≪「電柱無くし並木道を」=安倍、小池氏らが議連結成≫(時事ドットコム/2009/04/07-17:36)
電柱や電信柱を地中化し、その跡を並木道に変えることを目指す議員連盟が7日午後、衆院第一議員会館で発足した。自民党の小池百合子元防衛相らが中心となって準備を進め、会長には安倍晋三元首相が就いた。初会合には、自民党の町村信孝前官房長官や公明党の太田昭宏代表らも出席した。
安倍氏はあいさつで、「日本の町並みに、電柱はいかにも無粋だ。電柱を単に地中化するだけでなく、そこに並木を植えようという発想だ」と、設立目的を説明した。議連では、全国にある約3300万本の電柱・電信柱を国費で地中化し、個人からの寄付によって植樹を進めることを目指す。(了)
結構毛だらけ、猫灰だらけ。将来を見通す目・見識、いわば先見の明なるものを一切持ち合わせていない安倍晋三のやることだから、日本のためにはなるに違いない。
「日本の町並みに、電柱はいかにも無粋だ」と安倍晋三らしい大見得を切っているが、「無粋」にしてきたのは自民党の道路政策であろう。自身も関わってきた日本の「町並み」風景なのである。目をどこにつけているのか知らないが、忘れて貰っては困る。
「電柱や電信柱を地中化し、その跡を並木道に変える」――道路の数としたら、車両同士がすれ違う場合だけではなく、車両と自転車がすれ違う、あるいは平行して走る場合に電柱や電信柱でさえ邪魔だという道路の数が相当に、あるいは圧倒的に多いと思うのだが、そのような道路で電柱・電信柱撤去後に並木を植える余地が生じるとでも思っているのだろうか。
結局は片道2車線だ、3車線だ、そういった車道の広さに合わせて歩道幅を十分に確保してある幹線道路のみの地中化とそのあとの並木となりかねない。但しそういった道路の殆どは歩道際に既に植樹されていて、並木化は必要とされずに電柱や電線柱の撤去で終わる。
但し幹線道路でも片側1車線、歩道は自転車1台通れば目一杯といった申し訳程度の幅しかない道路の場合は、やはり並木化は難しいのではないだろうか。安倍晋三の頭の中は、単細胞程早合点が過ぎるから、既に美しい並木画像を描いているだろうが、これまでの自民党の道路政策の不備・デタラメの歴史・文化・伝統からしても、安倍晋三が頭に描く程にはうまくいくはずはない。
このように断言できる根拠を06年8月日の「47NEWS」記事が象徴的に伝えている。
≪≪歩道の幅1・5mも容認 バリアフリー基準を緩和≫≫
国土交通省は9日、道路のバリアフリー化を進めるため、車いす同士が無理なく擦れ違えるよう歩道の幅を「2メートル以上」としてきた道路構造基準を見直し、拡幅が困難な道路に限り「1・5メートル以上」に緩和する方針を決め、障害者団体などとの懇談会で提示した。
国交省は誰もが使いやすい歩道にしようと、2000年に「2メートル以上」の基準を設けた。しかし、道路の拡幅が難しい繁華街などで歩道を広げるには車道を狭めるしかなく、自治体が及び腰になって整備が進まなかった。このため、車いすの方向転換や歩行者との擦れ違いが可能な幅員1・5メートルに基準を緩和。部分的に2メートル以上の歩道も設けて、車いす同士の擦れ違いもできるよう配慮する。【共同通信】
車いす同士の擦れ違いが可能な2メートル以上の幅員を部分的に設ける。――車椅子同士がすれ違うことは滅多にないということを前提としているのだろうが、何ともお粗末な日本の道路状況である。
こういったお粗末な道路の場合、電柱地中化後の並木化は「車道を狭めるしかなく、自治体が及び腰になって整備が進ま」いどころか、お手上げ状態となるのがオチではないのか。なぜなら樹木は電柱と違って根元の周囲に電柱の断面積以上の表面積を持たせた土を必要とするからだ。その分歩道幅を削るか、車道部分を削るしかない。どちらを削っても、人か車、どちらかが不便を蒙る。
いわば日本の道路状況のお粗末さが電柱撤去は可能でも、並木化は困難なことを教えている。
尤も電柱の断面積と同等かそれ以下の表面積の土で十分に育つ背丈の低いサツキやツツジといった小さな樹木を電柱のあった場所に植えるだけでいいというなら話は別だが、但し、並木とは言えなくなる。
並木にするために電柱のあった場所だけではなく、一定距離の長さで植える方法を取ったとしても、サツキやツツジを植えるとしたら、2~3株並びで植えただけで電柱の断面積程度の幅の土は必要となる。その反面、2~3株程度で植え並べたツツジは貧弱にしか見えないだろう。開花の際の豪華さを味わうためには幅を広く植える必要があり、幅がある程豪華に映える。
安倍晋三程度の人間の規模・スケールから言えば、1株並びで植えても、その貧弱さは釣合いが取れるだろうが、安倍晋三のスケールだけで済む問題ではない。
繰返し言うと、歩道幅を十分に取ってある広い道路の殆どは既に並木化されている。歩道幅が狭いか歩道のない道路は電柱を撤去したとしても、電柱よりも場所を取ることになる並木化は難しいということである。
また電柱地中化と並木化に立ちはだかっている困難さは電柱地中化は可能でも、並木化が電柱の設置以上に場所を取るという問題だけでは済まない。県道や市町村道といった自治体所管の道路だけではなく、国管理の国道でさえ、街路樹にしてもツツジやサツキの類にしても伸び放題で剪定を受けていない、周囲は雑草が生え放題に生えている、中にはサツキやツツジといった低木を隠す程に雑草が高く伸びているといった場所が少なくないという手入れの放置問題がある。
道路建設にカネをかけても、その殆どが借金頼みの建設だから、維持・管理にまでまわす十分なカネがない、予算不足という理由からの手入れの放置――維持・管理の放置だろう。
道路だけではなく、橋にしても架けてからの耐用年数は50年で、高度経済成長に向かう1960年代(東京オリンピックは1964年)に建設した橋は現在架け替えが必要となるが、<全国にあわせて13万ある地方公共団体が管理する長さ15メートル以上の橋について、過去5年以内に定期点検が行われたのはおよそ40%にとどまる>ことを金子国土交通大臣の発表として09年2月24日の「NHK」が伝えていることも予算不足から発した問題であろうし、耐用年数がきている橋の架け替えにしても、代用策として補修で耐用年数の延長を図る動きが大勢を占めた状況にしても、カネ不足(予算不足)の問題からだろう。
「日本の町並みに、電柱はいかにも無粋だ」と安倍はさも自分は美的感覚に優れているかのように言っているが、電柱だけが日本の町並みを損なって「無粋」にしているわけではないということである。道路にしても橋にしてもきれいなのは建設した当座のみの景観の損壊も「無粋」の原因となっているはずだ。大小の河川にしても、その多くが雑草を荒れ放題に生えるに任せている。その他に統一感もなく取り付け放題の看板の問題もある。
樹木への手入れが行き届かない荒れた山、過疎化等で人手が足りなくて耕作放棄された田畑等も、自民党政治が生んだ「無粋」な日本の風景と言える
国・地方共に借金漬けとし、慢性的に予算不足状態に陥れたのも自民党政治であり、自民党政治を含めたそういった諸々の景観の先に生じた電柱のみではない、これら「無粋」であるはずだが、そんなことは安倍晋三には考える力もないのだろう。
現在、水力発電や火力発電、原子力発電に頼るまいとしている時代に差し掛かっている。いわゆるクリーンエネルギー、あるいはグリーンエネルギーと称する太陽光発電、風力発電等への依存の傾斜である。
だが、何と言っても理想の到達点は水素をエネルギー源とした燃料電池の利用ではないだろうか。それを家庭用の発電装置に利用する。各工場の発電装置とする、乗用車やトラック、その他の車両を動かす動力源とする。
そのような理想郷に到達したとき、山中や街路に張り巡らした従来の電線や電柱は無用の長物と化す。車からの二酸化炭素の排出もなくなる。
いわば、そういった理想郷により早く到達するために予算(カネ)を個別発電装置の研究開発や出来上がった装置の購入補助として使うべきで、電柱の地中化の途中、あるいは地中化後に水素利用の燃料電池の利用が一般的に普及した場合、電線の一部、あるいは全部が地中に残ることになり、不要になったからと言ってそれを取り出すにしても、膨大な予算・カネがかかることになる。
カネがかかるから埋め殺しのままにするとなると、電線として使っている銅のムダ遣いとなる。
東京ガスが水素を利用した家庭用燃料電池を開発し、既に07年4月に1号機を首相公邸に導入し、今年度から一般販売を予定しているという。
現在1台200万円以上する価格を量産効果などによって60万円程度に引き下げる計画だというが、計画的な政府補助によっても、コストダウンとそれを受けた購買加速の要因となるはずである。一定程度価格が下がり、普及に弾みがつけば、当たり前のことがだ、量産化を加速させ、一層価格を下げることができて、普及とコストダウンが好循環することになる。
その間に研究開発が進み、東京ガスが現在目指している10年の耐用年数をさらに拡大させて新装置及び工場用の大型燃料電池も開発されていくに違いない。それが開発過程であっても、家庭用小型燃料装置を何台かつなげて発電容量を大きくすることも可能である。家庭用のパソコンを何台もつなげてスパコンとするようにである。
東京ガスの家庭用燃料電池は都市ガスや灯油などから燃料となる水素を取り出し、空気中の酸素と反応させて発電するシステムだというが、「都市ガス」とはLPガスを指すと思うが、LPガスから水素を取り出し、空気中の酸素と化学反応させて発電させる家庭用燃料電池を一つの団地内の150戸に置く実験も開始されている。
≪≪家庭用燃料電池「水素タウン」実証実験始まる 福岡≫≫(asahi.com/2008年10月11日18時12分)
次世代エネルギーとして注目される水素エネルギーを利用した家庭用燃料電池を住宅団地内の約150戸に置く「水素タウン」の実証実験が11日、福岡県前原市で始まった。同市南風台3丁目の住宅に1号機が設置され、記念の式典があった。今後、対象世帯に順次設置する。
福岡県などが参加する福岡水素エネルギー戦略会議と新日本石油、西部ガスエネルギーの3者による実験。燃料電池の装置では、LPガスから水素を取り出し、空気中の酸素と化学反応させて発電。その際に出る熱を給湯に利用する。団地内に集中的に設置して、省エネや二酸化炭素(CO2)の排出量削減効果などを調べる。「100台を超える規模で集中的に設置するのは世界初」(県新産業・技術振興課)という。
記念式典には麻生渡知事らが出席。自宅に1号機が設置された元エンジニア堀米九十九(つくも)さん(73)は「料金などの負担は前と変わらないが、CO2が30~40%削減され、省エネにもなることを確かめたい」と話していた。
利用は限りある都市ガス、LPガスから水素を取り出すのではなく、水を電気分解して水素を取り出す装置の開発が最終理想の形となるのではないだろうか。水は海水として無尽蔵に存在するからだ。
もし水素利用の家庭用及び工場用燃料電池が価格面でも解決し、普及したなら、麻生太郎は4月9日の日本記者クラブで行った「新たな成長に向けて」のスピーチで、太陽光発電の規模を2020年までに今より20倍とし、世界一の座の奪還を図ると当てにもならないことを言っていたが、太陽光発電とも取って代わることになるのではないだろうか。
電気分解方式で水から取り出した水素をガソリンと混燃させることで燃費を向上させ、エンジンからの排出物を減少させる装置を搭載した車を走らせているアメリカの自動車会社を「Wikipedia」が紹介している。
米テキサス州のRonn Motor社という自動車会社で、「2008年11月4日、『H2GO』というリアルタイム水素供給システムを搭載した車両を発表」、「水を電気分解して気体の水素を取り出し、ガソリンと混燃させることで燃費が向上し、エンジンからの排出物が減少するとしている。水素供給の為の特別なインフラを必要としない。」――
「水を電気分解して気体の水素を取り出」す装置と東京ガス等の燃料電池を組み合わせて、限りある都市ガスやLPガスからではなく、無尽蔵に存在する水から水素を取り出して家庭用及び工場用の発電装置をする。
こういった最終理想地点に向けてこれも限りある予算・カネを有効に使うべきで、最終理想地点に到達したとき、既に触れたように電柱自体、送電線自体が必要なくなり、当然電線の地中化は不必要となる。安倍晋三たちの努力は結果的にカネを使っただけのムダな抵抗と化す。結構毛だらけ、猫灰だらけ。