明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



『蘭渓隆面壁坐禅図』は、禅師、眼前の地面を辺りを半眼で。禅師を囲むように岩窟内の岩肌。背後の入口、岩窟の開口部は、外との明暗差でまるで禅師の光背のような感じである。そのはるか向こうに見える山並み。その上空には雲にくるまるように龍。こちらから見ると、まるで禅師の頭上から法の雨を降らせているようである。 それもこれも陰影がないからこそで、各オブジェが干渉し合わないから自由である。かといって構図だけの話ではない。 雪舟の『慧可断臂図』では達磨大師に弟子入りするため、慧可は左腕を切り落とし、哀し気な表情ではあるけれど平然と差し出せるのも、陰影がないからこそである。陰影などあると小指一つでも、アウトレイジの中野英夫の如き耐え難い有様になってしまうだろう。もっとも私の断臂図では、我慢できずに血を滴らせてしまったけれど。



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