米高官が議員らに対し、アラブ諸国から内密情報としてアサド大統領の退任を条件に亡命を受け入れる意向だと聞いたと明かしている。

アサド大統領亡命の噂が広まる一方で、シリアでは首都ダマスカス近郊で戦闘が激化しており、米国はシリア政府に、化学兵器を自国民に対して使用しないよう求めている。【12月6日 AFP】
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亡命受け入れ先云々の話は、記事にもあるように、以前から言われているところです。
首都攻防戦激化、化学兵器準備、亡命先打診・・・と並ぶと、「アサド大統領もいよいよか・・・」というイメージですが、何度も繰り返すように正確なところはわかりません。

戦況が不利になった場合、アサド大統領としては、支持基盤であるアラウィー派の居住地域の山岳地帯にこもって徹底抗戦・内戦状態を続けるという選択肢もあります。
ただ、そこまで戦況が動けば情勢が回復する見通しはなく、自分だけのためなら亡命を考えた方が賢明でしょう。
もっとも、亡命・政権崩壊となると、これまで政権を支えてきた勢力・支持者は厳しい報復にさらされることが想像されます。

ロシアがアサド政権支持の姿勢を弱めようとしている?】
これまでアサド政権を支持してきたロシアですが、政権側に不利な状況が伝えられるなかで、これまでの姿勢を変える動きが報じられています。

****シリア情勢:「移行政府」で再び合意 国連特別代表と米露****
シリア情勢を調停するブラヒミ国連・アラブ連盟合同特別代表は6日、アイルランドの首都ダブリンで、米国のクリントン国務長官と、シリア寄りのロシアのラブロフ外相との3者で会談した。国際社会が6月に合意しながら失敗した、シリア各派による「移行政府」樹立などを柱とする行程表の履行を、再び目指すことに大筋で合意した。

ロイター通信によると、会談後にブラヒミ氏が会見。「協力を継続することに合意した。『ジュネーブ合意』を土台に、和平プロセスを編み出したい」と話した。

ロシアを含む国連安保理理事国や関係アラブ国、トルコなどが6月に合意した「ジュネーブ合意」は、停戦と挙国一致の移行政府の樹立を柱とする行程表。具体的な内容を巡り、アサド政権の退陣を求める欧米や関係アラブ国と、ロシアが対立した。

米英仏は7月、行程表を後押しする対シリアの経済制裁決議を安保理で採択しようとしたが、「内政干渉だ」と主張したロシアと中国が拒否権を発動。結局、停戦すら実現せず、非武装の停戦監視団も8月に撤収し、調停は失敗した。

その後もロシアは、武器輸出の主要顧客であるアサド政権を支持し続け、足並みのそろわない安保理は機能不全に陥った。しかし11月末ごろから、首都ダマスカスの攻防戦などで反体制派の優勢が伝えられ、また政権が化学兵器を使用する可能性が指摘されるなど、状況が変化。ロイター通信は、ロシアがアサド政権支持の姿勢を弱めようとしていると報じている。

ブラヒミ氏は11月末に国連で、国連平和維持軍による停戦監視▽法的拘束力のある国連決議による政治プロセスの開始−−を要請した。行程表の実現に向けては、この案に沿ってロシアや中国と協議することになりそうだが、なお難航も予想される。

ロシア通信などによると、ラブロフ外相は7日未明、米露とブラヒミ氏側が「ジュネーブ合意」の履行を巡り、近日中に専門家協議を行う方向で一致したと明らかにした。【12月7日 毎日】
***********************

ロシアのアサド政権擁護姿勢軟化もこれまでも何度か報じられましたが、具体的変化には結びついていません。

私が暮らす鹿児島県薩摩川内市は、日本一(各地にいろんな日本一があるようですが)の大綱引きが伝統行事として行われます。
ジワジワと引きずられ始めた大綱は、ある一定限度を超えると組織的に有効な抵抗が困難となり、またあきらめて手を放す者も出て、一気に走り出します。
今のシリア・アサド政権も、そんな状況が近づいているのでしょうか。最後にもう一度、よくわかりません。
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フィリピン・ミンダナオ  台風被害で死者470名超、更に拡大も  難航する和平交渉

2012-12-06 21:16:03 | 東南アジア

(12月2日 国際宇宙ステーションがとらえた台風24号の映像 宇宙からは美しくも見えますが、地上では地獄です。 “flickr”より By NASA: 2Explore http://www.flickr.com/photos/nasa2explore/8241228681/

昨年12月に続く台風被害
4日にフィリピン南部ミンダナオ島に上陸した台風24号は、5日朝には南シナ海に抜けましたが、今年最悪の被害を出しています。
現在報じられている死者は470名ですが、行方不明者も数百名おり、被害は更に拡大しそうです。

****フィリピン台風被害、死者470人超す****
フィリピンを直撃した台風24号(アジア名:ボーファ)による死者の数が475人に達した。同国の災害対策当局が6日、発表した。

被災者の捜索および救出活動を指揮している陸軍幹部が6日明らかにしたところによると、ミンダナオ島東岸で258人の遺体を確認した他、南部ニューバターン州とコンポステラバレー州モンカヨで191人が遺体で見つかったという。
行方不明者の数は少なくとも377人に上っており、現在も捜索活動が続けられている。また、約18万人が家を失い、学校や体育館などに避難しているという。

コラソン・ソリマン社会福祉開発相は、国連の国際移住機関(IOM)に避難所の開設支援を要請。一方、米国と日本が緊急支援を申し出ている。【12月6日 AFP】
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フィリピンでは、昨年12月に21号台風(国際名:ワシ)がミンダナオ島・ビサヤ諸島に千数百名以上の死者、行方不明者など大被害をもたらしていますが、台風の勢力としては、今回の24号台風の方が大きかったようです。もっとも、台風被害は台風の強さ以上に、そのコースによります。

****台風24号、フィリピン・ミンダナオ島に上陸****
非常に強い勢力を持つ台風24号が4日早朝、フィリピン南部のミンダナオ島に上陸した。沿岸部を中心に鉄砲水や土砂崩れの恐れがあるとして、災害対策当局が警戒を呼び掛けている。

上陸に先立ち、当局は台風の進路に当たる漁村の住民らに避難を指示した。海上では波の高さが15メートルを超え、沿岸部は台風接近とともに雨と風が激しさを増した。
上陸時の最大風速は約49メートル。3日には一時、風速67メートルを超える「スーパー台風」に発達していた。これは、昨年12月に同じ地域を直撃し、多数の死者を出した台風21号の最大風速の2.5倍に相当する強さだ。

昨年の台風では深夜に発生した鉄砲水で村落全体が流されるなど甚大な被害が相次ぎ、1200人以上が死亡、数十万人が家を失った。同国では災害対策の不備が被害につながる傾向が目立つ。今年8月にはマニラ首都圏が豪雨による洪水に見舞われ、80人以上が死亡。10月に襲った台風23号では中部で少なくとも27人の死者が出た。【12月4日 CNN】
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フィリピンの場合は、特にミンダナオ島のように防災対策も十分でない地域は、ある程度の自然災害は前提とした暮らしでしょうが、さすがに数百人規模の犠牲となると話は別です。

台風常襲地域鹿児島に住んでいる者としては、台風のニュースは気にかかります。
ただ、昔は鹿児島は毎年のように直撃を受けていましたが、最近はあまり大きな台風に襲われることもなく過ぎています。これも気候変動の影響でしょうか。
ミンダナオ島についても、“熱帯の気候であるが、北西太平洋に発生した台風はルソン島やヴィサヤ諸島へ向かうためミンダナオ島にはまれにしか上陸しない。このためフィリピンの他の地域に比べ台風の被害は比較的少なく、農業などにとり有利となっている”【ウィキペディア】との記載もありますが・・・。

予断を許さない和平交渉の今後
今回台風被害は主にミンダナオ島島南部のようですが、ミンダナオ島西部・スールー諸島はイスラム系住民が多く、長く反政府武装勢力が活動する地域ともなっています。
この地域は、そうした治安の悪さもあって、フィリピンの中でも最も貧しい地域となっています。

反政府武装勢力のひとつ「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」とフィリピン政府の間で和平の枠組みについて合意したという話は、10月8日ブログ「フィリピン ミンダナオ島反政府勢力との和平枠組み合意が成立」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20121008)で取り上げました。

しかし、その後の状況については日本メディアでは目にする機会が少なく、交渉はあまり進展していないように見えます。
そもそも、10月の“枠組み合意”はあくまでも交渉のスタートを意味するもので、一旦合意したものの憲法違反との最高裁判断で破綻した08年の合意文書署名以前の状況にようやく戻ったということです。内容的には08年当時より曖昧なようです。

***ミンダナオ和平 解決ではなくスタートだ****
永石雅史(名古屋大学特任教授)

フィリピン政府と反政府イスラム武装勢力の最大勢力「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」が10月、和平へ向けた枠組みに合意した。日本の新聞は紛争解決を楽観する論調だったが、この合意は単なる「枠組み合意」であり、「和平合意」ではない。40年あまり続いている紛争の解決へ向けて双方がようやくスタートラインにたったに過ぎない。

和平への最大の懸案が「先祖伝来の土地問題」である。MILFは先祖伝来の土地であるミンダナオ島で、独自の法律、教育、行政事務などをおこなう自治権を主張、双方は幾度となく行われた和平交渉を踏まえ、2008年8月、先祖伝来の土地問題に関する合意文書に署名する予定だった。

しかしミンダナオに利権を持つ有力氏族や、反アロヨ大統領派の抵抗によって最高裁へ署名の差し止め要求が出され、署名式はキャンセル、合意文書も結局、違憲とされた。双方の紛争は激化し、一時は60万人とも言われる国内避難民が発生するまでになった。

その後、日本をはじめとする国際社会の努力や、当事者の間の紛争疲れもあり、09年12月にいったん停戦合意が結ばれた。昨年8月には、アキノ大統領とMILFのムラド議長による歴史的なトップ会談が日本で開催され、和平交渉が進展して現在に至っている。

ただ今回の枠組み合意は、いわば4年前の合意文書署名以前の状況に戻ったに過ぎない。天然資源の配分は枠組み合意には盛り込まれず、双方の主張には依然、温度差がある。
さらに現在の「ムスリム・ミンダナオ自治地域(ARMM)」を廃止し、新たな自治政府「バンサモロ」を設立するロードマップが枠組み合意では示されているが、4年前の合意文書では国民投票を前提としつつも自治政府の領域も明記され、枠組み合意より具体的だった。
双方の課題は依然として山積しており、ミンダナオに利権を持つ有力氏族が新自治政府設立に対してどう反応するかも予断を許さない。

加えてMILFの一部強硬派勢力が、執行部と政府との和平交渉の方針に反対して離脱、分離独立闘争を続けるとしている。今後の和平交渉次第では離脱した強硬派勢力が拡大する可能性も否定できない。もちろん今回の枠組み合意がミンダナオ和平にとって喜ばしい第一歩であることは間違いない。
日本政府としても、これまで粛々と実施してきた元紛争地域での復興・開発事業や、和平交渉におけるオブザーバー参加を継続していくことが必要なのは言うまでもない。ミンダナオ和平はまさにこれからが正念場である。【12月1日 朝日】
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MILF側からは改憲の必要性が指摘されていますが、“アキノ政権は柔軟に対応すれば改憲をしなくても合意履行は可能と当てのない楽観論を展開するのみで実現性の薄さに危惧を持たれている”とも報じられています。

****難航】ミンダナオ和平 MILF交渉団長が改憲を主張****
フィリピン政府と反政府武装勢力『モロ・イスラム解放戦線=MILF』の和平合意を巡って早くも暗礁に乗り上げる動きがあった。

アキノ政権は細部を詰めないままに和平合意としていて、特に2016年までに創設される予定の自治政府『バンサモロ』に関して、円滑な自治政府設立には改憲が必要とMILF和平交渉団長のイクバル【写真】から指摘がなされている。
しかし前アロヨ政権時代に一度は認めた自治政府設立がその後の最高裁で現行憲法に『違反』するとの判決が下された経緯があって、MILFの望むような形では、再び最高裁による違憲判決が出る可能性がある。

改憲に対しては根強い反対論が議会、カトリック宗教界、世論の中にあって1992年~1998年のラモス政権以来、議論は止まったままである。
これに対してアキノ政権は柔軟に対応すれば改憲をしなくても合意履行は可能と当てのない楽観論を展開するのみで実現性の薄さに危惧を持たれている。

また、双方の利害がぶつかる域内の資源配分を巡ってMILF側は最低でも75%以上を要求していて、この面での交渉も難航が予測されている。

こういった問題は何度も過去に蒸し返されていて、歴代の政権が変わる度にイスラム勢力に対する扱いが違うことにも要因がある。
例えばエストラダ政権はイスラム武装勢力に対して強硬な完全掃討方針で動き、次のアロヨは180度転換の懐柔策で対処、アキノはアロヨの路線を引き継ぐ形で和平成立に動いているが、中身は進歩無く功を急ぎ、任期の切れる2016年までにと展望のない目論みでいる。

こういった問題は政府側だけではなくMILF側にも言えて、ミンダナオ島住民不在の権力闘争にしか見えないのも事実である。【11月12日 フィリピン・インサイドニュース】
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和平の成果が出るまでには、まだ紆余曲折がありそうです。

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チベット族焼身自殺、11月だけで24人 

2012-12-05 22:14:38 | チベット

(焼身自殺したジャンフェル・エシさんが暮らしていた、インド・デリーのチベット難民居住区マジュヌ・カ・ティラ “flickr”より By sigill  http://www.flickr.com/photos/sigill/6736099541/

自殺を図った大半が10~20代の若者
中国・チベット族居住区では、中国支配に対する抗議の焼身自殺が異常に頻発しており、中国共産党大会もあった11月は24人もの犠牲者を出しています。

****チベット族の自殺、最悪ペース 11月に24人****
中国のチベット族居住区で11月、共産党の統治に抗議して焼身自殺を図ったチベット族が28人にのぼり、うち24人が死亡したことが3日明らかになった。自殺を図った大半が10~20代の若者で、抗議の焼身自殺が始まった2009年以来、最悪のペースとなった。

焼身自殺は青海、甘粛、四川各省のチベット族居住区で起きた。09年以降、焼身自殺を図ったのは90人、死者は少なくとも70人を超えたとされる。米政府系のラジオ・フリー・アジアなどは、体が炎に包まれた様子が写った現地の写真を相次いで配信している。

青海省海南チベット族自治州などでは、学生による大規模なデモも発生。チベット語を学ぶ自由や、インドに亡命しているチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の帰国などを求めた。

一方、中国政府は焼身自殺について、「ダライ・ラマの祖国分裂グループによる策略だ。チベット族の政治、経済、文化などの権利は保障されている」(中国外務省)との立場を崩していない。【12月4日 朝日】
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“焼身自殺は青海、甘粛、四川各省のチベット族居住区で起きた”とのことですが、ラサのあるチベット自治区ではあまり多くないのは何故でしょうか?単純素朴な疑問です。
当局側の監視体制の問題でしょうか?
チベット自治区はチベット族が93%(2002年)を占めており、一定に安定したチベット族社会が維持されているということでしょうか?それに対し、焼身自殺が多発している青海、甘粛、四川各省のチベット族居住区などでは漢族の比率が高く、漢族との軋轢が大きいということでしょうか?

焼身自殺は、学生らの抗議デモも誘発しています。
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・・・・今月の24件のうち13件が集中した青海省では、焼身自殺したチベット族の友人の僧侶2人が当局に拘束されたことに地元住民が抗議。26日には同省海南チベット族自治州で1千人以上の学生が街頭に繰り出し、「民族の平等を。正義を尊重せよ」と訴えるデモに発展した。
武装警察は催涙弾を使ってデモを鎮圧したとの情報もある。現地の写真には、頭部をけがして病院に運ばれる若者の姿が写っており、約20人がけが、3人が拘束されたという。

RFAによると、デモは地元共産党が、チベット族による焼身自殺は愚かな行為だとあざける内容の冊子を学校に配布したことに反発。チベット語を学んでも現実にはあまり役に立たないとの内容にも怒り、学生が冊子を焼き払った。

焼身自殺は、毎年3月の全国人民代表大会など共産党の重要行事を前に、当局がチベット族を厳しく監視する時期に月10人前後まで増えることはあったが、11月は異常に多い。10年に1度の政権交代がある共産党大会があったこともあるが、当局によるデモの鎮圧や僧侶らの拘束、寺院を治安部隊が取り囲むなどの対応にチベット族の怒りが増幅している可能性がある。【11月29日 朝日】
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中国共産党大会の開かれた11月上旬には、最大約1万人のチベット族学生デモも報じられています。
****中国・青海でチベット族学生デモ 「最大1万人」報道****
中国青海省同仁県で8、9の両日、チベット族の学生を中心としたデモがあり、地元政府庁舎前に最大約1万人が集まってチベットの自由を求めたと、米政府系の放送局ラジオ・フリー・アジア(RFA)や香港各紙が9日伝えた。

青海省など4カ所で7、8日、中国政府に抗議するチベット僧ら6人が焼身自殺を図り3人が死亡しており、チベット族学生がこれに呼応した。治安当局との衝突は無かったという。北京では共産党大会が開催中で、中央政府に不満を示す意図もあったようだ。

RFAなどによると8日、学生数百人が学校に掲げられた中国国旗を引き降ろしたり、地元政府の庁舎前でチベットの自由を叫んだりした。翌9日はチベット族の住民も参加してデモが拡大。数千人から1万人が庁舎前でチベット仏教最高指導者で亡命中のダライ・ラマ14世の長寿を祈るなどしたという。【11月10日 朝日】
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センゲ首相「非難されるべきものはチベット人を抑圧してきた中国政府だ」】
インド北部ダラムサラに置かれたチベット亡命政府のロブサン・センゲ首相は、焼身自殺が増加していることについて「非難されるべきものはチベット人を抑圧してきた中国政府だ」としたうえで、習近平新指導部への警戒と期待を語っています。

****チベット亡命政府 ロブサン・センゲ首相 新指導部に「警戒と期待****
チベット亡命政府のロブサン・センゲ首相は19日までに、インド北部ダラムサラの首相府で産経新聞のインタビューに応じ、中国チベット自治区でチベット人の焼身自殺が増加していることについて「非難されるべきものはチベット人を抑圧してきた中国政府だ」と述べ、中国・習近平指導部に対し、チベットへの弾圧をやめて、政策を転換するよう訴えた。

センゲ首相はインタビューで、習指導部について、「より保守的なグループだと報じられている」と懸念を示しながらも、「チベットに対する姿勢を判断するには時期尚早だ。過去の強硬政策を考えれば楽観はできないが、新たな対応を取ることを期待している」と表明。「来年3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)までには、指導部の政策がわかってくるだろう」と述べた。

中国政府と対話を行うためのチベット亡命政府の特使2人が辞任し、その後、後任人事が決まっていないことについては「われわれは対話を続けるため、新たな任命をする準備ができているが、中国の新指導部の対応を待っている」として、中国政府との対話の糸口が見つかっていないことを示した。

また、チベット問題の解決に向け、国際社会に対し「中国政府にさらなる圧力をかけてほしいし、各国代表団やジャーナリストにチベットに足を運んで現状を見てほしい」と訴えた。
日本に対しては「アジアで指導力を発揮し、民主的にも経済的にも発展した国だ」と称賛し、チベットの自由に対する協力を求め、来年4月までに、今年4月に次ぐ2度目の訪日を行うことを計画していると明らかにした。【11月20日 産経】
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統一促進の原則重視で台湾に圧力を加えた江沢民政権で緊張した台湾との関係が、台湾・馬英九政権成立もあって、「両岸関係の平和的発展」を掲げる胡錦濤政権で大きく改善したように、指導部交代で状況が改善された事例はあります。

副首相を務めた父・習仲勲氏が、ダライ・ラマと親しかったと言われる習近平総書記ですが、就任にあたり、「私は、中華民族の偉大な復興こそ、中華民族が近代以来抱いてきた最も偉大な夢だと思う」と、対外的に強硬姿勢を貫く強国化路線を強調しており、今のところチベット問題での急速な変化は期待できません。

【「これはガソリン? 火をつけるなよ!」・・・ジャシはにっこり笑った
焼身自殺の報道は連日のように目にしますが、自殺した人間がどのように生活し、何を考えて自殺に至ったかを報じた記事はあまり多くありません。
インド、デリーの北はずれにあるチベット難民居住区で焼身自殺した青年を紹介した下記記事は、自殺者の生活の一端を垣間見せてくれます。少し長い記事ですが、全文を引用します。

****チベット人、ジャンフェル・エシの抗議****
中国のチベット族居住区で、中国共産党の高圧的政策に抗議して焼身自殺を図ったチベット族は、2009年以来、80人以上にのぼる。その1人が3月26日、自らに火を放った27歳の男性ジャンフェル・エシ(Jamphel Yeshi)さんだ。

焼身自殺を決意したジャンフェル・エシさんは、インド、デリーの北はずれにあるチベット難民の居住区マジュヌ・カ・ティラ(Majnu ka Tilla)に暮らしていた。居住区ができたのは1963年、最高指導者ダライ・ラマ14世が中国軍の侵攻から逃れてインドに亡命した4年後のことだ。

エシさんは友人たちからジャシ(Jashi)と呼ばれ、窓のないワンルームのアパートにチベット族男性4人と暮らしていた。彼のマットレスは今も、ダライ・ラマなどの高僧のポスターが貼られた一角にある。ほかの4人の寝床とともにU字形に配置され、薄い戸棚には所有していた本の多くが残り、仏教やチベットの政治、歴史の本など、手垢が付くほど読み込まれている。

焼身自殺する前夜、ジャシは陽気に振る舞っていた。マジュヌ・カ・ティラから500キロ弱離れたダラムサラの友人2人が訪ねてきていたからだ。インドのダラムサラにはダライ・ラマが住み、チベット亡命政府の拠点でもある。
その夜集まった7人の若い男たちの話題は、中国の国家主席、胡錦濤氏のインド訪問、そして翌日に首都デリーの繁華街で行われる中国共産党統治への抗議行動についてだった。

翌朝、ジャシはいつものようにルームメイトたちより早く起きた。まず、マジュヌ・カ・ティラの仏教寺院に行き、参拝者に茶を出す仕事を手伝った。部屋に戻ると、小さなバックパックと大きなチベットの旗を手に取った。そして毛布をきちんと畳み、まるで祭壇に供えるように、ダライ・ラマの本とチベットの歴史の本をのせた後、抗議行動の参加者を運ぶ5台のバスのうち1台に乗り込んだ。

バスには、近所の友人ケルサン・ドルマさんが乗っていた。2011年3月以降、チベットで前例がないほど頻発している焼身自殺について皆が話している。今日の抗議行動でも焼身自殺するチベット族が現れるかどうか、話題は集中する。ドルマさんはジャシが背負うバックパックを軽くたたき、「これはガソリン? 火をつけるなよ!」と冗談を言う。
ジャシはにっこり笑った。

抗議行動の会場まであと数キロの場所でバスは停車した。デモ行進には、チベット族の大義への関心を集める狙いがある。参加者たちには、主催者がペットボトル入りの水を配っている。参加者の多くが付けているピンバッジには、胡錦濤氏の顔と血まみれの手が重なるように描かれていた。

インド人による抗議行動が日常的に行われているジャンタル・マンタルに着く頃には、3000人ものチベット族が集結していた。
その頃、ジャシはこっそり抜け出して1つの門をくぐり、短い私道を通って砂岩でできた古い建物に入った。そして、ガソリンを全身にかぶる。肩から流れ落ちて服に染み込み、靴の中まで入ると、彼は火をつけた。

20歩ほど走り、バンヤンの巨木の下に倒れ込む。そこはまだ門の中で、外にいる群衆のところまでたどり着かなくては。ジャシは立ち上がって再び走り出し、今度は50~60歩進む。門をくぐって群衆の中に入ると、人々は火ダルマになったジャシのために道を開けた。歯をむき出しにするジャシは、満面の笑みを浮かべている。それとも極度の痛みに苦しんでいるのか、今となっては誰もわからない。

地獄が出現した。人々は泣き叫び、ペットボトルの水を炎に向かって必死に振り掛ける。ジャシの友人ソナム・ツェテンさんは、炎を消そうとバックパックをたたきつける。しかし、中には携帯電話が入っており、その重みで友人を傷付けるかもしれない。バックパックを投げ捨てたソナムは、シャツを脱いだ。「彼の上半身をシャツではたくと下半身が燃え上がり、下半身をはたくと上半身の炎が大きくなった」とツェテンさんは当時を振り返る。

一連の抗議行動で最初の焼身自殺は1998年、ハンガーストライキの最中に今回と同じ場所で起きた。炎に包まれたトゥプテン・ゴドゥップさんはジャシと同様、即死を免れ、ラーム・マノーハル・ローヒヤー病院に収容された。翌日、ダライ・ラマが見舞いに訪れ、頭に巻かれたガーゼの上からそっと言葉をかけたという。記録によれば、「心の中に中国政府への憎しみがあるのに、見て見ぬふりはいけない。あなたは勇敢に意思表示した。しかし、憎しみを動機にしてはならない」と話したという。ゴドゥップさんはこの言葉を受け入れた。

ゴドゥップさんの文字通り燃え上がる抗議は一度きりの出来事で終わった。10年以上が経過した2009年2月、再びチベット族が焼身自殺し、2年後の2011年3月にもう1人が続く。その後、後を追う者が急増した。自らに火を放ったチベット族は2012年11月までで80人を超え、近代ではほとんど例を見ないこの抗議行動が続発している。

捨て身の抗議行動が相次ぐ中、「中立な立場を維持しなければならない」とコメントを出すのみで、ダライ・ラマはほぼ沈黙を貫いている。
ダライ・ラマは観音菩薩の化身としてチベットの人々に広く崇められている。しかし、中国共産党に対する“中道的なアプローチ”は成果を上げていない。中国首脳部は現在、チベット亡命政府の主席大臣との面会も拒絶しており、状況はむしろ悪化しているように見える。伝統的にチベット族が暮らす地域に漢民族を大量に移住させ、チベットの宗教に対する弾圧は深刻度を増している。寺院には監視カメラが設置され、ダライ・ラマの肖像画には穴があけられている。遊牧民は定住を強要され、チベット語の授業もままならない。

ジャシは12時45分にラーム・マノーハル・ローヒヤー病院に到着、13時19分に正式に収容された。友人たちが病院の入り口で引き渡すとき、ジャシは最後の言葉を口にした。「なぜ連れてきた?」。
この短い言葉を発するだけでも大変な努力を要したに違いない。医師の診察によると、内臓が焼け焦げていることがわかった。有害な煙や炎を吸い込んだためだろう。やけどは体表の98%以上に及んでいた。

身分証明書などの書類が入っている赤い布袋の中から、チベット語で手書きされた手紙が見つかった。まずダライ・ラマのチベット帰還を求めた後、忠誠心と“精神的な指導者”の必要性、自由について語る彼の言葉を引用しよう。「失われた自由、600万のチベット族は風に吹かれたバターランプのようにさまよう」。

「目標に向けて最後の行動を決断するとき、財産があればそれを使い、教育を受けていればその成果を出すべきなのだ。自分の人生はだれにも左右されないと心に決めたなら、命を惜しむ必要がどこにあるだろう」。
“世界の人々”に向けて“チベットのために立ち上がる”よう求める言葉で手紙は締めくくられている。

ジャシは手紙のほかにも、ごく短い文章を2つ残していた。1つは感傷的な母親への賛歌だ。もう1つは“さまよう少年”と題されている。

「愛する母の子宮からこの世に生まれた瞬間、私は基本的人権も思想の自由も持たず、外国の支配下に置かれていた。だから私は祖国と決別し、インドに亡命するしかなかった。現在はデリーの小さな部屋で昼も夜も過ごしている。朝起きて東を向くと、涙が止めどなく流れてくる。これは決して朝露のようなかりそめの想いではない」。

病院に収容されてから43時間後、ジャシは息を引き取った。体の98%に火傷を負って生き延びた者はいない。

マジュヌ・カ・ティラに暮らすジャシのルームメイトたちは、以前とほとんど変わりない生活を送っている。白い壁には、亡き友“ヒーロー、ジャンフェル・エシ”の小さなポスターが2枚貼られている。しかし、感情の高ぶりは終わった。仕事を探す努力はしているが、チベット難民には賃金労働の資格がない。真昼の暑さの中、マットレスでうとうとしながら、太陽が沈むのを待つ日々だ。

ジャシの死から数カ月後、ダラムサラの友人が再びアパートを訪れ、ジャシの生前にも口にした同じ残酷な冗談を言う。「またここに来てみたら、相変わらず誰にも彼女がいないし、仕事もしていない。ただ死を待っているだけの役立たずめ!」。1人がこう切り返す。「君は次の焼身自殺を煽りに来たのか? 次は僕の番だ。でも、心配はいらない。僕は万全の準備を整えるから!」。ジャシ以降はまるで通らない冗談になってしまった。誰が次の番なのか皆わからない、それがチベット族の現実だ。 【12月4日 ナショナルジオグラフィック】
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11月に来日したダライ・ラマ14世は、焼身自殺が頻発する事態に中国当局の対応を批判しています。
****焼身自殺で現地視察を=国会内で講演-ダライ・ラマ****
来日中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は13日、参院議員会館で国会議員らに向けて講演し、「現在たくさんの(チベット族の)焼身自殺が起きているが、そのような地域を訪問し、実際に何が起きているかを報告してほしい」と訴えた。ダライ・ラマが国会の施設で講演するのは初めて。

ダライ・ラマはこの中で、中国でチベット族の焼身自殺が相次いでいることについて「中国政府は理由を調べるべきなのに、地域の役人はおそらく政府高官に現状を報告していない」と指摘した。 

また、「チベット文化を保存しても、チベットが分裂、独立する危険性は一切ない。それにもかかわらず中国高官は人権侵害、弾圧を繰り返している」と中国当局のチベット政策を批判した。講演には国会議員ら約230人が出席した。【11月13日 時事】
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ただ、ダライ・ラマ14世自身の口から焼身自殺を強く諌める発言もないことから、現在の状況を黙認しているとも考えられます。
中国及び国際社会にアピールする手段が他にない・・・という現実ではありますが・・・。
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パレスチナの「オブザーバー国家」格上げに対し、イスラエルは報復措置 困難な和平交渉再開

2012-12-04 23:29:06 | パレスチナ

(11月29日 国連総会での「格上げ」決議案採択を喜ぶヨルダン川西岸・ラマラの人々 ラマラは自治政府のお膝元ですから一定の支持行動は当然でしょう。“flickr”より By activestills http://www.flickr.com/photos/activestills/8231481570/

【「外交的勝利」とは言いながら、求心力回復は見込み薄
国連総会におけるパレスチナの「オブザーバー国家」格上げ決議案については、採決前の11月28日ブログ「パレスチナ自治政府  「オブザーバー国家」に格上げする決議案、29日に国連総会で採択される見通し」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20121128)でも取り上げましたが、11月29日の国連総会で賛成138か国、反対9か国、棄権41か国の圧倒的な賛成多数で採択されました。
賛成は日本やフランス、北欧諸国、アラブ諸国、中国、ロシア、インドなど。イスラエルやアメリカ、カナダ、チェコなど9カ国が反対、ドイツやイギリスは棄権しています。

11月28日ブログでも触れたように、もしパレスチナ自治政府が提案断念に追い込まれるようなら、ハマスの存在感が強まっている現状では、パレスチナ和平交渉の主体となってきた自治政府の基盤が大きく揺らぐ事態にもなりかねない・・・という懸念がありましたが、アッバス議長側もそうした懸念を賛成国獲得に利用したようです。

ハマスは、イスラエルとの共存を前提にした“国家格上げ”には反対の姿勢を従来からとってきましたが、今回は消極的ながらも支持を表明しています。ファタハ・ハマスの和解・統一にとっては良い兆候です。

****国連、パレスチナ「国家」格上げ決議案 ハマス歓迎も描けぬ展望****
ファタハとの和解協議カギ
国連総会でパレスチナの「オブザーバー国家」格上げ決議案が欧州の一部からも賛成を得て採択されたことでパレスチナは30日、「外交的勝利」を祝うムードに包まれた。
パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスも同決議を歓迎しており、自治政府主流派ファタハとハマスの和解協議が前進に向かう可能性もある。
ただ、イスラエルとの和平交渉再開は困難と予想される中、パレスチナ国家樹立に向けた実質的な展望は開けていないのが現実だ。

ハマスはもともと、自治政府による今回の格上げ決議には反対の立場をとってきた。決議がうたう、1967年の第3次中東戦争より前の境界線に基づくパレスチナとイスラエルの「2国家共存」は、パレスチナ人の権利放棄につながる-との理由からだ。
しかし、ハマス政治局指導者のミシュアル氏は11月26日、消極的にながらも一転して支持を表明。同月14日から21日まで続いたイスラエルとの戦闘を、ある程度有利な形で停戦に持ち込んだことで勢いに乗るこの時期に、ファタハとの和解を進めようとのシグナルではないかとの見方が強まった。

ハマスに主導権を握られることを警戒する自治政府のアッバス議長側も、この状況を各国への説得材料に利用した。イスラエルやその後ろ盾である米国が決議に強く反対するのに対し、「格上げ」が実現しなければ、自治区内でのハマスの影響力がさらに増すことになる、と強調。イスラエル放送が欧州外交筋の話として伝えたところでは、欧州には、アッバス氏がハマスに対抗するための「テコ入れ」が必要だとの空気が広がったという。

ただ、今回の決議採択でアッバス氏の求心力がすぐに回復する見込みは薄い。
イスラエル紙マーリブによると、同国のネタニヤフ首相はアッバス氏に、格上げ申請取り下げの見返りとして、来年1月の総選挙後に和平交渉を再開するとの案を提示したが、アッバス氏側は拒否したという。

イスラエルは代理徴収している関税の自治政府への送金差し止めも検討しているとされ、財政難に苦しむ自治政府の運営がさらに厳しくなれば、今回の「熱狂」が、アッバス氏への「失望」に容易に変わる可能性もある。イスラエルのメディアによると、ネタニヤフ首相は30日、入植住宅3千戸の建設を決めた。【12月1日 産経】
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パレスチナ自治政府・アッバス議長、今回示された国際社会の支持を背景に、ライバル組織のイスラム原理主義組織ハマスとの和解交渉を加速させたいところです。パレスチナ内部の統一が進まない限り、イスラエルとの交渉も進みません。
「格上げ」決議採択後、初めてパレスチナ自治区に戻ったアッバス自治政府議長は12月2日、ヨルダン川西岸ラマラの議長府で演説し、「和解実現に必要な措置を検討する」と述べ、今後の課題として、停滞しているハマスとの和解協議を推進する意向を示しています。

ただ、ハマス側は上述のように“消極的支持”は示しているものの、ガザ地区をめぐるイスラエルとの停戦でパレスチナ内部での存在感を高めていることから、アッバス議長・ファタハに対してはこれまで以上に強気にでることも予想されます。

なお、11月29日にガザ地区で開催された「オブザーバー国家」格上げ決議案支持集会は“集会はファタハのガザ支部が呼びかけた。ガザのすべての政党支持者が集うとされたが、目立つのはファタハの黄色い旗ばかりで、ハマスを示す緑の旗はどこにもない”【11月30日 朝日】といった状況だったようです。

【「今の状況では何の助けにもならない」 強まる武装闘争への回帰
パレスチナ住民も国連での外交交渉やイスラエルとの和平交渉には期待を失いつつあり、「和平交渉をやめて力でパレスチナの土地を取り戻すべきだ」。「武装闘争への回帰」を求める人が増えるような状況が生まれています。
“きっかけは、パレスチナ自治区ガザを実効支配するハマスが、イスラエルとの8日間の戦闘の末に停戦合意に持ち込んだことだ。ハマスはロケット弾を初めてテルアビブやエルサレムへ届かせ、イスラエルを脅かした。《言葉の応酬を繰り返すだけで進まない和平より、犠牲を伴う闘争のほうが現実的》。ハマスが示した「力の効果」は、市民の意識に浸透しつつある”【12月1日 朝日】

****ガザ住民「何の助けにもならない****
イスラエルとの戦闘が1週間余り前に終わったばかりのガザ。空爆の恐怖にさらされた住民にとって、パレスチナの「オブザーバー国家」格上げは現実から離れた遠い話だ。「生活再建の足しにもならない」と冷ややかに受け止めていた。

ガザ北部の住宅地。5階建ての建物が完全にがれきの山となっていた。ガザを実効支配するイスラム組織ハマスの戦闘員が住んでいたとされ、11月19日未明にイスラエル軍が空爆した。
通りを挟んで正面にある無職ムハンマド・アケルさん(66)の自宅はまともに爆風を受け、壁に穴が開いた。「警告弾で目が覚めたら、5分後にミサイルが直撃した。地震かと思った」。一家15人は幸い無事だった。

パレスチナの「オブザーバー国家」格上げに全く関心がない。「家の片付けで手いっぱいだ」と話す。
現在のイスラエル領に生まれ、生後5カ月の時にガザに避難してきた。「いつか故郷に戻るんだ」と息子や孫たちに言い聞かせている。ところが11月上旬、パレスチナ自治政府のアッバス議長が、パレスチナ難民の帰還権を放棄すると取られかねない発言をしたと報じられた。「我々の気持ちを何も分かっていない」。アッバス氏に失望した矢先、イスラエル軍との戦闘が始まった。「オブザーバー国家といっても、単に紙の上だけの話でしょ。イスラエルが存在する限り、苦しい現状は変わらない」

ミサイルが直撃した建物の隣に住む無職ファトヒ・ナセルさん(64)も自宅の後片付けに追われる。室内には割れたガラスやブロック片が散乱し、どこから手をつけたらいいのか分からない。「オブザーバー国家はパレスチナ独立に向けた一歩だとは思うが、今の状況では何の助けにもならない」とため息をついた。 【12月1日 朝日】
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ガザ地区からのロケット弾が初めてテルアビブやエルサレムへ数発届いたとはいえ、殆んどのロケット弾はイスラエル側の防衛システムによって防がれており、パレスチナ単独の武装闘争で事態が変わる可能性はありません。パレスチナの地を焦土とするだけです。
ヒズボラ、シリア、イランを巻き込んだ第5次中東戦争を起こしたところで、結果は同様でしょう。現在わずかに残されているパレスチナそのものが消滅する可能性もあります。
パレスチナが進むべき道は、パレスチナとイスラエルの「2国家共存」を前提にした和平交渉にしかないように思います。

イスラエル、国連決議への報復措置を強行
ただ、パレスチナ住民の結果を出せない交渉への失望も無理からぬものがあります。
結果が出ないだけでなく、イスラエル側の入植地建設活動が続けられ、パレスチナにとっては時間とともに事態は悪化する一方というのが現実です。

イスラエル側は、今回の「オブザーバー国家」格上げの国連決議に報復する形で、新たなユダヤ人入植住宅3000戸を建設することを発表しており、また、東エルサレムとヨルダン川西岸を分断することになる入植地建設の準備も始めることを決定しています。

****イスラエル:占領地3000戸新規入植へ 国連決議に報復****
イスラエル政府は11月29日、占領地のヨルダン川西岸と東エルサレムに新たなユダヤ人入植住宅3000戸を建設することを決めた。政府当局者が30日明かしたとロイター通信が報じた。国連総会で29日、パレスチナの地位を「オブザーバー国家」に格上げする決議案が採択されたことへの報復措置とみられる。

パレスチナ解放機構(PLO)のエラカト交渉局長は、イスラエルの決定について「国際社会の思いに逆らって、(パレスチナとイスラエルの)『2国家共存』構想を破壊するものだ」と批判した。米国家安全保障会議のビーター報道官も「和平交渉再開にとり逆効果だ」とコメントした。
占領地への入植活動は国際法違反。PLOは、10年10月を最後に行われていないイスラエルとの中東和平交渉を再開する条件として、新たな入植住宅建設の凍結を求めている。

ロイター通信によると、イスラエル政府は新設を決めた3000戸のほか、東エルサレムとその近郊にある大規模入植地「マアレアドミム」とをつなぐ位置に入植住宅地を建設する準備を始めることも決めた。現在は大規模な空き地だが、住宅約3500戸を建設する既存の計画がある。
この場所に入植地ができた場合、パレスチナが将来の独立国家の首都に想定する東エルサレムとヨルダン川西岸が分断されるため、特に問題視されており、米政府の圧力などでイスラエルが計画を凍結してきた経緯がある。【12月1日 毎日】
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更にイスラエルは、パレスチナ自治政府に代わって徴収している関税について、自治政府への送金を停止すると発表しています。

****イスラエル:代理徴収の関税の送金停止 パレスチナに報復****
イスラエルのシュタイニッツ財務相は2日、パレスチナ自治政府に代わって徴収している関税について、自治政府への送金を停止すると発表した。占領地のヨルダン川西岸と東エルサレムへの新規の入植住宅建設に続く、パレスチナが国連で地位を「格上げ」したことへの報復措置という。

送金停止の結果、自治政府から職員への給料支払いが滞り、パレスチナ経済は大打撃を受ける。自治政府はイスラエルの電気供給会社に多額の借金があり、イスラエル政府は今回の送金停止分を借金返済にあてるという。

イスラエルはヨルダン川西岸とガザの輸入の大半を管理しており、93年のオスロ合意などに基づき関税を代理徴収している。パレスチナが11年10月に国連教育科学文化機関(ユネスコ)に正式加盟した際も2カ月分の約2億ドル(約165億円)の送金を停止したが後に全額を送金した。【12月2日 毎日】
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“財政難に苦しむ自治政府の運営がさらに厳しくなれば、今回の「熱狂」が、アッバス氏への「失望」に容易に変わる可能性もある”【12月1日 産経】

イスラエルが警戒しているのは、パレスチナが国連決議を受け、国際刑事裁判所(ICC)など複数の国際機関に加盟を申請し、イスラエルを戦争犯罪で訴えるような事態だと言われています。
そのような事態は和平交渉の障害になるとして、日本など今回の「格上げ」には賛成した国の中にもICC加盟は控えるように求める声が多いとも。

イスラエル国内では、ガザ地区での地上戦回避は国民からはあまり支持されていません。
この際、ハマスなどの攻撃力を地上戦で徹底的に叩くべき・・・というのが世論の主流です。
そのため世論調査によると、来年1月の総選挙を控え、ネタニヤフ首相率いるリクードなどの統一会派の獲得議席予想数は、ガザ地区での戦闘前の調査(10月末)の43議席から37議席に減ったとのことです。【11月25日 毎日より】
こうした国内事情もイスラエルの強硬姿勢の背景にあるように思われます。

財政面では、アラブ諸国がパレスチナへの財政支援を約束しているようです。
しかし、“米国は通常、パレスチナに年約4億4千万ドル(約363億円)以上の支援を計上しており、支援は受けても要請は無視するパレスチナに対する議会の反発は強い。超党派の上院有力4議員は29日、パレスチナがICC加盟に動けば、援助停止などを盛り込んだ法案を提出すると警告した”【12月1日 産経】という動きもあります。

国連の潘基文(パンギムン)事務総長は2日、イスラエルの入植計画を「国際法違反」と批判。「重大な懸念と失望」を表明する声明を出しています。
国連総会決議に対する事実上の報復措置ということに対し、「重大な懸念と失望」では済まされない問題とも思いますが。

影響力低下のアメリカ、されどアメリカ
アメリカは、パレスチナ側の一方的な「オブザーバー国家」への地位格上げについても、それに対するイスラエルの報復措置についても、和平交渉を後退させると批判しています。

****イスラエルの入植「和平後退」=交渉再開、改めて呼び掛け―米国務長官****
クリントン米国務長官は30日、イスラエルが占領地東エルサレムとヨルダン川西岸で入植住宅3000戸の建設を決めたと報じられていることについて、「米政府はこれまでも、こうした行動が和平交渉を後退させるとイスラエル側に明言してきた」と述べ、反対の姿勢を明確にした。ワシントン市内の講演で語った。

長官はパレスチナが国連での「オブザーバー国家」への地位格上げを実現したことに関しても、「今回の採決はわれわれ全員を戸惑わせている。すべての当事者は、その先にあるものについて注意深く考える必要がある」と警告した。

一方で、イスラエルとパレスチナの双方に直接交渉の再開を改めて呼び掛け、「紛争を解決する直接交渉に入る用意がある当事者に対して、オバマ大統領は全面的に協力するだろう」と強調した。【12月1日 時事】
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しかしながら、オバマ大統領とイスラエル・ネタニヤフ首相の関係は“そりが合わない”と言われており、テロ組織と見なすハマスとは繋がりがなく、ファタハ・アッバス議長に対しても「格上げ」決議案提出見送りを説得できず・・・ということで、アメリカ・オバマ政権の影響力も薄れてきているのが実態です。

“だがユダヤロビーの影響下にある米国は、決議案に反対したことでイスラエルとともに国際的に孤立した。米国の中東担当特使らが決議案提出を見送るようアッバス氏を説得したが失敗し、パレスチナ自治政府の主流派ファタハへの影響力低下も印象づけた。米国はハマスをテロ組織とみなしているため、パレスチナでの足がかりを失いかねない状況に陥ったと言える。
米議会では、超党派の議員がパレスチナへの報復的な措置を盛りこんだ法案を提出した。ただオバマ政権自体はファタハとの関係を維持したい思惑から、今後の対応をはっきり示していない。最大の懸念は、パレスチナが「国家」格上げを機に、国際機関でのイスラエル攻撃を強める事態だ。当面はアッバス氏らの動きを牽制(けんせい)しつつ、米議会内での反パレスチナの動きにも神経をとがらせることになりそうだ”【12月1日 朝日】

そうは言っても、イスラエル、パレスチナに一定の影響力を行使できるのはアメリカしかありません。
困ったときのアメリカ頼みですが、パレスチナ側のICC加盟・イスラエル提訴や、イスラエル側の報復措置を抑制して、和平交渉を再開するための試みが求められています。

そのためには、とにもかくにもパレスチナ内部の統一が必要です。
ハマスがイスラエル排除を保留する形で、ファタハとの統一政府を実現できれば、アメリカの後押しで和平交渉に向けた歯車も少しずつ動き出すことも期待できます。逆に言えば、そうでなければ期待すべきものがありません。
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旧ユーゴスラビア国際法廷  セルビア人勢力と敵対した旧ユーゴ紛争の大物戦犯が次々と無罪

2012-12-03 22:57:20 | 欧州情勢

(中央がハラディナイ旧コソボ自治州元首相 2008年の一審無罪後の2009年当時の写真 どういう状況の写真かは全く分かりませんが、雰囲気的には完全に政界実力者として復権している感じです。少なくとも戦争犯罪人といった感じは微塵もありません。 “flickr”より By Aleanca Për Ardhmërin e Kosovës http://www.flickr.com/photos/ramush_haradinaj/4055500254/

【「今日の判決は地域の安定に貢献せず、古い傷を開くだろう」】
セルビア、コソボ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチアなど旧ユーゴスラビアにおける戦争犯罪を裁く国連旧ユーゴスラビア国際法廷(オランダ・ハーグ)の設立目的は以下の二つです。
(1)1991年以後の旧ユーゴスラビア領域内で行われた、民族浄化や集団レイプなどの深刻な国際人道法違反について責任を有する者を訴追・処罰する。
(2)旧ユーゴスラビアにおける和解を促進することにより平和再建に貢献する。

(1)の方は、正しいかどうかは別にして、裁判において何らかの判断を下せば一定の結果ともなりますが、(2)の「和解」は非常に実現困難な目的です。
起訴されている人物は、一方の側には非人道的な戦争犯罪人ですが、相手側では民族の英雄として扱われています。有罪にしろ、無罪にしろ、その判決は結果として双方の怨念を深める恐れがあります。

****クロアチア元将軍に無罪 旧ユーゴ法廷上訴審****
国連旧ユーゴスラビア国際法廷(オランダ・ハーグ)の上訴審は16日、1990年代前半のクロアチア紛争で、セルビア人の大量殺害に関わったとして、人道に対する罪などに問われたクロアチア軍元将軍アンテ・ゴトビナ被告(57)に無罪判決を出した。禁錮24年の一審判決は破棄した。

元将軍は95年、クロアチアからのセルビア人の強制的な追放や殺害をした「嵐作戦」を指揮し、「民族浄化」を試みたとして、昨年4月に有罪判決を受けた。
しかし上訴審は、元将軍らの軍事行動は不法とは言えず、民族浄化を目的とした証拠はない、と結論づけた。ゴトビナ元将軍と同様の罪で、一審で禁錮18年の刑を受けた元特別警察作戦指揮官のムラデン・マルカッチ被告(57)にも無罪を言い渡した。両被告は無罪が確定し、16日午後に釈放された。

クロアチアの一部では、ゴトビナ元将軍は民族を守った英雄とされてきた。一方で、欧州の他国からは批判が根強い。欧州連合(EU)は2013年7月の加盟が決まったクロアチアに対して、加盟交渉を進めるにあたって元将軍の逮捕を条件に挙げたほどだ。元将軍は05年12月、逃亡先のスペインで拘束された。

AFP通信などによると、首都ザグレブの中心部では大勢の市民が集まり、無罪判決を祝福。一方で、セルビアのニコリッチ大統領は「法による判決ではなく、政治的決定をしたのは明らかだ。今日の判決は地域の安定に貢献せず、古い傷を開くだろう」との声明を出した。 【2012年11月17日 朝日】
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ゴトビナ元将軍については、“起訴状によると、ゴトヴィナにはクロアチアのセルビア人への犯罪行為に対して、指揮官としての責任と個人としての責任の両方があるとされている。彼の部隊が人道に対する罪や戦時国際法における交戦法規違反行為を犯したともされている。嵐作戦の間、200,000から250,000人のセルビア人が追放され、少なくとも150人が殺害されたと見られている。ゴトヴィナの部隊は発砲、放火、刺殺、セルビア人達が二度と戻ることが出来ないように彼らの住居の多くを破壊した容疑が科されている。”【ウィキペディア】といった人物です。

ゴトビナ元将軍本人も「釈放されるとは予想していなかった」ような逆転判決で、裁判官の判断も「3対2」ときわどいものでした。
無罪判決の理由は、(1)砲撃は軍事目標に向けたもので、数百メートルの誤差で住居などに着弾したのはやむえない。
戦時の砲撃そのものは違法でないので交戦法規違反ではない、(2)民間人(セルビア人など)の強制移住などは批判されるべきものだが、両被告がそれらの政治決定に関与した証拠はない・・・・といったものだったようです。
【千田善氏(元日本代表通訳)『オシムの伝言』公式ブログ http://info.osimnodengon.com/?eid=518より】

上記、千田氏の『オシムの伝言』公式ブログによれば、クロアチア・サッカー連盟が、クロアチアにとっては英雄でもある釈放された2将軍を来年3月のワールドカップ予選「クロアチア対セルビア」に招待すると発表したことで、両将軍を戦争犯罪人とするセルビア側が反発を強め、ちょっとした騒動になっているようです。

なお、元サッカー日本代表監督であるオシム氏が何故この問題に関係するかと言えば、民族別に3つに分かれているボスニア・ヘルツェゴビナのサッカー協会が統合を拒否したためにFIFA、UEFAから資格を停止され、その解決のために設置された「正常化委員会」の委員長にボスニア・ヘルツェゴビナのサラエヴォ出身であるオシム氏が就任しているためです。

ボスニア・ヘルツェゴビナは先の内戦以来、ただでさえ民族間の対立が厳しくサッカー協会の統合もできない状況なのに、旧ユーゴ法廷の判決を巡って旧ユーゴ内の民族対立が刺激されると、その影響はすぐにボスニア・ヘルツェゴビナにも及ぶことになります。

【「セルビア人に対する犯罪への恩赦だ」】
11月29日、敗戦国セルビアにとっては、上記ゴトビナ元将軍の裁判に更に追い打ちをかけるような旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷の判決が下されました。
こんどはコソボ紛争当時の(セルビアにとっての)戦争犯罪被告人が無罪とされています。

****旧ユーゴ:国際戦犯法廷、ハラディナイ元コソボ首相を無罪****
旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(オランダ・ハーグ)は29日、90年代のコソボ紛争当時に迫害や殺人などを主導したとして人道に対する罪や戦争犯罪に問われていたハラディナイ旧コソボ自治州元首相(44)に無罪を言い渡した。元首相は釈放される。元首相はコソボ紛争時の英雄で釈放後、コソボ政権に参加する意欲を見せている。

戦犯法廷は16日にもクロアチア内戦時の「英雄」だったゴトビナ氏(57)を無罪としている。セルビア人勢力と敵対した旧ユーゴ紛争の大物戦犯が次々と無罪になる事態にセルビア政府報道官は「セルビア人に対する犯罪への恩赦だ」と非難しており、民族対立の高まりが懸念される。

戦犯法廷は29日の判決で元首相が殺人などに「関与した証拠はない」とした。
ハラディナイ元首相は当時、旧ユーゴ・セルビア共和国の支配下にあったコソボ自治州で、多数派のアルバニア人による独立を目指す「コソボ解放軍」を指揮。04年に自治州首相となった。98年、コソボ西部でセルビア系住民などに対し追放や拷問、殺人を行った疑いが持たれ、05年に戦犯法廷で起訴された。08年に証拠不十分で無罪とされたが、10年から再審が行われた。

コソボの首都プリシュティナでは数百人の住民が集まり元首相の無罪判決の速報を花火などで祝った。一方、セルビアのニコリッチ大統領はクロアチアのゴトビナ氏の無罪判決の際、「戦犯法廷は政治的判決を下している」との声明を出している。【11月29日 毎日】
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08年に続き、今回改めて無罪となったハラディナイ旧コソボ自治州元首相ですが、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷に自発的協力姿勢を見せたことで、西側では非常に評価が高い人物のようです。

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ハラディナイはたった100日首相を務めた後、デン・ハーグにある旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷によって戦争犯罪の疑いで起訴された。起訴状によると、ハラディナイはコソボ解放軍の司令官として、1998年3月から9月にかけての人道に対する罪や戦時国際法への違反の責任があるとした。その目的は地域の支配権を獲得するために、セルビア人、ロマ、および反対するアルバニア人の市民を攻撃対象としたというものであった。2008年4月3日、ハラディナイは全ての嫌疑について無罪となった。

アメリカ合衆国の上院議員、ジョセフ・バイデンはハラディナイの起訴について、以下のように述べている:
「ユーゴスラビア崩壊後の状況の中で、ハラディナイ氏による自発的なハーグ(ICTY)への投降は際立っている。ハラディナイ氏の決定は、ハーグに訴追されている最も悪名高い3人の人物、いずれも投降を拒否して未だ逃亡を続けている、ボスニアの元セルビア人勢力の将軍ラトコ・ムラディッチ、ボスニアの元セルビア人指導者ラドヴァン・カラジッチ、クロアチアの元将軍アンテ・ゴトヴィナらとは極めて対照的である。

ハラディナイは自身の声明の中で、自身を法廷にゆだね、紛争中および紛争後の自身の行動に関してあらゆる人物による調査を受け入れ、自身の行動が全て合法かつ正当なものであることを明かすことを望んでいるとした。
(中略)
ICTYによる起訴状は2005年3月に発行され、ハラディナイはその直後に首相の地位を辞することを決めた。その後ハラディナイは自発的にデン・ハーグへ向かい、保釈が認められるまでの2ヶ月間をデン・ハーグで過ごした。ハラディナイはその時、暴力や市民暴動を止めるための言動で、国際危機グループやジョセフ・バイデン、後のイギリス防衛大臣ロビン・クックをはじめ多くから賞賛を受けた。
当時の国際連合コソボ暫定行政ミッション(UNMIK)の首班、セーレン・イェッセン=ペーテルセンは、ハラディナイを「友人」と表現し、「躍動的な指導力、強い責任感と志向」をもった人物であると評した。
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こうした国際社会(セルビアを除く)の風潮に対し、ICTYの主席検事であるカルラ・デル・ポンテは、「ハラディナイの仮釈放の決定によれば、ハラディナイはコソボの安定要因だということになっている。私は決してそうは思わない。私にとって、ハラディナイは戦争犯罪者である」「コソボの難しさは、国際連合の指導者も、NATOも、誰も我々を助けようとしないことだ。」と苛立ちを語っています。

敗者セルビアの鬱屈した不満
上記【ウィキペディア】の記載で、今はアメリカ副大統領となっているジョセフ・バイデン氏が“ハーグに訴追されている最も悪名高い3人の人物”として挙げている3名は、いずれもすでに拘束され、ゴトビナ元将軍は逆転無罪となったことは冒頭で取り上げたとおりです。
残り2名はセルビア側の人物であるムラディッチ被告とカラジッチ被告です。

ムラディッチ被告については5月16日に裁判が始まっています。
先行しているカラジッチ被告の裁判については、下記のように報じられています。

****カラジッチ被告「私は表彰されるべき」、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷*****
オランダ・ハーグの旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)で16日、ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦(1992~95年)当時の残虐行為で人道に対する罪などに問われている元セルビア人指導者、ラドバン・カラジッチ被告(67)の公判が開かれた。カラジッチ被告は、自分がボスニアにおける紛争を回避しようと全力を尽くしたことは評価されるべきであり、また、ジェノサイド(大量虐殺)が起きるなど誰も想像していなかったと主張した。

カラジッチ被告は、10万人以上が死亡し、数百万人が避難を余儀なくされたボスニア・ヘルツェゴビナ内戦当時の1995年7月にスレブレニツァで8000人近くのイスラム教徒の成人男性と少年が殺害された、第2次世界大戦後としては欧州最悪の虐殺の首謀者の1人として罪に問われており、有罪になれば終身刑が言い渡される可能性がある。虐殺は、ラトコ・ムラディッチ被告の率いるボスニアのセルビア人部隊によって実行された。

カラジッチ被告は、「私は、私の行った全ての善行で表彰されてしかるべきだった。なぜならば私は、紛争を阻止し、人の苦しみを減らすため、人間の能力で可能な範囲内で全力を尽くしたからだ」と抗弁した。「私のみならず私の知る誰もが、セルビア人以外へのジェノサイドが起きるとは思っていなかった」とカラジッチ被告は述べた。

■穏やかなイメージを打ち出し自らを弁護
黒いスーツに薄い青色のシャツ、ストライプの青のネクタイをしめてリラックスした様子のカラジッチ被告は、落ちそうな眼鏡を鼻にかけて、ときおり笑顔を浮かべ、まるで裁判所で授業をしている教師のようなイメージを作り出していた。だが、カラジッチ被告の発言は、虐殺の生存者や犠牲者の遺族たちが座る満員の傍聴席から疑いの声や冷笑を浴びせられた。

「私は穏やかで寛容な男だ。他人を理解する大きな許容力を持っている」と、内戦前は詩人で精神科医だったカラジッチ被告は語った。「私はイスラム教徒にも、クロアチア人に対しても、何の反感も持っていない」と述べ、カラジッチ被告は内戦前の自分の理容師はイスラム教徒だったと付け加えた。

カラジッチ被告は、1991年のユーゴスラビア解体以後、ボスニアに住むセルビア人たちは、武装を始めたイスラム教徒とクロアチア人たちがセルビア人のジェノサイドを計画していると信じるようになったと主張した。「公然の事実だった。われわれは袋小路に追い込まれたのだ」

カラジッチ被告は2008年にセルビアの首都ベオグラードのバスの中で逮捕され、2009年10月から裁判が行われている。
また16日は、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で裁判が行われる161人の戦争犯罪容疑者の最後の1人、クロアチア紛争中(1991~95年)のセルビア人勢力の指導者ゴラン・ハジッチ被告の裁判が始まり、同法廷にとって歴史的な1日になった。【10月17日 AFP】
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旧ユーゴの内戦においては、セルビアの非人道的行為・民族浄化がクローズアップされ、国際社会の非難が集中し、そうした国際世論を背景にしたNATOによる空爆などもあってセルビアは敗戦国となっています。
ただ、非人道的行為は別にセルビアだけでなく、他の民族側にも多かれ少なかれあった・・・という指摘も内戦終結後なされています。

罪を問われるべき事実が実際にあったかどうか・・・という問題とは別に、セルビア側のムラディッチ被告とカラジッチ被告が厳しく糾弾され、クロアチアのゴトビナ元将軍やコソボのハラディナイ旧コソボ自治州元首相が無罪とされ民族的英雄として祝福される・・・・という現実は、セルビア国民にとっては納得し難いものでしょう。
ただ、復興への道としてEU加盟を目標にするセルビアなど旧ユーゴ諸国にとっては、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷における戦争犯罪人の裁判がEU側からの条件となっており、これに従わざるを得ない状況にもあります。
そこがまた、不満を深くさせるところでもあります。

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クウェート  野党側がボイコットするなかで議会選挙 今後に残る火種

2012-12-02 22:14:00 | 中東情勢

(10月31日の反政府抗議行動 “治安当局は、10月15日のデモでクウェートの政治体制を「独裁」と批判した野党指導者を29日、「首長侮辱」の容疑で逮捕した。AP通信によると、釈放を求める2000人以上の支持者が31日、クウェート市の拘置所前に押し寄せた”【11月1日 毎日】
写真は“flickr”より By AJstream http://www.flickr.com/photos/61221198@N05/8167722723/)

億万長者から低所得者まで一様に「オイルマネー」の恩恵に浸っている
中東クウェートと言えば、四国ほどの小さな国ですが、有り余るほどの石油収入に恵まれた国・・・というイメージがあります。
かつては一人あたりGDPで日本などを遥かに上回り世界トップレベルだったように記憶しています。
現在でも、IMFが発表している2011年の数字では世界第20位に位置し、17位の日本とほぼ同水準にあります。

“国民の約90%は公務員の職にありつき、税金はほとんどなく、公共料金も極めて安い。食料の配給もある。億万長者から低所得者まで一様に「オイルマネー」の恩恵に浸っている”【2月27日 毎日】ということですから、実際の暮らし向きは日本などの比ではないようです。
“およそ8世帯に1世帯が100万ドル以上の金融資産を保有しているとされる”【ウィキペディア】

地理的にはイラン、イラク、サウジアラビアという地域大国に囲まれる位置にあり、1990年にはイラクのクウェート侵攻で湾岸戦争が勃発しています。

一般的に民主化が遅れていると見られている中東地域にあっては、1963年に湾岸初の民選議員による国民議会を開催するなど、比較的民主化が進んでいる国とも見られています。
“元来クウェートは保守的なイスラム教国だが、女性も自由に車を運転し、服装の強制はない。05年には女性参政権が認められ、女性閣僚も誕生済み。首長家出身者が議会の追及に遭うのも珍しくなく、言論の自由を含め、他のアラブ独裁国家に比べて抑圧感は薄い”【同上】

2月議会選挙でイスラム主義者主導の野党連合躍進
ただ、政治システムで見るとクウェートは世襲制の首長国家です。サバハ首長が首相の任免権も持っており、その首相も首長家出身者です。また副首相・内閣閣僚の多くを首長家出身者が占めています。
首長批判も法律で禁止されています。

そうした世襲制の首長国家という枠組みや汚職の蔓延に対して、「アラブの春」以来高揚するイスラム主義勢力が主導する野党や若者グループの不満が高まり、首長家主導の政府と民選議会との対立という政治的混乱が続いています。

なお、混乱の背景に首長家の跡目争いといった要素もあるとの指摘もあります。
“現サバハ首長は83歳、ナワフ皇太子は75歳。「アラブの春」後、声を上げる勢力が増え、首相民選などを求める動きに、「元々あった首長家の跡目と利権の争いとが絡み合った」(外交関係者)のが混乱の背景だとも指摘される”【10月22日 朝日】

そうした政治的動きを反映して、イスラム主義及び部族主義の反政府勢力が大勝、政権寄りのリベラル派が惨敗したのが今年2月の議会選挙でした。

****イスラム系野党連合が躍進 クウェート議会****
首長家主導の政府と民選議会との対立が続くペルシャ湾岸クウェートで議会選挙(定数50)が(2月)2日に実施された。AFP通信などによると、イスラム主義者主導の野党連合は20議席から34議席に躍進し、多数派を占めた。首長家が指名する内閣との対立がさらに強まることが予想される。

同通信によると、野党連合のうち、穏健派のムスリム同胞団、厳格派のサラフィ主義者らイスラム主義者が選挙前の9議席から23議席に躍進した。「アラブの春」で民主化要求が地域全体に広がるなか、イスラム主義勢力の躍進は、チュニジア、エジプトなどに続く動き。その大半はスンニ派で、人口の約3割を占める少数派シーア派との宗派対立が深まる懸念もある。

昨年、与党系候補が政府側から多額のわいろを受け取っていた疑惑が浮上。ナセル前首相の辞任や汚職追及を求めるデモが活発化した。野党系議員らが議会に乱入するなど、混乱が続き、昨年12月にサバハ首長が議会を解散した。同国は1963年に湾岸諸国で最初に民選議会制度を導入した。同国の女性参政権は2005年に認められたが、女性候補は前職4人を含む全員が落選した。【2月4日 朝日】
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ただ、クウェートでは国民の多くが政府の手厚い福祉政策の恩恵を受けており、首長制そのものへの反対の声はほとんど上がっておらず、体制変革を求めた周辺国のいわゆる「アラブの春」とは趣を異にする面も指摘されています。
野党勢力の多くは、首長制を維持しつつ議会が首相を選ぶ制度改革などを求めています。

****クウェート:潤沢オイルマネーで不満抑圧****
中東情勢を激変させた昨年来の「アラブの春」が、ペルシャ湾岸の産油国クウェートでは影を潜めている。
国民が潤沢な「オイルマネー」でなだめられているためだ。
63年に湾岸初の民選議員による国民議会を開催するなど、早くから「民主化」を進めてきたことも背景にあるが、社会は過度に石油に依存しており、流動化の恐れをはらんでいる。

昼時、クウェート大学のキャンパスは学生の笑い声であふれていた。女子学生の多くはヘジャブ(スカーフ)で頭を覆うなどしているが、洋服姿も見かける。
雑談中の男子学生たちにアラブの春について聞いた。「クウェートは自由だよ。チュニジアやエジプトとは違う」。情報科学を専攻するジャディさん(22)が力説した。

クウェートでは2月2日の国民議会(定数50)選挙で、イスラム系中心の野党勢力が34議席を獲得して圧勝した。政権寄りのリベラル派は惨敗し、改選前に4人いた女性議員もゼロになった。
独裁崩壊後のチュニジアやエジプトの選挙でもイスラム系が台頭したことから、クウェートの結果をアラブの春と連動させる見方もあるが、地元紙クウェート・タイムズのアラヤン編集局長は「政治家の汚職に怒った有権者が腐敗撲滅に熱心なイスラム系に投票しただけ。『体制変革』を望んだわけではない」と言い切った。

クウェートは世襲制の首長国家。首長は首相の任免権も持つ。新内閣は15閣僚のうち4人が首長家出身で、副首相3ポストを独占。首相も首長家だ。
アラブの春に触発されて一時デモも起きたが、政府が労働者の賃上げなどに応じると多くが沈静化した。現地の外交筋は「不満を『札束』で抑えた」と解説してみせた。(後略)【2月27日 毎日】
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議会解散、選挙制度変更
2月の選挙で、イスラム主義の反政府派野党が多数派を占めたことで政治的混迷が深まりました。
これに対し、6月、サバハ首長は議会を閉会し、10月には、再選挙を行うことを決定しました。
“汚職や不正などの疑惑が取り上げられて財務相らが相次いで辞任。首長は6月、緊急避難的に1カ月の閉会を命じた。その後、憲法裁判所が選挙を無効だと判断。内閣は総辞職し、今月(10月)7日には首長が議会解散に踏み切った。 首長は10月19日、12月1日の国会議員選の制度変更を命じた。2月の選挙と同じ結果の再現を防ぐ狙いとみられ野党勢力は選挙のボイコットを決定。10月21日も大規模な集会が呼びかけられている”【10月22日 朝日】

野党側の反発を高めたのが、上記記事にもある選挙制度の改革でした。

****クウェート数万人デモ****
ペルシャ湾岸の産油国クウェートで21日、サバハ首長が発表した選挙法改正に抗議する野党支持者ら数万人のデモがあり、一部が治安部隊と衝突、ロイター通信などが人権団体の集計として伝えたところではデモ参加者100人以上が負傷した。同国では12月1日に国民議会(定数50)選挙が予定されているが、野党側はボイコットを呼びかけており、今後も不安定な政治状況が続くとみられる。(中略)

結局、サバハ首長は今月、議会を再解散し12月1日に議会選を実施すると発表した。ただ次期選挙では、各有権者が4人の候補者に投票できる従来の仕組みから、1人にしか投票できないよう法律が改正されたことから、野党側は「野党排除のための改正だ」と反発を強めている。

複数人に投票できる制度はもともと、クウェートに色濃く残る部族社会の影響を抑えるために導入されたものだとされており、それがなくなれば、有権者は野党勢力よりも出身部族の代表者への投票を優先する可能性が高いためだ。

21日のデモでは、選挙法改正反対や議会の権限強化を叫ぶデモ隊に対し、治安部隊側が催涙弾やゴム弾を発射、治安部隊側にも十数人の負傷者が出た。【10月23日 産経】
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最大4人に投票できるという従来選挙制度は日本的には奇異な感もありますが、上記記事にもあるようなクウェートの実情を反映したものだったようです。
1人のみに投票する新制度について、野党側は「(政府による)買収を容易にする」などと反発しているとも報じられています。

野党ボイコット 投票率は?】
こうした経緯を受けて、野党側がボイコットするなかで12月1日、議会選挙が行われました。

****クウェート議会選、政府派が勝利…投票率は最低****
1日に投開票が行われたクウェートの国民議会選(一院制、定数50)の結果が2日発表され、サバハ首長を支持する政府派がほぼ全議席を獲得した。

投票率は約38%(前回約60%)で、1963年の選挙開始以降、最低水準となった。選挙をボイコットした反政府勢力は同日、低投票率の下での選挙結果は「民意を反映していない」との声明を発表し、デモや抗議集会を続ける意向を表明した。

地元メディアによると、ボイコットに同調しなかったイスラム教シーア派勢力が17議席(前回7議席)を獲得した。同教スンニ派が多数の政府派と反政府勢力が対立を深める中、少数派のシーア派が躍進する形となった。シーア派は政府と良好な関係を保っているが、発言力の増大が新たな火種となる可能性もある。【12月2日 読売】
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野党側がボイコットしていますので政府側が勝利するのは当然の話で、問題は投票率です。
野党側は、投票率を30%程度まで下げることを目標にボイコットを呼びかけていました。
この点については、情報省が発表している約39%という数字なら“政府にはまずますという水準”ということのようですが、野党側は独自集計で約27%と主張しており、野党側も勝利を宣言しています。

****政府支持派圧勝、野党も「勝利宣言」 クウェート議会選****
中東クウェートで1日にあった国民議会選(定数50、一院制)で、少数派のイスラム教シーア派の当選者が前回から倍増するなど、政府支持派が圧勝した。
ボイコットした野党勢力は、投票率が従来の半分にとどまったとする独自集計を発表して「成功」を宣言。新議会の正統性を巡って、政府と野党勢力の対立が一段と深まる可能性がある。(中略)

一方、過去3回とも60%程度だった投票率について、情報省は約39%とする一方、野党勢力は独自集計で26.7%と主張している。
外交筋の間では「分岐点とみられていた4割に近く、政府にはまずますという水準」との見方が出ている。
一方、野党勢力は新議会は信認を受けていないなどとして、デモや法廷闘争で選挙制度変更の撤回、再選挙を目指すとみられる。【12月2日 朝日】
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シーア派問題 石油モノカルチャー
投票率を巡る政府・野党側の争いのほか、注目されるのはボイコットに参加しなかった少数派(イスラム教徒の3割)シーア系が躍進したことです。
ボイコットした多数派のスンニ派との関係が微妙です。

クウェートの抱える根本的問題は、クウェート経済が、石油が輸出収入の95%を占める石油依存のモノカルチャー構造であるということです。
中東カタールなどは石油後を見据えて積極的な国家プロジェクトを展開しています。

“将来の安定には、産業の多元化に加え、原油相場に左右されない財政の確保のため徴税制導入も必要になる。クウェート大学のシャイジ政治学部長は「政府はいわば国民の『ベビーシッター』だ。『親離れ』しなければならない」と述べ、抜本的な社会・経済改革の必要性を指摘した”【2月27日 毎日】
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中国新パスポート問題と南シナ海  アメリカ上院、日米安保に基づく尖閣諸島防衛を明確化

2012-12-01 20:41:14 | 中国

(問題となっている中国の新パスポート 南シナ海は破線で領有権が示されています。【11月24日 msn産経】http://photo.sankei.jp.msn.com/kodawari/data/2012/11/1124passport/

【「誠意に欠ける」】
中国が最近発行した新旅券(パスポート)に、台湾、インドとの国境係争地、南シナ海を自国領とする地図などが記載されている問題で、関係国が一斉に反発を強めていることは周知のところです。
各国の主な反応は以下のとおりです。

台湾:“中政策を所管する台湾の大陸委員会は23日、中国の最新版の旅券に、台湾を自国領とする地図などが記載されているとして、「事実に反するもので、到底受け入れられない」とする声明を発表した”【11月23日 時事】

インド:“中国が新たに発行した旅券にインドとの国境係争地を中国領とする地図が記載されているとして、インド政府が反発し、対抗策として係争地をインド領とする地図を押印したビザの発給を始めた”【11月26日 時事】

ベトナム:“ベトナム政府は26日、中国の南シナ海などの領有を図示した新規旅券(パスポート)を、無効とする対抗措置を発表した。ただ、査証(ビザ)は別の用紙に記載する形で発給し、中国人の入国を拒否するには至っていない。中国人観光客らが減少し、自国経済に影響が及ぶことを憂慮してのことだとみられる”【11月27日 産経】

フィリピン:“フィリピン政府は29日、中国の南シナ海などの領有を図示した新規旅券(パスポート)を、無効とする方針を表明した。ベトナムがとっている対抗措置と同様で、旅券を無効としながらも入国は拒否せず、査証(ビザ)は別の書類に記載し発給する”【12月30日 産経】

インドネシア:“インドネシアのマルティ外相は「こうしたやり方は逆効果で、紛争の解決にはまったく役立たないだろう。中国政府が関係国の反応を見るための行為であり、誠意に欠ける」と批判”【12月1日 Record China】

アメリカ:“米国務省のヌーランド報道官は26日の記者会見で、南シナ海の大部分を中国領とする地図が記載された中国の新パスポート(旅券)に米国の入国スタンプが押されても、中国が主張する南シナ海の領有権の「承認ではない」との見解を示した”【11月27日 時事】

こうした各国の反発に、中国外交部は“深読みしすぎないように”とのコメントをしています。
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こうした動きに対し、中国外交部の洪磊(ホン・レイ)報道官は28日の定例記者会見で、関連各国に対し、新版パスポートの地図について深読みしすぎないよう求め、中国は引き続き関連各国と意思の疎通を図り、健全な外交の発展を促進していくと主張した。

また、中国外交部はこれより先に、「新版パスポートのデザインはいかなる国にも照準を合わせたものではないため、関係国は理性的に対応してほしい。中国も関連国との対話を維持し、各国人員の正常な往来を確保することに同意する」と強調していた。【12月1日 Record China】
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“深読み”かどうかは別にして中国側の主張は明らかですが、各国が神経をとがらせている問題に関して、あまりに無神経で傲慢な扱いであることは言うまでもないところです。

なお、中国を旅行しているとこの手の地図はよく目にします。
例えば、全国の高速鉄道網の路線図の片隅に、高速鉄道とは全く関係ない南シナ海の領有図が描かれているとか、遥か大昔の西夏王国の領土を紹介した博物館の地図の片隅にも南シナ海の領有図が描かれている・・・といった具合です。
およそ地図を表示する場合は、中国の主張する領有図を付け加えるというのが国家としても統一方針のようにも思われます。

中国国内にも、今回のパスポートについて批判もあると報じられてはいます。

****領土主張の新パスポート、国民からも不満―中国****
2012年11月27日、英BBCによると、中国政府が新たに発行を始めたICチップ付きパスポートが国際的な紛糾の火種となっており、中国国民の間からも不満の声が出ている。パスポートに印刷された地図で、周辺国との間で領有権で争われている地域が中国の領土として描かれている。

中国政府は問題となっている地域・海域は中国のものであり、たとえ領有権が争われているとしても地図に中国の領土として描くのは当然だとしている。

新パスポート発行を受け、中国との間で領有権を争っているフィリピン、ベトナム、インドなどが抗議して対抗策を打ち出しており、新パスポートを所持している中国人に対して「ビザのスタンプをパスポートに押さない」などの特別な規制措置が取られている。

こうした状況に中国国民の間でも議論が活発となっている。あるネットユーザーは「正規の手続きを踏まないで、わざわざ紛争を悪化させるなど愚の骨頂、物笑いの種だ」と指摘。また、「領土問題は政府が解決すること。一般市民を領土紛争の最前線に立たせるようなことをするな」という意見や、「パスポートに印刷する必要はない」「中国のパスポートはもともと使い勝手が悪いのに、余計なことをしないでくれ」といった意見も。

中国政府は印刷された地図について、特定の国・地域を対象にしたものではないとし、関係国に理性的な態度で冷静な対応を求めている。【11月29日 Record china】
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“一般市民を領土紛争の最前線に立たせるようなことをするな”というのは、もっともな意見です。
ただ、こうした批判は恐らくごく一部で、“問題となっている地域・海域は中国のものであり、たとえ領有権が争われているとしても地図に中国の領土として描くのは当然だ”というのが大方の意見ではないでしょうか。

【「尊大だ」】
中国側は、深読みすることなく“関係国は理性的に対応してほしい”と言いつつも、たじろぐ様子はなく、南シナ海における対応をエスカレートさせています。

****中国、南シナ海実効支配強化…外国船規制進める****
中国の習近平新政権が、周辺諸国と領有権を争う南シナ海を巡り、外国船舶への規制を強化する法令の整備や新機構の開設を進め、実効支配の強化に乗り出した。
習政権が打ち出した「海洋強国」に向けた具体的な動きだ。
南シナ海(約350万平方キロ)の約200万平方キロを管轄範囲とみなす海南省三沙市を抱える同省の人民代表大会(省議会に相当)常務委員会は11月27日、「海南省沿海国境警備治安管理条例」の改正案を可決した。外国船舶による〈1〉領海通過時の不法な停船〈2〉島嶼への不法上陸〈3〉国家主権や安全を損なう宣伝活動の実施――などを違法行為と規定し、違法行為があった場合、地元当局などが臨検や差し押さえをできるように修正した。【11月30日 読売】
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****中国、公船派遣を恒久化=南シナ海問題で比に通告****
30日付の香港紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストによると、中国政府はフィリピンに対し、南シナ海のスカボロー礁(中国名・黄岩島)について、周辺海域に公船を恒久的に展開すると通告した。フィリピンのデルロサリオ外相が29日、同紙とのインタビューで語った。

この方針を通告したのは10月にマニラを訪れた傅瑩外務次官。同次官はフィリピン側に対し、南シナ海の領有権をめぐる争いを国際問題化しないよう要求し、日米両国などと話し合ったり、国連に持ち出したりすべきではないと主張したという。

デルロサリオ外相は中国の態度を「尊大だ」と非難。中国公船の恒久的展開は関係悪化を防ぐ外交努力を「不可能」にすると警告した。【11月30日 時事】 
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国力的に劣る相手を力でねじ伏せることを躊躇しない「尊大さ」が鼻につく中国の姿勢です。
このあたりの話は、中国を毛嫌いする多くのブログが批判しているところでしょうから、このくらいにしておきます。

その中国はアメリカに対しても「ハワイ(の領有権)を主張することもできる」と発言したそうです。
どういう根拠かは知りませんが、事あるごとに「覇権は求めない」と繰り返す中国の拡張路線はとどまるところを知らないといった感があります。
まあ、喧嘩を売るなら、ベトナム・フィリピンではなく、アメリカ相手の方がまっとうではありますが。

****クリントン国務長官明かす 中国「ハワイ領有権主張も****
米「仲裁機関で対応する」
クリントン米国務長官は11月29日、ワシントン市内で講演した際の質疑応答で、過去に南シナ海の領有権問題を中国と協議した際、中国側が「ハワイ(の領有権)を主張することもできる」と発言したことを明らかにした。長官は「やってみてください。われわれは仲裁機関で領有権を証明する。これこそあなた方に求める対応だ」と応じたという。
協議の時期や詳細には言及しなかったが、20日の東アジアサミット前後のやりとりの可能性もある。仲裁機関は国際司法裁判所(ICJ)を指すとみられる。

ハワイをめぐっては、太平洋軍のキーティング司令官(当時)が2007年5月に訪中した際、中国海軍幹部からハワイより東を米軍、西を中国海軍が管理しようと持ちかけられたと証言したこともあった。

クリントン長官は、中国と周辺国の領有権問題について、領有権の主張が地域の緊張を招くような事態は「21世紀の世の中では容認できない」と述べ、東南アジア諸国連合(ASEAN)が目指す「行動規範」の策定を改めて支持した。
また、領有権問題は「合法な手段」で解決されねばならないと強調した。

さらに、領有権問題は北極や地中海でも起こりかねず、米国は「グローバルパワー」として放置できないと明言。中国が「できる限り広範囲」の領有権を主張する中、法に基づく秩序維持のために「直言していかねばならない」と語った。【12月1日 産経】
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【「安保条約5条に基づく日本政府への責任を再確認する」】
日本の尖閣諸島に対しても中国は主張を繰り返していますが、アメリカ上院は、尖閣諸島が日米安保条約の適用範囲であるとの判断を明確にしています。

****米、尖閣防衛を初明記 上院 国防権限法に安保条項****
米上院は11月29日の本会議で、沖縄県・尖閣諸島について、米国による日本防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条の適用対象であることを明記した条項を、2013会計年度(12年10月~13年9月)国防権限法案に追加する修正案を全会一致で可決した。

国防権限法は国防予算の大枠を定めるもので、他国同士の領有権問題への言及は異例。尖閣が安保条約の適用対象と同法案に明記されたのは初めて。

追加条項は「東シナ海はアジアにおける海洋の公益に不可欠な要素」とし、米国も航行の自由という国益があることを明記。その上で「米国は尖閣諸島の最終的な主権について特定の立場をとらないが、日本の施政下にあることを認識している。第三者の一方的な行動が米国のこの認識に影響を及ぼすことはない」とした。

また、東シナ海での領有権をめぐる問題は、外交を通じた解決を支持し、武力による威嚇や武力行使に反対と表明。「安保条約5条に基づく日本政府への責任を再確認する」とした。
修正案は、民主党のウェッブ議員や共和党のマケイン議員ら超党派の上院議員が中心にまとめた。

【用語解説】日米安保条約5条
米国の対日防衛義務を定めた安保条約の中核的な条項。「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」に日米両国が共同で対処することを定めている。尖閣諸島は日本が実効支配しているため、条約対象に含まれると解されている。一方、島根県・竹島は韓国が、北方四島はロシアが占拠しているため、これらは対象に含まないとされる。【12月1日 産経】
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今回修正案にも含まれている“主権について特定の立場をとらない”というのがアメリカの基本スタンスです。
****尖閣めぐる対立、どちらの肩も持たず…米大統領****
オバマ米大統領と中国の温家宝首相は20日、プノンペンで会談した。
中国外務省によると、会談でオバマ大統領は「地域で紛争のある問題については平和的な方法で解決することを希望する」と述べた。尖閣諸島をめぐる日中対立や、南シナ海をめぐる中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)各国の対立を念頭に緊張緩和を促したものだ。大統領は「主権や領土に関わる問題で、米国はどちらの肩も持たない」とも述べた。温首相は「中国は責任ある大国として平和を愛し、安定を維持する」と発言した。

また、オバマ大統領は「米中は世界の2大経済大国だ。米中両国の指導者が世界と地域の問題について意思疎通を続けることは非常に重要だ」と述べ、中国の習近平新指導部との協力に期待を示した。【11月20日 読売】
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今回の修正決議は、中国の挑発活動が激しさを増し、一方で、アメリカ国防予算が削減され、アジアにおける米軍のプレゼンス低下が懸念されるなかで、中国を牽制することで事態の鎮静化を狙うものと見られています。

****米、尖閣防衛を初明記 強い危機感、中国牽制****
米上院が尖閣防衛義務を再確認する追加条項を盛り込んだ修正案を全会一致で可決したのは、中国の挑発活動が激しさを増し、日本との間で武力衝突が起きる蓋然性の高まりに強い危機感を持っているからだ。
オバマ政権とともに米議会が中国を牽制(けんせい)することで、超大国として事態の沈静化に貢献する意図を明確に示す狙いもある。

修正案を中心になってまとめたウェッブ議員は声明で、「尖閣諸島への日本の施政権を脅かすいかなる試みにも、米国が毅然(きぜん)として対抗する姿勢を示したものだ」と説明した。これは、日中間で武力衝突が起き、米国が日本防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条に基づいて米軍の投入を決めた場合、議会としてもこれを後押しすることを明確にしたものだ。
ウェッブ氏は元海軍長官の知日派として知られる上院の重鎮。軍事委員会や外交委の所属で、オバマ大統領に近く、米国の外交方針に大きな影響力を持つ。

中国における最高指導部の交代も修正案可決の底流にある。米議会内には、習近平総書記が強硬路線を打ち出し、尖閣問題や南シナ海の領有権問題で「胡錦濤政権より強い態度に出てくる可能性が高い」との分析がある。

一方、米軍のプレゼンスを担保する財政上の問題はクリアできるのか。米国は連邦債務上限引き上げ法に基づき、今後10年間で4870億ドル(約38兆4700億円)の削減に加え、議会の動向次第では、来年からさらに6千億ドルの国防費が削減される恐れが捨てきれない。
日本はじめアジア各国がアジア太平洋地域における米軍のプレゼンス低下に懸念を示しているが、米政府は「この地域における米軍戦略に影響は与えない」(ドニロン国家安全保障問題担当大統領補佐官)との立場。国防費削減は欧州からの陸軍撤退などで実現する方針だ。

国防費の削減圧力を加える議会側だが、アジア太平洋地域で「米軍の圧倒的なプレゼンスの維持」(パネッタ国防長官)を目指す米政府方針を援護する姿勢は変わらない。【12月1日 産経】
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尖閣諸島に関しては、日本にとってアメリカにおける最大の後ろ盾であったアーミテージ元米国務副長官のこんな発言も報じられています。
****尖閣問題、米は中立にあらず=中国に誤解―アーミテージ氏****
アーミテージ元米国務副長官は30日までにウォール・ストリート・ジャーナル紙のインタビューに応じ、沖縄県・尖閣諸島をめぐる日中の対立に関し、米国は日米安保条約に基づき同諸島の防衛義務を負っていると明言、「同盟国が侵略や威嚇を受けた場合、米国は中立ではない」と語った。
アーミテージ氏は、10月に訪中した際、中国側高官から「尖閣問題に対する米国の中立的な立場に感謝する」と言われたと紹介。これに対して「米国は中立ではない。特定の立場を言明していないだけだ」と答え、中国側の誤解を解くよう努めたと明かした。【12月1日 時事】
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