オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所は7月12日(2016年)、フィリピン政府の国連海洋法条約に基づいた中国相手の2013年1月の訴えに対して南シナ海に対する中国の領有権主張や人工島の建設等を国際法に違反するとする判断を示した。
中国は地図上に引いた「9段線」(きゅうだんせん)を基に南シナ海の90%に当たる海域の領有権を主張しているが、裁判所は国際法上の根拠を退けた。
当然、「9段線」内の岩礁の上に建設している人工島の造成は国際法違反となる。
中国が仲裁裁判所の判断を受け入れないのは目に見えていた。岩礁の上に人工島を造成し、飛行場まで建設して、それを起点に自国領海とする既成事実化を着々と進めてきたからだ。
今後共既成事実化を進めていくだろう。
その前提となる受け入れない姿勢を中国政府首脳は示している。
習近平国家主席(7月12日、EUのトゥスク大統領等との会談で)「南シナ海の島々は、古来より中国の領土だ。南シナ海における中国の領土主権と海洋権益は、いかなる状況下でも仲裁の判断の影響は受けないし、判断を基にしたいかなる主張や行動にも中国は受け入れない」
李克強首相(同じくEUのトゥスク大統領等との会談で)「中国政府は仲裁裁判の判断を受け入れない。中国は、南シナ海の地域の平和や安定を維持することに最も関心を払っているし、努力している」
王毅外相「争いや不公平に満ちた仲裁裁判は、国際法や国際法に基づく秩序を代表しえない。この茶番はもう終わりで、正しい軌道に戻るべきときが来た。中国は、フィリピン政府が中国とともに対立を適切にコントロールし、両国関係を速やかに健全な発展への軌道に戻るよう推進していくと楽観している」(以上7月12日付NHK NEWS WEB)
王毅外相の発言に対するフィリッピンの反応。
ヤサイ・フィリピン外相(7月19日の地元テレビ局のインタビュー)(ASEM=アジア・ヨーロッパ首脳会議の際に会話した中国の王毅外相から)「仲裁裁判の判断を踏まえずに2国間で話し合おうと打診されたが、それは、我々の国益にそぐわないと伝えた」(7月19日付NHK NEWS WEB)
7月19日にドゥテルテ比大統領とマニラで会談した米議会代表団のクリス・マーフィー米上院議員は自身のツイッターで大統領は南シナ海問題で中国と交渉する計画はないことを表明、「交渉の余地はない」との発言を投稿したと7月20日付「時事ドットコム」記事が伝えている。
要するに仲裁裁判所の判断が全てだということを示したのだろう。それを全てとするためには国際世論の味方を前提としていることになるが、果たして国際世論が味方となるかが問題となる。
当然、国際世論と中国が南シナ海で着々と進めている既成事実化との戦いとなる。前者が力を発揮し、後者を撤回させるか、前者を無視し、後者の既成事実化をさらに進めるのか。
中国政府の姿勢を見ると、中国は後者の選択肢以外に考えていないようだ。
ASEM=アジア・ヨーロッパ首脳会議でモンゴルを訪れていたときに示した我が日本の安倍晋三の仲裁裁判所の判断に関わる見解を見てみよう。
安倍晋三「「法の支配は国際社会が堅持していかなければならない普遍的な原則だ。国連海洋法条約に基づき仲裁裁判所の判断は最終的なもので、紛争当事国を法的に拘束する。
これまで私は一貫して海における法の支配の3原則、すなわち、法に基づいて主張を行うこと、力や威圧を用いないこと、紛争解決には平和的収拾を徹底することの重要性を訴えてきた。わが国は国際社会に対してこの3つの原則に基づいて行動することを呼びかける」(7月16日付NHK NEWS WEB)
安倍晋三はこれまでも中国に対して「海洋に於ける法の支配」を訴え続けてきた。
2013年1月18日に訪問先のジャヤカルタで行う予定だったが、アルジェリア邦人拘束事件が発生、急遽帰国することになり行われなかった、《開かれた、海の恵み ―日本外交の新たな5原則―》(首相官邸/2013年1月18日)と題した幻のスピーチ。
安倍晋三「日本の国益とは、万古不易・未来永劫、アジアの海を徹底してオープンなものとし、自由で、平和なものとするところにあります。法の支配が貫徹する、世界・人類の公共財として、保ち続けるところにあります。
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わたくしたちにとって最も大切なコモンズである海は、力によってでなく、法と、ルールの支配するところでなくてはなりません」
このスピーチは中国が海洋進出を強めていることを念頭に置いたもので、アジアの海は法に則って自由で平和なものでなければと訴えた。
だが、2年半経過しても、南シナ海は国際法は無力で、中国の法が支配するところとなっている。
そして何よりも安倍晋三自身の言葉が無力でしかなかったということである。
中国の既成事実化を前にして無力でしかない言葉を今以て繰返している。
中国は南シナ海のほぼ全域を自国領海とする既成事実化を国際法を無視し、主要各国の批判を無視して推し進めている。この事実に今後共変わらないだろう。
それが南シナ海の90%ほぼ全域を自国領海とする究極の形を取るようになった場合、アメリカは南シナ海に於ける米艦船の「航行の自由」作戦を強めざるを得なくなるだろう。
中国にしても自国領海であることを示すために実力阻止に出ざるを得なくなった場合、緊張感が高まり、不測の事態が起こらない保証はない。最悪の場合、米中戦争の勃発ということもある。
戦争という最悪の事態を前以て阻止し、中国を国際法に従わせるためには主要各国が中国と外交関係を断ち、中国から各国企業が撤退する超と名のつく強硬策以外に道はない。
勿論、そうした場合、中国のみが政治的にも経済的にも大打撃を受けるだけではなく、日本を含めた主要各国も経済的に大打撃を受ける。
だが、国土の破壊や多くの犠牲者を出すことになる戦争の勝敗で国際法に従わせるよりも、将来の戦争の危険性を前以て避ける代償として経済的打撃を覚悟して、経済戦争で中国を負かして国際法に従わせる方がより賢明ということができる。
いずれにしても法の支配も民主主義も人権も無視している現在の共産党1党独裁の中国を国際法に従わせるためには戦争か主要各国が足並みをそろえた断交といった超強硬策以外にないはずだ。
それとも安倍晋三のように役にも立たない「法の支配」を言い続けるのか。
あるいは中国のゴリ押しに負けて、南シナ海を中国領海とする既成事実化に目をつぶるかである。