アブラゼミの鳴く声すら殆ど聞かないまま。 もうミンミンゼミが鳴いていた今日。
本当に変だよね! 今年は。
雨 森高千里
とはいえど、
自然の奏でる様々に、人は一切何かをすることは出来ない。
でっかい地球は何時も自分の思うがままに時を刻み、 そして人はそれに流されて生きていくしか無い。
冬に降るはずの雪が無ければ 、夏に大雨になる、 春に風がなければ、秋に大風がやってくる。
そうして大地はバランスをとる。
毎日雨、でもね、玄関を開けてすぐに届けられる香りは、 毎日違う。
ほんの少しの時もあり、あれれ?何で今日は竹の香りが強いのかな???とか、 土の香りの時もあるし、
ざっそうのムンムンとして、それでいて声が聞こえるように思える、囁き、つぶやき、鳥の声? 虫の声?
生きているという事は、 そうした何気ない一瞬を どれだけ豊かに捉えられるかで大きな違いになる。
決して避けられない人と人のあらゆる出来事や摩擦、 それだけにとらわれて毎日を人として送ることは、
大自然の前では本当に小さくて、
だとするなら。そんなことより、雨だれの織りなす歌と、リズムに耳を傾けていたい。
人が地球という命の、本当に小さい一つの細胞であるとするなら、風の音は地球の呼吸、 川の流れは地球の血液のながれ、
太陽の燃えるような暑さは、地球の生命力。
いつまでも終わらない雨は 、地球の悲しみ。
そう思えるんですね。