―〈『ニッポン情報解読』by手代木恕之〉の麻生批判はとどまるところを知りません―
≪温首相「完全に理解」何度も 熱帯びた日中首脳会議≫(msn産経/2009年4月17日(金)08:05)
■麻生首相訴え「北の違反」勝ち取る?
タイで行われた麻生太郎首相と中国の温家宝首相による11日の会談で、北朝鮮のミサイル発射に対する日本の立場を訴える麻生首相に対し、温首相が繰り返し「完全に理解する」と表明し、「その通りだ」と大声で応じる場面があったことが16日、分かった。外務省は、この会談などでの麻生首相の訴えが、国連安全保障理事会の議長声明への「(北のミサイル発射は)安保理決議違反」という文言盛り込みにつながったとみている。
「北朝鮮のミサイルが頭上を飛んでいった東北地方をはじめ、国民感情を考えると(公式記録に残らない)報道声明でいいとは絶対いえない」
会談でこう麻生首相が主張すると、温首相は「日本国民の関心と日本政府の立場は、完全に理解する」と深くうなずいた。温首相は会談中、4~5回にわたりこの言い回しを用い、日本側に理解を示したという。
その上で、麻生首相が国連安保理の文書について「形式も重要だが、内容も重要」と指摘すると、温首相は、手にしたペンを頭上に掲げるようにして「是的(シーダ=その通りだ)」と大声で賛意を表明してみせた。
日中首脳会談は、互いに事務方が用意した文書を読み上げることが多いが、「この会談はまさに実質的な『交渉』となった。麻生首相は先頭に立って戦う姿勢を示した」(外交筋)という。会談は予定の30分間を超えて、50分間に及んだ。
この結果、続く日中韓首脳会談で温首相は「文言は専門家に任せよう」と折れてきた。外交筋は「米中両国は、米国の素案にあった安保理決議に『(北は)従っていない』との表現でほとんど決着していたが、それを『違反』に格上げしたのは麻生首相の力だ」と話している。
さすがは日本が世界に誇る「外交の麻生」である。4月11日に行われた麻生と中国の温家宝首相の会談の場面で麻生首相が「先頭に立って戦う姿勢」が獲ち取ることとなった“違反への格上げ”というわけである。
「『違反』に格上げしたのは麻生首相の力だ」と誇る程に外交に有能であるなら、ではなぜ、中ロの当初からの反対姿勢を覆して拘束力のある「決議」への“格上げ”に持っていくことができなかったのか。
獲得した果実が拘束力のない「議長声明」で、そのような限界を抱えた中での強い非難と「決議違反」の言葉を盛り込んだに過ぎない成果ということではないのか。
「(北は)従っていない」から「違反」への格上げとは米国が日本に打診していた議長声明案を基にした中国案が「決議1718の『完全な履行』を要求し」、「発射への非難を盛り込」んでいるものの、「北朝鮮の核・ミサイル放棄を義務付けた安保理決議1718に『従っていない(not in conformity)』」とし、「日米が主張する決議の『違反(violation)』よりは弱い表現」(≪北ミサイル、議長声明で決着の公算…中国が「非難」案≫「YOMIURI ONLINE」/ 2009年4月10日14時31分)となっていたことを日米の主張どおりに正したことを言うのだろう。
このことだけを見ると、麻生の強い意向が議長声明に反映されたように見えるが、議長声明案採択決定に至る経緯を窺うと、別の風景が見えてくる。
「決議」採択に持っていった場合、中ロが拒否権行使に出るのは分かっていた。いわば最初から「決議」なるカードは存在しなかった。だが、日本はアメリカと共に新決議を主張して行動した。
安保理常任理事5大国が一国でも拒否権を行使したなら、決議は葬り去られて何も残らない。
日米が最後まで決議に拘り、採択の段階まで行って拒否権に遭った場合、拒否権に遭い、成立しなかったという記録は残るものの、決議が目指した非難も制裁も効力を発しないまま終わる。北朝鮮はミサイル発射が正当化されたと主張することになるだろう。
いわば中国が(そしてロシアもだが)北朝鮮の後ろ盾ともなっているゆえに決議に賛成を示さなかった時点で、日本の決議の芽は摘み取られていた。
その中国は日米の最も非難色・制裁色の強い「決議」に対して正反対の最も非難色・制裁色の弱い報道陣向けの非公式な「報道声明」を立ち位置としていた。
当然、そこに駆引きの力学が発生する。日米は「決議」がダメなら、「議長声明」は是が非でも手に入れなければならない譲れない一線だから、否応もなしに要求する立場に立たされる。中国は要求を受けて立つ側に位置する。力関係の強弱で言うと、要求する側がより弱い立場に立つことになるのは断るまでもない。
その最終結果が4月13日議長声明の全会一致での採択であるものの、中国は「報道声明」から一歩前に出て「議長声明」を着地点とした。日米にとっての「議長声明」は「新決議」から一歩後退した着地点であった。
要求を受けて立つ側と要求する側の強弱の差が否応もなしに出た結末であろう。いくら「議長声明」に強い非難の言葉と決議「1718」違反の文言を盛り込もうと、議長声明が拘束力を持たないという事実と「決議」から一歩後退した「議長声明」であるという事実は拭い去ることはできない。
このような決定過程自体が中国議長声明案の文言変更に麻生が力があったとすることは矛盾を示している。
中国は北朝鮮の後ろ盾となり、外交カードとしているものの、金正日が制御が利かなくなる危険性を認識していないはずはない。独裁体制崩壊という土壇場に立たされた場合、金正日が自暴自棄から日本、あるいは韓国に向けてミサイルを撃ち込まない保証はないぐらいの危機管理を想定していないはずはない。
北朝鮮が暴走した場合、「決議」に反対した中国の立場は窮地に立たされる。だが、北朝鮮擁護の立場から、「決議」に拒否権を行使せざるを得ない。中国自身を要求を受けて立つ立場に置くために最初は最も非難色・制裁色の弱い「報道声明」を主張して、最終目標地点と策していた「議長声明」で日本の要求を入れ、「決議1718」違反とミサイル発射に対する非難の文言を取り入れたことは金正日が暴走した場合、中国の立場が窮地に立たされないための保険となり得る。
北朝鮮を6カ国協議に復帰させるためには「決議」に賛成はできないが、ミサイル発射等の活動を制約させるために議長声明にそれなりの非難を込めたと。
そういった駆引き上の条件に過ぎなかった可能性も十分に考えられる。「麻生首相の『先頭に立って戦う姿勢』が獲ち取ることとなった“違反への格上げ”」などと手放しで喜んでいていい場合だろうか。北朝鮮の6カ国協議離脱声明が駆引きだとしても、難題を吹きかけてくるに違いない拉致問題に向けた取組みも待ち構えている。
大体が「msn産経」記事は「日中韓首脳会談で温首相は『文言は専門家に任せよう』と折れ」たとしているが、「専門家」であろうと、作成する「文言」はそれぞれの政府の意向を反映させた範囲内に限定される。政府の意向を反映させない、専門家のみに任された「文言」など存在しない。
温首相の態度をそう解釈すること自体から見ても、麻生外交活躍はマユツバだと見なければならない。