世界反ドーピング機関(WADA)の調査チームがロシアが国家ぐるみで組織的に競技選手にドーピングを勧めて、その事実を検体をすり替える等の方法で隠蔽し、競技に出場させていた問題でリオデジャネイロ五輪・パラリンピックでロシア選手団の全面的出場禁止を検討すべきだと国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)に勧告したのに対してIOCはロシア選手の出場可否を各国際競技団体(IF)による適切なドーピング検査等を経た潔白の証明を条件にそれぞれの判断に委ねるという決定を下した。
要するにオリンピック開催総元締めとしての責任を各国際競技団体に丸投げした。
当然、それぞれの国際競技団体によって基準が異なることになる。
元々カネをワイロとして受け取って開催都市の投票先を決めるIOC委員が存在した。ロシアからカネを貰って厳しい決定の骨抜きに動いた委員がいたのではないのかと疑いたくなる。
この決定に対する日本のアスリートの発言を「NHK NEWS WEB」が伝えている。
内村航平体操選手「ドーピングをした選手は、永久に試合に出場できなくても文句を言えないと思うが、それが飛び火して、努力をして勝ち取った権利を持つ選手が、オリンピックに出られないのはおかしいし、かわいそうだと思っていたので、出場できることはよかった。
体操にロシア選手が出場すれば『体操は薬物をやっていない』ということを意味することになるし、演技でそうした姿勢を示さないと、この問題はなくならないと思うので、ぜひロシアに出てほしい」
要するにドーピングをしていない選手まで連帯責任の形で出場停止するのはおかしいと言うことなのだろう。
室伏広治「社会を巻き込んだ大きな問題だったが、オリンピックを控えたなか、一刻も早く状況をはっきりさせて前に進んで行かなければという状況だったと思うので、一つの決断をしたことはよかったと思う。
(ロシア選手出場可否の)着地点をどのようにするかは大変難しい問題があると思う。しかし、これだけアスリートや世間の方々がドーピングに対して注目したことはなかったし、少なくとも薬物を使って競技力を向上させることがどれだけ無意味なことか分かったのではないか。IOCとしては各競技団体に判断を任せたということで、今後は競技団体が厳しく判断していくことを注視したい。
(2020年東京大会組織委員会のスポーツディレクターとして)リオデジャネイロ大会はもうすぐ始まるが、無事に大成功で終わってほしいし、その先には東京が待っている。東京大会をドーピング問題を含め、より一層クリーンな大会にしていくべく取り組んでいきたい」
鈴木大地スポーツ庁長官「個人のアスリートの権利を尊重した裁定になったんではないかと思う。今後、競技団体が厳しく選手のドーピングを見極めていくと思う。競技によって差が出ることなく、一様に厳しく見ながら出場を認めるという形になればいいのでは。
日本としてもこれからも厳しくアンチドーピングを推進していくし、世界に対してもアンチドーピングの働きかけを行っていく」
IOCの決定は「個人のアスリートの権利を尊重した裁定」だとしている。
菅義偉「IOC=国際オリンピック委員会が慎重に調査、検討したうえで決定したものであり、日本政府としてコメントすべきではない。
ドーピングは、スポーツのフェアプレー精神や高潔性を汚し選手を蝕むものであり、世界最大のスポーツの祭典であるオリンピック・パラリンピックが、ドーピングによって汚されることは絶対あってならない。リオ大会がクリーンな大会でアスリートが日ごろの努力や成果を最大限発揮できるような大会になることが望ましい」
以上の発言が問題としているのはドーピングしていなかった選手まで巻き込む連帯責任か、そういった選手の出場を認める個人の権利の優先かであろう。
ロシア国家は国家ぐるみで選手にメダルを取らせるために体力増強の禁止薬物の注射を勧めて、その事実を検査時に検体をすり替えるゴマカシで隠蔽する、フェアプレーであるべきスポーツに対しての犯罪を犯した。
そして多くの選手がその国家犯罪に加担し、自らフェアプレーの精神を踏みにじった。
その目的は断るまでもなく国家威信の高揚であり、そのことに選手が応えるためである。金メダルを何個獲った、銀メダルを何個獲ったかで国家の威信を高め、選手自身の威信を高める。
国家から言うと、選手を国家威信高揚の道具とした。あるいはオリンピックを国家威信高揚の道具とした。
ロシア国家のこの陰湿な犯罪は厳しく罰せられるべきであろう。
最も重い罰はオリンピック出場禁止という、選手にとっての連帯責任以外にない。
「オリンピック憲章」は「オリンピズムの根本原則」で、〈スポーツを行うことは人権の一つである。すべての個人はいかなる種類の差別もなく、オリンピック精神によりスポーツを行う機会を与えられなければならず、それには、友情、連帯そしてフェアプレーの精神に基づく相互理解が求められる。〉と謳っている。
だが、同じ「オリンピック憲章」が〈オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない。オリンピック競技大会では、各NOC によって選ばれ、IOC がその参加を認めた選手たちが一堂に会する。選手は関係IF の技術的な監督下で競う。〉と謳っているにも関わらず、現実は国家間の競争となっている。
国家間の威信高揚の競争となっている。そのために莫大な公的資金を投入する。一見個人の競技に見えるが、その競技を動かしているのは国家であり、その資金の多くが国家のカネとなっている。
例えば選手育成にしても、選手となった競技者がトレーニングするナショナルトレーニングセンター(命名権の導入により2009年5月11日より「味の素ナショナルトレーニングセンター」と名称変更)にしても、文科省が関わり、その資金は国家予算、あるいはスポーツ振興くじの益金によって賄われている。
スポーツ振興くじと言っても、サッカーの勝敗を対象とした公営ギャンブルであり、国のカネとなるべき益金だから、国家予算と変わりはない。
一時問題となった新国立競技場は当初の建設費が3000億円かかるとされたが白紙撤回され、新しいデザインに変えられたものの、都と国の予算で1490億円と見積もられている問題にしても、国家関与を背景に置いている。
いわばそこに民間のカネが関わっているにしても、大半は国家予算が動かしているオリンピックに於ける個人それぞれの競技となっている。
あるいは国家の威信が多額の国のカネを投じて動かしている競技となっている。
そのために国家予算が豊富な国程、メダル獲得が有利となる格差を生じせしめ、その数を増やしている。
オリンピックなる競技がそういった状況下にある中でロシアは国家ぐるみでドーピングまで行い、その事実を巧妙に隠蔽してメダルの数を増やそうとした。実際に増やしもしてきた。
当然、重罰を与えるべき対象はロシア国家となる。
だが、ドーピングをしていない選手の個人の権利を認め、条件次第でオリンピック参加を認めるとすると、ロシアに対して重罰を与えることにはならず、逆にある種の免罪を与えることになる。
ロシアの犯罪をウヤムヤにするという免罪である。
高校野球でチームの一人が起こした不正行為であっても、連帯責任の形でチームが公式試合出場を見合わせるのは、あるいは高校野球連盟が出場停止の連帯責任を負わせるのは、フェアプレーの精神をチームの全体性とすることができなかったそれぞれの責任を問い、そのことをウヤムヤにしないためであろう。
ロシア国家そのものがフェアプレー精神を踏みにじった。そのことに関係のない選手がいたとしても、国家を罰しない理由とはならない。
戦争を起こして負ければ、その国は戦争賠償の責任を負わなければならない。例え戦争に反対した国民が多数存在したとしても、国に賠償責任を負わせない理由とはならない。戦争賠償の責任は連帯責任の形で同じように全ての国民に降りかかってくる。
ロシアの重大な犯罪をウヤムヤにしないためにも個人の権利よりも優先させるべきはロシア国家に対する懲罰であって、オリンピック出場停止以外の懲罰はないはずだ。
これを機会にオリンピックが国家威信高揚の道具となっていることをそろそろ考え直すときではないだろうか。
選手もそれに加担しているのである。