この暑さの中、2日連続で医者通いしたらすっかり疲れてしまった。
9時半過ぎ、Papasanを連れて、真鶴町国保診療所へ行った。待合室には誰もいない。空いているのかなと思ったら診察室の方にいるようだった。診療所に来ることはなっかったので勝手がわからない。とにかく、申し込みをし紹介状を渡すと、受付が「15人ほど待っています」という。15人はどのくらい待つのか全く分からなかったので、「昨日検査は受けて、薬ももらっていますから、急ぎではありませんが、湯河原病院から早めに、行ってくださいと言われたので、来たのです。混んでいるようなら出直してもかまいません」というと「そちらのご都合で」というので、ならそのために来たのだから、ご挨拶していこうと、待つことにした。問診票をもらったのでPapasanに記入させ、血圧の検査をするので処理室の前に連れて行った。なるほど、診察室の前には待っている人たちが座っていた。しばらく時間がかかりそうなのでpapasanを残して、私は町民センターに行き、その足で朝倉さんへ薬をもらいに行った。風は涼しいが日差しは暑い。時間がいつもより早いので、朝倉さんも患者さんが待っていた。冷房でだんだん寒くなった。冷房からの防備で厚着はして来たのだが。
待合室で知り合いに会って話をしていた。もうじき貴船祭りなのに祭囃子が聞こえない、と言われて、そういえば、もう聞こえてもいいはずなのに、あの祭囃子が聞こえると夏を感じるのだが、どこで練習しているんだろう、なんて話し合っていた。夜、そんな話をすると、丸山子供会は解散してしまったという話を聞いた。あらまぁ、かつては丸山が一番子供数は多かったのに、と驚いている。小学校の全校生徒数があれだけじゃ~、推して知るべしか。
薬をもらってゆっくりといつもの道を引き返した。道すがらのお宅のハマユウがきれいだ。咲初めだからかな、初々しくて美しい。確か役場にもあったはず、あそこで写真を撮ろうと思いながら戻ってくると役場のハマユウはまだ花をつけていなかった。
診療所に戻るとPapasanはまだ診察室の前に座っている。新体制になって、診療所の先生方の評判は良く、患者が増えて待たされる、という話は聞いていた。待つのは2時間ぐらいはざらだとも。湯河原病院だって、予約をして行っても1時間以上は待たされる、「仕方がない、我慢して待っていて」と言って私は昨日頼んできた薬を取りにセイジョーまで行って来る。シップがほしいというので、ロキソニンテープを買ってやろうと思ったら、75歳以上には販売できない、医師の処方が必要、と言われた。例によって「なんで~」といろいろ聞いていた。診療所に戻り、Papasanに先に買い物をして帰る、と言って、小田百で生クリームの予約をしたり買い物をしたりして戻った。暑いさなか、この坂はきつい。
買ってきたものを片付け、椅子に座りテレビを見ているといつしか転寝してしまった。気が付くと13時だ。お腹もすいた。papasanが戻ったら一緒に昼食にしようと思っていたが、先に一人で済ませ、2時近く、あまりにも遅いので、この日差しの中を行くのは本当に嫌だったのだが、意を決して、帽子をかぶり、サングラスをかけて、途中で会うだろうと思いながら、坂道を下り始めた。とうとう診療所まで会わなかった。
診療所に入り、診察室の前に行くと、まだPapasanが座っていた。ざっと4時間以上待っていることになる。座っているのがきつい人にはよくぞ我慢していたとは思う。私の顔を見たから我慢が切れてしまったのか、キャンセルしてもう帰ると言い出した。そしてまた湯河原病院へ行くと。う~ん、湯河原に戻るのはかまわないが、私はこの先湯河原まで付き添っていくのは嫌だ、というと、一人で行くと言い張る。一人で行かせられないから付き添ってるのだが困った。もっとも私とて、4時間は待たないだろうな、Papasan、よくぞ我慢したよ。
受付に行き、事情を話し、キャンセルしてもらい、紹介状も返してもらった。「湯河原病院までは遠いし、家が目と鼻の先にあるのだから、これからお世話になろうと思って来たのですが、無理でしたね。診療所が、閑古鳥が鳴いているより、私にとってはうれしいことですが」と言って外に出た。
4時間を15人で割ってみると1人15分、丁寧に患者の話を聞き診察をするのは、基本であり大事なことだが、それならば、やり方を工夫しないと患者のためにならないのではないか。15人ほど待っています、待ち時間は4時間ほどかかりますと言われれば、こちらも対応を考えた。これとて急患でないからいいが、急患をこんな状態で待たせたら、悪化させてしまうのではと危惧した。いくらここが田舎で、高齢者が多いから時間があるといっても、高齢者とても我慢の限界もあるだろう。基本的にここは病院、軽重はともかく、病気の人が来るところだ。患者により寄りそうことは一番大事なことだが、もう少し機能的にできないものか。改善の余地はあるだろうと思う。
地域の住民が気軽にかかれる医療こそが地域医療の原型ではなかろうか。
家に帰って、診療所のHPを見た。月、火は医師が一人づつ、水曜日は医師は2人となっていた。2人体制だったらまた少しは違ったのかな??私のリサーチ不足だったかもしれないが、すっかりむくれたPapasanは湯河原に戻ると言ってきかない。早速湯河原病院へ電話をすると、電話で予約は取れない、外来で行って診察を受け、それから予約を取るのだそうだ。予約を取っていったって、2時間ぐらいかかるのに予約なしでは、何時間待つかなぁ、いやだぁというと、一人で行くとわめいている。もう、何をかいわんやだ。
夜、山のように受け取ってきたpapasanの薬を見ると84日分となっている。ざっと2月半分だ。なら9月半ばまでOKだ。そのころになってまた考えればいいと、ガタガタするのはやめよう、と言い聞かせた。そして冗談がてら、4時間座っていられるんなら、旅行に行けるね。4時間ならかなり遠くまで行けるよ、と言って笑った。
9時半過ぎ、Papasanを連れて、真鶴町国保診療所へ行った。待合室には誰もいない。空いているのかなと思ったら診察室の方にいるようだった。診療所に来ることはなっかったので勝手がわからない。とにかく、申し込みをし紹介状を渡すと、受付が「15人ほど待っています」という。15人はどのくらい待つのか全く分からなかったので、「昨日検査は受けて、薬ももらっていますから、急ぎではありませんが、湯河原病院から早めに、行ってくださいと言われたので、来たのです。混んでいるようなら出直してもかまいません」というと「そちらのご都合で」というので、ならそのために来たのだから、ご挨拶していこうと、待つことにした。問診票をもらったのでPapasanに記入させ、血圧の検査をするので処理室の前に連れて行った。なるほど、診察室の前には待っている人たちが座っていた。しばらく時間がかかりそうなのでpapasanを残して、私は町民センターに行き、その足で朝倉さんへ薬をもらいに行った。風は涼しいが日差しは暑い。時間がいつもより早いので、朝倉さんも患者さんが待っていた。冷房でだんだん寒くなった。冷房からの防備で厚着はして来たのだが。
待合室で知り合いに会って話をしていた。もうじき貴船祭りなのに祭囃子が聞こえない、と言われて、そういえば、もう聞こえてもいいはずなのに、あの祭囃子が聞こえると夏を感じるのだが、どこで練習しているんだろう、なんて話し合っていた。夜、そんな話をすると、丸山子供会は解散してしまったという話を聞いた。あらまぁ、かつては丸山が一番子供数は多かったのに、と驚いている。小学校の全校生徒数があれだけじゃ~、推して知るべしか。
薬をもらってゆっくりといつもの道を引き返した。道すがらのお宅のハマユウがきれいだ。咲初めだからかな、初々しくて美しい。確か役場にもあったはず、あそこで写真を撮ろうと思いながら戻ってくると役場のハマユウはまだ花をつけていなかった。
診療所に戻るとPapasanはまだ診察室の前に座っている。新体制になって、診療所の先生方の評判は良く、患者が増えて待たされる、という話は聞いていた。待つのは2時間ぐらいはざらだとも。湯河原病院だって、予約をして行っても1時間以上は待たされる、「仕方がない、我慢して待っていて」と言って私は昨日頼んできた薬を取りにセイジョーまで行って来る。シップがほしいというので、ロキソニンテープを買ってやろうと思ったら、75歳以上には販売できない、医師の処方が必要、と言われた。例によって「なんで~」といろいろ聞いていた。診療所に戻り、Papasanに先に買い物をして帰る、と言って、小田百で生クリームの予約をしたり買い物をしたりして戻った。暑いさなか、この坂はきつい。
買ってきたものを片付け、椅子に座りテレビを見ているといつしか転寝してしまった。気が付くと13時だ。お腹もすいた。papasanが戻ったら一緒に昼食にしようと思っていたが、先に一人で済ませ、2時近く、あまりにも遅いので、この日差しの中を行くのは本当に嫌だったのだが、意を決して、帽子をかぶり、サングラスをかけて、途中で会うだろうと思いながら、坂道を下り始めた。とうとう診療所まで会わなかった。
診療所に入り、診察室の前に行くと、まだPapasanが座っていた。ざっと4時間以上待っていることになる。座っているのがきつい人にはよくぞ我慢していたとは思う。私の顔を見たから我慢が切れてしまったのか、キャンセルしてもう帰ると言い出した。そしてまた湯河原病院へ行くと。う~ん、湯河原に戻るのはかまわないが、私はこの先湯河原まで付き添っていくのは嫌だ、というと、一人で行くと言い張る。一人で行かせられないから付き添ってるのだが困った。もっとも私とて、4時間は待たないだろうな、Papasan、よくぞ我慢したよ。
受付に行き、事情を話し、キャンセルしてもらい、紹介状も返してもらった。「湯河原病院までは遠いし、家が目と鼻の先にあるのだから、これからお世話になろうと思って来たのですが、無理でしたね。診療所が、閑古鳥が鳴いているより、私にとってはうれしいことですが」と言って外に出た。
4時間を15人で割ってみると1人15分、丁寧に患者の話を聞き診察をするのは、基本であり大事なことだが、それならば、やり方を工夫しないと患者のためにならないのではないか。15人ほど待っています、待ち時間は4時間ほどかかりますと言われれば、こちらも対応を考えた。これとて急患でないからいいが、急患をこんな状態で待たせたら、悪化させてしまうのではと危惧した。いくらここが田舎で、高齢者が多いから時間があるといっても、高齢者とても我慢の限界もあるだろう。基本的にここは病院、軽重はともかく、病気の人が来るところだ。患者により寄りそうことは一番大事なことだが、もう少し機能的にできないものか。改善の余地はあるだろうと思う。
地域の住民が気軽にかかれる医療こそが地域医療の原型ではなかろうか。
家に帰って、診療所のHPを見た。月、火は医師が一人づつ、水曜日は医師は2人となっていた。2人体制だったらまた少しは違ったのかな??私のリサーチ不足だったかもしれないが、すっかりむくれたPapasanは湯河原に戻ると言ってきかない。早速湯河原病院へ電話をすると、電話で予約は取れない、外来で行って診察を受け、それから予約を取るのだそうだ。予約を取っていったって、2時間ぐらいかかるのに予約なしでは、何時間待つかなぁ、いやだぁというと、一人で行くとわめいている。もう、何をかいわんやだ。
夜、山のように受け取ってきたpapasanの薬を見ると84日分となっている。ざっと2月半分だ。なら9月半ばまでOKだ。そのころになってまた考えればいいと、ガタガタするのはやめよう、と言い聞かせた。そして冗談がてら、4時間座っていられるんなら、旅行に行けるね。4時間ならかなり遠くまで行けるよ、と言って笑った。