聖火リレー妨害は人権問題が「国内問題」で終わらないことを認知させる機会となり得る

2008-04-12 10:25:56 | Weblog

 
2007年1月12日、国連安全保障理事会が提出したミャンマー軍事政権に対してその人権抑圧政治を非難し、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー女史の自宅軟禁解除及び全政治犯の無条件釈放を求めるミャンマー非難決議案は中ロの拒否権に会い、否決された。

 そのときの中国王光亜国連大使の反対演説「ミャンマーの問題は主権国家の内政問題であり、隣国いずれの地域的平和と安全に対する脅威だとは認識していない」≪ミャンマー非難決議案で安保理 中ロ拒否権、否決 そろって行使は5年ぶり≫07.1.13『朝日』朝刊)

 いわばミャンマーに於けるアウン・サン・スー・チー女史の自宅軟禁に代表される政治活動の制限も軍事体制反対派及び人権活動家の刑務所への拘束といった人権抑圧も周辺国家に何ら「平和と安全に対する脅威」を与えているわけではなく、「国内問題」にとどまっているから「非難決議」するに当たらないと言っているのである。

 中国がこのように人権抑圧が地域国家の「平和と安全」を脅かさない限り「主権国家の内政問題」(=国内問題)にとどまるとする政策を堅持するのは自国の人権抑圧政策を正当化し、国際圧力をかわす方便となり得るからなのは説明するまでもない。

 そして8ヶ月後の年9月19日、ミャンマーで僧侶を中心とした軍事政権に対する抗議デモが勃発、官憲による流血の弾圧を受けて鎮圧され、元の軍事独裁的平穏状態に復した。

 その際デモ隊鎮圧中の軍兵士にその模様を撮影していた日本人ジャーナリスト長井健司氏が至近距離から狙撃され、不条理な死を遂げさせられている。取締る側に強い鎮圧の意志とその様子を一人でも多くの国民及び外国に報せまいとする強い意志が働いていたことからの現場を撮影する者に対する相手を問わない非情な狙撃だったのではないか。

 中国にとってはデモも武力鎮圧も「地域的平和と安全に対する脅威」を与えているわけではないミャンマーに於ける「主権国家の内政問題」に過ぎないのだから、それを撮影して国外に持ち出し、報道することで国際世論を不当に煽ること自体が間違った行動だとしか受け止めていないに違いない。

 「国内問題」だと譲らない中国の反対によって纏まらないことを恐れて、国連安全保障理事会のミャンマー軍事政権に対する議長声明案は軍政への非難や要求などの文言が削除され、「強い遺憾」を表明するにとどめて採択されるに至っている。

 そしてミャンマー軍事政権は中国のそのような姿勢の後押しを受けて、国際世論の様々な圧力に関わらず頑強な軍事独裁政治を維持している。

 一つの国がどのような人権状況にあろうと、「地域的平和と安全に対する脅威」を与えていない以上「主権国家の内政問題」に過ぎないとする中国の国際政治理論は今回のチベット暴動と中国当局による武力弾圧でも当然のことながら適用された。

 中国の温家宝首相の「チベットは中国の領土の不可分の一部」という姿勢もチベット問題は「国内問題」だとするメッセージの言い替えに過ぎないが、米議会が対中非難決議を可決すると、中国外務省姜瑜副報道局長は次のように述べている。

 「中国内政に対する粗暴な干渉であり、中国人民の感情を著しく傷つけた」(≪中国「粗暴な内政干渉」 チベット問題 米議会の決議に反発≫西日本新聞/2008年4月12日 00:29)

 姜はこうも言っている。「チベットの歴史と現実を勝手に歪曲(わいきょく)し、暴力犯罪に対するチベット自治区政府の対応を理由もなく非難している」(同記事)

 だが、自由な思想・自由な信教、自由な言論の発露は生まれながらにして持っている人間の本性であり、人間が人間らしく生きるために本能として等し並みに与えられている普遍の原理であって、憲法による人権の保障は法律という文書によって可視化し、権利としての契約を行ったに過ぎない。

 そうである以上、人権問題は人類の問題であり、全世界の問題としなければならない。このことは人権の保障が政治や文化と一致することによって成立可能となる。

 それを一部の政治あるいはその他の権力が制度や文化の押し付け等で自由であるべき人権に抑圧、制限を加えて等し並みの条件を外し人類全体の問題ではない、「主権国家の内政問題」に過ぎないとした場合、人類にとってはそのことだけで脅威であろう。例え直接的に「地域的平和と安全に対する脅威」を与えないとしてもである。

 例えば男が妻に家庭内暴力を振るう。それを家庭内の問題で片付けることはできまい。なぜならそのような男の存在が許されること自体が他の女性にとっても脅威となる女性全体の問題であり、全女性の安全保障に関わってくるからだ。

 中国はあくまでもミャンマーの軍事政権の国内的な人権抑圧政策も自国の対チベット抑圧政治も「主権国家の内政問題」だとする姿勢を取り続けるだろうが、チベット人権抑圧に対する北京オリンピック聖火リレー妨害を世界各地で展開することで世界は人権問題が決して「主権国家の内政問題」で収まらないことを認知させる絶好の機会とすべきである。「主権国家の内政問題」だとする中国式標準を世界は標準としていないことを。

 標準の違いをより多く知らしめるために各国首脳のオリンピック開会式の出席取り止めも効果があるのは言うまでもない。
 * * * * * * * * * * * * * * * *
 ≪中国「粗暴な内政干渉」 チベット問題 米議会の決議に反発≫(西日本新聞/2008年4月12日 00:29)

 【北京11日傍示文昭】中国外務省の姜瑜副報道局長は11日、チベット問題で米議会が9日に対中非難決議を可決したことについて「中国内政に対する粗暴な干渉であり、中国人民の感情を著しく傷つけた」と強く反発し、「強い憤りと断固たる反対を表明する」との談話を発表した。中国政府は昨年、ブッシュ大統領がチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世と会談した際も抗議の談話を発表したが、ここまで厳しい論調で米国を非難するのは異例。

 姜副局長は談話で、特に下院決議に強く反発し「チベットの歴史と現実を勝手に歪曲(わいきょく)し、暴力犯罪に対するチベット自治区政府の対応を理由もなく非難している」と厳しい姿勢を示した。

 談話はまた、「米議員の一部がチベット自治区ラサで起きた暴動参加者や暴動を画策したダライ・ラマ側を非難せず、批判の矛先を中国政府と中国人民に向けている」などと指摘、ダライ・ラマを擁護している点も強い調子で批判している。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする