残された写真から言いようのないものを発している、といえばバレエダンサーの『ニジンスキー』と『九代目團十郎』である。ニジンスキーは、一度バレエ“薔薇の精”を観ただけで個展をしてしまう、という暴挙を私にさせた。しかもご丁寧にオイルプリントで。 團十郎といえば、歌舞伎座で海老蔵丈の目玉に照明が反射してピカッと光ったのを観たのがおおもとのきっかけだったかもしれない。なんという写真集だったか九代目にはコロタイプ印刷の決定版の豪華写真集があり、幸いにも複写してデータを持っている。ところが期待した“荒事”の團十郎はそこにはなく、どいらかというと華奢で力が抜けた、特に素顔のカットにいたっては切なげでさえあった。團十郎ににらまれると風邪をひかないといわれた“にらみ”も一カットもない。そこで12代目を撮影している方が何か知っているかもしれない、とメールしたら、電話で12代目に訊いてくれてしまった。「にらみは当時の長時間露光の写真では難しかったのでは」とのお答え。完成作をお送りするつもりがグズグズしていているうち亡くなられた話は書いたが、グズグズした理由は想像で表情を作ってしまったせいである。九代目の偉大さが染みるうちにビビッてしまって12代目にお送りできなかったというのが本当のところである。 ところで高村幸光太郎に『九代目團十郎の首』というエッセイがあり、浅草寺や歌舞伎座などの團十郎像を軒並みボロクソ扱いである。しかし彫刻家の文章は、見事に團十郎の首を描写しており、特に、コロタイプで私が見た切なげでさえある團十郎の秘密に触れている。他の作家の作品をボロクソ扱いして、いかにも私が作ったならそうはいかない、と期待させておいて、高村光太郎作は観たことがないから、團十郎の首の秘密を解き明かしただけで終わった、というオチのようである。しかし高村光太郎に顔だけで一文を書かせるのであるから、やはり團十郎のあの長い顔はただものではない。
青木画廊サイト。小津安二郎像に写真2点出品。
開廊55周年記念「眼展2016Part1〜妄想キャバレー〜」銀座青木画廊
2016.11/05(土)~2016.11/18(金)アートスケープ 展評『深川の人形作家 石塚公昭の世界』
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