4月3日の「asahi.com」記事が4月1、2日の両日のロンドン開催「20カ国・地域(G20)の首脳会議(金融サミット)」は2010年末までに計5兆ドル(約500兆円)の協調した財政出動を行い、成長と雇用の確保への決意を示したと書いている。この金額は世界の成長率を4%分押し上げるに役立つと言う。
いわば「G20」は財政出動を「成長と雇用の確保」の手段=不況からの脱出の主たる手段とすることを決定したということである。
日本の総理大臣麻生太郎も不況脱出には財政出動を錦の御旗に掲げる積極的な「財政出動」派である。尤も日本の政治家はカネを出すことしか知らないバカの一つ覚え的単細胞傾向にあるから、麻生太郎もその血を引き継いでいるだけのことかもしれない。
我が日本の麻生太郎はG20出発前の3月30日に英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューを受け、財政出動をすべての国が行う必要がないとの意見がドイツにあることを問われて次のように答えたと4月1日「asahi.com」記事≪日本、途上国支援2.2兆円 G20で首相表明へ≫が伝えている。
「(日本は)そういう経験を15年間やってきた。初めて同じような状況に直面している欧米諸国の中には、財政出動の重要性を理解していない国がある。それがドイツだ」
記事の文言どおりに印象を述べるとすると、何とも勇ましい宣言となっているが、麻生太郎の「財政出動」に賭ける自信の程を窺うことはできる。熱心な財政出動信者の身に自らを置いた発言だとも言える。
欧米経済大国の中で積極的な財政出動に賛成なのは米国、英国、勿論日本で、<英国を除く欧州勢は、失業保険など社会保障制度の充実を理由に「社会保障が、不況時の自動安定化装置として機能している」(サルコジ仏大統領)、「米国とは制度が異なる」(オランダのバルケネンデ首相)と主張する。メルケル独首相は、麻生首相の批判に「本当に無意味だ」と強い不快感を示した。>と4月3日の「毎日jp」記事≪クローズアップ2009:G20閉幕 火種残して協調 財政出動、実施で溝≫がその積極的でない姿勢を伝えている。
その単細胞振りを世界に誇っていい我が麻生首相のインタビュー時の言葉は日本のバブル崩壊後の「失われた10年」の長きに亘る不況を「財政出動」を政策上の主たる力として脱却したことを理由として「財政出動」に絶対的な力と信頼を置いていることを示している。絶対的な力と信頼を置いているからこそ、財政出動に消極的なドイツを名指しで真正面から批判できたということだろう。
絶対的な力と信頼を置いていないのに「それがドイツだ」と批判したとしたら、さすが日本の総理大臣だと間違いなく世界に誇ることができることになるが、問題は「財政出動」が絶対的な力と信頼を置ける程に不況を解消し、景気を回復する確かな政策――特効薬なのかということである。
もし確かな政策・特効薬だと必ずしも言えないとしたら、そのことを念頭に置かずに「それがドイツだ」と批判したとしたら、やはりさすが日本の総理大臣だと世界に誇ることができることになる。
麻生が自信を持って言うように「財政出動」がそれ程にも力のある特効薬であるなら、「(日本は)そういう経験を15年間やってきた」と言っているように「失われた10年」からの回復に財政出動を「15年」も続けなければならなかったのは、今回の「100年に一度と言われる金融危機・経済危機」の回復に財政出動を主政策に「全治3年」と言っていることと矛盾するように思うのだが、そうではないのだろうか。
治療に「15年」も必要とする特効薬(=財政出動)というのはパラドックスが過ぎはしないだろうかということである。財政出動が功を奏して、「失われた2年」だったとか、「失われた3年」に過ぎなかったと言うなら理解できる。2年3年どころか「10年」も数えた。逆説すると、10年以上も要した景気回復のための「財政出動」だった。
当時の財政出動が特効薬でも何でもなく、小麦粉を混ぜたニセ薬に過ぎなかったということではないだろうか。
いずれにしても「(日本は)そういう経験を15年間やってきた」と麻生が自慢する日本の財政出動は不況治療に「15年」を要した。これは真正なる事実である。
ということなら、「失われた10年」当時の「そういう経験を15年間やってきた」ニセ薬相当の日本の財政出動を教訓、不況脱出のお手本として今回の「100年に一度と言われる金融危機・経済危機」に対処したなら、「全治3年」が全治「15年」もかかることになる計算とならないだろうか。
「財政出動」は短期的には効果はあるとしているものの、長期的には疑問符をつけているメーリングリスト意見がある。
≪[JMM522M] 内需を回復させる「特効薬」はあるか?≫(2009年3月9日発行)
<■真壁昭夫:信州大学経済学部教授
足許で、輸出が急速に落ち込み、企業が戦後最大のストック調整を行っている、わが国経済の現状を考えると、短期的に、内需の中心である個人消費や、企業の設備投資が直ぐに上昇に向かう可能性は低いと思います。短期的に、内需を大きく拡大する方法は、政府が積極的な財政政策によって需要を注入する以外ないと思います。
ただ、わが国の財政状況は、他の先進国と比較してもかなり悪化していますから、積極的な財政政策を打ち続けることは現実的ではありません。また、90年代の経験則で、財政出動による波及効果(乗数効果)は大きく低下しています。そのため、財政政策の発動によって、国内需要を継続的に押し上げることは困難といわざるを得ません。
さらに、わが国は人口減少局面に入っていること、また少子高齢化が猛烈な勢いで進んでいることを考えると、何か革命的な新商品の出現でもない限り、GDPの約6割を占める個人消費が盛り上がることは考え難いことです。個人消費の低迷が続くようだと、財政政策によって一時的に内需を拡大しても、その波及効果は限られます。そう考えると、国内需要の拡大を継続することは、かなり困難といえます。これからも輸出に依存する、わが国の経済構造は、そう簡単に変わらないでしょう。>・・・
「財政出動」は短期的には「内需を大きく拡大する方法」として効果はあるものの、「90年代の経験則で、財政出動による波及効果(乗数効果)は大きく低下してい」るため、その長期性の点で限界を指摘し、景気回復は外需依存しか方法がないと言っている。
では、「失われた10年」当時の財政出動は短期的に内需拡大に効果があったのだろうか。あったしても、回復に10年以上を要した。麻生の言葉で言うと、「15年間」かかった。いわば「国内需要を継続的に押し上げることは」できなかった。
このことだけとっても、麻生の「財政出動」絶対信奉は大分怪しくなってくるというだけではなく、財政出動に消極的なドイツを名指しで批判したこと自体も連動して相当に怪しくなってくる。
その怪しさを「失われた10年」と呼び慣わされた日本の長い不況を救ったのは「中国特需」だとする意見や主張とどう整合させるべきか、見てみる。
帝京大学経済学部教授・東京大学名誉教授・中国研究所理事長の高橋満氏が2006年1月13日のインタビュー記事(≪人民元切り上げや通貨バスケット制への移行は日本経済にとって吉か凶か!?≫)で、「日本と中国の経済関係は刻々と変化しているようですが、具体的に何が起こっているのでしょうか」と言う質問に次のように答えている。
「日中の経済関係が目立って変化し始めたのは、ちょうど小泉内閣が発足した2001年頃のことです。
バブルが崩壊してからの1990年代は、「失われた10年」と称されるように、日本は不況の時代でしたが、中国は10%近い経済成長を続けていました。その間、中国からの輸入は飛躍的に増えましたが、相対的に中国への輸出が伸び悩み、結果的に日本の対中貿易収支は赤字となっていたのです。
しかし、中国が2001年末に世界貿易機関(WTO)へ加盟してからは中国市場の開放が進みました。日本国内も景気が回復に向かい、 “中国特需” で半導体部品や金属加工機械といったハイテク関連の輸出が拡大し、対中貿易収支は黒字に転じたのです」――
「2001年末に世界貿易機関(WTO)へ加盟してから」の「中国市場の開放」以降の 「“中国特需” 」が日本の景気を回復局面に向かわせた。
この具体的な動きを新聞記事から把えてみる。
04年2月11日の『朝日』朝刊記事(≪「中国特需」沸く日本の造船・物資運搬の需要増の影響≫は題名だけで記事内容が大体想像できるが、 中国の経済成長で、鉄鉱石や石油、穀類といった中国向けの物資運搬用に船舶需要が高まっているため、03年の日本の船舶輸出契約量は前年の2倍上に増えて戦後最高を記録したと書いている。
その好調さは中国でビルや高速道路の建設、08年の北京オリンピックに向けたインフラ整備などが活発なため、タンカーや自動車運搬船の需要を高くしていることが原因していて、石油危機直前の世界的な好景気による空前の造船ブームに沸いた73年に記録した2583万総トン(574隻)を上回る、前年比2・2倍の戦後最高を記録する2676万総トン(564隻)の需要を生み出しているという。
「前年比2・2倍」もの飛躍というだけではなく、昨年秋口以降の円高傾向や安値受注競争過熱化による船価の頭打ちといった問題を懸念材料としているものの、各造船会社の受注量は3年分以上の手持ち工事量を確保した計算になるというのだから、「中国特需」の規模の凄さを物語って余りある。
確かに90年代初めから続いていた不良債権の当初7年かかると言われていた処理を竹中平蔵の強硬路線を採用してほぼ4年で達成し、日本の景気に明るさを取り戻したと不良債権処理の実現を小泉改革の最大の成果だと位置づけ、景気回復に役立ったとする意見(≪小林慶一郎のディベート経済 小泉改革で経済どう変わった≫『朝日』朝刊/06年8月28日)もあるが、いくら不良債権処理が進んで金融機関の経営基盤を強化できたとしても、一般企業が業績を上げないことには貸し渋りがなく金融機関からの資金を調達できたとしても、あるいは政府からの貸し付け資金を低利で潤沢に得ることができたとしても、何らかの需要に恵まれないまま企業の業績低迷、あるいは業績の悪化が立ちはだかる間は得た資金は焼け石に水状態となる。
逆に金融機関に対する小泉不良債権処理がなくても、中国向け外需によって日本の企業業績が上向いた場合、金融機関は優良な貸出先が生じて、その利益に応じて自らの不良債権を消化できる方向に持っていけたのではないだろうか。何しろ「100年に一度の不況」に見舞われる前は戦後最長の好景気に沸き、大企業各社は軒並み戦後最高益を上げていたのである。銀行がそのおこぼれに預かることができない理由はない。
さらに逆を行って、もし中国向け外需がなく、企業の業績が低迷したままだったと仮定したなら、いくら金融機関が不良債権を処理したとしても、貸出先を得ることができず、金融機関にしても企業と同様の業績低迷に喘いで、戦後最長の好景気を迎えることができなかったのではないだろうか。
次のような指摘がある(一部抜粋。「・・・(中略)・・・」は記事中の「中略」)。
≪「失われた10年」からの回復は、どういう課題を残したか?≫(村上敬亮/CNET Japan/2008/06/22 23:21 )
景気の底だった01年度から07年度までの実質国民総生産の平均成長率は、1.9%。うち半分以上は、輸出で稼ぎ出した(寄与度は1.0%)。・・・(中略)・・・二番目に寄与したのは、民間企業の設備投資である(同0.5%)。
これに対し、最大の需要項目である民間最終消費支出の寄与は0.7%台にとどまり、公共事業である公的固定資本形成は成長率押し下げ要因となった。消費の貢献度が成長率の半分にも満たないということは過去には見られなかった。政府の投資がマイナスとうのも初めてだ。
公共事業に向けた政府財政出動は「成長率押し下げ要因となった」――役立たなかったは大勢意見としてある評価であろう。
「失われた10年」という不況下でも、実質国民総生産の半分以上は外需依存(「輸出で稼ぎ出した」)であった。
「失われた10年」真っ只中の04年3月(日付記入忘れ)の「朝日」朝刊記事(≪海外メディア深読み 立ち直る日本経済 「救い主」は高成長の中国≫)も、3月2日付英紙フィナンシャルタイムズの日本経済に関する特集記事を通して題名どおり景気回復の鍵を「中国特需」としている。
<年率7%の高さを記録した03年10月~12月期実質成長率も名目値年率では2・6%と「地味」で、「政府部門の抜本改革が先送りされ」ても、中国への輸出急増が日本企業の回復を助け、「目覚めつつある巨人中国が日本の脅威ではなく、希望の主因となった」と書いていると紹介している。
要するに英紙フィナンシャルタイムズ記事は麻生が「(日本は)そういう経験を15年間やってきた」と財政出動を景気回復の主役と位置づけ、その効能を“南無妙法蓮経教”と信仰していることに反して、「政府部門の抜本改革が先送りされ」てもと、財政出動も不良債権処理も景気回復の「主因」とは見ず、主因は「中国特需」だと看做しているということである。
記事は日本企業のリストラが進み、外部環境の好転を生かせるまでに体質が改善したことが力となって、外需主導という構造的な「弱さ」を孕むが、良好な輸出環境が持続すれが、日本企業の収益向上と設備投資の増加が続き、デフレ脱却が期待できるとしている「フィナンシャルタイムズ」の分析は説得力があると指摘しているが、いくら「構造的な『弱さ』を孕」もうが、日本は外需以外にないのだから、そんなことはお構いなしの麻生太郎の図々しさを貫くしかない。
ますます麻生の「(日本は)そういう経験を15年間やってきた」が怪しくなってくる。
この間日本政府は為替介入を続けて、円高を是正し、円安に持っていこうとしている。これも外需依存型の日本の企業に救いの手を差し伸べて外需依存を確固なものとするための財政出動だが、あくまでも中国特需があってこその「失われた10年」からの景気回復効果であることは今回の外需依存が正反対に裏目に働いたことでも理解できる。
05年1月17日の「朝日」朝刊記事(≪時々刻々 日本経済、進む中国頼み・部品輸出 逆輸入が拡大≫)にしても、同じ論調である。
日本の最大の貿易相手国に中国が米国を抜いて戦後初めて躍り出たのは日本から部品を輸出し、中国で最終製品を組み立て、世界各国に送り出すという新たな「相互依存」の関係が深まった結果だとしている。
だが、中国から見ると、一国に依存しない経済を目指していて、日本は欧州連合(EU)や米国に次ぐ第3位の貿易相手国へと地位を下げていると解説している。
04年、中国の貿易総額は1兆1547億ドル、前年比35.7%と言う驚異的な伸びを記録し、日本を上回って、米独に次ぐ世界第3位の「貿易大国」となった。但し03年まで最大の貿易相手国であった日本は04年に3位に転落したと。
日本から見た場合の中国は後生大事にしなければならない地位を占めているが、中国から見た場合の日本は欧州連合や米国ほどに後生大事度は高くないというわけである。何とも不釣合いな関係ではないか。亭主は女房を大事にしているが、女房は亭主よりも子供を大事にしているといったすれ違い関係にあると言える。
「中国特需」の恩恵を最大限に受けて、「製鉄30年ぶり活況・中国特需で増産続く 公共工事減は民需がカバー」>(「朝日」朝刊/07・1・20)という道を辿ることになる。
出だしの解説――
鉄鋼業界が約30年ぶりの活況に沸いている。日本鉄鋼連盟が19日発表した06年国内粗鋼生産量(速報値)は前年比3・3%増の1億1622万トンで、高度経済成長直後の73、74年に次ぐ史上3位の高水準。かつての鋼材需要の公共工事は減ったものの、中国などに向けた輸出が好調な自動車や産業機械用の鋼板と、景気回復によるビル建設ラッシュが増産を支える。07年も高水準の生産が続くとの見方が強いが、「特需」をもたらした中国の急成長は新たな懸念材料も生み出している。(吉川啓一郎)・・・・
「新た懸念材料」とは、日本の鋼板程高品質ではない、欧米などに輸出されている中国製鋼板が米国経済の失速などで行き場を失うと、たたき売りが発生して市況を悪化させかねないという懸念である。
国内的に鉄鋼増産を支えているビル建設ラッシュの後押し要因にしても国内的景気回復にしてもその引き金は中国特需なのだから、財政出動だ、不良債権処理だはますます二次的要因に後退することにならないだろうか。
なるとしたら、麻生の「(日本は)そういう経験を15年間やってきた」は怪しいを通り越して、客観的認識性欠乏の単細胞だから言える見当違いのハッタリ以外の何ものでもなくなる。
「再び陽は昇る」ではないが、「失われた10年」からの「中国特需」を媒介とした日本の景気回復過程と同じ動きが中国と日本の間で始まっている。
≪中国で需要 家電素材生産増へ≫(NHK /09年4月5日 6時27分)
中国で家電製品の需要が高まっていることを背景に、日本の化学メーカーの間では、家電向けの部品や原料の生産を引き上げる動きが出始めています。
このうち「住友化学」は、液晶テレビの部品に使われる「偏光フィルム」を生産する国内と海外あわせて4つの工場で、一時、50%近くまで落ち込んでいた稼働率を、70%から80%程度に引き上げました。「住友化学」では、生産の回復に伴い、来年3月までにグループ全体で2500人の従業員を削減する計画を見直す方針です。
一方、「旭化成」は、家電製品の外装などに使う「樹脂」の原料を生産する子会社の3つの工場のうち、韓国の工場をフル生産に戻したほか、国内の2つの工場でも稼働率をこれまでの60%から、80%に引き上げました。
背景には、中国政府がテレビなど家電製品の購入費に補助金を出す景気刺激策をとった効果で中国向けの需要が伸びていることなどがあり、景気の悪化が続くなか、こうした輸出産業での生産増加の動きが今後、広がりをみせるか注目されます。
中国にしても国内に巨大な市場を抱えてはいるものの、日本と同様に外需依存型の経済構造となっている。日本経済にもたらした「中国特需」が主としてアメリカの好景気を主たるベースとした中国経済発展からの恩恵である以上、中国の景気刺激策が中国内に於いても外需依存の日本にとっても息の長い需要を生み出すにはアメリカの景気回復が欠かすことができない重要な要素となるに違いないが、日本に関して言うと、当然と言えば当然なのだが、「失われた10年」からの回復と同じ轍を踏むことを意味する。
改めてここで問い直さなければならない。
麻生の「(日本は)そういう経験を15年間やってきた」財政出動は疑問符を一切つけることもなしに正当性を与えることができる景気回復政策の主張だと言えるのだろうか。
「初めて同じような状況に直面している欧米諸国の中には、財政出動の重要性を理解していない国がある。それがドイツだ」と、財政出動に消極的なドイツ等の他国を正面切って批判できる程に日本の財政出動を頭から有効だったと正当化できる程の特効薬だったのだろうか。