北海道洞爺湖サミット首脳会議場は壁に「国宝の『松林図屏風(びょうぶ)』『風神雷神図屏風』のレプリカを展示し日本の美を演出」(毎日jp)する備えをしたという。各国首脳が囲む直径3.5メートルの円卓は北海道桧山産のイタヤカエデを使った円卓だと北海道新聞が伝えている。相当に根が張っているに違いない。
テレビで「風神雷神図屏風」のレプリカだけで2000万円したと言っていたと思うが、あるいは「松林図屏風」も加えた値段なのかもしれない。いずれにしても会場に世界の首脳が一堂に会するにふさわしい高級感を出す雰囲気作りに相当なカネをかけて「日本の文化」を呈示、その力を借りることとなった。
サミットの議題は主要テーマとなっている地球温暖化問題、その対策としての温室効果ガスの排出削減、世界の飢餓問題、そのことに影響を与えている食糧高騰問題、そのことの原因である、結果として食糧不足を引き起こしている穀類のバイオ燃料シフト問題等々、それぞれに国益も絡んで一朝一夕では片付かない難題ばかりである。
例えば温室効果ガスの排出削減に関しは今朝7月6日の「asahi.com記事」≪温室ガス削減、国別総量目標を策定へ 米含む先進国≫が<米国を含む先進国は、ポスト京都議定書の枠組みでも、温室効果ガス削減の中期目標として数値を入れた「国別総量目標」を掲げることで合意。参加16カ国が今後も協議を続ける方針も表明する。>と伝えているが、数値目標の設定は自国企業活動ひいては自国経済発展にブレーキをかけかねない義務付けとなることを恐れてその設定に難色を示していた中国やインドの新興経済発展国が積極的に数値目標設定に動くかどうかには触れていない。「合意」は不確定な部分が多分に含まれているだけではなく、例え満足のいく数値目標設定が合意されたとしても、あくまでも「目標」であって、満足のいく「目標」が満足のいく成果に行き着く保証はどこにもない。
08年6月17日の『朝日』社説≪第3次石油危機―投資資金を新エネへ導け≫は次のように伝えている。
<国際エネルギー機関は最近、2050年に温室効果ガスを半減させるための試算を発表した。
世界で32基の原子力発電所、1万7500基の風力発電、約2億平方メートル分の太陽光発電パネル、それに実用化をめざしている二酸化炭素の回収・貯留装置つき発電所55基を、毎年導入する必要があるという。電気自動車、燃料電池車も合計10億台がそれまでに普及するのが条件だ。50年までの世界の総投資額は5千兆円近くにのぼる。>といった前途多難さが「目標」=成果とはならない難しさを物語っている。
実際の削減状況面から見ても、京都議定書は先進国全体で2008~2012年までの温室効果ガスの年平均排出量を1990年比で5%削減を法的義務とし、日本の削減義務は6%とされたが、2006年の日本の温室効果ガス排出量(速報値)はマイナスどころか1990年比6.4%増と削減とは反対方向を示し、2012年までに6%+6.4%=12%以上の削減が必要となっているということも、「目標」=「成果」ではないことを証明している。
特に世界的な経済の先行きが不透明な今、地球全体の問題よりも自国経済の背に腹は代えられない国益優先の利害意識に流される局面が生じて「目標」の足を引っ張らない保証もない。
また飢餓問題に直結する穀類のバイオ燃料シフトや旱魃や洪水といった気候変動、石油価格高騰等が原因している世界的な食糧高騰問題について「国際連合食糧農業機関(FAO)日本事務所」が「Adobe記事『7月3日 2007年に飢餓人口は約5000万人増加』」で次のように伝えている。
<(2008年7月3日)FAO(国際連合食糧農業機関)のジャック・ディウフ事務局長は、ブリュッセルの欧州議会で演説し、食料価格の上昇の結果2007 年には飢餓人口が約5000 万人増加した、と述べた。
「貧しい国々では食料およびエネルギー価格の高騰の深刻な影響を感じている」、とディウフ事務局長。 「我々には緊急に貧しい国々での食料安全保障問題に対応するための新しく強力なパートナーシップが必要だ。単独の機関や国ではこの危機を解決することはできない。ドナー国、国際機関、開発途上国の政府、市民社会と民間セクターはそれぞれこの飢餓との世界的な闘いにおいて重要な役割がある。」
ディウフ事務局長によれば、現在の危機的状況は人口増加と新興経済国の経済発展、バイオ燃料の急速な拡大による需要の拡大と、気候変動、特に旱魃や洪水による生産量への負の影響による供給不足の組み合わせによるものである。これが穀物の在庫が30 年間で最低の水準の4 億900 万トンである時期に重なっている。さらにこの傾向を悪化させたのは輸出国の中に自国の消費者を守るために輸出規制措置をとるところがあったことや、先物市場でのヘッジ、インデックス、その他のファンドの投機的動きがあったことである。
発展途上国の農業生産を増やすことに対する主要な障害は農業投入材の価格の上昇である。 2007 年1 月から2008 年4 月までに特に肥料の価格が食料価格よりはるかに高い上昇率で高騰した。
今後の課題
世界の栄養不足人口を減らし、増加する需要に対応するためには、世界の食料生産は2050 年までに倍増する必要がある。生産増は主に貧しくお腹をすかせた人々が暮らし、95%以上の想定人口増加が見込まれる開発途上国で必要がある。開発途上国の農民には、近代的な投入材、貯蔵施設と農村インフラへのアクセスが必要になる。
世界農業はまた、水の管理や気候変動のような主要課題に対処しなければならない。今日12 億を超える人々が完全に水不足の河川流域に暮らしており、水不足の傾向が懸念されることである一方、サハラ以南のアフリカでは再生可能な水資源の4%しか使用していない。世界では500-1000 万ヘクタールの農地が劣化のために失われているが、アフリカ、ラテンアメリカ、中央アジアは農地を拡大する大きな可能性を秘めている。
「政府と農民も農業における気候変動の負荷に適応しなければならない。もし気温が3 度以上上昇すれば、とうもろこしのような主要作物の収量はアフリカの一部やアジア、ラテンアメリカで20-40%減少する可能性がある。」とディウフ事務局長は述べた。加えて旱魃や洪水が頻発する可能性が増え、作物や家畜の損失の増加も懸念される。>・・・・・・・
また「国連世界食糧計画(WFP)」は世界人口60億人のうちおよそ8億5000万人が栄養不良や飢えに苦しんでいて、そのうちの3億5千万人以上が子どもたちで、飢えを原因として毎日、5歳未満の子ども1万8000人を含む2万5,000人が命を落として栄養不足の8億3000万人のうちの7億9100万人は発展途上国に暮らしていて、世界の7人に1人、発展途上国では5人に1人が飢餓状態にあると警告を発している。
こう見てくると世界は何をしても悪い方向へ進むのではないかとの疑いは簡単に持てるが、よい方向への期待はなかなかに抱きにくい、どの課題を一つ取っても成果の見通しが困難な問題ばかりである。どんなに腹を据えて議論し取組んだとしても、腹の据え足りるということはないに違いない。特に2050年までに温室効果ガスを半減させるためには「世界の総投資額は5千兆円」必要ということなら、そのことに備えた金銭的な心構えを常に保持していなければならないだろう。温室効果ガスの排出削減問題であっても食糧高騰問題であっても食糧不足及び飢餓の問題であっても、それを議論する会議場の経費に関しても取決めが絶対的な成果を約束するならまだしも、約束もできず、サミットを開催したということだけで終わる可能性も考慮のうちに入れて「5千兆円」に備えたムダの排除を心がけるべきでではないか。
一般家庭では子供が幼いうちから10年15年後の将来の高校進学・大学進学を視野に入れた教育費に備えて各支出を計画立て、ムダをできるだけ省いて貯蓄する。
例え「松林図屏風」と「風神雷神図屏風」のレプリカ2体で2000万円であったとしても、各国首脳がその2体を素晴らしい日本の文化だと鑑賞・賞賛したとしたとしても、「風塵雷神図屏風」や「松林図屏風」のレプリカが世界の問題解決のチエを出してくれるわけではなく、また成果を約束してくれるわけでもないということなら、「5千兆円」のうちの僅かな「2000万円」だとしても、そのことに備えた一部にすべきではなかったろうか。
日本政府としたら日本という国を自慢したくて、日本に拘り、日本の文化に拘ったのだろう。だが、したことはレプリカが世界の問題解決にチエを出してくれるわけではなく、チエを出すのは各国首脳の問題を解決しようという使命感と責任感であって、それらすらも問題解決の成果を約束してくれるわけでもないのだから、日本の文化をハコモノとして呈示しただけのことではないか。
今現在、「世界人口60億人のうちおよそ8億5000万人が栄養不良や飢えに苦しんでい」るのである。サミットだからと、サミットの開催・成功にのみに視野を向けるのが精一杯で、議題としている現実問題に向ける視野を失う視野狭窄を起こし、日本人特有のハコモノ思想が頭をもたげたといったところだろうか。
日本の政治家がこれだけの橋を造った、これだけの建物・施設を建設したとハコモノの規模のみを自己の勲章とするように、「風塵雷神図屏風」と「松林図屏風」の日本文化の呈示に頼って洞爺湖サミットの会議場の大掛かりな仕掛けを勲章とする「成果」の呈示で終わるように思えてならない。