昨4月11日(2012年)午後3時から参院第1委員会室で党首討論が行われた。谷垣自民党総裁が民主党はマニフェス通りの政治が進んでいない、マニフェストのケジメをつけるべきだといった趣旨の追及に対して野田首相が自民党も政権を担当していた当時、マニフェスト通りには実現できなかった政策もあった、できないこと・できなかったこと、「そんなことをお互いに言い合っても政治は前進しませんよ」と答えているのを聞いて、その逆ではないか、お互いに言い合うことによってこそ、政治を前進させることができるのではないかと奇異に感じ、このマニフェストに関する遣り取りのみを取り上げて見ることにした。
両者の議論は「MSN産経」記事――《【党首討論詳報】》を参考にした。(2012.4.11)
議論のつながりを理解するためにこの遣り取りの前段にちょっと触れてみる。
谷垣自民党総裁が「税と社会保障の一体改革とおっしゃるけれども、ちっとも姿が見えてこない」、いわば一体改革の体を成していないのではないのかと批判したのに対して野田首相は詭弁(=ゴマカシ)を以て答えている。
野田首相「社会保障の全体像と工程表についても閣議決定をしています。従ってその方針に基づいて着実に社会保障は実施をしていくということは、全体像でありますので、これは大綱のころから変わっておりません。
その上で私どもは新しい年金制度については来年法案を提出する。後期高齢者医療制度廃止については今国会中に法案を提出する」
「社会保障の全体像と工程表についても閣議決定をしています」と言ってはいるが、自分たちが全体像として閣議決定したというだけのことで、その全体像が一体性を確保しているなら、同時進行でなければならないはずであるにも関わらず、「新しい年金制度については来年法案を提出する。後期高齢者医療制度廃止については今国会中に法案を提出する」と、消費増税法案国会提出との同時進行を離れて、後追いの進行となっている。
いわば一体性を欠いているばかりか、「新しい年金制度」だと言っている国民1人当たり7万円支給の最低保障年金にしても支給対象所得の金額等、内容が固まっているわけではない。
また、大綱に「基づいて着実に社会保障は実施をしていくということは、全体像でありますので、これは大綱のころから変わっておりません」と言っていることは法案成立後の社会保障制度の着実な実施に向けたスケジュールの全体像を指してのことで、その中に同時進行ではない後追いの進行が混じっている以上、そのことを以て「社会保障と税の一体改革」の全体像だとするのは詭弁(=ゴマカシ)以外の何ものでもないはずだ。
谷垣自民総裁「いろいろおっしゃいましたけれどね、(社会保障の)工程表とおっしゃるのは、これはマニフェストにも付いておりました。マニフェストにも付いているということは、もうマニフェストの主要部分がガタガタになっているわけでしょう。工程表があるというだけでは私はね、ああそうかと、そこまで考えておられるのかとは、到底言えないんです。
結局ですね、いま総理がおっしゃっていることは詰めていきますと、マニフェストの問題点にぶち当たるんですよ。マニフェストの壁にぶち当たるんです。つまり、マニフェストをできもしないけど守ろうという方たちと、それから臆面もなくマニフェストと違うことをやろうという方がぶつかり合っているから、いつまでたっても方向性が出ないというのが、今の政権の問題じゃないかと。私は失礼ながらそれを憂えているんです。
今、結局決まらない政治だとか、いろんなことが言われますけれども、その根源になっているのはマニフェストの精算(「成算」の誤字?)がないからだと思いますが、私はやっぱりマニフェストのけじめをつけていくということでないと、それは物事が進まないんじゃないかと思っております。
いま総理の足元でいろんな液状化が起こっているのはすべてそれに起因すると私は思います。せめてマニフェストの問題点をしっかり反省し、撤回して、けじめをつけていく。それでなければ私は嘘の片棒をかついで増税に賛成するわけにはいかないということは明確に申し上げておきます」
野田首相「嘘の片棒を担いで税の話は賛成できないという。それはおかしいんじゃありませんか。私どものマニフェストで実現したものと、まだ実現できていないものはあります。これは事実であります。従って総選挙のあかつきには、お約束したことは何だったのか、できなかったことは何なのか、それはなぜだったのか。あるいは記入しなかったけれども、言ったこと、やったことは何なのかを含めて、これは選挙というのは1つは業績投票という側面がありますから、それは率直に総括しながら選挙のあかつきにはそれは打ち出していきたいと思います。
思いますけれども、民主党の約束がうんぬん、どうのじゃなくて、ほんとに国家国民のために、私どもが言ったことは責任をもって総括をして、選挙の前には打ち出すと申し上げたじゃないですか。だとするならば、そういう問題は御党だってあったはずじゃないですか。郵政民営化でバラ色になるといってそうなったんでしょうか。郵政、いま改革がまた違う方向で進んでいるじゃないですか。
幼児教育の無償化、2005年に書いて、4年間やらなかったじゃないですか。またマニフェストに出てきたじゃないですか。そんなことをお互いに言い合っても政治は前進しませんよ。私は社会保障と税の一体改革はまさに避けて通れないテーマだと、待ったなしだということを言いました。ここはぜひ問題意識は共有していただきたいんです。ぜひその議論を進めさせていただきたいというふうに思います」(以上)
「私どものマニフェストで実現したものと、まだ実現できていないものはあります。これは事実であります。従って総選挙のあかつきには、お約束したことは何だったのか、できなかったことは何なのか、それはなぜだったのか。あるいは記入しなかったけれども、言ったこと、やったことは何なのかを含めて、これは選挙というのは1つは業績投票という側面がありますから、それは率直に総括しながら選挙のあかつきにはそれは打ち出していきたいと思います」と結果責任に言及しながら、マニフェストでできなかったことなどを「お互いに言い合っても政治は前進しませんよ」と矛盾したことを平気で言っている。
ごく当たり前の常識となっていることだが、マニフェストとは自分たちが政権を担った場合、こういった政策を行います、その政策は国民にこういった生活の利益をもたらしますと国民に約束する政策を掲げた政策集であって、それゆえにマニフェストを以って国民との契約と言われる所以であろう。
また、マニフェストに掲げる政策は他党の政策との競い合いを性格とする以上、他党の政策と比較した自党の政策の優越性及び他党の政策の自党の政策と比較した劣等性の説明責任を負う。
そのようにして選挙戦を戦い、最終判断を投票という形で国民の審判に委ねる。
だが、マニフェストに掲げた自党の政策の他党の政策と比較した優越性を訴えて国民の承認を受け政権を担当しながら、それらの政策を実行に移すことができなかったり、最初に訴えた優越性が見掛け倒しで約束した国民の生活利益を実現できなかったりした場合、口先だけ、政治的な実行力がないということで次の選挙で国民の審判をそれなりに受けることになる。
いわばかつての政権党自民党は「幼児教育の無償化、2005年に書いて、4年間やらなかった」有言不実行やその他の政策の不作為、あるいは優越性の口程ではなかった見掛け倒し等によって、2009年選挙で政権党から外される審判を国民から受けたのである。
その審判たるや、国民は政治を前進させる、あるいは政治及び国民生活の閉塞状況を打破させることを目的としていたはずである。
つまり国民はマニフェストに掲げた各政策の優劣、実行・不実行の言い合い(批判のし合い)の中から正否の実態を見極め、政治を前進させようとした。国民生活の閉塞状況の打破を願った。
野田首相が言うように「そんなことをお互いに言い合っても政治は前進しませんよ」ということでは決してない。一面的にはマニフェストの政策を言い合わなければならないお粗末な状況が招いている政治の停滞なのであって、その言い合いが逆に政策の実態を映し出して、新たな前進を国民に選択させるということであろう。
「そんなことをお互いに言い合っても政治は前進しませんよ」などと言うのは合理的認識性を欠いたトンチンカンな発言としか言いようがない。
その証拠に現在広く国民の間に政治不信や既成政党不信が渦巻き、その反動としての期待から地方政党等の第三極の勃興を招いている政治状況は民主党が2009年マニフェストに掲げた他の政党と比較して優越性あるとした政策の多くが財源不捻出による縮小や変質、あるいは不実行のお粗末な状況に陥って逆に政治が動かなくなり、満足に決めることも進めることもできなくなっていることの反映としてある、国民から見たなら、そこに政治の前進を期待している現象だと言うことができる。
決して衆参ねじれ現象がすべての原因となって招いている政治停滞ではないはずだ。
各政党共、マニフェストに自党の他党の政策と比較して優越性を訴えた政策を掲げて政権選択の審判を国民から受ける以上、各政策の評価を言い合う政策の競争原理以外に政治前進の材料はあると言うのだろうか。
だが、現在、その政治前進の材料を失っている。野田政権は政治前進の材料として「社会保障と税の一体改革」を掲げているが、自らが掲げた社会保障政策にしても税(=消費税)にしても国民から理解を得るところまでにいっていない。政策自体にも指導力自体にも問題があるからだろう。
参考までに。
2011年3月31日記事――《大連立は政策競い合いの競争原理を失い、馴れ合いが生じる - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》