外交のみならず、短歌も非自作の疑い濃い麻生バラ撒き「4段ロケット」は消費税増税で跳ね返ってくる

2009-04-21 12:44:51 | Weblog

 日本と世界銀行が4月(09年)17日共催するパキスタン支援国会合に参加するため来日したイランのモッタキ外相が4月16日に表敬する程の相手ではないが、自分たちはなるべく出さずに日本により多くカネを出させる都合があるからだろう、首相官邸に麻生太郎を表敬訪問。

 そこで麻生太郎は「asahi.com」記事≪イラン外相に米国との対話促す 麻生氏、会談で≫/2009年4月16日19時55分)によると、イランの核開発問題について「国際社会の信頼を回復するのが最も重要だ」と述べ、国連安全保障理事会の求めに応じてウラン濃縮活動を停止するよう促したという。

 さらに記事は<外務省の説明によると、麻生氏は、オバマ米政権が対話に前向きな姿勢を示していることに言及。「この機会を逃すべきではなく、イランの方からも積極的に取り組むべきだ」と述べた。モッタキ氏は「イランとしてもオバマ政権の最近の発言については、尊敬の念を持って真剣に聞いている」と応じたという。>と続けている。

 要するに記事は「外務省の説明」を元に作成された。麻生太郎のウラン濃縮活動停止要請に対してイラン外相がどう返事したか、記事が書いてないのは、外務省が麻生太郎の手柄とすべく公表する価値がある反応を得ることができなかったからだろう。

 イランは2006年12月、2007年3月、2008年3月の3度の国連安保理制裁決議を無視し、ウラン濃縮活動を続ける、北朝鮮以上のつわものぶりを発揮しているし、4月10日の「msn産経」記事(≪イランがウラン濃縮活動拡大へ 「新型分離機テスト」と大統領≫)が、<イランのアハマディネジャド大統領は9日、従来型より「数倍の能力」があるウラン濃縮用の新型遠心分離機をテストしたと述べ、濃縮活動をさらに拡大する姿勢を示した。>(一部抜粋)と伝えてもいる。麻生太郎如きの要請に、ハイ、分かりました、停止しますと答えるはずはない。

 裏を返すと、停止要請はしないで済ますわけにはいかない単なる形式に過ぎなかったと言うことである。つまり、言えば済む儀式として行った。

 米国との対話要請も大統領就任前からブッシュ大統領の対イラン政策から転換、新たなアプロ-チで臨む姿勢を明らかにしていたオバマのイラン外交に追随し、その尻馬に乗って、単に日本からの振り向けとしたに過ぎない。

 オバマ大統領は4月5日、チェコの首都プラハで演説、「核のない世界」の実現に向けた新政策を打ち出している。

 「イランはまだ核兵器を完成させていない。イランに対し、私の政権は相互の利益と尊敬に基づく関与を追求し、明快な選択を示す。我々はイランが世界で、政治的、経済的に正当な地位を占めることを望む。我々はイランが査察を条件に原子力エネルギーの平和的利用の権利を認める。あるいは一層の孤立や国際圧力、中東地域での核兵器競争の可能性につながる道を選ぶこともできる。

 はっきりさせよう。イランの核や弾道ミサイルをめぐる活動は、米国だけでなく、イランの近隣諸国や我々の同盟国の現実の脅威だ。チェコとポーランドは、これらのミサイルに対する防衛施設を自国に置くことに同意した。イランの脅威が続く限り、ミサイル防衛(MD)システム配備を進める。脅威が除かれれば、欧州にMDを構築する緊急性は失われるだろう。」(≪オバマ大統領、核廃絶に向けた演説詳報≫asahi.com/2009年4月5日23時14分)

 例えスピーチライターの関与があったとしても、日本の首相が口にすることはできない哲学を持った言葉の展開を見せている。

 パキスタン支援国会議では我が麻生太郎は景気対策でも持ち前のバラ撒き精神を遺憾なくフル回転させてパキスタンに対して最大1,000億円の支援を表明。そして今が世界的テロ撲滅の正念場にあると一席ぶった。

 「パキスタンの安定なくして、アフガニスタンの安定もなく、またアフガニスタンの安定なくして、パキスタンの安定もないと存じます」(≪パキスタン支援の一連の国際会議始める 麻生首相、世界的テロ撲滅の正念場と訴え≫FNN/09.4.17)

 これはバカでも言える言葉だろう。解決策を何ら示唆する言葉ではなく、ごくごく当り前の事実を表面的になぞって説明したに過ぎないからだ。

 つまりバカでも言える言葉だから、少なくともバカではない大国の指導者は口にすることのできない言葉と言える。

 麻生の言葉を「イラク安定なくして、中東の安定なし。中東の安定なくして、イラク安定なし」と言い換えることもできるし、「パレスチナの安定なくして、中東の安定なし。中東の安定なくして、パレスチナの安定なし」とも言い換えることができる。単なる常識的呪文を唱えるだけといったところだろう。

 「麻生自民党政権の崩壊なくして、日本国民の生活の安定なし。日本国民の生活の安定なくして、日本の安定はなし」にしても今や常識的呪文と化しているはずだ。

 「テロ撲滅」と言っても、前途多難といった思いは単純な麻生の頭には一瞬たりともよぎらなかったに違いない。

 「外交の麻生」と言いながら、世界の動きを表面的に把えるか、他国の外交をなぞって日本の外交の役割の一つに加えるしか頭の働きのない自作外交を持たないのだから、「経済の麻生」も推して知るべし。

 だから、オバマがグリーンニューディール政策を掲げると、日本が早速借り物して自作とは言い難い日本版グリーンニューディールを打ち出す。

 4月18日に麻生首相主催、1万1千人が盛大に招待を受けた新宿御苑開催の「桜を見る会」で披露した自作短歌も、自作と言いながら、外交や景気対策と同様、限りなく自作ではない、借り物の疑いが濃い。

 自作ではない疑いの第一は、披露の際に言い間違えたところにある。「ふるさとにはや桜満(み)つゆゑ問へば冬の寒さに耐へてこそあれ」が正確な文字面だそうだが、「ふるさとにはや桜咲くゆゑ問へば冬の寒さに耐へてこそあれ」と、「満つ」「咲く」と言い間違えている。

 例え他人が作った短歌であっても、気に入れば、何度も口の中で反芻するのがごく自然な人情で、反芻するうちに歌に託した思いと言葉は一体化する。ましてや自作で尚且つ自信作なら、反芻することによって短歌としてその言葉は完璧に一体化するはずで、一体化したまま口を突いて出てくるものだが、こともあろうに麻生は歌の思いと言葉を一体化させていなかった。

 1万1千人も前にして自作ですと得々と披露しようとしたなら、図々しい麻生のことだから、言い間違えるはずはない。得々と披露できないものがあったから、一体化を果たすこともできなかったと見るべきではないのか。

 疑いの第二として正確な作りは桜が咲いた状態を「満つ」と少々高度な非日常語を当てている。単に日常語の「咲く」とするのとでは思い入れの強さが違ってくる。出来栄えの満足度も相当に違うはずである。当然記憶の密度も違ってくる。それをありきたりの平凡な「咲く」という表現に言い間違えた。使い慣れない非日常だったからこそ、「みぞゆう(未曾有)」と同じで、「咲く」に変わってしまったのではないのか。

 疑いの第三は、NHKの動画を聞くと、短歌としての読みの間を成していないことを上げることができる。

 間を入れる箇所に便宜的に()を入れて示すと、

 「ふるさとにはや桜咲くゆえ問えば冬の寒さに耐えてこそあれ」と区切りを入れて読むべきところを、「ふるさとにはやぁー桜咲くゆえ問えば冬の寒さに耐えてこそあれ」と一般的な区切りと違うばかりか、ほぼ棒読みとなっている。特に「桜咲くゆえ問えば」とつなげていて、この箇所は完璧に棒読みとなっている。悪いことに、ぶっきらぼうにさえ聞こえる。

 大勢の人間に披露する――いわば短歌に託して訴えようとしている思いを共感させるべく聞かせる短歌を棒読みする者がいるだろうか。

 短歌を披露した後、次のように演説している。

 「一次補正ー、二次補正―、そして本年度の平成12年度本予算。さらに経済成長、の、ための新しい政策とー、これを入れますとー、4段ロケットぉー、いうことになります。これが今ぁー、冬の時代に、ずうっと仕込んでいったぁー、我々の政策であって、いよいよ花開いてくる、のが、これから後だと、思っております・・・・」

 自作景気対策を「3段ロケットだ」、「3段ロケットだ」と散々と言っておきながら、3段ロケットのバラ撒きだけでは景気回復に自信が持てなかったからだろう、「4段ロケット」だとさらに1段気前よくバラ撒きを上積みさせている。

 最初に散々言っていたとおりに「3段ロケット」で自作景気対策を完成させてこそ、政策に首尾一貫性を持たせることができるばかりか、「経済の麻生」と胸を張って宣言できるのに対して国民も麻生なる人間に信用が置けることになるのだが、短歌の言い間違えが自作だとの触れ込みを疑わせているのと同じく、「4段ロケット」だとしたことが最初の「3段ロケットだ」を間違いだとすることとなっている。

 それでも麻生太郎は口癖としているこの言葉を使って、「ぶれてはいません。言っていることはずっと同じことです」と言うに違いない。

 バラ撒きが「3段」で終わらず、「4段」に積み上がった。消費税増税で跳ね返ってくる分も「3段」どころか、「4段」相当となるに違いない。

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