明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



来年の個展の関連イベントとしての朗読会は、第一部は江戸川乱歩作品。嶋津健一さんのピアノに田中完さんの朗読。評判も良かったので、一度だけというのは惜しいと思っていた。来年5月ようやく。一方の第2部。昨日電車内で思い付いた方から快諾いただいた。 女流義太夫の太夫、竹本越孝さんである。私がこだわっていたのは河童から若い娘、中年夫婦など演じ分けられる人である。個人的には宝塚、弁士、噺家、少女漫画まで、中年男にすべて違和感があり、歌舞伎を見るまでもなく、お願いするなら男性という頭でいた。 泉鏡花の怪異譚。後ろで鳴るのは和楽器。琵琶か三味線だろう。三味線なら河童がでてくるし?太棹が良い。となると拙著『乱歩 夜の夢こそまこと』の『人間椅子』で作家の佳子を演じていただいた鶴澤寛也さんだ、というわけで、すでにお願いしていた。多少引っ掛かっていたとするならば、現代人の朗読に義太夫三味線が上手くブレンドするか、ということであった。ところが昨日地下鉄の車中突然ひらめいた。森の石松、三十石船「お客人。肝腎なのを忘れていたよ」の心境である。あちらはオチがあったが。寛也師匠が頭にありながらうかつであった。男を演じて大迫力の越孝さんである。ずっと以前から越孝ファンであるTさんに報告すると「越孝さんの男は最高ですね。業の彫りが深くて。」と、いうことが違う。 この閃きは、作中の河童の三郎に対する灯ともしの翁を柳田国男にやってもらおう、と思い付いて以来である。あの時は思い付いた瞬間立ち上がり、そのまま河本に直行した。今回は電車を降りてから直行した。 ちなみに3日からの神奈川近代文学館の柳田国男生誕140年展の書籍コーナーには『貝の穴に河童の居る事』(風涛社)が置かれる予定である。河童の三郎と柳田の共演や、バイ菌恐怖症で蠅を恐れた鏡花のためにサービスで三郎に蠅をとまらせてあるところなど見ていただければ幸いである。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )