食の安全に関わる危機管理とは一言で言うと、「疑ってかかる」ということだろう。少なくとも現在の国民は自分たちが生活する日本社会からそう教えられ、学んだ。
「Wikipedia」を参考にすると、53年前の衛生管理不備から溶血性ブドウ球菌を発生させた雪印脱脂粉乳中毒事件と8年前の病原性黄色ブドウ球菌混入が原因の雪印集団食中毒事件、1950年代のヒ素が混入していて1万3千名もの乳児がヒ素中毒となり、130名以上の死亡者を出した森永ヒ素ミルク中毒事件。詳しい発生原因や発生年月を忘れていても、多くの人間が事件名だけはうろ覚えでも記憶しているはずである。
海にタレ流した有機水銀含有の工場廃液に汚染した魚介類を食して各種重度の神経疾患を発病させることとなったチッソ水俣病と同じ原因の新潟水俣病は工場廃液の恐ろしさを国民に教え、国民は学んだ。
そして中国産のうなぎやアサリを国産と偽る食品の産地偽装。台湾産のうなぎを国産と偽った事例もあった。あるいは国産でも別産地の安価な商品をブランド品を産する地名をつけて割安に売る国内的産地偽装。
07年の卵が埋めなくなった廃鶏を比内地鶏と偽って販売した事件は食品偽装の代表例の一つだろう。
さらに牛挽肉と原料名に明記しながら豚肉や鶏肉を混ぜて製造したコロッケを販売していた北海道のミートホープ社の原材料偽装事件。牛肉の産地を偽っていただけではなく、箸をつけずに食べ残した料理を次の客に使いまわしていた高級料亭・船場吉兆の産地偽装と料理偽装。くず米を銘柄米として販売して摘発された07年の「日本ライス」事件。
売れ残った「赤福餅」の製造日を偽装して再出荷、あるいは再加工して新製品として出荷していた昨年の三重県伊勢市の和菓子屋赤福の商品偽装。
その他数々の賞味期限切れ、あるいは消費期限切れ偽装食品の続出。
消費者は多くを教えられ、多くのことを学ばされた。食品に限ったことではないが、多くのウソ・偽り・危険が存在することを教えられ、多くのことを学ばされた結果得た結論とは、「疑ってかかる」ということではなかったろうか。「疑ってかかる」が食のウソ・偽り・危険から身を守る危機管理上の必須条件となった。
テレビ・新聞等のマスコミは「何を信用していいのか分からない」という消費者の声を伝えた。「疑ってかかる」を余儀なくされた消費者の心理を表す情報であろう。
消費者に対して食の安全に関わる危機管理は「疑ってかかる」を基本姿勢とするに至らしめたということである。
例え消費者の食の安全に関わる危機管理が「疑ってかかる」を基本意識としていなくても、国民が口にする食の問題を扱う行政府たる農林水産省は食の安全を国民に担保するために食のすべてに対して「疑ってかかる」を食に関わる危機管理の基本姿勢とすべきであろう。そうでなけれは農林水産省の食の問題を扱うことの存在意義を失う。
だが、今回の三笠フーズによる農林水産省から安価に仕入れた農薬汚染等の非食用の事故米の食用米への転売に関しては農林省は2004年度から08年度まで5年間に亘り、計96回も立ち入調査を実施していながら、その不正を見抜くことができなかった(「時事通信社」)。
昨07年1月に手紙による内部告発を受けて立ち入り調査したがやはり見抜けず、今年8月の匿名電話の告発があって初めて不正発覚のキッカケとすることができた(「msn産経」)。
この職務不全、あるいは職務不能に納得のいく説明を施すとしたら、やはり「疑ってかかる」という危機管理上の基本姿勢が不足していたからとしか言えないのではないだろうか。
それとも十分に「疑ってかかる」を基本姿勢として立ち入り検査に臨みながら、不正を見抜くことができなかったということなのだろうか。
<農水省によると、事故米を三笠フーズに売却した東京農政事務所に、昨年1月(07年1月)、「三笠フーズが焼酎メーカーに売却しようとしている」という趣旨の匿名の封書が届いた。東京農政事務所は本省に報告し、コメの保管・出荷業務を行う同社九州工場(福岡県筑前町)を管轄する福岡農政事務所にも情報を伝えたが、「保管場所がない」との理由で大阪農政事務所には連絡しなかった。
連絡を受けた福岡農政事務所は同年1月29日から2月初め、九州工場に抜き打ちで立ち入り調査を行い、コメの在庫や帳簿類を確認したが、二重帳簿で、不正転売を見破ることはできなかった>(≪三笠フーズ告発情報、農水省は本社管轄の大阪事務所に伝えず≫2008年9月20日14時35分 読売新聞)と「抜き打ち」で検査が行われたことを伝えているが、03年以降の九州工場の加工作業に対する96回の立ち入り調査は事前連絡によるものだというから、抜き打ち検査も含めて明らかに食の安全に関わる危機管理意識とすべき「疑ってかかる」を停止させた検査と言える。
食の安全に関わる危機管理上保持しなければならない「疑ってかかる」という基本姿勢を忘れた農水省の態度とは何を意味するのだろうか。
今年6月には農林水産省近畿農政局大阪農政事務所・消費流通課の職員から三笠フーズ本社に事故米を「三笠さんは大量に買い付けているから本省が関心を持っている。行動を慎んだ方がいい」という電話があったと三笠フーズの元社員が19日に証言していることに対して、<近畿農政局大阪農政事務所の田中正雄・消費流通課長は6月の電話について「本省から『三笠フーズがMA米を大量購入しているので用途を確認してほしい』と指示され、担当係長が電話をかけた。ただ、行動を慎重に、とは言っていない」と話し>(「asahi.com」)ていると伝えているが、この食い違いは何を意味するのだろうか。
ただ言えることは事故米を糊加工用として販売しているのだから用途確認の指示を出すこと自体、尋常なことではないことと受け止めなかったのか、本省から「用途確認の指示」を受けながら、電話で済ませている安直さ(=検査不全)は食の安全に関わる危機管理上保持すべき「疑ってかかること」から程遠い態度であって、農水省が「疑ってかかる」を食の危機管理の基本姿勢としていないことを証明する象徴的出来事と言えるかも知れない。
消費者が自らの食の安全に関わる危機管理上の基本姿勢として「疑ってかかる」を余儀なくされているにも関わらず、農水省の方は「疑ってかかる」を危機管理上の基本姿勢としていないという倒錯性・矛盾はブラックユーモアそのものではないか。
三笠フーズによって食用として転売された非食用事故米が「米転がし」を経て病院の食事やコンビニのおにぎり、焼酎の原料として利用されていたことが発覚し社会問題化したとき、食の安全を取り扱う農水省の最高責任者たる太田農水大臣は「人体に影響がないことは自信を持って申し上げられる。だからあんまりじたばた騒いでいない」(「しんぶん赤旗」)とか、「焼酎は製造過程で無害化されることもある」(「紀伊新報」)といったことを公言して食の安心を請合ったが、人体に影響があるかどうかのみの基準で把え、影響がなければそれでよしとして、事故米を食用米として流通させた農水省自体の検査及び管理体制の不備・責任の所在を「じたばた」して俎上に乗せるべきを乗せない消費者の感覚から外れた発想と、農水省の事務方のトップである白須事務次官の「責任は一義的には食用に回した企業にある。立ち入り調査は不十分だったが、農水省に責任があるとは考えていない」(「時事通信社」)と自らの検査及び管理体制の不備を問題視しなかった責任感覚が一連の騒ぎに拍車をかけることとなって、大方の見方だが、政府がこのままでは来る総選挙に不利となると見て鎮静化を図るために大臣共々引責辞任を科したということだが、福田首相は記者団に対して任命責任を認め、「私はすべてのことに責任を持っている。(消費者重視と)1年間言い続けて、末端まで届かなかった。私の気持が次官、部長、課長、そして地方に行き渡らなかった」と語ったと9月20日の『朝日』朝刊 ≪時時刻刻 農水ずれっぱなし 大臣・次官 ダブル辞任≫が伝えている。
そして<政府高官は退陣直前に閣僚を交代させた福田首相の心中を「『消費者行政を重視した内閣はこれまでなかったのに、最後にこれか』といたたまれない思いがある」と推し量>ったと解説しているが、自民党は大企業の利害代弁者としての地位を保持することで政党としての自己を存在させてきたのである。いわば大企業の利害代弁と「消費者行政重視」は相反する価値観であって、企業に対して「疑ってかかる」姿勢を本来的に備えていなかったと言える。
熊本県水俣湾周辺で発生した有機水銀中毒を熊本大学医学部が新日本窒素の廃液中の有機水銀が原因と特定しながら、政府は65年新潟でも同じ有機水銀中毒が発生、熊本大学医学部の原因特定から12年後の68年になって初めて新日本窒素の廃液中の有機水銀が原因だと認めた例が大企業の利害代弁者であり、そのために「疑ってかかる」をしなかった象徴的事例に挙げることができる。
大企業の利害代弁と「消費者行政重視」は相反する価値観であるにも関わらず福田首相が「消費者重視」を掲げたのは昨年の参院選の与野党逆転が発端となって次の総選挙で政権交代の序幕となりかねない危機感が赴かせた立場に過ぎないだろう。
言ってみれば、福田首相とて大企業利害代弁の水で育った自民党政治家であり、企業に対して「疑ってかかる」ことをしない政治性を自らの姿勢としていたのである。「消費者重視」は政権維持を図りたい一心の国民に対する媚として持ち出した柄にもない姿――借り着であって、俄仕込みなのだから、本人がそうである以上、「(消費者重視と)1年間言い続けて、末端まで届かなかった。私の気持が次官、部長、課長、そして地方に行き渡らなかった」のは当然の成果であろう。
着慣れない衣装を大急ぎで纏ったに過ぎなかった。食の安全に関わる基本的な危機管理意識としての「疑ってかかる」は「消費者重視」にもつながる姿勢となるはずだが、「疑ってかかる」ことをしなかった姿勢がそのことを証明している。太田農水相も白須事務次官も職員も「疑ってかかる」という「消費者重視」を果たしていなかった。
もし福田首相が「私はすべてのことに責任を持っている」と言うなら、太田・白須の引責辞任だけで済ますのではなく、既に総理大臣を辞任することを宣言しているのである。議員辞職するくらいの覚悟を示さなければ、言葉だけで終わる「責任」となりかねない。「消費者重視」はウソのままで推移しかねない。
≪時時刻刻 農水ずれっぱなし 大臣・次官 ダブル辞任≫(『朝日』朝刊/08.9.20)
5日後に内閣総辞職を控えた太田農林水産相が19日、突然辞任にした。底なし沼のような事故米不正転用問題。「消費者重視」に泥を塗られた福田首相の思いも映す辞任劇だが、農水行政の信頼回復には程遠い。迫る総選挙でどんな形で跳ね返ってくるのか、与党も見通せずにいる。
「消費者重視」響かず
首相、いら立ち募らす
「あと4日残すばかりだが、ただ時間が過ぎるのを待つのではなく、農水省全体としての責任をはっきりしておいた方がよいだろうと辞意を固めた」
太田農水相は福田首相に辞表を提出した後、記者会見で辞任理由をこう説明した。だが、町村官房長官は会見で「誤解を生む発言があった。組織というより大臣個人にかかわる点ではなかったかと思う」と切って捨てた。
福田首相が政権浮揚をかけて内閣改造に踏み切った。8月1日。農水相に起用され、官邸に呼び込まれた太田氏は首相に対し、自分の胸をたたきながらこう言った。「私を選んだのは正解です」。ところがその太田氏が、福田政権の約1年間で初めて辞任に追い込まれた閣僚となった。
自らの政治団体の事務所費問題の発覚に加え、「消費者重視」という内閣の看板にかかわる「失言」が相次いだ。中国製冷凍ギョーザによる中毒事件を受けた国内の安全対策について「日本は安全なんだけど、消費者、国民がやかましいから徹底していく」。事故米問題でも、不正転用が次々判明して国民の不安が増大するのを尻目に「人体に影響がないことは自信を持って申し上げられる。だからあまりじたばた騒いでいない」と消費者心理を逆なでした。
一向に収まらない事態に、業を煮やして動き出したのが福田官邸だ。
11日には官邸に太田氏を呼び、首相が「これからどうするのか。再発防止策はどういう考え方でいくのか」としかりつけた。白須敏朗事務次官の辞任について、関係者は「官邸と総理の意向が働いている」と明かし、事実上の更迭との見方を示した。
政府高官は退陣直前に閣僚を交代させた福田首相の心中を「『消費者行政を重視した内閣はこれまでなかったのに、最後にこれか』といたたまれない思いがある」と推し量る。実際、福田首相は19日、記者団に対し、「私はすべてのことに責任を持っている」と、太田氏の任命責任も認めたうえで、「(消費者重視と)1年間言い続けて、末端まで届かなかった。私の気持が次官、部長、課長、そして地方に行き渡らなかった」と語った。
大臣と次官の異例の「ダブル辞任」の背景には、こうした福田首相のこだわりに加えて「このまま総選挙になれば格好の餌食になる」(首相周辺)との判断も働いた。
与党内からは「(大田農水相が)下手に続けて失言などが出れば、自民党全体に悪影響を及ぼした。潔く辞めたという点では選挙にプラス」(自民党中堅)と前向きに評価する声も上がるが、「太田氏辞任は明らかに選挙にマイナス。なぜこの時期に辞めるのか理解できない。『また放り出しか、無責任だ』と受け止められる」(閣僚経験者)と悪影響への懸念もある。
民主党の鳩山幹事長は19日、「自民党は『けりがついた』という党利党略で辞めさせたと思うが、国民の怒りは収まらない。総選挙ではこの問題も大きなテーマとして、なぜこんなに農水省が辞めざるを得ない自公政権なのか厳しく追及していく」と、農水行政を見過ごしてきた与党の体質を選挙の争点に掲げる考えを示した。
批判集中、負担は現場に
太田農水相の辞任会見から7時間後、東京・霞ヶ関の内閣府で、事故米の不正転売問題を検証する第三者委員会(座長・但木敬一弁護士)の初会合が開かれた。消費者側の委員らが農水省に「集中砲火」を浴びせた。
「商品名も出してほしい。あいまいな情報を流せば、消費者のパニックを増幅させるだけだ」
「農水省には反省が見られない。事故米を売った会社が契約違反だったというが、なぜ非食用を食品を扱う会社に売ったのか。その説明がないと前に進めない」
農水省はこの問題で失点続きだった。
5日に、三笠フーズ(大阪市)不正転用していたことを発表。その後、同社への立会い調査が96回に及びながら不正に気づかなかったことや、大阪農政事務所の元担当課長が接待を受けていたことが相次いで発覚した。
小中学校の給食、コンビニのおにぎり・・・・・。ここ数日は、農水省の追跡調査を上回るスピードで、関係府県の調査が進み、汚染された米の使用実態が次々に明かになり、農水省の失政の大きさが改めて浮かび上がった。
そんな中、太田氏の「じたばた騒いでいない」や、白須前事務次官の「私どもに責任があるとは今の段階では考えていない」という発言は、逃げ口上ととらえられた。
不信にとどめを刺したのは流通先の業者名の公表をめぐる問題だ。
発表前日の15日夕の時点で、農水省は公表しない予定だった。事故米と知らずに買った業者も多いうえ、非公表を前提に調査に応じてもらっていたからだ。最終的に福田首相の意向をくんだ太田氏が夜になって公表を指示。しかし、点検に時間が足りず間違いが続出。出先機関である各地の農政局には、業者から「だまされた」「客が減った」と抗議が相次いだ。
「矢面に立つのが我々なのは当然のこと。しかし、霞ヶ関の常識では、企業名の実名公表は『ありえない』こと。このリスクをすべて負わされているのも事実」。農水省の担当者は打ち明ける。
16日の業者名発表からは、農水省は責任者でもなくなった。この問題は、消費者庁の母体となる予定の内閣府が仕切ることになったからだ。
町村官房長官19日の会見で「農水省全体の問題だが、長い間の行政に甘えや慣れが感じられる。これまでの行政に常に厳しく見つめなおし、より良い行政を進めていく必要がある。そういう面で欠けているところがあった」と農水省の体質を痛烈に批判。農水省幹部は「被告席に立つべき農水省の発表では信用できないということ。政府内でも信頼が地に落ちた」と自嘲気味に語る。
三笠フーズの本社を抱える近畿農政局(京都市)は19日、「「消費者相談窓口」を土日返上で当面延長することを決めた。この日で終了予定だったが、消費者の相談や苦情の電話が止まらない。太田氏の辞意表明後にも「辞めて済む問題ではない」「無責任だ」という憤りのこもった電話が続いた。
同社の九州工場がある福岡農政事務所では、職員が連日深夜まで伝票を調べている。職員は「人の数が限られており、疲れはたまっている。大臣や事務次官が辞任しても、ただただ作業を続けていくしかない」と話した。